MTG背景小説翻訳シリーズ。

いろいろ細かい掌編は出ているけどメインストーリーがどうなっているのか気になる!けど本一冊レベルの長さの英語とか読めるわけねーよ!

そんなヴォーソス(フレーバー勢)向けに作成しているストーリー攻略記事です。


まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/



◆注意◆
ここの翻訳は、権利問題に引っかかる事を防ぐため、訳者の独断と偏見で色々はしょった抄訳となっています。
一字一句訳してはいないので、ざっくりあらすじを読むような内容と思っておくと吉。


では、ドウゾ。


(あらすじ)

 ラヴニカ中に広がる謎の力線、“暗黙の迷路”の研究にのめり込んでいたジェイス。しかし自分の研究が友人をギルドの抗争に巻き込んでいた。それを知ったジェイスはギルドの追及を逃れるため、研究の相棒であったカヴィン、そしてジェイス自身の“迷路”の記憶を破壊した。

 記憶を失って気が付くと、友人のエルフ、イマーラ・タンドリスが誘拐されていた。

 ラクドスとの戦闘を経て、ゴルガリの地底街の奥深くでついにイマーラと再開するが、そこに吸血鬼ミルコ・ヴォスクが現れ・・・



ギルド門侵犯(抄訳)


1章 A WANTED MIND (求められた記憶)


 地下深くの洞窟のような部屋で、ジェイスとイマーラは上半身裸の吸血鬼、ミルコ・ヴォスクと対峙していた。
 イマーラが治癒術をかけているが、ジェイスの体は未だヴァロルズの棍棒が直撃したダメージで軋んでいる。イマーラの強大なエレメンタルは消えていた。完璧なタイミングで来てくれたものだ。
「短命の者よ、我が主が価値を置くのはお前達の精神の中にある物だけだ。これから起こる事のためには、お前達の肉体は完全である必要は無い。」
 ジェイスは何とか立ち上がり、構えた。
「彼女に指一本でも触れたら、お前を殺す。」
 ヴォスクは牙を見せてニヤリと笑った。ジェイスが反応するよりも速く、ヴォスクはイマーラに突進した。イマーラの体が床を滑り、壁に叩き付けられて動かなくなった。ヴォスクはジェイスの方を向いた。
 ジェイスは吸血鬼を止めようと呪文を撃つがその力は弱く、ヴォスクは腕で軽く払うだけで魔法を打ち消した。
 ヴォスクはジェイスの肩を掴み、力づくで後ろを向けさせて首筋に噛み付いた。ジェイスが感じたのは、痛みや血を抜かれる嫌な感覚だけではなかった。
 ジェイスは自分の思考が貫かれているのを感じた。精神攻撃で自分の記憶に侵入されているのが分かった。ジェイス自身の精神魔法をもっと強引にしたようなものだ。この上半身裸の吸血鬼が、ジェイスの記憶の一つ一つを取り上げて味わっているのを感じた。
 反撃のマナが必要だった。力でもスピードでもこの吸血鬼には勝てない。だが、ジェイスがマナを集めるよりもはるかに速く、ジェイスの血が抜かれていった。

 もはやこれまでと思ったその時、ヴォスクは牙を抜いてジェイスを離した。二人が離れると精神の接続が途切れ、ヴォスクは不愉快そうに口からジェイスの血を拭き取った。
「ばかな・・・お前は何も知らないだと?」
「遅かったね。君が手に入れようとしたものは、もう無くなったよ。」
「お前はそうするべきではなかった。事態はずっと悪い事になるぞ。私なら情報だけを “秘密なる者”(訳注:原文ではthe Secretist)に届け、お前達は無事に残す事も出来たのだ。」
 ヴォスクはジェイスの方を見据えつつゆっくりと後退した。そしてそのまま立ち去った。

 ジェイスは膝にイマーラの頭を抱えて座った。イマーラは息をしていたが、その息はかすかな物で、体に力は無かった。
 ジェイスはテレパシーで助けを求めようとしたが、地下深くに入りすぎて、地上には届かない。そもそも、誰に救助を頼むというのか・・・?ジェイスは思い知った。この世界でジェイスが本当に知っている人の何と少ないことか。たとえ、多元宇宙の全てを見渡しても、ジェイスに関係のある人物はあまりにも少ない・・・。
 もしイマーラを連れて他の次元に渡ることが出来たら、そうしていただろう。イマーラを連れて、どこか別の次元でギルドにもモンスターに狙われることなく平和に生きることができた。しかし、イマーラはプレインズウォーカーではない。その事が、ジェイスをラヴニカに繋ぎ止めていた。
 ジェイスはイマーラの事を殆ど何も知らなかった・・・人の心を読めるのに、ジェイスは人の事を何も知らない。
「ジェイス・・・」
イマーラが呻いた。
「イマーラ。」
ジェイスはそっとイマーラの頭を起こした。イマーラは部屋を見回した。
「彼を殺したの?」
「僕の方が殺されそうになったけど、あいつは逃げた。大丈夫か?」
「私は平気よ。」
「頭から血が出てる。」
「あなたの方がひどいじゃない。」
「そうだね・・・君に治してもらってばかりだな。」
 ジェイスはイマーラの顔を見たが、笑顔は無かった。二人はただ静かに、傷を癒し、破れた服を繕っていた。人目につくラクドスの死体も集め、イマーラの魔法で苔や菌を生やして覆った。
「君を議事会に帰そう。」
イマーラが頷いた。



 ラル・ザレックがギルドマスターの部屋に入ったとき、ニヴ・ミゼットは脈打つ光の線で描かれた第十地区の立体図を見ていた。
「お呼びしましたか?偉大なる火想者様。」
ドラゴンは首を上げて翼を広げたが、目は立体図の方を向いていた。
「ギルド魔道士ザレック、お前は迷路の計画に力を入れてくれているな。」
「はい、ギルドマスター。あなたの指示でイゼットの魔道士のチームを編成し、第十地区の全てとその先をたどって来ました。この地区を走るマナの流れをたどり、古のギルド門を繋ぐ道を特定して来ました。また、ギルド門の正確な位置を認識する手がかりとなるアーティファクトを発見してきました。間もなく、答えが出来上がるでしょう。俺達はあなたのために、この迷路を解いて見せます。」
(俺が迷路を解いてやる。)内心でラルは思った。
 しかし、ニヴ・ミゼットは既に関心を立体図の方に向けていた。
「時間が無い。お前には別のやって欲しい実験がある。個人的に興味がある事柄だ。」
「俺を迷路の調査から外すと?」
「ある意味では。」
「しかし、ギルドマスター・・・間もなくです。答えはもうすぐです。これはイゼットにとって重大な計画のはず。」
「確かに迷路は最優先事項だ。だが何者かが我輩の精神に干渉した。その者は使えそうだ。」
「俺はずっと迷路の調査を続けてきました。あと数日か、数週間で迷路のルートが分かります。」
「いや、お前では知ることは無い。お前は“法則”を理解していないからだ。お前は迷路の本質が見えていない、ゆえにまだこの計画に成功していないのだ。お前の精神は矮小だからそれは理解できる。だがそれゆえにお前を食い殺してしまいたくもなる。」
 ラルは腕のガントレットから伸びるパイプを弄り、鼻で荒い息をしていた。
「我輩はその者の居場所も名前も知らぬ。だがその者の精神が僅かに接触し、顔は把握している。見つけて欲しい。」
 ドラゴンは爪を動かすと、実物より明らかに巨大な男の幻が現れてラルを見下ろしていた。若い男で、青いフードの外套を着ていた。



 血魔女、イクサヴァは自ら大きな死体を引きずってラクドスの本拠地、リックス・マーディのホールを歩いていた。ホールの両側の壁には何人ものマスクを付けたカルト信者、トゲの首輪をつけたインプ、他にも様々な姿をしたラクドスの凶漢が鎖で繋がれていて、目の前を歩くイクサヴァに噛み付き、鎖を伸ばして襲い掛かろうとしていた。
 死体を捧げなければ。あのベリムと名乗った青いフードの幻影使いは、いい見世物になるはずだった。しかしあの男はイクサヴァを出し抜き、配下を惑わして逃げおおせ、ショーを台無しにしやがった。あのベリムという青い魔道士は死ななければならない。
 さらに不運なことに、奴はイクサヴァから情報を盗んだ。イクサヴァは、あのイマーラというエルフを誘拐するのに関わった。ラクドス卿はそれを喜ばないだろう。

 洞窟のような部屋に、ギルドマスター、デーモンのラクドスは居た。デーモンの目と角は燃える鎌に照らされていたが、それ以外は煙で見えなかった。
「贈り物があります。ご主人様。」
「ああ、匂いがするぞ。こっちに持って来い。」
イクサヴァは死体を二つの溶岩が煮えたぎる穴の間に運んだ。
「もっと近くだ。」
声がした。イクサヴァは躊躇したが、声の方に死体を近づけた。
 不意に巨大な腕が現れてその肉体を掴んだ。イクサヴァは、悪魔の王が頭上高くに死体を掲げ、爪でそれを潰し、滴り落ちる血肉を味わうのを見ていた。
 ラクドスは死体を溶岩の穴に投げ捨てると、それは跡形も無く焼き尽くされた。
「お前から別の何かの匂いがする。魂の叫びだ。何かをしたいと渇望しているな。」
「はい、ラクドス卿。少々・・・面倒なことが。」
「どうやってそれを片付けるのだ?」
「一人の男が死ななければなりません。」
「ならば、良い知らせではないか。」
「奴は強敵です。」
「お前は教団の力、そしてこの俺の力の一部を持っている。それでも足りないのか?」
「奴が然るべき苦痛を受けるためには、もっと強力な力が必要です。」
ラクドスは影の中に消えていった。
「その男が与えた影響は良いものだ。お前の火は、他の我が下僕の誰よりも明るく燃えているぞ。」
「貴方に血と混沌を捧げましょう。」
イクサヴァが言った。
 暗闇の中からラクドスが現れ、イクサヴァに二振りの鋸刃の剣を渡した。イクサヴァはそれを戸惑いながら受け取り、何とか感謝を示そうとした。
「きっと、これらは今まで鍛えられたどんな剣よりも肉を切り裂くことでしょう。」
「そのようなことは無い。」
イクサヴァは刃を眺めた。
「では・・・少し触れただけで灼熱の痛みをもたらす魔法が・・・」
「そういう類の者でもない。」
「それでは・・・一体・・・?」
「お前は鎖を斬ったことが無いのか?」
 イクサヴァはすぐに反応出来なかったが、徐々に歪んだ笑顔が広がっていった。
「成程・・・有難うございます、ご主人様。」
両手にそれぞれ剣を持ち、イクサヴァは振り返った。

 イクサヴァがホールに戻ると、鎖に繋がれた狂人たちが噛み付こうとした。
「さあ、暴れるよォ。」
 一つ、また一つ。イクサヴァは鎖を切り落とした。鎖を解かれたインプや戦士がサディスティックな笑みを浮かべながらイクサヴァの後に続く。イクサヴァが歌うと、彼らも合わせて歌い出した。混沌の軍勢は、唸り声でベリムの名前を歌っていた。



 ジェイスはイマーラを連れて地底街の湿ったトンネルを歩いていた。
「ごめん。」
ジェイスがイマーラを肩越しに見て言った。
「何の事ですか?」
「僕を探した時、こんな事になるとは思わなかっただろう。いつでも厄介事がついて回る。」
「そうね。貴方に始めて会ったときから、あなたを中心にトラブルが渦巻いていた。でも貴方だけじゃありません。私は長く生きてきましたが、ギルドがこれほどの緊張状態になったことはなかったわ。誘拐。領域の侵犯。殺人。もっと酷い事になるわ。」
「僕が自分の記憶を壊したりしなければ、君をもっと助けられただろうに。」
「いいえ。貴方は、私と同じ事をしているの。どんな代償を払ってでも、私たちを守ろうとしていたのですね。」
「君を議事会に帰したら・・・トロスターニが君は安全だと分かったら、これを終わらせる事が出来るかもしれない。ギルドの緊張を取り除こう。君は平和の使者になる。セレズニアが、たとえラクドスが相手でも報復はしないと示せば。」
イマーラが笑顔を見せた。
「それは良い考えね。」
二人は陽の光に向かって階段を上がっていた。
「そうだ、イマーラ?」
「はい?」
「あの彫刻の葉を覚えている?連絡のためのアーティファクト。」
「ええ。」
「あれは動いた?」
「はい。聞こえたわ。その時私はラクドスに捕まっていたけど、聴いていました。」
「良かった。確かめたかっただけだよ。」
 ジェイスは前を歩き、イマーラの顔を見なかった。その言葉の意味を知りたくなかった。だが、彼の声が聞こえたと分かるだけで、胸に暖かさを感じていた。


2章 UNFAMILIAR DEPTHS (知られざる深淵)


 印刷されたその文字は、あまりにも厳かで逆らいがたく、公式文書である事は疑いようも無い。ラヴィニアは辞令を見て、落ち込んでいた。
 その文書はまるでラヴィニアを挑発しているかのようだ。そこには、ラヴィニアにとって最大の名誉、第十地区全域におけるの法を守る最高責任が記されていた・・・“異動前の職務”の下に。
 “新しい職務”の下には簡潔に、“監督官 新プラーフ”とだけ書かれていた。

 これが単なる異動ではなく降格であり、ベレレンを捕まえられなかった罰であるのはラヴィニアも分かっていた。
 イスペリアの命で今の仕事に移されるまで、ラヴィニアはオフィスの中で過ごすことは少なかった。彼女にとって、現場である第十地区を歩く事よりも素晴らしいものはなかった。舗装された道を歩くブーツの足音、夜のパトロールを終えた後の清々しい夜明け、取り押さえた敵の顔が地面にぶつかる感触に勝るものは無かった。
 何よりも我慢できないのは、ベレレンを捜査出来ないことだ。カヴィンに会ったことでそれが再燃した。カヴィンは何年も前にアゾリウスにいた尊敬すべき法魔道士だったが、あのベレレンという男に精神を侵食され書き換えられたのだ。しかし今、彼女はこのギルドの本拠地に、自ら遵守する法によって縛り付けられている。

 ラヴィニアはまるで夢遊病者のように階段を下りて、リーヴの塔の入口に近づいた。
「お疲れ様です。オフィサー・ラヴィニア。」
「こんにちは、サミール。」
ラヴィニアは門番に何か話を聞きたいだけだった。何でもいい。そう自分に言い聞かせた。
「動きは、ありましたか?」
「暴動は通り過ぎました。死傷者はいません。若干の器物損壊が出ています。」
 当然、彼はラクドスのことを話していた。ラヴィニアは、報告を確認することしか出来ない。これも重要な事件であるが、ラヴィニアの頭の中にはずっとベレレンがいた。
「逮捕者は?」
「ありません。」
「良かったです・・・その、死傷者が出ていなくて。」
「おっしゃる通りです。」
 この門を守る兵士の先、午後の明るい町並みを見た。そこには今も、人ごみを切り抜けるスリが、違法な賭け事に興じるごろつきが、他の堕落したギルドの工作員がいる。そのどこかでベレレンが自由に歩き回り、もっと危険な犯罪をやらかしているかもしれない。自分が中に閉じ込められている間に。
 ほんの一瞬だけアゾリウスへの忠誠を忘れて門の外に抜け出しさえすれば、ベレレンを追うことが出来る。
「ラヴィニアさん!?」
「お願い、行かせてください。」
 ラヴィニアは、外へ踏み出そうとして足を上げた。門番の顔が恐怖に染まっていく。道を塞ごうとはしなかったが、横に引いて道を明けようともしない。

 しかし、ラヴィニアは振り返って塔の中心に戻った。スフィンクスの言葉は法と同じだ。自分が法に従って生きなければ、自分が追いかけてきた犯罪者達と何も変わらない。
 ラヴィニアはカヴィンから託されたノートを取り出した。これを書きながら、自分の記憶が奪われていくのはどんな恐ろしい事だろう。イゼットの動きとも関わっている研究。これこそが、ベレレンが何者かを理解し、正義の下に引きずり出す鍵だった。
 ラヴィニアは塔を上らず、逆に階段を降りて行った。地下の警備兵は鎧ではなくローブを着て、肩にフクロウを乗せていた。
「新プラーフの大書庫に何の用だ?」
「ちょっと調べ物を。」



「お前は失敗した、ミルコ・ヴォスク。」
 ミルコ・ヴォスクは地底街の奥深くの一角に居た。やはりギルドマスターの姿は見えず、声だけを交わす。ディミーアの支配者、ラザーヴの姿を見たこ者をヴォスクは知らない。だがその声はいつにも増して鮮明だ。ヴォスクは自分への敵意を感じた。
「我々の情報が間違っていたのです。ベレレンは何も知らないのです。申し訳ありません。」
「貴様は私の情報が間違っているというのか?ベレレンもエルフも連れてこないで、口先だけの謝罪で済ませるつもりか?やつらの情報はどうなる?」
「ベレレンの記憶には穴があったのです。彼は手に入れた情報を失ってしまっている。私にはその原因が分かりません。別の誰かが“飲み込んだ”としか・・・」
「別の誰か?ディミーアが訓練した“別の精神を飲む吸血鬼”が、迷路の秘密を狙ってベレレンを追ったとでも言いたいのか?」
「そうではありません、主よ。」
 周囲の影が集まって人の形になった。フードの陰で顔は見えないが、ラザーヴの声で話していた。
「お前は失敗した。そのせいで自ら事に当たらなければならなくなった。お前には適切な罰を用意した。お前は・・・“忘れ去られる”のだ。」
 ラザーヴがフードを取ってヴォスクに素顔を見せた。ヴォスクが驚愕で喘ぐような息をした。細部にわたるまで、ミルコ・ヴォスク自身の顔だ。
「シェイプシフター・・・」
ヴォスクは声を絞り出した。
「連れて行け。」
ラザーヴが言った。これまで命令を送り続けてきたしわがれ声が、ヴォスクの顔から出てくるのはあまりにも不自然だった。

 無数のギルド魔道士が現れ、ヴォスクの腕と首を掴み、何らかの魔法が施された金属を肌につけた。そしてヴォスクに目隠しをして引きずって行った。臭い水たまりを、下る階段を、曲がりくねるトンネルの中を運び続けた。その間、ヴォスクは何日も運ばれ続けたように感じた。
 最後に、魔法を使ってヴォスクは分厚い壁の中に押し込められた。ヴォスクは目隠しを取ったが、何も見えなかった。周りを調べたが、溝や出っ張りの一つも無い、平らな石の感触しかない。ヴォスクは、何も無い空間に閉じ込められていた。
 ヴォスクの頭の中で笑い声が響いた。
「貴様を隠したのだ。そして、かつての最も信頼置けるエージェントから学んだ技で、貴様をそこまで連れてきた魔道士たちの記憶を飲み込んだ。これで私以外は誰も、お前が埋葬された場所は知らない。誰も。」
 ラザーヴはそれ以上何も言わなかった。物音一つしなくなった。ヴォスクは闇の中、傷一つ無い壁に倒れこんだ。
 それから少し後、闇の中でカサカサと物音がして、誰かの息が聞こえた。ヴォスクと一緒に誰かが居る。

「そこに誰か居るのですか?私の名はカヴィン。教えてください、ここはどこでしょうか?」


3章 STIRRING UP THE PAST (過去を求めて)


 セレズニア議事会の寺院の庭。木や蔦が生い茂っていたが、それは大理石の柱に合わせて美しい模様のように手入れされていた。
 すれ違った全ての人がイマーラを見ると頭を下げる。ジェイスはこのような光景は見たことが無かった。イマーラの佇まいから、たとえ地下世界の中でも、汚れや傷にまみれてもイマーラの佇まいから感じられる高貴さ・・・それは決して安っぽい地位や血筋によるものではなく、イマーラ自身の中にあった。
 イマーラは議事会にとって英雄だった。あらゆる人が彼女に敬意を示す。
 だがジェイスを見ると、みな顔をしかめて笑顔が消えた。ジェイスがギルドへの誘いを断ったのを知っているのか、それともイマーラが拉致されたのはジェイスのせいだと考えているのだろう・・・。
 それでも、一人の年老いた女性がジェイスに、イマーラがくれたものに似た木の葉を模した彫刻を渡し、歓迎の意思を見せてくれた。

 一人のエルフの男がイマーラとジェイスに近づいた。男がイマーラに笑いかけると、二人のエルフはダンスのパートナーのように手を取り合い、お互いの目を合わせた。そして二人は、丁寧な仕草で互いの額を触れ合わせた。それはキスをするよりも親密な行為のように感じられた。
 ジェイスは、イマーラがこれまでで見たことが無いくらい幸せな様子に見え、驚愕した。彼女はこの男に特別な感情があるのか?
 当然だが、ジェイスとイマーラはただの友人だ。そして自分自身の信念から、彼女の頭に忍び込むことは決してしなかった。イマーラは人間に特別な興味は無いと言っていた。

 ようやく、エルフの男性が手を離した。
「彼が、ジェイス?」
イマーラはジェイスの顔を見た。
「あら、ごめんなさい。カロミア警備隊長、こちらが私の友人、ジェイス・ベレレンです。」
イマーラの目は謝罪しようとしていたが、頬は喜びで紅くなっている。二人で少し・・・旅をしていたの。」
 ジェイスは、その男の肌があの吸血鬼のように冷たいような気がした。しかし意味は無い考えだ。カロミアが何を企んでいるのか、知りたいという衝動を感じたが、結局は自分が嫉妬している、それだけの事だ。
「すまない、カロミア。彼女から君の事は聞いていなかった。」
なんて子どもじみた皮肉だ。ジェイスはそう思ったが、その言葉に嫌な快感があった。
「イマーラを助けてくれて有難う。しかし、君は精神魔道士ではないのか?心を読めるのなら、知っているはずじゃないのか?」
「僕の魔法はそういうものじゃないよ。」
 しかし、他の人はきっとそう考えているのだろう。ジェイスは精神の侵入者で、彼に合う人は誰でもかれでも心を読んで秘密を知られる。イマーラもそう思っているのであれば、果たして友人であるかも怪しくなってくる。ジェイスにセレズニアのギルドに加わるよう求めてきた・・・敵の手に渡してはいけない武器のように思っていたのでは・・・?
「ラクドスは彼女に何かを期待していたわけじゃないだろう?」
カロミアはジェイスの腕にひじを小突いて話しかけた。その仕草は妙に馴れ馴れしい。
「ラクドスじゃない。ディミーアに仕組まれていたんだ。そうだね、イマーラ?」
イマーラは頷いた。
「ディミーアの吸血鬼が送り込まれて、私たちをさらおうとしたの。特にジェイスに関心があったようです。」
「彼がディミーアにとって何の価値があるというんだ?おっと、君を悪く言うつもりじゃないよ。」
カロミアが聞いた。
「ジェイスはとても重要な研究をしていたの。ギルドの歴史に関する研究を。」
「何がそんなに重要な事だと?」
「覚えていないんだ。」
ジェイスは惨めに答えた。
「ジェイスは自分の研究を記憶から排除したのです。」
「そうか・・・空洞か。」
失望したカロミアが言った。ジェイスの中にさらなる疑念が生まれた。この“空洞”(訳注:原文ではempty vault。Emptyは空っぽ、Vaultは部屋、金庫室、霊堂などの意味)という言葉をどこかで聞いた気がする。
「君が思い出せないのが残念だ。精神魔道士はそう簡単に自分の記憶を無くすのか?だが、関係ない。ギルドパクトなき今、考えても詮無きこと。戦争の時だよ。他のギルドから私たちを守らなければ。」
 イマーラが驚愕して目蓋を上げた。
「戦争を止める時でしょう。私立ちの役目はギルドの争いを止め・・・」
「イマーラ、あなたはギルドにおける自分の影響力を過小評価している。君が拉致された事は議事会で重大に受け止められ、多くの者が報復するべきだと考えている。イゼットが行動し、その裏でディミーアが関わるのなら警戒しないに越した事は無い。だが、それはトロスターニ様に聞くことだ。ギルドマスターは、貴方に会うことを待ち望んでおられる。」



 トロスターニを構成する三人のドライアドがジェイス達を見下ろしていた。彼女たちは調和の化身、三人の個が一つになった存在だ。
「イマーラ、戻ってきてくれて安心しました。」
「トロスターニ様、こちらがジェイス・ベレレンです。」
 ジェイスはぎこちないお辞儀をした。
 三人のドライアドがジェイスに笑顔で見下ろしていた。
「イマーラを連れ戻してくれて、感謝します、ジェイス。我々は個よりも全体を重んじ、誰一人として他の者より特別な人はいません。ですが、イマーラは我々にとっても重要な存在です。」
「それは僕も知っています。」
「ありがとうございます、トロスターニ様。」
「故に、我々はイマーラを信じて貴方を探しに行かせた。その甲斐はありましたか?」
「彼は全て忘れてしまったのです。」
カロミアがクスクスと笑っていた。
「ジェイスは私達が必要な記憶の一部を失ったのです。」
「では、これまでの事は何だったのでしょうか?」
トロスターニが言った。
「全くです。精神の魔道士は、こうも簡単に物を忘れるのでしょうか。」
 ジェイスは恥ずかしさで体が物理的に痛くなりそうな気がした。カロミアの目を見ないようにした。今にも殴りたくなりそうだからだ。
「それでも、ジェイスの能力は役に立ちます。」
「そうでしょう。彼の能力でイゼットが秘密の計画を進めている事も、ラクドスがあからさまに攻撃的になっている事も、アゾリウスがギルドの緊張が高まって恐れていることも。だが、我々は既にそれを知っているではありませんか?皆さん。」
カロミアが言った。
「他に記憶があったのです。ですが彼は自分の記憶を破壊しました。」
「ならばそれほど重要な記憶ではなかったのでしょう。」
カロミアが気取ったようにニヤニヤと笑っている。彼はイマーラの手を握った。
「もし、貴方が許してくれるのなら、我々の一部は考えるのではなく、行動の人です。トロスターニ様、ラクドスは動いています。“私の”力が必要なときです。」
トロスターニはかすかに頭を傾けた。
「敵には償いをさせましょう。」

 カロミアはジェイスに握手をした。
「ジェイス殿、あなたが記憶を取り戻すのを期待している。」
 ジェイスはもう我慢できなかった。カロミアの心を読んでみた。この男の嫌な感じの原因を突き止めるのだ。
 しかし驚いたことに、ジェイスの精神魔法は失敗した。ジェイスは男の手を引っ張り、面と向かって近くに寄せて、目を見た。再び精神魔法をかけた。しかし何も無い。心を読むことが出来ない。
 カロミアの口は一直線だが、端だけが僅かに上がっていた。
「お前は何だ?」
「ジェイス、何をしているの!?」
「彼の心が読めない。彼の精神には何も無い。なぜだ?」
「ジェイス、止めなさい!カロミアのことは何十年も知っているわ!」
 ジェイスはカロミアを離したが、彼から目を背けなかった。
「彼は自分を偽っている。」
「ジェイス、あなたは間違っているわ。」
イマーラが鋭く言った。
「付いて来てください。どうやら長居させてしまったようですね。私がギルド門に案内しましょう。」
 カロミアがジェイスを連れて外に出ようとした。
「ラクドスを攻撃してはいけない。」
ジェイスはトロスターニに訴えた。
「だめだ。それがあいつらの狙いなんだ。」
「あなたがセレズニアの一員であればご忠告を聞き入れたでしょう。ですが、警備隊長カロミアは何年もの間、忠義ある戦士で助言者でした。」
 もう止められない。セレズニアはラクドスに攻め込むつもりだ。この心を読めない怪しい男は、トロスターニとイマーラの信頼を勝ち得ている。何かが引っかかるが、記憶が無いのが仇となり全体像をつかめない。ジェイスは、陰謀という触手が何重にも蠢いてイマーラを捕らえようとしているのだけは分かった。
「イマーラ。ここは危険だ。僕と一緒に行こう。」
「駄目よ、ジェイス。私はギルドに必要なの。ここに残るわ。」
トロスターニの大樹のような高く伸び、三人のドライアドが腕を組んだ。
「警備隊長カロミアは貴方が生まれる前から議事会に仕えて来ました。我々はあなたの侮辱を受け入れることはできません。お引き取りなさい。」
 ジェイスはイマーラを見た。イマーラの顔は、二人の間の絆を切り裂く刃ように鋭かった。ジェイスは木の葉の彫刻をイマーラの手に置いた。
「これを受け取って。万が一、僕が必要になった時のために。」
 この小さな葉の形をしたものが何かの機能を持つのか、ジェイスは知らなかった。イマーラは何も言わない。
「さあ行こうか。」
カロミアがジェイスの腕をとって言った。



 その場所は完全に焼け落ちていた。ラル・ザレックが焼け残った壁を足で軽く押してみると、粉々に崩れた。
 偉大なる火想者があの謎の男の情報を求めていたが、彼は失望するだろう。
「ここは間違っているのでしょうか。」
ゴブリンのスクリーグが頭を掻きながら言った。
「いや、この辺りの連中が確かにここだと言っていた。ここにあの男はいたんだ。」
「全部燃え尽きてはないかもしれません。灰の中を調べましょう。何か残っているかも。」
「アゾリウスとボロスがここを調べている。何も残ってないだろう。」
「彼らが見落とした何かがあるかも。」
 スクリーグの楽観的な態度はラルを苛立たせた。しかし、他に手は無く、今のままでは手ぶらでニヴ・ミゼットの元に帰るしかない。
「仕方ないな。何でもいいから記述されたものを探すぞ。調査の紙、地図、ノートだ。」

 しかし、それでも何も見つからなかった。
 スクリーグが灰の中から空気を求めて立ち上がり、咳き込んだ。
「探知術をかけ続けました。この書斎には書き込みも、石に刻んだ跡も、ルーンのパターンもありません。全部燃えてしまいました・・・。」
 だが、このまま何一つ手がかりも無いままニヴ・ミゼットに合わせる顔は無い。それ以上に、ラルはこのベレレンという魔道士が自分を出し抜いたとは認めたくなかった。
「燃えてしまった・・・そうだ。燃えた。だが、“ここ”にある。」
ラルは、手を叩いた。
「スクリーグ、灰を浮かべろ。」
「浮かべる・・・ですか?」
「そうだ。全部だ。」
「そのような魔法はゴブリン一体の手に負えるものでは・・・」
「いいからやれ!」
「い、イエッサー!?」
 スクリーグは深呼吸し、重力操作の呪文を唱えた。灰や木の屑などが浮かび上がり、渦巻く雲のようになった。やがてスクリーグ自身も宙に浮かび、呪文を維持しようと集中している間、ふわふわと空中を転がっていた。
「石やレンガは要らないから落とせ。灰だけを残す。」
 スクリーグは自分のガントレットを操作した。いくらかの破片が落ちて、より純粋な灰の粒子だけが残った。
「やった!出来たみたいですよ!」
「次はガラスや木の破片を取り除いてみろ。」
 再び、スクリーグが呪文を変化させると、雲の中からさらに埃が分断された。残ったのは空気の流れで渦巻く灰だけになった。
「では、灰を一箇所に集めろ。それから、そこをどけ。」
 スクリーグが術のあまりの複雑さに呻いていた。灰の雲を小さく集めて平らな紙のように凝縮した。
 ラルがそれに近づき、凝縮された灰に自分の魔法で電気を走らせていく。その魔法によって似た物質のものが繋ぎ合わされ、格子状のものに固定された。
「よし。これ以外は全部落とせ。」
 スクリーグが安堵の息を吐き、呪文を解除して落下した。

「・・・ルートだ。」
 ラル・ザレックは電気の磁場を発生させ、灰の中からパズルのように粒子をつなぎ合わせてノートを復元したのだ。
「ベレレンは“迷路”を通るルートをいくつか発見していた。暗号化されているが、使える。こいつ、もう少しで迷路を解いていたところだ。スクリーグ、どこだ?」
 灰のたまった穴の中から、腕が出てきた。スクリーグは起き上がってラルの足元に来た。
「これでベレレンを見つけられますか?」
ラルはニヤリと笑った。
「スクリーグ、もうベレレンは必要ないよ。」
(・・・もうニヴ・ミゼットすらも必要ない。)ラルは考えていた。

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