第一章 KNOCKING ON DOORS

 ジェイス=ベレレンは1枚の羊皮紙を手に取り、窓に掲げた。第十地区の彼の建物は数階建てでしかなくそれより遥かに高い塔に囲まれていたが、夕暮れの冷たい光が煉瓦や石から反射して窓に入り込んでいた。彼独自の魔法印が施された羊皮紙はインクで汚れ、彼が発見して暗号の記述で埋め尽くされていた。ここ最近、彼の記述は徐々に正気を失っているようだった。彼の書斎の壁はこのようなノートで覆われていた。ジェイスは最後に髪を洗ったのは、あるいはまともな睡眠を取ったのはいつだったかと考えた。彼はこの書斎の建物から一歩も動かず、目をあけていられなくなるまで決して眠らず周辺の市場や通りの店にも出ていないということを、共同研究者、カヴィンという名前のヴィダルケンの男が気付いていないようにと祈った。ベッドにはノートの山が積まれ、家具といえば彼が第十地区で集めた怪しげな建物の破片であり、口にしていた物といえば彼の欠けたペン先くらいであった。

 ジェイスを今の研究に突き動かす衝動となる発見は段階的に現れてきた。彼が最初にそれを見たときは暗号だとは認識しなかったし、その実、それ自体を第十地区のそこかしこで何回も繰り返して目にするまで何の関連性にも気付かなかったのだ。

 最初のときは、彼はそれに躓きそうになった。イゼットのギルド魔道士たちが道路の舗装の石を掘り返すのは特に珍しい光景ではなかった。彼らのギルドは街の魔法的なインフラの整備を受け持っており、彼らが第十地区の道で作業をしているのを通り過ぎたとき、ジェイスは彼らを気にも留めなかった。しかし、ジェイスはイゼット団が道路の縁から古い石の欠片を取り外したの見かけ、彼らがむき出しの蒸気パイプやエレメンタル導線を取り出しているときに、彼らが捨てた破片の下側に文様が刻まれているのに気付いた。長い年月で擦り切れて蜘蛛の巣に覆われていたが、ジェイスはこの痕跡が曲がりながらずっと続いており、幾何学的に完璧な対称を描いていたのが分かった。

 通りから誰も見ることが無い石造りの下側の文様になぜそこまでの意匠が凝らされているのだろうかと、それはジェイスの興味を引いた。しかし、彼は新しい形でその暗号と再開するまでそのことについて考えることは無かった。

 古くぼろぼろになった第十地区の近郊が掘り返されていた。ある日ジェイスは、ひび割れたミジウムの手甲をつけた巨漢のサイクロプスが古い紡績工場の跡を取り壊すのを見ていた。サイクロプスは巨大な石の板を持ち上げては、瓦礫の山へと投げ捨てていた――いずれその場所はイゼット団の新しい実験場にでもなるのだろう。ジェイスは捨てられていた石に三角形の列のような模様が刻み込まれていたのを見た。

 ジェイスはそれを何らかの暗号だと気付いていたが、その詳細をカヴィンには伝えていなかった。彼は右腕にして共同研究者であり、幾何学的文様をたどり、瓦礫を収集し、その場所を地図に記録し、ギルドが進入を禁止する区域にさらなる暗号の手がかりを集めに忍び込むときは援護をしてくれるなど、研究の大きな助けになっていた。しかしカヴィンは論理的で現実的志向の強い男だ――強迫的な衝動というものを持ち合わせていない。もしジェイスが日がな一日起きている間の意識の全てをこの暗号の研究に没頭させていると知られたら、カヴィンは研究を止めてしまうだろう。

 ジェイスの目が痛んだ。少しの間、彼は目を強く閉じてまぶたをこすった。サンプルは大量にあるのだが答えが見つからない。集まったピースが噛み合わない。石片に曲線状に描かれた図形の数々には法則性や統一性があるのだが、何の連続性もメッセージも無い。何かが、足りない。

 下の階でドアをノックする音が聞こえた。


(解説)
ジェイス=ベレレン:みんな大好き青の人。引きこもりニート同然の生活をしながら、町中に張り巡らされている謎の暗号の研究をしている。無限連合はどうした。

カヴィン:ジェイスの助手を務めるヴィダルケンのいい男。《ジェイスの文書管理人》の彼だろうか。

日本語として長ったらしくなったり、直訳したらよく分からない表現になったりするので、たまーに文をぶったぎったり意訳が入ったりしますが、基本的には少しずつでも全部訳していく方針です。

コメント

お気に入り日記の更新

日記内を検索