MTG背景小説「ラヴニカへの回帰」翻訳シリーズ。
いろいろ細かい掌編は出ているけどメインストーリーがどうなっているのか気になる!けど本一冊レベルの長さの英語とか読めるわけねーよ!
そんなヴォーソス(フレーバー勢)向けに作成しているストーリー攻略記事です。
まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/
『ギルド門侵犯』前編↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307150012212277/
◆注意◆
ここの翻訳は訳者の独断と偏見で色々はしょった抄訳となっています。
一字一句訳してはいないので、ざっくりあらすじを読むような内容と思ってください。
それでも、会話パート、戦闘パート、重要な情報はできるだけ重点的に訳出するつもりです。
(あらすじ)
記憶を失っていたジェイスはセレズニアの元にイマーラを帰還させた。そこでイマーラの旧友である警備隊長・カロミアと出会う。
仲睦まじい二人の様子、迷路の記憶を持たないジェイスに不信感を露わにするカロミアに、ジェイスは不穏な何かを感じる。しかもカロミアの精神は強固な魔法で完全に閉ざされ、ジェイスの能力でも読み取れなかった。
一方、ラル・ザレックはミゼットの命令でジェイスの行方を追う。そしてジェイスの研究所跡にたどり着き、灰の山から資料を復元して迷路の手がかりを掴んでいた。
3章 AID FROM AN ENEMY (敵からの援助)
ジェイスはセレズニアの庭から立ち去り、巨大都市の終わり無き喧騒の中へと飲み込まれていった。
ジェイスは次元規模の陰謀に関わるプレインズウォーカーだったが、今やこの次元の全てから解放されていた。ラヴニカの敵の記憶はジェイスの精神から消えた。自分の書斎は廃墟になった。相棒のカヴィンは逃げ出した。二度とジェイスの顔を見たいとも思わないだろう。イマーラはギルドに戻った・・・彼女にとって大切であろう人の腕の中に。もうこの次元はジェイスを必要としていない。いつでもラヴニカを去ることが出来た。
だが、本当にそうだろうか?ジェイスの記憶には穴がある。そしてイマーラに危険が迫っているという予感が残っていた。何かがおかしい。何かが頭の中で引っかかっていた。記憶を取り戻さなければ。
ボロスの警備兵が角を曲がってジェイスの方を向いた。ジェイスは反射的に身を隠す。
ジェイスが歩いている場所は、“ギルド渡りの遊歩道”と呼ばれている。ギルド固有の領地に囲まれた道だ。あらゆる種族やギルドの人が通り過ぎた。シミックの生術士がカニのような生物を持ち歩き、ゴルガリの行商人が地底街で見つけた物を売り歩き、オルゾフの貴族がスラルの召使いを引き連れている。
その中でジェイスは立ち止まり、あのイマーラとカヴィンがいなくなった夜、宿屋で起こった事の手がかりを知る人物がいないか、自分に問いかけた。
◆
剣を振り回しながら、イクサヴァは高らかに笑っていた。4人の巨漢に支えられた高台の上にイクサヴァは立ち、それを囲むようにラクドスの大軍団が通りを埋め尽くしていた。
イクサヴァには、あの精神魔道士をおびき寄せる考えがあった。奴は無辜の人々の命を心配するタイプだ。混乱を引き起こす、そうすれば奴の方から姿を現すだろう。
ラクドスの暴動はアゾリウスの駐屯所と検問所に迫った。数人の法魔道士がお得意の法律文句を延々と繰り返しながら道を塞いだが、ラクドスの暴徒は意に介さずアゾリウスのシンボルが飾られたアーチを叩き潰した。
ラクドスの暴徒は向きを変えて、馬車を壊し、店の窓を叩き割り、道を歩いていた人々を踏み超えていった。ラクドスの行進にあわせてイクサヴァは歌い始め、他の教徒もイクサヴァに合わせて歌った。
◆
ジェイスは、ラヴィニアのオフィスのドアに寄りかかっていた。フードを深く被り、顔は半分しか見えない。二人の間を隔てる机には、ラヴィニアが大書庫で深く調べていたと思われる古書、建築物の資料、古代の地図が積まれている。
「まさかあなたがここに来るとは。」
「僕がなぜここにいるのか、考えてもらいたいね。」
ジェイスとラヴィニアが向き合っていた。
「お茶はいかが?兵に持って来させましょう。」
「兵を呼んだら、僕は消える。二度と戻らない。そして君の事件は解決することは無い。」
ラヴィニアは椅子に座り、ため息をついた。
「私の“事件”はもうどこにもありません。あなたの捜査はボロスに引き継がれました。手当たり次第に火の玉をぶつけて突入する事を、適切な捜査と呼ぶギルドに。ですが、今は貴方がそれほどの重要人物かも定かではありません。」
「僕は確かに重要で危険な何かを握っていた・・・だが、それを失ってしまった。僕はそれを取り戻なければならない。」
「それで、貴方を捕まえようとした私に助けを求めるために、アゾリウスの本拠地に侵入して来たのですか?犯罪者にしてはずいぶんお粗末ね。」
「君は真実を求めている。僕ならその力になれる。」
「法より上にいると思っている人と協力は出来ません。」
「僕は正義から逃れるつもりはない。正義を求めているんだ。あのセレズニアの女性が誘拐された事件を解決したいだろう?僕はそれをどのギルドが企てたか知っている。」
「ラクドスでしょう。それは知っています。」
「もっと深く考えるんだ。ギルドの争いで利益を得るのはどこだ?セレズニアを刺激し、ラクドスに暴動を起こさせ、自分の計画に目が行き届かないようにしている連中だ。」
「イゼットですか?彼らが何かをしていることは知っています。」
「イゼットもまた、注意をそらしている存在だ。」
「ディミーア家?」
「イマーラが誘拐された後、ディミーアの工作員が僕を襲った。僕がもう持っていないものを探していた。」
ラヴィニアは考え込んで、何も言わなかった。
「君は僕が何を失ったのか聞くべきだ。僕の状況を説明できる。」
何かに気付いたラヴィニアから笑みがこぼれた。
「記憶を失ったのでしょう。」
「・・・どこでそれを知った?」
「ディミーアにそれを狙われているのは、あなたの身から出た錆です。そして、自分が何を忘れたのかも覚えていないそうですね。」
「そこまで調べ上げたのか?」
「いいえ・・・カヴィンが教えてくれました。」
「カヴィンが?いつだ?」
「彼はある物をくれました・・・貴方が記憶を破壊している間に、情報の一部を残すことが出来たのです。」
「見せてくれないか?」
「残念ですが、あなたの場合は証拠品ですので。」
「オフィサー・ラヴィニア、僕がこれを思い出さなければ、多くの人が死ぬ。イマーラ・タンドリスもだ。」
「あなたは容疑者なのですよ。イマーラ・タンドリスの誘拐も含めて。その言い分ではまるで貴方が彼女を脅かしているようです。」
「僕達は同じものを求めている。手を組むべきだ。」
「私は今まで、あなたのようなギルド嫌いの扇動者を何人も見てきました。あなたは人々を利用し、要らなくなれば切り捨てるのでしょう。あなたは第十地区とそこに住む全ての人々の脅威です。あなたがあの、頭が二つあるグルールの暴漢を送り込んだ。何人が傷つき、殺されたか分かっているのですか?」
「ルーリク・サーか?」
ジェイスは思い出した。宿屋にいたあの日に、そのオーガと精神で繋がっていた。僅かな可能性だが、ルーリク・サーならジェイスの失った記憶を何か覚えているかもしれない。
「彼とグルールのごろつきたちはあらゆるギルドの門を繰り返し襲って、そのたびに死体が増えていく・・・貴方が彼を雇ってからです。」
「そいつは今どこにいる?」
「見失いました。ですが、ギルド門を次々と荒らしています。」
ラヴィニアは後ろの棚から資料を探した。
「明日になれば、もう少し詳しいことが・・・」
振り替えると、ジェイスは姿を消していた。
◆
ラル・ザレックとスクリーグ、そしてイゼットのギルド魔道士たちは、ベレレンの廃墟で灰の中から復元したノートを頼りに第十地区を何日も駆け回っていた。
1つの正解が姿を現したわけではない。ベレレンの研究ではギルド門を繋ぐ道筋が12種類ほど、これまでのラル自身の調査と組み合わせることで3つまで絞ることが出来た。
ラル達は、アゾールの公開広場に到着した。アゾリウス評議会の創始者であるアゾールが、各ギルドが法の問題について話し合える中立の場として作ったと言われている、円形の広場だ。
ラルとスクリーグは乗り物を降りた。
「次はどこに行けばいい?」
スクリーグが、ガントレットのダイアルを回して調べ始めた。
そして、スクリーグの機械が爆発した。
「私の読みでは、ここで終わっています。」
「何・・・だと・・・?ここが?ここが迷路の終わりだって!?」
「はい。ここに強大なマナが仕掛けられています。マナの流れがこの広場で止まっているようです。」
ラルは何も感じなかった・・・期待していたような事は何も。
「なぜ、何の力も感じないんだ?偉大な知識が俺の前に現れない?俺がラヴニカの王になるはずじゃなかったのか!?」
「そうなのですか?」
スクリーグが聞いた。
「俺達はルートをたどった!」
「ルートの1つです。」
「違う。これが3つある可能性の最後の1つだった。どれか1つが正解のはずだ。俺達は迷路を解いたはずなんだ。」
「でしたら、僕達の実験はついに終わったんですね!」
「終わりじゃない。まだ、俺達が見つけた事の他に何かあるはずだ。」
「では、火想者様にこの結果を報告しましょうか?」
ラルはゴブリンの顔を見た。爆発で黒こげになっても、いつも通りの無邪気な明るい笑顔だ。そして広場を見渡した・・・苦々しさを噛み締めて。
◆
イマーラは、第十地区の自宅に久しぶりに帰った。トロスターニに重用されてギルドの仕事が増えてから、ほとんど家に帰っていなかったのだ。
彼女の家にはカロミアが率いるセレズニアの兵士がいて、厳重に警護していた。ドアを開けようとするが、勝手に鍵が掛けられていた。
カロミアがドアを開け、イマーラは中に入った。
「どういうことですか?あなたが言い出したことなの?」
中の木とハーブの香りは、カロミアのブーツや剣の臭いに変わっていった。屋根の上にも、セレズニア兵の足音が聞こえる。
「私の家に兵士がいるなんて。一体どうしたというの?他のギルドが誤解するわ。私はここに少ししか住んでいない。なのに、議事会の他の人から特別扱いされて・・・まるで囚人のように。」
カロミアは樫の木を魔法で成形したテーブルに寄りかかった。
「君の安全のためだよ。それに、強靭な兵士たちはいいメッセージになるよ。」
「あなた、いつからこうなの?こんなけんか腰なやり方、私は賛成できないわ。」
「イマーラ、君はさらわれたんだ。セレズニアの高官が、ラクドスに拉致された。何もしないわけにはいかない。」
「ラクドスには、デーモンへの忠誠以外には思想も何も無いのよ。ジェイスが要っていたように、裏でディミーアが関わっているわ。」
カロミアの見下すような笑いがイマーラに不快感を与えた。カロミアが悪い話を持ってくるときはいつもこのような顔になる。
カロミアがイマーラの手を取った。
「イマーラ、君は真に平和をもたらす力だ。だけど世界は変わっている。ギルド間の緊張がどんどん高まっているんだ。」
「だから他のギルドに手を差しのべるのでしょう。私たちは、他の皆の事を理解しなければいけないの。“あなた”がそういっていたのよ。」
カロミアは、イマーラの手を離した。
「それで、“彼”を探したのか?」
「ジェイス?そうよ。私の友人よ。」
「彼は怪しい。ギルドにも所属していない精神魔道士だ。危険じゃないのか?」
「ジェイスは特別な力があるわ。ギルドの壁の向こうを見る力が。ジェイスなら私たちを1つにできる。私たちは調和の思想を信じているからこのギルドに来たのでしょう?でも、今のあなたは私と違うものを信じているみたい。」
「君は彼が言った妄言を信じるのか?私がギルドを裏切ると言ったのを?・・・いいかい、トロスターニ様が待っている。1つだけ教えて欲しい。彼は今、ギルドの争いやイゼットの研究についてどれくらい知っている?」
イマーラはため息を吐いた。
「今は・・・彼は何もしらない。彼は本当に研究にのめり込んでいたけれど、ラクドスに襲われたあの日に、自分の記憶を魔法で消してしまったの・・・今は私たちを助ける事は出来ないと思う。」
カロミアは頷いた。
「ここにいて。休んだ方がいいよ。君はいろいろあったからね。」
カロミアはイマーラに近づき、唇を重ねた。
◆
ジェイスがルーリク・サーとグルールの集団を発見したとき、彼らはオルゾフのギルド門に攻め入ろうとしていた。これまでグルールの戦いに遭遇したことは無かった。それぞれが筋骨隆々とした巨漢だが、ルーリク・サーは中でも最も大きく、最も屈強である。
「やあ、ルーリク。」
ルーリク・サーとグルールの一団がジェイスの方を見た。
「こっちがルーリクだ。」
オーガの左側の頭が右側を指差して言った。
「俺は、サー。」
二つの頭がそれぞれ違う名前を持っているが、首から下はどう見ても1つの存在である。
「なら、両方に聞きたい。助けてくれないか。君たちに僕が依頼をした後、君たちは第十地区を決まったやり方で動いている。ルートをたどり、門に入っている。」
「どうやってそれを知った?」
ルーリクが聞いた。
「君たちは何かのパターンを追っているか?僕と会ったときに、何かを知らなかったか?僕は君の頭の中に忘れ物をしたかもしれない。それを返して欲しいんだ。」
「今は俺達のものだ。行け。俺達は、腐れ坊主どもを叩き潰さないといけない。」
「頼む。何でもするから。」
ジェイスが言うと、グルールの戦士達はお互いの顔を見た。ルーリク・サーも、それぞれの頭で向き合った。
「分かった。欲しいなら、手に入れてみろ。剣を取れ。」
「何?どういうことだ?武器は持っていない。」
「お前は挑戦者だ。先に一撃を振るう権利がある。オツィカ、こいつに剣を貸せ。」
「他にやり方は無いのか?」
「これがグルールのやり方だ。」
背の高い女性のトロールが、大きな幅広の剣をジェイスに渡した。ジェイスが受け取ると剣の重みで倒れそうになり、なんとか持ち上げた。
「振ってみろ。」
その剣はとてもジェイスが扱えるものではなかった。体全体で辛うじて剣を支え、重力にまかせて倒れこむようにしてなんとか剣を振り下ろした。
ルーリクが呆れて唾を吐いた。グルールの戦士たちは笑っていた。
「君たちの決闘に付き合っても、攻撃はしない。ほんの一時、君の頭を調べたら、僕は立ち去る。」
「・・・呪文を使うのか。」
サーがあごに左腕を当てた。
「そうだ。ただ、呪文を1つ唱えて、君たち二人の頭を調べさせてくれたら、あとは何もしない。」
「ならば、呪文で戦ってみろ。」
ルーリク・サーは剣を元の持ち主に返し、構えた。武器は持っていないが、片腕の肘から先が巨大な斧になっていた。
「先に一発だけ撃っていい。死の魔法、召喚、腐敗の呪文は駄目だ。炎や雷はいい。撃ってみろ。」
(なんて野蛮なんだ・・・。)ジェイスは考えた。攻撃すれば、戦いになるだろう。とても勝ち目の無い戦いに。
だが、もはや交渉の余地は無いようだ。記憶を取り戻すためには、このオーガの言う通りにするしかない。
「仕方ない、やってみるよ。」
ジェイスは持てる力を全て引き出し、自分の精神を弾丸のように作り変え、倒れることを祈ってルーリクとサーに同時に撃ち込んだ。
だが、ジェイスの魔法は跳ね返されて、ジェイス自身が自分の魔法の痛みで倒れこみ、頭の両側を抑えていた。周りのグルール達は、今までこんなものは見たことが無いと言わんばかりに大笑いしていた。
防御呪文を仕込んでいる形跡は無かった。オーガは反応する必要も無いようだ。ルーリク・サーの中にある体質か何かが、魔法を拒絶し、反射している。
「他にしてやれることは無いのか・・・?君たちが納得して、頭を調べさせてくれるようなものは?」
「選べ。戦うか、死ぬか。」
4章 CHANGE OF HEART (心変わり)
イマーラが恐れていたより、事態は悪化していた。カロミアがトロスターニに謁見し、全軍を挙げてラクドスに攻め入り自分達が屈しない事を示すべきだと進言していたのだ。
「我々セレズニア議事会が剣を振り、呪文を撃ちながら道を踏み荒らすなんて、こんなでたらめがあるのですか?我々が今まで平和のために努めてきた事を放棄して?」
トロスターニが自分の体を持ち上げ、三人のドライアドがイマーラを見下ろした。
「カロミアが皆を納得させたのです。破壊のための破壊を繰り返すギルドに平和は望めません。」
「それは間違っています。ギルドパクトがなくなる前までは、私達は何もしていません。ジェイスの力も試しては・・・」
「カロミア警備隊長が言うように、その精神魔道士のセレズニアに対する忠誠心が無い事は明らかです。分かりますね、イマーラ?」
「はい、ギルドマスター・・・」
「貴方の力が必要です。あなたのエレメンタルを呼ぶ力が。エレメンタルを呼び、カロミアに同行しなさい。」
「で、出来ません。大自然の使者を戦争の道具になんて・・・。」
「議事会の決定です。」
イマーラは反論しようとしたが、言葉が出ない。
「これはギルドの総意です。貴方個人の声が、全体を踏み潰すのですか?」
「いいえ、ギルドマスター・・・ですが。」
「では、進みなさい。カロミアが貴方の力を導くでしょう。」
イマーラは歯を食いしばってカロミアの方を向いた。
「行きましょう、ミス・タンドリス。」
カロミアが手を差し出した。
◆
最後に平和な日を過ごしたのはいつだろうか。ジェイスはため息をついた。自分の記憶を取り戻すために、呪文を使わずにあの巨大なオーガに勝たなければならない。ルーリク・サーの精神を攻撃すれば、それは自分に跳ね返る。
ルーリク・サーの巨体と筋肉に対し、ジェイスには知恵だけで対抗するしかない。
「仕方ない。戦うよ。」
自分の言っている事が信じられなかった。グルールの戦士達が喜び歓声を上げる。
ルーリク・サーが右腕に付いた斧を振り下ろした。ジェイスは顎で風圧を感じ取れるほどの紙一重でそれを回避する。しかし、すぐに左腕の拳が続き、ジェイスの顔面を捉えた。
骨は折れなかったが、ジェイスは吹き飛ばされて芝地の中を転がった。ジェイスはひざで立ち上がり、口から赤い何かを吐いた。こんな殴り合いは無謀だ。だが、冷静さだけは失わない。グルールの掟の中で勝たなければならない。
ルーリク・サーに対して魔法は使えないが、ジェイスは代わりに戦いを注視しているグルールの戦士達の心を読んだ。彼らを理解すれば、突破口が開けるかもしれない。
(分析なんか止めろ!)グルールの一人が考えた。
(考えるなんて止めちまえ!)別の戦士が叫ぶ。
(文明が間違った事を貴様に教えたんだ!全部捨ててしまえ!とにかく殴れ!)
グルールの戦士たちの思考がジェイスに押し寄せてきた。思考なのかも怪しい、非論理的で衝動的な衝動がジェイスの意識を踏み潰そうとした。
ジェイスはルーリク・サーに突進した。オーガの斧をかわし、腕の下に滑り込んで脇腹を殴りつけた。オーガはすぐ反応し、ジェイスに肘を叩き込んだ。
ジェイスは再び芝生に倒れた。
(自分を抑えるな!)(吼えろ!)
(考える間に、顔を叩き潰されるぞ!)(感じろ!己を解き放て!)
グルールの怒りの声がジェイスの中で響いた。グルールの全員が、考えるのを止めろ、怒りに身を委ねろと思考を叩き付けている。
だが、ジェイスには考えがあった。
グルールの戦士達から流れてくる思考は、単なる怒りの咆哮だけではなかった。一人ひとりが、自分がジェイスならどうルーリク・サーを攻撃するか、思い思いに想像していた。戦いのアイデアが弾幕のようにジェイスに流れ込む。パンチを、転がる動きを、投げを、ジェイスは頭の中に流れてくるそれらを利用し、戦い方を組み立てる。
ジェイスはルーリク・サーの脚にしがみつき、ひざの後ろの皮膚が薄いところに噛み付いて、引きちぎった。オーガが唸り声を上げ、ジェイスを蹴りはがした。
戦いを見守るグルールの戦士からさらにイメージが流れてくる。ジェイスはその一瞬の思考に身を委ねて動いた。ルーリク・サーが斧や拳でジェイスを攻撃すると、それを見ている戦士たちの反応をジェイスは感知し、避けることが出来る。ルーリク・サーはジェイスだけではなく、部下の戦士たち全員と戦っているのだ。
ルーリク・サーの突きが空を切ったとき、ジェイスの中にある突飛な考えが流れ込み、ジェイスはそれを実行した。
ジェイスはオーガの背中によじ登り、ルーリク・・・斧になった腕のある側の頭に服のフードを投げて被せた。そしてルーリクの頭に掴まり、グルールから流れる衝動の赴くままにサーの顎を殴りつけた。一回、二回、三回。
オーガは腕の斧をめちゃくちゃに振り回した。どうやら視界を奪われたルーリクの頭が動かしているらしい。サーの自由なほうの腕がジェイスの髪を掴んで引っ張ろうとした。だが、ジェイスは離れない。腫れ上がってきたサーの顔をひたすら殴り続けた。
斧がジェイスに向かってきた。ジェイスはそれを見ていないが、観戦している戦士の思考から危険を察知し、ルーリク・サーから飛び降りた。ジェイスは顔面から落下したが、体は繋がっている。
悲鳴のような声が聞こえ、ジェイスは振り返った。オーガ自身の腕の斧が、目隠しをされたルーリクが振り回す斧が、サーの頭に刺さっていたのだ。
サーが歯の間から荒い呼吸をし始めた。
「お前の勝ちだ。」
頭からジェイスの服を取ってルーリクが言った。
グルールの戦士たちから、大喝采が起こった。ルーリク・サーは斧を下ろして倒れこむと、部下の一人が現れ魔法で傷を癒し始めた。
「お前の中にも、グルールがある」
サーが言った。
「君達が考えているほどじゃないよ・・・守りを解いてくれるかな?僕が無くしたものを探せるように。」
「いいだろう。」
ジェイスはゆっくりと、まずサーの方に意識を潜らせた。魔法を跳ね返されるような反動は無かったので、奥深く掘り進んだ。
サーの記憶の中には、これまでの戦いの栄光の数々が並んでいた。熱情、暴力、敗者の顔で作られた景色。これは予想できた。
だが、何も見つからなかった。ジェイスが記憶を無くす前に調べていたことを、サーは覚えていない。全てが間違いだったのか?
ジェイスはルーリクの方に精神を移した。ルーリクの精神はやはり戦いの記憶だが、サーよりも荒々しく、言葉ではなく本能のままになっていた。そして、ルーリクもまた、ジェイスの研究は何も覚えていなかった・・・。
ここまでだった。ジェイスが自分の記憶を探す手がかりは、途絶えた。
◆
「理解できません。俺達は全てを調べてきました。あの男の調査が最後の手がかりでした。迷路の道を辿りました。しかし、何も無かったのです。ただの広場でした。」
イゼットの本拠地、ニヴィックスにラルが帰還したとき、ニヴ・ミゼットは新米のイゼット魔道士を、喰っていた。
「我輩たちは、力の存在を予測した。しかし何も無かった。何を意味するか、分かるか?」
ラルは、ミゼットが質問をされることを嫌うのを思い出した。しかし、理解できなかった。ラルは頭を垂れた。
「偉大なる火想者よ、あなたは一体何を予期されているのでしょう?」
「“暗黙の迷路”は試練だと我輩も考えている。だが、個人のための試練ではない。ただの精神を試すパズルではない。なぜか分かるか?」
「それは、迷路を歩くからです・・・ですが、俺はそれをやり遂げました。」
「だが、何も無かっただろう。深く考えるのだ。“暗黙の迷路”は何のためにある?」
「強力な力を守っています。」
「そうだ。」
「そして、俺達はその力が何か知らなければ。」
「いかにも。だが、問題はそれがどう守られているかだ。今ラヴニカから消えたものは何か?近年無くなったばかりで、ギルドを拘束し得なくなった物は?」
「・・・ギルドパクトですか?」
「そうだ!ギルドの調和が強制されていた。しかし、ギルドパクトが消え、ギルドは戦えるようになった。言論ではなく、力で。戦争でだ。迷路が今になって出てきたことと関係しているだろう?」
「確かに地区を駆け回るマナの力線は、つい最近まで表出していません。力線は全てのギルド門を繋いでいます。ですが、それがギルドパクトとどう関係があるというのです?」
ニヴ・ミゼットが煙を噴き出した。
「どうした、ザレック!重要なのは迷路の目的だ。発見の力を試す試練ではないだろう。我輩たちの発見を試してどうする?」
ラルは反論した。
「どういう意味ですか?発見こそ全てだ!」
「それはイゼットの考え方だ。迷路を作った存在のように考えるのだ。迷路は我々の知性を測るためのものではない。迷路を生み出した者の価値観は我輩たちとは異なる。迷路は他の何かを試すものだ。」
ラルの頭の中で思考が渦巻いた。点が繋がらなかった。
ニヴ・ミゼットが頭をラルに近づけた。
「時間切れだ、ザレック!お前にはあの、我輩の精神に接触した魔道士を探すように命じたはずだ。代わりに、お前は自分で迷路を走ったのか?」
「あ・・・あんな奴は、必要ありません。」
ラルは口ごもっていた。
「だが、お前の小さな頭ではこの意味も理解できていないだろう。どうやら我輩の腹の足しにするしか役に立たないようだ。」
ようやく、ラルの頭の中にひとつの直感が稲妻のように走った。
「俺達が今になって迷路を発見したのは、ギルドパクトに関連しているから。ギルドパクトが消えたときに備えていた。迷路は・・・ギルドパクトが消えると起動するように作られた装置。保険だった。」
ドラゴンが誇らしげに胸を張った。
「我輩の結論も、そうだ。」
「迷路は、ギルドパクトと同時期に作られたもの。パルンの時代まで遡ります。」
「アゾールだな。お前の見つけた暗号から察するに。アゾリウスの創設者だ。」
アゾリウスは、秩序と論理のギルドだ。法が秩序を生むと信じている。そして、アゾールの集会場で迷路が終わっていた。
「アゾリウスが作ったのなら、迷路は我々の知性を試すのではない・・・迷路を解くには、他の何かが、アゾールが価値を置く何かをしなければ・・・」
迷路を作ったのがアゾリウスの始祖であれば、平和的な協力を求めるだろう。
「では・・・迷路を解くには、他のギルドと手を組む必要があるのですか?」
ニヴ・ミゼットが笑みを浮かべた。
「そうではない。」
イゼットの伝令が、ミゼットの部屋に現れた。
「お取り込み中失礼致します!」
「何があった?」
「火想者様は、大規模なギルドの紛争があれば知らせるように仰っていました。」
「で?」
「これまで起こった中でも最大規模です!これから酷くなっていくでしょう。」
ニヴ・ミゼットは翼をたたんでラル・ザレックを見下ろした。
「行くぞ。皆に知らせなければならん。」
いろいろ細かい掌編は出ているけどメインストーリーがどうなっているのか気になる!けど本一冊レベルの長さの英語とか読めるわけねーよ!
そんなヴォーソス(フレーバー勢)向けに作成しているストーリー攻略記事です。
まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/
『ギルド門侵犯』前編↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307150012212277/
◆注意◆
ここの翻訳は訳者の独断と偏見で色々はしょった抄訳となっています。
一字一句訳してはいないので、ざっくりあらすじを読むような内容と思ってください。
それでも、会話パート、戦闘パート、重要な情報はできるだけ重点的に訳出するつもりです。
(あらすじ)
記憶を失っていたジェイスはセレズニアの元にイマーラを帰還させた。そこでイマーラの旧友である警備隊長・カロミアと出会う。
仲睦まじい二人の様子、迷路の記憶を持たないジェイスに不信感を露わにするカロミアに、ジェイスは不穏な何かを感じる。しかもカロミアの精神は強固な魔法で完全に閉ざされ、ジェイスの能力でも読み取れなかった。
一方、ラル・ザレックはミゼットの命令でジェイスの行方を追う。そしてジェイスの研究所跡にたどり着き、灰の山から資料を復元して迷路の手がかりを掴んでいた。
3章 AID FROM AN ENEMY (敵からの援助)
ジェイスはセレズニアの庭から立ち去り、巨大都市の終わり無き喧騒の中へと飲み込まれていった。
ジェイスは次元規模の陰謀に関わるプレインズウォーカーだったが、今やこの次元の全てから解放されていた。ラヴニカの敵の記憶はジェイスの精神から消えた。自分の書斎は廃墟になった。相棒のカヴィンは逃げ出した。二度とジェイスの顔を見たいとも思わないだろう。イマーラはギルドに戻った・・・彼女にとって大切であろう人の腕の中に。もうこの次元はジェイスを必要としていない。いつでもラヴニカを去ることが出来た。
だが、本当にそうだろうか?ジェイスの記憶には穴がある。そしてイマーラに危険が迫っているという予感が残っていた。何かがおかしい。何かが頭の中で引っかかっていた。記憶を取り戻さなければ。
ボロスの警備兵が角を曲がってジェイスの方を向いた。ジェイスは反射的に身を隠す。
ジェイスが歩いている場所は、“ギルド渡りの遊歩道”と呼ばれている。ギルド固有の領地に囲まれた道だ。あらゆる種族やギルドの人が通り過ぎた。シミックの生術士がカニのような生物を持ち歩き、ゴルガリの行商人が地底街で見つけた物を売り歩き、オルゾフの貴族がスラルの召使いを引き連れている。
その中でジェイスは立ち止まり、あのイマーラとカヴィンがいなくなった夜、宿屋で起こった事の手がかりを知る人物がいないか、自分に問いかけた。
◆
剣を振り回しながら、イクサヴァは高らかに笑っていた。4人の巨漢に支えられた高台の上にイクサヴァは立ち、それを囲むようにラクドスの大軍団が通りを埋め尽くしていた。
イクサヴァには、あの精神魔道士をおびき寄せる考えがあった。奴は無辜の人々の命を心配するタイプだ。混乱を引き起こす、そうすれば奴の方から姿を現すだろう。
ラクドスの暴動はアゾリウスの駐屯所と検問所に迫った。数人の法魔道士がお得意の法律文句を延々と繰り返しながら道を塞いだが、ラクドスの暴徒は意に介さずアゾリウスのシンボルが飾られたアーチを叩き潰した。
ラクドスの暴徒は向きを変えて、馬車を壊し、店の窓を叩き割り、道を歩いていた人々を踏み超えていった。ラクドスの行進にあわせてイクサヴァは歌い始め、他の教徒もイクサヴァに合わせて歌った。
◆
ジェイスは、ラヴィニアのオフィスのドアに寄りかかっていた。フードを深く被り、顔は半分しか見えない。二人の間を隔てる机には、ラヴィニアが大書庫で深く調べていたと思われる古書、建築物の資料、古代の地図が積まれている。
「まさかあなたがここに来るとは。」
「僕がなぜここにいるのか、考えてもらいたいね。」
ジェイスとラヴィニアが向き合っていた。
「お茶はいかが?兵に持って来させましょう。」
「兵を呼んだら、僕は消える。二度と戻らない。そして君の事件は解決することは無い。」
ラヴィニアは椅子に座り、ため息をついた。
「私の“事件”はもうどこにもありません。あなたの捜査はボロスに引き継がれました。手当たり次第に火の玉をぶつけて突入する事を、適切な捜査と呼ぶギルドに。ですが、今は貴方がそれほどの重要人物かも定かではありません。」
「僕は確かに重要で危険な何かを握っていた・・・だが、それを失ってしまった。僕はそれを取り戻なければならない。」
「それで、貴方を捕まえようとした私に助けを求めるために、アゾリウスの本拠地に侵入して来たのですか?犯罪者にしてはずいぶんお粗末ね。」
「君は真実を求めている。僕ならその力になれる。」
「法より上にいると思っている人と協力は出来ません。」
「僕は正義から逃れるつもりはない。正義を求めているんだ。あのセレズニアの女性が誘拐された事件を解決したいだろう?僕はそれをどのギルドが企てたか知っている。」
「ラクドスでしょう。それは知っています。」
「もっと深く考えるんだ。ギルドの争いで利益を得るのはどこだ?セレズニアを刺激し、ラクドスに暴動を起こさせ、自分の計画に目が行き届かないようにしている連中だ。」
「イゼットですか?彼らが何かをしていることは知っています。」
「イゼットもまた、注意をそらしている存在だ。」
「ディミーア家?」
「イマーラが誘拐された後、ディミーアの工作員が僕を襲った。僕がもう持っていないものを探していた。」
ラヴィニアは考え込んで、何も言わなかった。
「君は僕が何を失ったのか聞くべきだ。僕の状況を説明できる。」
何かに気付いたラヴィニアから笑みがこぼれた。
「記憶を失ったのでしょう。」
「・・・どこでそれを知った?」
「ディミーアにそれを狙われているのは、あなたの身から出た錆です。そして、自分が何を忘れたのかも覚えていないそうですね。」
「そこまで調べ上げたのか?」
「いいえ・・・カヴィンが教えてくれました。」
「カヴィンが?いつだ?」
「彼はある物をくれました・・・貴方が記憶を破壊している間に、情報の一部を残すことが出来たのです。」
「見せてくれないか?」
「残念ですが、あなたの場合は証拠品ですので。」
「オフィサー・ラヴィニア、僕がこれを思い出さなければ、多くの人が死ぬ。イマーラ・タンドリスもだ。」
「あなたは容疑者なのですよ。イマーラ・タンドリスの誘拐も含めて。その言い分ではまるで貴方が彼女を脅かしているようです。」
「僕達は同じものを求めている。手を組むべきだ。」
「私は今まで、あなたのようなギルド嫌いの扇動者を何人も見てきました。あなたは人々を利用し、要らなくなれば切り捨てるのでしょう。あなたは第十地区とそこに住む全ての人々の脅威です。あなたがあの、頭が二つあるグルールの暴漢を送り込んだ。何人が傷つき、殺されたか分かっているのですか?」
「ルーリク・サーか?」
ジェイスは思い出した。宿屋にいたあの日に、そのオーガと精神で繋がっていた。僅かな可能性だが、ルーリク・サーならジェイスの失った記憶を何か覚えているかもしれない。
「彼とグルールのごろつきたちはあらゆるギルドの門を繰り返し襲って、そのたびに死体が増えていく・・・貴方が彼を雇ってからです。」
「そいつは今どこにいる?」
「見失いました。ですが、ギルド門を次々と荒らしています。」
ラヴィニアは後ろの棚から資料を探した。
「明日になれば、もう少し詳しいことが・・・」
振り替えると、ジェイスは姿を消していた。
◆
ラル・ザレックとスクリーグ、そしてイゼットのギルド魔道士たちは、ベレレンの廃墟で灰の中から復元したノートを頼りに第十地区を何日も駆け回っていた。
1つの正解が姿を現したわけではない。ベレレンの研究ではギルド門を繋ぐ道筋が12種類ほど、これまでのラル自身の調査と組み合わせることで3つまで絞ることが出来た。
ラル達は、アゾールの公開広場に到着した。アゾリウス評議会の創始者であるアゾールが、各ギルドが法の問題について話し合える中立の場として作ったと言われている、円形の広場だ。
ラルとスクリーグは乗り物を降りた。
「次はどこに行けばいい?」
スクリーグが、ガントレットのダイアルを回して調べ始めた。
そして、スクリーグの機械が爆発した。
「私の読みでは、ここで終わっています。」
「何・・・だと・・・?ここが?ここが迷路の終わりだって!?」
「はい。ここに強大なマナが仕掛けられています。マナの流れがこの広場で止まっているようです。」
ラルは何も感じなかった・・・期待していたような事は何も。
「なぜ、何の力も感じないんだ?偉大な知識が俺の前に現れない?俺がラヴニカの王になるはずじゃなかったのか!?」
「そうなのですか?」
スクリーグが聞いた。
「俺達はルートをたどった!」
「ルートの1つです。」
「違う。これが3つある可能性の最後の1つだった。どれか1つが正解のはずだ。俺達は迷路を解いたはずなんだ。」
「でしたら、僕達の実験はついに終わったんですね!」
「終わりじゃない。まだ、俺達が見つけた事の他に何かあるはずだ。」
「では、火想者様にこの結果を報告しましょうか?」
ラルはゴブリンの顔を見た。爆発で黒こげになっても、いつも通りの無邪気な明るい笑顔だ。そして広場を見渡した・・・苦々しさを噛み締めて。
◆
イマーラは、第十地区の自宅に久しぶりに帰った。トロスターニに重用されてギルドの仕事が増えてから、ほとんど家に帰っていなかったのだ。
彼女の家にはカロミアが率いるセレズニアの兵士がいて、厳重に警護していた。ドアを開けようとするが、勝手に鍵が掛けられていた。
カロミアがドアを開け、イマーラは中に入った。
「どういうことですか?あなたが言い出したことなの?」
中の木とハーブの香りは、カロミアのブーツや剣の臭いに変わっていった。屋根の上にも、セレズニア兵の足音が聞こえる。
「私の家に兵士がいるなんて。一体どうしたというの?他のギルドが誤解するわ。私はここに少ししか住んでいない。なのに、議事会の他の人から特別扱いされて・・・まるで囚人のように。」
カロミアは樫の木を魔法で成形したテーブルに寄りかかった。
「君の安全のためだよ。それに、強靭な兵士たちはいいメッセージになるよ。」
「あなた、いつからこうなの?こんなけんか腰なやり方、私は賛成できないわ。」
「イマーラ、君はさらわれたんだ。セレズニアの高官が、ラクドスに拉致された。何もしないわけにはいかない。」
「ラクドスには、デーモンへの忠誠以外には思想も何も無いのよ。ジェイスが要っていたように、裏でディミーアが関わっているわ。」
カロミアの見下すような笑いがイマーラに不快感を与えた。カロミアが悪い話を持ってくるときはいつもこのような顔になる。
カロミアがイマーラの手を取った。
「イマーラ、君は真に平和をもたらす力だ。だけど世界は変わっている。ギルド間の緊張がどんどん高まっているんだ。」
「だから他のギルドに手を差しのべるのでしょう。私たちは、他の皆の事を理解しなければいけないの。“あなた”がそういっていたのよ。」
カロミアは、イマーラの手を離した。
「それで、“彼”を探したのか?」
「ジェイス?そうよ。私の友人よ。」
「彼は怪しい。ギルドにも所属していない精神魔道士だ。危険じゃないのか?」
「ジェイスは特別な力があるわ。ギルドの壁の向こうを見る力が。ジェイスなら私たちを1つにできる。私たちは調和の思想を信じているからこのギルドに来たのでしょう?でも、今のあなたは私と違うものを信じているみたい。」
「君は彼が言った妄言を信じるのか?私がギルドを裏切ると言ったのを?・・・いいかい、トロスターニ様が待っている。1つだけ教えて欲しい。彼は今、ギルドの争いやイゼットの研究についてどれくらい知っている?」
イマーラはため息を吐いた。
「今は・・・彼は何もしらない。彼は本当に研究にのめり込んでいたけれど、ラクドスに襲われたあの日に、自分の記憶を魔法で消してしまったの・・・今は私たちを助ける事は出来ないと思う。」
カロミアは頷いた。
「ここにいて。休んだ方がいいよ。君はいろいろあったからね。」
カロミアはイマーラに近づき、唇を重ねた。
◆
ジェイスがルーリク・サーとグルールの集団を発見したとき、彼らはオルゾフのギルド門に攻め入ろうとしていた。これまでグルールの戦いに遭遇したことは無かった。それぞれが筋骨隆々とした巨漢だが、ルーリク・サーは中でも最も大きく、最も屈強である。
「やあ、ルーリク。」
ルーリク・サーとグルールの一団がジェイスの方を見た。
「こっちがルーリクだ。」
オーガの左側の頭が右側を指差して言った。
「俺は、サー。」
二つの頭がそれぞれ違う名前を持っているが、首から下はどう見ても1つの存在である。
「なら、両方に聞きたい。助けてくれないか。君たちに僕が依頼をした後、君たちは第十地区を決まったやり方で動いている。ルートをたどり、門に入っている。」
「どうやってそれを知った?」
ルーリクが聞いた。
「君たちは何かのパターンを追っているか?僕と会ったときに、何かを知らなかったか?僕は君の頭の中に忘れ物をしたかもしれない。それを返して欲しいんだ。」
「今は俺達のものだ。行け。俺達は、腐れ坊主どもを叩き潰さないといけない。」
「頼む。何でもするから。」
ジェイスが言うと、グルールの戦士達はお互いの顔を見た。ルーリク・サーも、それぞれの頭で向き合った。
「分かった。欲しいなら、手に入れてみろ。剣を取れ。」
「何?どういうことだ?武器は持っていない。」
「お前は挑戦者だ。先に一撃を振るう権利がある。オツィカ、こいつに剣を貸せ。」
「他にやり方は無いのか?」
「これがグルールのやり方だ。」
背の高い女性のトロールが、大きな幅広の剣をジェイスに渡した。ジェイスが受け取ると剣の重みで倒れそうになり、なんとか持ち上げた。
「振ってみろ。」
その剣はとてもジェイスが扱えるものではなかった。体全体で辛うじて剣を支え、重力にまかせて倒れこむようにしてなんとか剣を振り下ろした。
ルーリクが呆れて唾を吐いた。グルールの戦士たちは笑っていた。
「君たちの決闘に付き合っても、攻撃はしない。ほんの一時、君の頭を調べたら、僕は立ち去る。」
「・・・呪文を使うのか。」
サーがあごに左腕を当てた。
「そうだ。ただ、呪文を1つ唱えて、君たち二人の頭を調べさせてくれたら、あとは何もしない。」
「ならば、呪文で戦ってみろ。」
ルーリク・サーは剣を元の持ち主に返し、構えた。武器は持っていないが、片腕の肘から先が巨大な斧になっていた。
「先に一発だけ撃っていい。死の魔法、召喚、腐敗の呪文は駄目だ。炎や雷はいい。撃ってみろ。」
(なんて野蛮なんだ・・・。)ジェイスは考えた。攻撃すれば、戦いになるだろう。とても勝ち目の無い戦いに。
だが、もはや交渉の余地は無いようだ。記憶を取り戻すためには、このオーガの言う通りにするしかない。
「仕方ない、やってみるよ。」
ジェイスは持てる力を全て引き出し、自分の精神を弾丸のように作り変え、倒れることを祈ってルーリクとサーに同時に撃ち込んだ。
だが、ジェイスの魔法は跳ね返されて、ジェイス自身が自分の魔法の痛みで倒れこみ、頭の両側を抑えていた。周りのグルール達は、今までこんなものは見たことが無いと言わんばかりに大笑いしていた。
防御呪文を仕込んでいる形跡は無かった。オーガは反応する必要も無いようだ。ルーリク・サーの中にある体質か何かが、魔法を拒絶し、反射している。
「他にしてやれることは無いのか・・・?君たちが納得して、頭を調べさせてくれるようなものは?」
「選べ。戦うか、死ぬか。」
4章 CHANGE OF HEART (心変わり)
イマーラが恐れていたより、事態は悪化していた。カロミアがトロスターニに謁見し、全軍を挙げてラクドスに攻め入り自分達が屈しない事を示すべきだと進言していたのだ。
「我々セレズニア議事会が剣を振り、呪文を撃ちながら道を踏み荒らすなんて、こんなでたらめがあるのですか?我々が今まで平和のために努めてきた事を放棄して?」
トロスターニが自分の体を持ち上げ、三人のドライアドがイマーラを見下ろした。
「カロミアが皆を納得させたのです。破壊のための破壊を繰り返すギルドに平和は望めません。」
「それは間違っています。ギルドパクトがなくなる前までは、私達は何もしていません。ジェイスの力も試しては・・・」
「カロミア警備隊長が言うように、その精神魔道士のセレズニアに対する忠誠心が無い事は明らかです。分かりますね、イマーラ?」
「はい、ギルドマスター・・・」
「貴方の力が必要です。あなたのエレメンタルを呼ぶ力が。エレメンタルを呼び、カロミアに同行しなさい。」
「で、出来ません。大自然の使者を戦争の道具になんて・・・。」
「議事会の決定です。」
イマーラは反論しようとしたが、言葉が出ない。
「これはギルドの総意です。貴方個人の声が、全体を踏み潰すのですか?」
「いいえ、ギルドマスター・・・ですが。」
「では、進みなさい。カロミアが貴方の力を導くでしょう。」
イマーラは歯を食いしばってカロミアの方を向いた。
「行きましょう、ミス・タンドリス。」
カロミアが手を差し出した。
◆
最後に平和な日を過ごしたのはいつだろうか。ジェイスはため息をついた。自分の記憶を取り戻すために、呪文を使わずにあの巨大なオーガに勝たなければならない。ルーリク・サーの精神を攻撃すれば、それは自分に跳ね返る。
ルーリク・サーの巨体と筋肉に対し、ジェイスには知恵だけで対抗するしかない。
「仕方ない。戦うよ。」
自分の言っている事が信じられなかった。グルールの戦士達が喜び歓声を上げる。
ルーリク・サーが右腕に付いた斧を振り下ろした。ジェイスは顎で風圧を感じ取れるほどの紙一重でそれを回避する。しかし、すぐに左腕の拳が続き、ジェイスの顔面を捉えた。
骨は折れなかったが、ジェイスは吹き飛ばされて芝地の中を転がった。ジェイスはひざで立ち上がり、口から赤い何かを吐いた。こんな殴り合いは無謀だ。だが、冷静さだけは失わない。グルールの掟の中で勝たなければならない。
ルーリク・サーに対して魔法は使えないが、ジェイスは代わりに戦いを注視しているグルールの戦士達の心を読んだ。彼らを理解すれば、突破口が開けるかもしれない。
(分析なんか止めろ!)グルールの一人が考えた。
(考えるなんて止めちまえ!)別の戦士が叫ぶ。
(文明が間違った事を貴様に教えたんだ!全部捨ててしまえ!とにかく殴れ!)
グルールの戦士たちの思考がジェイスに押し寄せてきた。思考なのかも怪しい、非論理的で衝動的な衝動がジェイスの意識を踏み潰そうとした。
ジェイスはルーリク・サーに突進した。オーガの斧をかわし、腕の下に滑り込んで脇腹を殴りつけた。オーガはすぐ反応し、ジェイスに肘を叩き込んだ。
ジェイスは再び芝生に倒れた。
(自分を抑えるな!)(吼えろ!)
(考える間に、顔を叩き潰されるぞ!)(感じろ!己を解き放て!)
グルールの怒りの声がジェイスの中で響いた。グルールの全員が、考えるのを止めろ、怒りに身を委ねろと思考を叩き付けている。
だが、ジェイスには考えがあった。
グルールの戦士達から流れてくる思考は、単なる怒りの咆哮だけではなかった。一人ひとりが、自分がジェイスならどうルーリク・サーを攻撃するか、思い思いに想像していた。戦いのアイデアが弾幕のようにジェイスに流れ込む。パンチを、転がる動きを、投げを、ジェイスは頭の中に流れてくるそれらを利用し、戦い方を組み立てる。
ジェイスはルーリク・サーの脚にしがみつき、ひざの後ろの皮膚が薄いところに噛み付いて、引きちぎった。オーガが唸り声を上げ、ジェイスを蹴りはがした。
戦いを見守るグルールの戦士からさらにイメージが流れてくる。ジェイスはその一瞬の思考に身を委ねて動いた。ルーリク・サーが斧や拳でジェイスを攻撃すると、それを見ている戦士たちの反応をジェイスは感知し、避けることが出来る。ルーリク・サーはジェイスだけではなく、部下の戦士たち全員と戦っているのだ。
ルーリク・サーの突きが空を切ったとき、ジェイスの中にある突飛な考えが流れ込み、ジェイスはそれを実行した。
ジェイスはオーガの背中によじ登り、ルーリク・・・斧になった腕のある側の頭に服のフードを投げて被せた。そしてルーリクの頭に掴まり、グルールから流れる衝動の赴くままにサーの顎を殴りつけた。一回、二回、三回。
オーガは腕の斧をめちゃくちゃに振り回した。どうやら視界を奪われたルーリクの頭が動かしているらしい。サーの自由なほうの腕がジェイスの髪を掴んで引っ張ろうとした。だが、ジェイスは離れない。腫れ上がってきたサーの顔をひたすら殴り続けた。
斧がジェイスに向かってきた。ジェイスはそれを見ていないが、観戦している戦士の思考から危険を察知し、ルーリク・サーから飛び降りた。ジェイスは顔面から落下したが、体は繋がっている。
悲鳴のような声が聞こえ、ジェイスは振り返った。オーガ自身の腕の斧が、目隠しをされたルーリクが振り回す斧が、サーの頭に刺さっていたのだ。
サーが歯の間から荒い呼吸をし始めた。
「お前の勝ちだ。」
頭からジェイスの服を取ってルーリクが言った。
グルールの戦士たちから、大喝采が起こった。ルーリク・サーは斧を下ろして倒れこむと、部下の一人が現れ魔法で傷を癒し始めた。
「お前の中にも、グルールがある」
サーが言った。
「君達が考えているほどじゃないよ・・・守りを解いてくれるかな?僕が無くしたものを探せるように。」
「いいだろう。」
ジェイスはゆっくりと、まずサーの方に意識を潜らせた。魔法を跳ね返されるような反動は無かったので、奥深く掘り進んだ。
サーの記憶の中には、これまでの戦いの栄光の数々が並んでいた。熱情、暴力、敗者の顔で作られた景色。これは予想できた。
だが、何も見つからなかった。ジェイスが記憶を無くす前に調べていたことを、サーは覚えていない。全てが間違いだったのか?
ジェイスはルーリクの方に精神を移した。ルーリクの精神はやはり戦いの記憶だが、サーよりも荒々しく、言葉ではなく本能のままになっていた。そして、ルーリクもまた、ジェイスの研究は何も覚えていなかった・・・。
ここまでだった。ジェイスが自分の記憶を探す手がかりは、途絶えた。
◆
「理解できません。俺達は全てを調べてきました。あの男の調査が最後の手がかりでした。迷路の道を辿りました。しかし、何も無かったのです。ただの広場でした。」
イゼットの本拠地、ニヴィックスにラルが帰還したとき、ニヴ・ミゼットは新米のイゼット魔道士を、喰っていた。
「我輩たちは、力の存在を予測した。しかし何も無かった。何を意味するか、分かるか?」
ラルは、ミゼットが質問をされることを嫌うのを思い出した。しかし、理解できなかった。ラルは頭を垂れた。
「偉大なる火想者よ、あなたは一体何を予期されているのでしょう?」
「“暗黙の迷路”は試練だと我輩も考えている。だが、個人のための試練ではない。ただの精神を試すパズルではない。なぜか分かるか?」
「それは、迷路を歩くからです・・・ですが、俺はそれをやり遂げました。」
「だが、何も無かっただろう。深く考えるのだ。“暗黙の迷路”は何のためにある?」
「強力な力を守っています。」
「そうだ。」
「そして、俺達はその力が何か知らなければ。」
「いかにも。だが、問題はそれがどう守られているかだ。今ラヴニカから消えたものは何か?近年無くなったばかりで、ギルドを拘束し得なくなった物は?」
「・・・ギルドパクトですか?」
「そうだ!ギルドの調和が強制されていた。しかし、ギルドパクトが消え、ギルドは戦えるようになった。言論ではなく、力で。戦争でだ。迷路が今になって出てきたことと関係しているだろう?」
「確かに地区を駆け回るマナの力線は、つい最近まで表出していません。力線は全てのギルド門を繋いでいます。ですが、それがギルドパクトとどう関係があるというのです?」
ニヴ・ミゼットが煙を噴き出した。
「どうした、ザレック!重要なのは迷路の目的だ。発見の力を試す試練ではないだろう。我輩たちの発見を試してどうする?」
ラルは反論した。
「どういう意味ですか?発見こそ全てだ!」
「それはイゼットの考え方だ。迷路を作った存在のように考えるのだ。迷路は我々の知性を測るためのものではない。迷路を生み出した者の価値観は我輩たちとは異なる。迷路は他の何かを試すものだ。」
ラルの頭の中で思考が渦巻いた。点が繋がらなかった。
ニヴ・ミゼットが頭をラルに近づけた。
「時間切れだ、ザレック!お前にはあの、我輩の精神に接触した魔道士を探すように命じたはずだ。代わりに、お前は自分で迷路を走ったのか?」
「あ・・・あんな奴は、必要ありません。」
ラルは口ごもっていた。
「だが、お前の小さな頭ではこの意味も理解できていないだろう。どうやら我輩の腹の足しにするしか役に立たないようだ。」
ようやく、ラルの頭の中にひとつの直感が稲妻のように走った。
「俺達が今になって迷路を発見したのは、ギルドパクトに関連しているから。ギルドパクトが消えたときに備えていた。迷路は・・・ギルドパクトが消えると起動するように作られた装置。保険だった。」
ドラゴンが誇らしげに胸を張った。
「我輩の結論も、そうだ。」
「迷路は、ギルドパクトと同時期に作られたもの。パルンの時代まで遡ります。」
「アゾールだな。お前の見つけた暗号から察するに。アゾリウスの創設者だ。」
アゾリウスは、秩序と論理のギルドだ。法が秩序を生むと信じている。そして、アゾールの集会場で迷路が終わっていた。
「アゾリウスが作ったのなら、迷路は我々の知性を試すのではない・・・迷路を解くには、他の何かが、アゾールが価値を置く何かをしなければ・・・」
迷路を作ったのがアゾリウスの始祖であれば、平和的な協力を求めるだろう。
「では・・・迷路を解くには、他のギルドと手を組む必要があるのですか?」
ニヴ・ミゼットが笑みを浮かべた。
「そうではない。」
イゼットの伝令が、ミゼットの部屋に現れた。
「お取り込み中失礼致します!」
「何があった?」
「火想者様は、大規模なギルドの紛争があれば知らせるように仰っていました。」
「で?」
「これまで起こった中でも最大規模です!これから酷くなっていくでしょう。」
ニヴ・ミゼットは翼をたたんでラル・ザレックを見下ろした。
「行くぞ。皆に知らせなければならん。」
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