【翻訳】 Daily Deck Listから、怪物満載のグルールミッドレンジ
2013年10月5日 MTG翻訳 テーロス以降で最初の大手大会であるSCGでDaily Deck List担当のLSVさんが注目したのは、3位に入賞したこのデッキでした。
環境を定義するデッキの一つになりうるそのデッキとは・・・
原文はこちら
http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtg/daily/deck/1335
(以下、翻訳)
先週末ウースターで行われたStar City Games Openで新しいスタンダードのシーズンが開幕した。この大会で新しいスタンダードの見通しが立ち、テーロスの新しいカードの影響力が示され、そして何より野生の怪物たちの居場所を教えてくれた。最後の答えはChristopher Posporelisの絶え間なく怪物が飛び出す赤緑のデッキだ。彼は「エルフとドラゴン(※)」というマジックの創世記から存在する古典的なデッキの戦術でトップ8に辿り着いた。
(※訳注:エルフのマナ加速からドラゴン等のファッティを唱える戦術か。)
このデッキは8枚のマナ源、《エルフの神秘家》と《森の女人像》からスタートする。神秘家はスタンダードで最も効率的なマナ・クリーチャーで、女人像は最も頑丈なマナ・クリーチャーであり、大抵の場合このデッキの展開を予定より早めてくれる。
インパクトの高いカードがデッキの残りを占めているので、脅威が尽きることは無い。それらは環境最強の対コントロールカードである3マナ域の《ドムリ・ラーデ》から始まる。ドムリは4マナ域の《世界を喰らう者、ポルクラノス》《ゴーア族の暴行者》《燃えさし呑み》を含む、選び抜かれたクリーチャー達を供給してくれる。ポルクラノスと《燃えさし呑み》は潜在的に7マナ域でもあり、このデッキが陥りやすい大量のマナを抱えるという状況でもやることがあるのだ。《紅蓮の達人、チャンドラ》はもう1つの強固な4マナ域で、除去を乗り越えるもう1つの手段になる。デッキのトリを勤めるのは《嵐の息吹のドラゴン》、考えうる最強の脅威の一つだ。こいつは良く使われている除去を多くかわしてくれるし、すぐに4点のダメージをたたき出し、アンタップすればさらに大きなダメージを狙えるんだ。
もちろん、君がマナ加速を引けない事もあるだろうから、文字通りマナと脅威だけがこのデッキの全てというわけではない。そういう時何もしないわけにはいかないから、《漁る軟泥》と除去呪文の出番だ。4枚の《ミジウムの迫撃砲》に3枚の《稲妻の一撃》は充分な行動を与えてくれるし、さらに迫撃砲は大量のマナ使い道と軽い呪文を1枚で同時にくれる。
君達がでっかいクリーチャーを出してぶっ叩くのが大好きなら、これよりも良いデッキはなかなか出来ないだろうが、君達にはさらに怪物的な構築を見つけて欲しい、それが俺からの挑戦だ。
赤緑怪物軍団(Star City Gates Open 3位)
(土地24)
9森
7山
1変わり谷
4踏み鳴らされる地
3奔放の神殿
(生物22)
4エルフの神秘家
2燃えさし呑み
2ゴーア族の暴行者
3世界を喰らう者、ポルクラノス
3漁る軟泥
4嵐の息吹のドラゴン
4森の女人像
(呪文7)
4ミジウムの迫撃砲
3稲妻の一撃
(プレインズウォーカー7)
3紅蓮の達人、チャンドラ
4ドムリ・ラーデ
(サイドボード15)
3神々の憤怒
1ナイレアの弓
2燃え立つ大地
1破壊的な享楽
1古代への衰退
2霧裂きのハイドラ
3峰の噴火
2自由なる者、ルーリク・サー
(翻訳ここまで)
まるで前環境を最後の最後で塗り替えたキブラーグルールの後継のようなデッキですね。燃え立つ大地すらも健在。あのデッキを使っていた人ならカード資産的にも気楽に入っていけるのではないでしょうか。
同様のデッキが他にも複数入賞しており、中には新手の《歓楽者ゼナゴス》も入っていてさらなる調整の予知がある予感。
自分はこのタイプのデッキはボコられた経験しかありませんので、仮想敵として意識してデッキを組めたらと思います^^;
環境を定義するデッキの一つになりうるそのデッキとは・・・
原文はこちら
http://www.wizards.com/Magic/Magazine/Article.aspx?x=mtg/daily/deck/1335
(以下、翻訳)
先週末ウースターで行われたStar City Games Openで新しいスタンダードのシーズンが開幕した。この大会で新しいスタンダードの見通しが立ち、テーロスの新しいカードの影響力が示され、そして何より野生の怪物たちの居場所を教えてくれた。最後の答えはChristopher Posporelisの絶え間なく怪物が飛び出す赤緑のデッキだ。彼は「エルフとドラゴン(※)」というマジックの創世記から存在する古典的なデッキの戦術でトップ8に辿り着いた。
(※訳注:エルフのマナ加速からドラゴン等のファッティを唱える戦術か。)
このデッキは8枚のマナ源、《エルフの神秘家》と《森の女人像》からスタートする。神秘家はスタンダードで最も効率的なマナ・クリーチャーで、女人像は最も頑丈なマナ・クリーチャーであり、大抵の場合このデッキの展開を予定より早めてくれる。
インパクトの高いカードがデッキの残りを占めているので、脅威が尽きることは無い。それらは環境最強の対コントロールカードである3マナ域の《ドムリ・ラーデ》から始まる。ドムリは4マナ域の《世界を喰らう者、ポルクラノス》《ゴーア族の暴行者》《燃えさし呑み》を含む、選び抜かれたクリーチャー達を供給してくれる。ポルクラノスと《燃えさし呑み》は潜在的に7マナ域でもあり、このデッキが陥りやすい大量のマナを抱えるという状況でもやることがあるのだ。《紅蓮の達人、チャンドラ》はもう1つの強固な4マナ域で、除去を乗り越えるもう1つの手段になる。デッキのトリを勤めるのは《嵐の息吹のドラゴン》、考えうる最強の脅威の一つだ。こいつは良く使われている除去を多くかわしてくれるし、すぐに4点のダメージをたたき出し、アンタップすればさらに大きなダメージを狙えるんだ。
もちろん、君がマナ加速を引けない事もあるだろうから、文字通りマナと脅威だけがこのデッキの全てというわけではない。そういう時何もしないわけにはいかないから、《漁る軟泥》と除去呪文の出番だ。4枚の《ミジウムの迫撃砲》に3枚の《稲妻の一撃》は充分な行動を与えてくれるし、さらに迫撃砲は大量のマナ使い道と軽い呪文を1枚で同時にくれる。
君達がでっかいクリーチャーを出してぶっ叩くのが大好きなら、これよりも良いデッキはなかなか出来ないだろうが、君達にはさらに怪物的な構築を見つけて欲しい、それが俺からの挑戦だ。
赤緑怪物軍団(Star City Gates Open 3位)
(土地24)
9森
7山
1変わり谷
4踏み鳴らされる地
3奔放の神殿
(生物22)
4エルフの神秘家
2燃えさし呑み
2ゴーア族の暴行者
3世界を喰らう者、ポルクラノス
3漁る軟泥
4嵐の息吹のドラゴン
4森の女人像
(呪文7)
4ミジウムの迫撃砲
3稲妻の一撃
(プレインズウォーカー7)
3紅蓮の達人、チャンドラ
4ドムリ・ラーデ
(サイドボード15)
3神々の憤怒
1ナイレアの弓
2燃え立つ大地
1破壊的な享楽
1古代への衰退
2霧裂きのハイドラ
3峰の噴火
2自由なる者、ルーリク・サー
(翻訳ここまで)
まるで前環境を最後の最後で塗り替えたキブラーグルールの後継のようなデッキですね。燃え立つ大地すらも健在。あのデッキを使っていた人ならカード資産的にも気楽に入っていけるのではないでしょうか。
同様のデッキが他にも複数入賞しており、中には新手の《歓楽者ゼナゴス》も入っていてさらなる調整の予知がある予感。
自分はこのタイプのデッキはボコられた経験しかありませんので、仮想敵として意識してデッキを組めたらと思います^^;
例の北九州で行方不明になっていた人は、どうやら無事に家族の下に辿り着いたようです。
なんでも強盗に遭ったそうです。皆さんも身の回りに気をつけて、最低限の荷物でグランプリに遠征するようにしてください。
当日まで調整とか、トレード資産持っていくとか二度と出来んwww
さて、「ラヴニカへの回帰」小説の結末について、唐突過ぎて分かりづらいという声も散見されていますが、作者のダグ=ベイヤー氏が質問に答えている記事が発見されました。
(Tumblrより)
http://dougbeyermtg.tumblr.com/post/60268729091/are-we-allowed-to-ask-about-the-end-of-the-secretist
とりあえず勢いで翻訳しました。下手なバイアスが極力かからないように、出来る限りかっちりした直訳を意識しています。
※ネタバレなので閲覧注意。スペースを空けておきます。
Q:もう “The Secretist”の最後について聞いてもいいでしょうか?ジェイス「が」ギルドパクトになったというのは、どういう意味?
A:ネタバレ注意
・
・
・
・
・
ジェイスは今、奇妙な新しい立場にある。彼はギルドパクトの生きた体現者、何らかの神秘的な裁定者のような存在になり、彼が決めたことがラヴニカのギルドを拘束するようになった。彼は争議を裁決し、ギルドがお互いを滅ぼす事を防ぐ権限を与えられた。
“The Secretist”の最後で、ニヴ=ミゼットはその限界を見極めるために他のギルドに対して宣戦布告を試みた。ジェイスはそのリクエストを拒否し、ミゼットは彼の決定に従う事を強制された。以後、あるギルドが他のギルドを侵害もしくは影響を与える何かを求めた場合、または複数のギルドの管轄権にまたがる争いを抱える場合、それは生きたギルドパクトが決定する事案となる。
ジェイスは助けを必要としている・・・これは大きな仕事で、ギルドは彼のご機嫌を取り、賄賂を贈り、あるいは即座に彼を脅迫しようとするだろう。ラザーヴは未だどこかでこの力を狙っている。ニヴ=ミゼットは今の状況に満足するはずも無い。ジェイスはラヴィニアに助けを求めたが、彼女は未だジェイスが詐欺師であり犯罪者であると信じ迷っている。
これだけの困難を伴うが、これこそがイマーラが長年求めていたものであった。ジェイスは普段から孤独を求めてきたが、彼女はジェイスの中に複数の考え方を真に理解する潜在能力を見出していた。十のギルド全てにおいてそれぞれの構成員として考えるとはどのようなものか、彼独自の精神魔法はそれを見て考えるのに最適だった。彼は乗り気ではなかったが、イマーラにとっては最高の候補者だったのだ。
これはジェイスにとっては奇妙な変化である・・・彼はラヴニカを大切に思うがゆえに、その責任を重大に受け止めている。しかし、それは同時に彼を難解で危険な立場に置いた。生きたギルドパクトの知らせが広がるに連れて、おそらく何千人もの人々が彼を殺しに来るだろう、そして彼が死ねばラヴニカに何が起こるか分からない。
彼はまだプレインズウォーカーでもある。ジェイスは生きたギルドパクトのままラヴニカを去ることが出来るが、ラヴニカから放れることは彼の責務から離れることであり、その間も彼が必要なときは頻繁に起こる。彼がラヴニカにいない間、彼にしか収めることが出来ない壊滅的なギルドの問題が発生する危険がいつでも存在するのだ。
こんなところだ!
なんでも強盗に遭ったそうです。皆さんも身の回りに気をつけて、最低限の荷物でグランプリに遠征するようにしてください。
当日まで調整とか、トレード資産持っていくとか二度と出来んwww
さて、「ラヴニカへの回帰」小説の結末について、唐突過ぎて分かりづらいという声も散見されていますが、作者のダグ=ベイヤー氏が質問に答えている記事が発見されました。
(Tumblrより)
http://dougbeyermtg.tumblr.com/post/60268729091/are-we-allowed-to-ask-about-the-end-of-the-secretist
とりあえず勢いで翻訳しました。下手なバイアスが極力かからないように、出来る限りかっちりした直訳を意識しています。
※ネタバレなので閲覧注意。スペースを空けておきます。
Q:もう “The Secretist”の最後について聞いてもいいでしょうか?ジェイス「が」ギルドパクトになったというのは、どういう意味?
A:ネタバレ注意
・
・
・
・
・
ジェイスは今、奇妙な新しい立場にある。彼はギルドパクトの生きた体現者、何らかの神秘的な裁定者のような存在になり、彼が決めたことがラヴニカのギルドを拘束するようになった。彼は争議を裁決し、ギルドがお互いを滅ぼす事を防ぐ権限を与えられた。
“The Secretist”の最後で、ニヴ=ミゼットはその限界を見極めるために他のギルドに対して宣戦布告を試みた。ジェイスはそのリクエストを拒否し、ミゼットは彼の決定に従う事を強制された。以後、あるギルドが他のギルドを侵害もしくは影響を与える何かを求めた場合、または複数のギルドの管轄権にまたがる争いを抱える場合、それは生きたギルドパクトが決定する事案となる。
ジェイスは助けを必要としている・・・これは大きな仕事で、ギルドは彼のご機嫌を取り、賄賂を贈り、あるいは即座に彼を脅迫しようとするだろう。ラザーヴは未だどこかでこの力を狙っている。ニヴ=ミゼットは今の状況に満足するはずも無い。ジェイスはラヴィニアに助けを求めたが、彼女は未だジェイスが詐欺師であり犯罪者であると信じ迷っている。
これだけの困難を伴うが、これこそがイマーラが長年求めていたものであった。ジェイスは普段から孤独を求めてきたが、彼女はジェイスの中に複数の考え方を真に理解する潜在能力を見出していた。十のギルド全てにおいてそれぞれの構成員として考えるとはどのようなものか、彼独自の精神魔法はそれを見て考えるのに最適だった。彼は乗り気ではなかったが、イマーラにとっては最高の候補者だったのだ。
これはジェイスにとっては奇妙な変化である・・・彼はラヴニカを大切に思うがゆえに、その責任を重大に受け止めている。しかし、それは同時に彼を難解で危険な立場に置いた。生きたギルドパクトの知らせが広がるに連れて、おそらく何千人もの人々が彼を殺しに来るだろう、そして彼が死ねばラヴニカに何が起こるか分からない。
彼はまだプレインズウォーカーでもある。ジェイスは生きたギルドパクトのままラヴニカを去ることが出来るが、ラヴニカから放れることは彼の責務から離れることであり、その間も彼が必要なときは頻繁に起こる。彼がラヴニカにいない間、彼にしか収めることが出来ない壊滅的なギルドの問題が発生する危険がいつでも存在するのだ。
こんなところだ!
【翻訳】Daily Deck Listから、黒単単騎
2013年9月1日 MTG翻訳 コメント (2)
お前等、黒は好きか?俺は大好きです。手札から強いカードを叩き落とすのも、神話レアクリーチャーを100円の《破滅の刃》や《化膿》(これは黒緑だが)で殺すのも、《冒涜の悪魔》で回答できない相手を殴り倒すのも大好きです。
独特の悟りをもっているテーロスの黒の神様も、自分は好きですね~。
というわけで、英語側公式でLSV氏のDaily Deck Listを見たら禍々しいデッキを見つけたので、翻訳&紹介。
悪魔の顕現(8月27日 Daily Deck Listより)
http://www.wizards.com/magic/magazine/Article.aspx?x=mtg/daily/deck/1307
《人殺しの隠遁生活》なんて「アヴァシンの帰還」ドラフト以外で使われるのを見たことが無かったんだ、だからこのデッキでそれが複数も使われて俺がどんなに驚いたか想像してくれよ。
面白いのはそれだけじゃない。このデッキは最近注目を向けられたカードをいくつか使っている:《憑依された板金鎧》と《悪魔の顕現》だ。
このデッキは黒単の要素を《もぎとり》、《血の署名》、除去呪文で存分に打ち出している。
しかしその辺のデッキと違うのは、“単騎”のカード群、《悪魔の顕現》、《人殺しの隠遁生活》、《憑依された板金鎧》を使って「クリーチャーを1体コントロールしている」という条件からアドバンテージを稼ぐ所だ。
好きなときに起動できる《変わり谷》と《憑依された板金鎧》を中心に、楽しいコンボがいくつも仕込んである。
《悪魔の顕現》をプレイ、《変わり谷》か《憑依された板金鎧》を起動してデーモンを出すのも素晴らしいが、次のターンにそれを起動せず2体目のデーモンが出たら最高じゃないか。
《人殺しの隠遁生活》があるおかげで、君の計画を勝利に結実させる充分なライフ(つまり、時間だ)が与えられるし、板金鎧をデーモンに装備させることがあったら、君のライフはほぼ無限大だろう。
本当の意味でのクリーチャーは《生命散らしのゾンビ》しかないが、これはこのデッキにとって他のやり方では対処が難しい相手に有効だから入っている(主に《スラーグ牙》だね)。
さらにこいつは《もぎとり》で死亡する唯一のクリーチャーで、《変わり谷》と《憑依された板金鎧》は君のラスゴをたやすくかわしてくれる。
syrup16gの「黒単」(Standard 3-1 Magic Online Daily Event)
(土地25)
4 変わり谷
21 沼
(生物4)
4 生命散らしのゾンビ
(呪文27)
3 悪魔の顕現
2 肉貪り
2 破滅の刃
4 憑依された板金鎧
2 人殺しの隠遁生活
4 もぎとり
1 血統の切断
4 血の署名
4 悲劇的な過ち
1 地下世界の人脈
(プレインズウォーカー4)
4 ヴェールのリリアナ
(サイドボード15)
2 死の支配の呪い
2 肉貪り
2 破滅の刃
4 強迫
2 真髄の針
2 トーモッドの墓所
1 地下世界の人脈
※追記
画像を追加しました。上から。
《人殺しの隠遁生活》
《悪魔の顕現》
《憑依された板金鎧》
独特の悟りをもっているテーロスの黒の神様も、自分は好きですね~。
というわけで、英語側公式でLSV氏のDaily Deck Listを見たら禍々しいデッキを見つけたので、翻訳&紹介。
悪魔の顕現(8月27日 Daily Deck Listより)
http://www.wizards.com/magic/magazine/Article.aspx?x=mtg/daily/deck/1307
《人殺しの隠遁生活》なんて「アヴァシンの帰還」ドラフト以外で使われるのを見たことが無かったんだ、だからこのデッキでそれが複数も使われて俺がどんなに驚いたか想像してくれよ。
面白いのはそれだけじゃない。このデッキは最近注目を向けられたカードをいくつか使っている:《憑依された板金鎧》と《悪魔の顕現》だ。
このデッキは黒単の要素を《もぎとり》、《血の署名》、除去呪文で存分に打ち出している。
しかしその辺のデッキと違うのは、“単騎”のカード群、《悪魔の顕現》、《人殺しの隠遁生活》、《憑依された板金鎧》を使って「クリーチャーを1体コントロールしている」という条件からアドバンテージを稼ぐ所だ。
好きなときに起動できる《変わり谷》と《憑依された板金鎧》を中心に、楽しいコンボがいくつも仕込んである。
《悪魔の顕現》をプレイ、《変わり谷》か《憑依された板金鎧》を起動してデーモンを出すのも素晴らしいが、次のターンにそれを起動せず2体目のデーモンが出たら最高じゃないか。
《人殺しの隠遁生活》があるおかげで、君の計画を勝利に結実させる充分なライフ(つまり、時間だ)が与えられるし、板金鎧をデーモンに装備させることがあったら、君のライフはほぼ無限大だろう。
本当の意味でのクリーチャーは《生命散らしのゾンビ》しかないが、これはこのデッキにとって他のやり方では対処が難しい相手に有効だから入っている(主に《スラーグ牙》だね)。
さらにこいつは《もぎとり》で死亡する唯一のクリーチャーで、《変わり谷》と《憑依された板金鎧》は君のラスゴをたやすくかわしてくれる。
syrup16gの「黒単」(Standard 3-1 Magic Online Daily Event)
(土地25)
4 変わり谷
21 沼
(生物4)
4 生命散らしのゾンビ
(呪文27)
3 悪魔の顕現
2 肉貪り
2 破滅の刃
4 憑依された板金鎧
2 人殺しの隠遁生活
4 もぎとり
1 血統の切断
4 血の署名
4 悲劇的な過ち
1 地下世界の人脈
(プレインズウォーカー4)
4 ヴェールのリリアナ
(サイドボード15)
2 死の支配の呪い
2 肉貪り
2 破滅の刃
4 強迫
2 真髄の針
2 トーモッドの墓所
1 地下世界の人脈
※追記
画像を追加しました。上から。
《人殺しの隠遁生活》
《悪魔の顕現》
《憑依された板金鎧》
もうすぐグランプリ北九州ですが、自分は土曜日の大会で1BYEと3勝1敗、結果4-1で何とかスランプを脱出することが出来ました。
テーロス突入まであと1ヶ月少々ですが、ようやく最後の部分のストーリーをアップできました。
実はもうWikiで大まかな流れは見れるけどな!!!
では、ドラゴンの迷路、完結編です。
※この翻訳は管理人の独断と偏見でいろいろと省略した訳となっています。盛り上がるところは出来る限り原文を再現しますが、完全な翻訳では無いのでご注意ください。あらすじ感覚で読むといいでしょう。
まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/
『ギルド門侵犯』から読む場合はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307150012212277/
『ドラゴンの迷路』の最初から読む方はこちら
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201308030018149194/
(あらすじ)
迷路の終わりに全員が辿り着けなければ、全てを破壊する“至高の評決”がもたらされる。迷路の化身こと、“執行官”による恐ろしい予言が明らかになる中、迷路の競争が始められた。
ジェイスとイマーラは、シミックのヴォレルと協力して先を進むが、アゾリウスの門でついにジェイスはラヴィニアとカヴィン(注:中の人はラザーヴ)に捕らえられてしまう。ジェイスは判決を急ぎ、破壊を食い止めるために釈放するよう求めるが・・・
(注意)
“アゾールの公開広場”と、迷路の化身、通称“執行官”ですが、当初はそれぞれ「アゾールの集会場」、後者は「管理者」と訳していました。
しかし、公式の定訳があった「アゾールの公開広場」、某Wikiなどで使われている「執行官」という訳語に過去の分も含めて統一、修正しています。
混乱したらすみません。
8章 UNSAGE PASSAGE (危険な道)
ジェイスの判決は有罪、しかし釈放が選ばれた。衛兵がジェイスをアゾリウスの門まで連れて行き、手枷を外した。
ジェイスはルートに沿ってアゾリウスの領内を進んだ。イマーラの精神を感じ取る事は出来ない。イマーラが近くにいなければ、彼女の精神に接触するのには何時間もかかる。ジェイスはただイマーラが先に進んでいることを祈り、迷路を進むしかなかった。
ジェイスは幻影魔法で姿を消してアゾリウスの検問をすり抜け、ディミーアのギルド門へと向かった。迷路の道は何も無い壁に通じていた。壁をすり抜けると、地底街に転送された。ジェイスはディミーアの工作のために作られたと思しき地下のトンネルを突き進む。イマーラに追いつくためにはさらにいくつもの門をくぐりぬけ、その間自分の姿を見られないよう全力を注がなければならなかった。
◆
オルゾフのギルド門の周囲は竜巻が通り過ぎたように荒れ果てていた。ステンドグラスや灰色のスラルの死体、歴代の聖者や権力者の像が散乱していた。
何かを言い争う声が聞こえ、その中にイマーラがいると分かると、ジェイスは姿を隠したまま近づいた。
オルゾフの代表団がイマーラを呼び止めていた。背の高い仮面をつけた騎士、黄金をまとう僧侶、灰色のスラルがイマーラを囲み、出口を塞いでいた。
「我々のビジネスに付き合わなくても良いのですよ?」
エレガントなドレスを着込んだ女性が言った。彼女はテイサ・カルロフ。オルゾフの迷路走者にして、ギルドを支配する幽霊議会の声を代表する。
「でも、このしもべ達は原始的なやり方しか分からないの。足でも指でも取り立ててしまうわ、力ずくでね。だから、話し合いましょう?」
相手にするには数が多すぎる。ジェイスは忍び寄り、イマーラに精神で話しかけた。
(イマーラ。)
(あなたなの!?どうやって抜け出したの?)
(判決を受けた。手首にしっぺ。)
(本当なの?)
(ある意味では。ここは僕が何とかするから、話を続けてくれ。)
ジェイスが呪文を構えている間、テイサはイマーラに、ギルドにおける高待遇をちらつかせてオルゾフへの協力を迫り続けた。イマーラは断り続ける。
ジェイスはその場にいるオルゾフの騎士や僧侶に精神に侵入した。長年オルゾフに仕え続けていた彼らの精神を歪め、ギルドへの忠誠心に疑問を植えつけた。
テイサは鋭く命令を出した。
「そこのあなた、斧で彼女の手首を切り落としなさい。」
「あんたの命令はもうごめんだ!」
騎士はそう叫び、斧を振り上げてテイサの方を向く。
ジェイスは“執行官”の言葉を思い出した。
(審査においてギルドに選ばれし者が一人でも最後の審判に辿り着かなければ、ギルドパクトは実体化されない。)
迷路走者のテイサが殺されたら、“評決”は避けられない。ジェイスは飛び出してテイサを跳ね除けた。斧が床の石畳に叩きつけられた。オルゾフの兵士達がジェイスとテイサを囲んでいく。
「これはどういう事なの?彼らを捕らえなさい!命令です。」
「もうあなたの命令は聞かない。失敗した。ミス・カルロフ、僕達と先に行きましょう。」
(置いて行けないの?)
イマーラが聞いた。
(そういう訳には行かないんだ。彼女も終わりに辿り着かなければいけない。)
オルゾフの従者が次々と武器を抜いてテイサに近づいた。テイサの顔が怒りに染まる。
「あなた達、私を裏切るつもり?」
テイサが手をかざすと暗黒の玉が上空に現れ、そこから黒い槍が飛び出して裏切った兵たちの体を突き刺した。倒れた彼らの胸に真っ黒な穴が開き、不自然な黒い煙が湧き上がっていた。
テイサは黒い玉を維持してジェイスとイマーラに向き直った。
「さて、あなた達にこれをするべきではない理由、教えてもらいましょうか?」
「これから貴女がやるべき事を教える。僕達を通して、1時間ここで待つんだ。そして残りの門をこの順番で通る。シミック、イゼット、そしてラクドス。それからアゾールの公開広場で落ち合う。」
「それが残りのルートなのですね?」
「そうだ。」
「なら、あなた達はもう必要ない。」
テイサは切り裂くように腕を振り、暗黒の稲妻をジェイスとイマーラに向けた。ジェイスはテイサから目を背けることなく呪文を打ち消した。
「言う通りにするんだ。それとも、貴女の呪文を全て潰し、あなたの部下のように忠誠心を入れ替えて、永遠にイマーラとセレズニアの忠実な召使いにでもしましょうか。」
「ここで待ちます。」
テイサは黒い太陽を蒸発させた。
門を通るときに、イマーラはジェイスの手を握った。その感触はとても複雑で、息が止まるほど電撃的な一方でジェイスが思いつく最も自然な方法だった。彼女は少ししてジェイスの手を離して、彼女の目がジェイスの目を向いて輝いている。
門をくぐりながらジェイスにある考えがよぎった。これまで訪れてきた世界の中で、ラヴニカは、自分が決して使う事が無いと思っていた言葉を意味するのではないか。
・・・『故郷』。
9章 TEMPEST OF LIES (虚偽の嵐)
ジェイスとイマーラはシミックのギルド門を通過し、錬金術の機会や蒸気で動く機構で覆われた場所、イゼットが支配する領域に進んだ。
イマーラはヴォレルとはぐれていたが、オルゾフの門でテイサに止められる前に、先にヴォレルが門を通るのを見ていた。
「今のところ無事だけど、勝てる気がしないわね。」
ゴブリンの兵士を魔法で眠らせながらジェイスが答えた。
「君がアゾールの公開広場に最初に着く必要は無いと思う。僕が必要なのは君を無事に送り届けることだ。後は君の出番さ。君は人々を1つにできる。それがこの世界で一番重要なことだと思ってきたよ。」
「ジェイス。」
イマーラがその名前を呼ぶ声色から、ジェイスは立ち止まって彼女の方を見た。
「どうした?」
彼女の目は何かの答えを求めているようにジェイスの顔を探っていた。どういうわけか、ジェイスはカロミアのことを考えた。ジェイスは気付いた。イマーラが愛した人にジェイスは会った事が無い。ラザーヴが変身していたカロミアにジェイスが会った時には、本当のカロミアはもうイマーラの思い出の中だけなのだ。
「辛かっただろう。今までのこと。」
ジェイスは言った。
「貴方は私に何も隠してないって、言ってくれる?」
イマーラが言った。
「僕は・・・」
ジェイスは言いかけて、止まった。
イマーラの中に強い渇望が浮かんでいた。ラザーヴの謀略でイマーラは落ち込んでいる。彼女はまだカロミアの死を受け入れきれないでいる。そしてギルドからも見捨てられ、一人なのだ。イマーラは信頼できる誰かを強く求めている、それが痛いほどジェイスには分かった。
ジェイスはあまりにも多くのことを、自分の複雑な人生の現実を隠してきた。自分の正体、他の世界の存在、そして自分の過去がいかにねじれたものか、イマーラには理解できないと分かっていた。しかし、彼女は人を信じたかったのだ。そして、ジェイスはほんのひと時でもイマーラを安心させたかった。
「君に隠し事なんてしないよ。」
ジェイスは言った。その言葉はジェイスの胸に突き刺さったが、イマーラは安心したのか笑顔になり、ジェイスの腕を取り肩に顔を寄せた。
二人がイゼットの門に近づく間、雷が鳴り響いていた。
「僕が先に行くよ。安全を確かめてから、二人でイゼットの門をくぐろう。」
「分かったわ。でもいつあなたを助けに出るかは私が決めます。」
「了解した。」
◆
稲妻が走る不自然な雲に覆われたイゼットの門に護衛はいないが、守られていないわけではなかった。いくつもの電気の柱が連なって檻のように門を塞いでいるのだ。
ラル・ザレックが門の置くから現れた。門を塞ぐ電気の檻が道を明けて、ラルが通り過ぎると元に戻って門を塞いだ。ジェイスの場合はそうは行かないだろう
「そこをどくんだ。そして門を塞ぐ壁を外せ。」
「だれもここは通らない。競争は終わりだ。」
「迷路を解いたのか?」
「もう10回も解いた。だが、何も無い。ドラゴンは間違っていたのだ。」
「だったら、僕と友人が通っても良いだろう。」
「言ったはずだ。誰もここを通らない。特に、お前は。」
「迷路の力は知っているはずだ。この力は誰もかれもが使っていい力じゃない。」
「その通り。」
ラルがにやりと笑う。
「“俺”が持つべき力だ。」
このラル・ザレックは迷路に強大な力がある事を知っている。何かを隠しているのか。
ジェイスは情報、あるいは少なくとも弱点を求めてラルの精神を探った。そして驚いたことに、ザレックはラヴニカの外の世界を見ていた。
「僕は敵じゃない、プレインズウォーカー。」
ジェイスが言った。
「ほう!お前、俺と同類だったのか!他の世界で俺の噂でも聞いたのだろう。」
「今の今まで知らなかった。君の精神を、僕はいくらでも見える。」
「なら分かるだろう、俺はお前を倒すためにここにいる。プレインズウォーカー。」
「君の怒りは見当違いだ。僕と争うべきではない。君は僕の事を何も知らない。僕を通すんだ。分かってくれ。僕達の、ギルドの、この世界のために。」
ラルが嘲笑う。
「お前がどういう危険な状況にいるのか分かっていないな。俺に命令をするな。お前も、ドラゴンも、誰も。誰も俺の邪魔は出来ん。」
ラルはジェイスのさらに後ろを見た。
「お前もだ。」
イマーラがそこにいた。
「ジェイス・・・何が起こっているの?」
ラルが燃え上がる炎のように笑った。両手に火花が走っている。
「そこにいる彼女も、知らないんだろう?」
「知らない?何のことなの?」
イマーラが聞いた。
「彼女には関係ないだろう。」
ジェイスが言った。
「それこそがプレインズウォーカーの証拠だ、そうだろう?次元に縛られた奴らを見下して、蟻のように思っているんだ。いくつも世界を見ては引っ掻き回してきた、そうだろう、ベレレン!?この世界を放り出すのはいつだ?次のおもちゃを見つけるのはいつかな?」
「ジェイス、彼は何を言っているの・・・?」
「言えよ!僕は嘘をついていましたと!僕は旅行者で普段は遠くの地区に住んでいると!どうして何年もここにいないのか、自分の家系が無いのか、言い訳しろよ!その女に、自分が人と関わらない理由を教えてみろ!どうした。いつもやってることだろう!俺もいくつもの次元でそうしてきたんだ!」
「どういう意味なの?次元?」
ジェイスはイマーラに精神で、ラルが嘘をついていると言いたかった。彼女が、ザレックの精神がいかにねじくれているかを見せる事も出来た。
その気になればこの会話そのものを忘れさせる事もできた。
しかし、ジェイスは言った。
「イマーラ、話す事がある。」
「いや・・・聞きたくないわ。」
ラルが笑った。
「その女も大体分かったようだなあ、ベレレン?」
ジェイスは無視した。
「ラヴニカは、たくさんある世界の1つなんだ。僕は、他の世界から来た。」
「止めて。」
「本当なんだ、イマーラ。」
「あなたのような人がほかにもいるの?」
「今、その一人を見ているだろう、お嬢さん。」
ラルが満足げに言った。
ジェイスが必死に説明するが、イマーラは頑なにそれを拒み続けた。
ジェイスはイマーラの精神に、自分が伝えようとしている真実を送り込もうとした。しかし、イマーラが自分を閉ざしていた。イマーラは震えていた。
「本当なの・・・?」
イマーラが聞いた。彼女はラルの方を見ていた。
ラルは、目蓋を広げた。さらに笑顔を二つ増やしたように。
イマーラはジェイスに振り向いて聞いた。
「どれくらいの間、私に隠していたの・・・?」
ジェイスにはもうイマーラが自分を信じているのかどうか分からない。しかし、全てを話さなければならない。そうでなければ、彼女を失うと思った。
「僕達が始めて会ったときからだ。最初からだよ。」
長い沈黙の後、イマーラは先のルートを反芻した。
イマーラは門に向かって歩き、ラルに言った。
「通してください。」
ラルが笑い、稲妻の柱がカーテンのように中央から二つに分かれた。
「一緒に行くよ。」
ジェイスが言った。
「付いてこないで。」
「僕は確かに嘘をついてきた。裏切ったんだ。でも訳がある。行かないでくれ!」
イマーラは背を向けた。門をくぐると稲妻が再び門を塞いだ。
◆
ラル・ザレックは目や体から火花を光らせて浮かび上がった。それは稲妻が人の姿を取ったようだった。
「残念だったな。だが、俺達は次元に縛られたゴミ共に関わり過ぎてはいけない。我々は真の力、この世界の真の脅威に注意を向けなければ、すなわち、同じプレインズウォーカーだよ。存分に楽しもうじゃないか、ベレレン。これから俺はお前から多元宇宙を奪ってやるんだからな。」
ジェイスは全てのマナを引き出し、自分の怒りと屈辱を魔法にこめた。雨が彼を打ち据え、雷がそこら中に降り注いでいたが、ジェイスは何も感じなかった。力がみなぎり、彼のローブはジェイスの起こす風ではためき、嵐を物ともしない。
「よく聞け・・・あの女性が勝つ。そしてお前は彼女を止められない。」
「どうして彼女を止める必要がある?あいつはデーモンの領地に行った。俺はお前を止めさえすればいいんだよ!」
稲妻が嵐から地面に突き刺さった。ジェイスは横に飛びのいたが、衝撃で倒される。
ジェイスは転がって立ち上がり、精神を破壊する弾幕を投げ返した。しかし、ラル・ザレックは精神の壁を何重にも作り出し、ジェイスの攻撃を打ち消した。
ザレックは風の刃や稲妻の攻撃でジェイスを追い詰めるが、ジェイスの精神攻撃は全て防がれた。
ザレックはこのときのために、ジェイスの能力を把握した上で門に来るのを待っていたのだ。ジェイスの攻撃を全て防ぎ、消耗したところに稲妻を浴びせて倒すつもりだろう。
しかし、穴がある。ザレックは、ジェイスも目の前の敵を殺したいと考えているはずだ。だがジェイスは違う。正式に選ばれたかどうかはともかく、あの“執行官”の認識では、ザレックもギルドを代表する迷路走者の一人のはずだ。生きてアゾールの公開広場に辿り着いてもらわなければ困る。
ジェイスはザレックに向かって歩いた。フードの陰でジェイスの目が青く光った。ザレックの稲妻がジェイスの体を貫いても、ジェイスの体は怯みもせず、ただザレックに向かって歩いた。そしてジェイスを見据えるザレックを通り過ぎて門に向かった。
ジェイスは門に貼られた稲妻のバリアを通り抜け、通路の闇の中に消えた。ザレックは信じられないという様子で振り向き、ジェイスを探したが見つからなかった。ザレックは稲妻の柱を開いて門を通り、ジェイスを追いかけた。
その瞬間を狙い、姿を消していた本当のジェイスが、門を通り抜けた。すぐにでもイマーラを追いかけたかったが、ザレックが離れるまでその場にとどまり、しばらくしてから立ち上がり、迷路を駆けた。
10章 FOR THE SAKE OF THE GUILD(ギルドのために)
イマーラは一人でリックス=マーディ、ラクドスの中心である宮殿を進んだ。ジェイスから送り込まれたイメージに従い、何百年も使われていない黒曜石の階段を下りる。深く進んだが、誰かが彼女を止めようとする様子は無かった。壁に滴る黒い液体が何か考えないようにして、彼女は進んだ。
そして、大きな部屋に出た。イマーラは辿り着いたと感じた。地下深くの部屋であるが、洞窟よりは豪華な玉座の間に近い場所だった。ホールの反対側の階段を上った先には、悪魔の王、ラクドスの顔が飾られたラクドスの門。
そして彼女は一人ではなかった。
「こんにちは、お嬢様ァ。」
血魔女、イクサヴァが階段を下りてきた。二人のラクドス信者が剣を差し出し、イクサヴァはそれをイマーラから目を離さず受け取った。
「タンドリスだろう?遊びに来るのを待ってたんだよォ。」
「私たちの争いは終わりです。セレズニアはラクドスとの抗争を取り下げます。あなたは報復の心配をせずに私を通して良いのです。」
「言う事とやってる事が違うんじゃないかァ~~?アンタらはアタシ達の血を流さずにはいられない。アンタもラクドスの信者を6人殺しただろう!」
イマーラは声を抑えていた。
「あなたの信者は私を誘拐したときに死を恐れていなかった。」
「アンタも同じように出来るかァ?アンタはセレズニアのために死ぬことが出来るかな?」
「私の命はギルドのものです。」
「そうか、あんたも同じ狂信者ってわけだねェ。アタシたちはどちらも、より高位の存在を信じているってわけだ。」
「私は生きた議事会に仕えています。穴倉の中に潜む怪物にではありません。」
「関係ないね!あんたのご主人が命を差し出せと言ったなら。ギルドマスターがそうしろと言ったら!違うかァ、タンドリス?」
イクサヴァは剣を振り回して床に叩き付け、火花を起こした。
「答えな!イエスかノーか!アンタはセレズニアのために死ぬことが出来るか!?」
イマーラには武器も魔法も無い。彼女は考えた。自分を見捨てて迷路を一人で走らせたギルドに命を捧げるべきか。
「必要ならば。」
「ノーだ!アンタは何のためにでもない、無駄死にするんだ。」
イクサヴァは自ら襲い掛かるのではなく、後ろに下がった。そして部屋中から怪物が現れた。今まで見かけた仮面をつけたカルト信者とは違う。悪魔の落とし子が周囲で照らされた炎の中から這い出て、イマーラに襲い掛かる。
イマーラは蔦の魔法で自分を覆った。蔦が攻撃をはじき、茨がデーモンの肉を裂くが、デーモンの力には及ばない。デーモンの爪が肩を引き裂き、肘の骨が噛み砕かれる。
「あいつを飲み込めェ!あの女に、これから全てのギルドに与える苦痛の贈り物を!あなたの為に、ロード・ラクドス!」
ラクドスの門の奥から煙が漏れ、こだまする激しい音が近づいてきた。
イマーラは蔦の魔法を強化し、デーモンの落とし子に引き裂かれた蔦を新たな種として、怪物の肉体からさらなる枝や茨を生やした。落とし子たちは蔦を剥がそうともがいていた。
その間に、イマーラは自分の傷を魔法で治した。
「アンタ、やるじゃないか。でも落とし子に殺されたほうが良かったんじゃないかねェ?これからアンタは、アタシの主に会うんだからね~~~~ェ!」
「そんな・・・」
イマーラは自分の意思に反して声を出した。そして思わずジェイスに精神の接続を取ろうとしたが、それを止めた。もう彼は信用できない。
悪魔の王、ラクドスその人が門から姿を現した。イマーラは圧倒され、たじろいだ。
「旨そうな魂を見つけてくれたじゃないか、イクサヴァ。」
ラクドスが言った。イマーラは声を出す事も出来なかった。ラクドスの巨大な手がイマーラに向かって伸び、熱を帯びた感触がイマーラを包んだ。
イマーラは叫んだ。そして破壊。
(ジェイス?)
イマーラは不本意にそう思った。破壊の音は自分の体が握りつぶされ、あるいは魂がバラバラに引き裂かれたのだと思った。
天井が崩れ、光が差し込むと、巨大な存在が落ちて轟音と共に着地。それは自然のエレメンタル、イマーラがかつて召喚していた物と同じ大理石と蔦の巨人。
「おのれェ!!」
ラクドスが憎悪に満ちた声で吼えた。イマーラはラクドスの手から放された。
エレメンタルの後からセレズニア兵が続いた。ギルド魔道士、樹彫師、狼乗り、鎧を着たケンタウルスがエレメンタルの背中を渡ってリックス=マーディの部屋に押し寄せたのだ。最後にもう1体のエレメンタル、その背中には3人のドライアド、トロスターニ。
「ギルドマスター・・・有難うございます。」
イマーラが言った。
「行きなさい、イマーラ。議事会はあなたを守ります。」
「私のために戻ってくださったのですか。」
「貴女は私たちの道を示したのです。さあ、行きなさい。」
セレズニア軍とラクドスが激突した。イマーラはその中を縫ってラクドスの門に向かうが、イクサヴァがそれに気付き、笑みを浮かべて道を塞ぐ。
イマーラは止まらない。まっすぐイクサヴァに突進した。イクサヴァはイマーラの首をめがけて剣を振った。イマーラは腕で剣を受け止めるしかなかった。
イクサヴァの剣はイマーラの腕の骨まで切り裂き、そのままイマーラはイクサヴァにぶつかった。二人は床に転がり、イマーラが上からイクサヴァを抑え込んでいた。
イマーラは腕に残った剣の柄を取って自分の腕から引き剥がし、呻いた。暖かい血しぶきが腕から飛び散った。朦朧とする意識を保ちながら、切断されかけた腕を治す。
呪文で腕を治しているが指動かすと嵐のように痛みが渦巻いた。イマーラは立ち上がり、血魔女の剣でイクサヴァの肩を刺した。そして動く方の腕を掴んだ。イマーラは自分の敵を肩に担いで門を通った。
◆
ジェイスは残りのルートを辿った。ラル・ザレックは彼を見失ったが、未だ上空は嵐で覆われていた。
イゼットの領地を抜け、リックス=マーディの大混戦を目の当たりにすると、最悪の事態を恐れた。しかしトロスターニが、イマーラは既にアゾールの公開広場に向かっていることを教えてくれた。
広場に到着すると、10人全員のギルド代表者が互いに争っていた。ゴルガリのトロール、ヴァロルズがルーリク・サーと殴りあっている。ヴァロルズとタージクがお互いの胸倉を掴んでいる。ラヴィニアとテイサ・カルロフがお互いの法律と抑制の魔法で言い争う。ミルコ・ヴォスク、ラル・ザレック、イクサヴァがいつでも力を振り回せると言うよう、お互いに円を描き威嚇していた。
広場の中央の何かがジェイスを捉えた。迷路を示す力線が光って見えるようになり、中央のモノリスから外側の柱にマナが差し込み、ギルドごとに1つ、柱が輝きだした。
何かが起ころうとしているが、ジェイス以外は誰も気付いていない。
ジェイスは叫んだ。
「戦いをやめろ!今すぐだ!この場所は動いている。ここにいる全員が和平を結ばないと、全員が滅びてしまう!」
「何て事を。オブゼダートの代言者に対してそのような事は許されない。」
テイサ・カルロフが言った。
「俺がここに最初に辿り着いたんだ、ベレレン。イゼットがこれから起こる全てをこの手にする。」
ラル・ザレックが電気を走らせた。
「この広場はアゾリウスが作った事を忘れています。我々の迷路があなた達をここに導いた。その結果何があろうと、それは我々だけの物です。」
ラヴィニアが反論する。
「ヴァロルズは、肉しか見えないぞ!」
「ラクドス卿の名の下に、アンタら全員殺してやるよォ!」
「誰も殺してはいけない。誰も何も要求は出来ない。全員がここに集まること、この瞬間を迷路は求めている。」
ジェイスが言った。
「だったら、なぜ何も出てこない?俺の賞品はどこにある?」
ラルが問いただした。
ジェイスと迷路走者達が言い争う中、外套に覆われた姿が現れた。全員がそちらを見た。その男がローブを脱ぐと、シミックの装束を着た、ジェイスの知らない皺だらけのエルフだった。
「アドバイザー、どうしてこちらへ?」
ヴォレルが彼を知っていた。
「時代遅れの種族たちを排除していないのか?」
男が聞くと、ヴォレルの顔が強張った。
「いいえ、そうでした・・・申し訳ありません。私の義務を忘れていました。すぐに計画を実行に移し、シミックに輝かしい未来を与えましょう。」
ヴォレルはダガーを抜き、呪文を唱え始めた。
男の姿が溶けて、ボロスの鎧をまとった女性の兵士になった。
「あなたは・・・」
タージクが息を呑んだ。
「軍勢の刃、タージク。貴女の任務は戦導者の敵を滅ぼすことです。しかしまだ多くが息をしています。あなたは敗北を認めるのですか、司令官?」
「そのような事は、当然無い!」
タージクは剣を抜いて空に掲げた。
「戦導者のために!!」
「駄目だ」
ジェイスが囁いた。次々と姿を変えていくその存在は、間違いなくラザーヴだ。
「そいつの言う事を聞くな!みんな騙されているんだ!」
ラザーヴは姿を変えてはテイサに、ルーリク・サーに戦いを促していった。
「無駄だ、ジェイス。彼らはみな私を受け入れ、私の嘘を受け入れたのだ。彼らは疑い、非難、不信、それらを心に受け止めた。私の居場所が出来て、もはや何も聞こえない。そして彼らが全員を殺しあったその時、私が迷路の賞品を手に入れるのだ。」
ラザーヴの笑顔はカロミアのものになっていた。
迷路走者が再び戦い始めたとき、広場の周辺の柱に浮かぶギルドの紋章が輝き、中央のモノリスの上に霊的な存在が浮かび上がった。それは暗黙の迷路の化身、“執行官”。審査が始まろうとしていた。
「まだ終わっていない。イマーラ!イマーラ、君ならみんなを1つにできる。彼らを助けるんだ!」
ラザーヴがイマーラに手を伸ばし、イマーラは彼の手に向けてゆっくりと手を動かした。イマーラは彼女の裏切られた気持ち、苦痛、怒りを何らかの攻撃的な魔法に込めていた。
イマーラはミルコ・ヴォスクの方を見て、そして彼女の拳が太陽の光のように輝き始めた。彼女は吸血鬼の方に歩いた。
「ギルドを守ってくれるか、イマーラ?」
ラザーヴがカロミアの姿で聞いた。
「必要なことを出来るね?ギルドのために、殺せるか?」
「はい。」
イマーラが囁いた。
「はい。」
他のすべての迷路走者が言った。
「では、必要な武器を与えよう。」
ラザーヴが言った。
「審査が行われた。アゾールの意思は、評決をもたらす事である」
迷路の化身が言った。
「止めろ!」
ジェイスは叫び、頭を両手で抱えた。破壊的なエネルギーがルーンの流れになって十人のギルド走者の全員に降り注いだ。ジェイスが予想していたような大爆発は起こらなかった。執行官の魔法がそれぞれの迷路走者の頭に接触し、精神を破壊するのではなく何かを与えた。
ジェイスはすぐにイマーラの精神を調べた。迷路の賞品、新しい恐るべき魔法が、イマーラの中にあった。全てを飲み込む破壊の波。
ジェイスは他の迷路走者全員の精神を探った。同じ知識を共有していた。
暗黙の迷路の化身は、“至高の評決”を唱えたのではない。迷路走者全員に、それを与えたのだ。それぞれが、地区を丸ごと薙ぎ払う力を与えられたのだ。
11章 MAZE’S END(迷路の終わり)
ジェイスは迷路走者達の精神へ自分の間隔を広げた。ラザーヴの影響を受けているが、それが無くても彼らの精神は怒り、非難、苛立ちが渦巻き、それぞれのギルドの経験と世界の見方によって形作られていた。
それは彼らの強さであり弱さ。それぞれが自分のレンズで全てを見ているのだ。ジェイスは、お互いを見るように、ジェイスが出来るように精神の中でお互いに向き合うようにしなければならなかった。
ジェイスは自分の精神を通し、十個の精神を一つに繋いだ。ゼンディカーの家族にそうしたように、ジェイス自身を架け橋とし、お互いの精神を隔てる壁を砕き、お互いの魂を直に見えるようにした。全てのギルドの勇者がお互いの感情を同時に共有した。彼らの精神が1つの輪のように繋がった・・・希望、信念、生き方の輪、命の輪がそこにあった。
ジェイスの頭が苦痛で悲鳴を上げた。その痛みはジェイス自身をバラバラに引き裂いていった。彼らの精神を一つに融合するために、それらを隔てるジェイス自身の自我を破壊したのだ。
彼は声を聞いた。自分が知っている何者かの声だった。その声はある言葉を繰り返していた、それは何か自分にとって意味のある声だが、思い出せなかった。
その声は、“執行官”のもので、それが言っていた言葉は自分の名前だった。
ジェイスは目を開けた。暗闇の中に、執行官だけがいて、彼を見下ろしていた。
執行官の中から光があふれ出し、ジェイスを貫いた。ジェイスの体と視界が光に包まれた。ジェイスが浮かび上がる。まるで永遠にどこまでも見通し、地平線の彼方に指が届くかのように、遠くの存在を感じることが出来た。
「執行官・・・」
ジェイスが話しかけた。
「何かが変わった。感じるんだ。」
(お前は変わった。)
“執行官”が答えた。
「何が起こった・・・?至高の評決がもたらされたのでは・・・?」
(評決は必要でなくなった。ギルドパクトは形を得た。)
「ギルドパクトがまた有効になった!?」
(ギルドパクトは実体化した。)
「何かが違うんだ。前とは違う。」
(以前のギルドパクトは、十のギルドの行動を統制する呪文。強力だがいつの日か失われるとアゾールは考えた。そして、ギルドパクトが新たな形を得られるか、それを決めるための審査が作られた。そして、それは成功した。)
「ギルドパクトは新しい形を得た・・・どういう意味だ?」
(お前だ。)
ジェイスは瞬きし、次の言葉を見つけるまで時間がかかった。
「何だって?」
(汝、ジェイス・ベレレンはギルドパクトの生きた規則となった。汝がギルドパクトである。)
「どういうことだ?」
(汝は全てのギルドの見方を理解できる調停者として自らを示した。故に、ギルドが衝突すれば法がそれを裁く。その違いは、汝がその法であるということだ。)
「無理だ。」
(いずれにせよ、そうなったのだ。)
「僕は・・・この世界の人間でもないんだ。」
(アゾールもそうではないようだ。その質問は彼の審査では重要ではない。)
「僕にとっては重要なんだ。僕はどうしたらまた離れられる?このラヴニカで、どうやって僕がギルドパクトに“なれる”んだ!?」
(汝はギルドパクトを形作るのに相応しいと判断された。手段は汝に任せる。)
ジェイスは迷路走者を、アゾールの公開広場を、イマーラのことを考えた。
「僕が死んだらどうなる?」
(ギルドパクトは再び崩壊する。)
「だが、ギルドパクトが個人であれば、前よりも脆いに決まってる。全てのギルドがその人の・・・僕のご機嫌を取るようになる。いや、もっとひどければ、僕を殺そうとする。僕を殺して、この次元を元の混乱に戻すはずだ。」
(アゾールは、生きたギルドパクトとなる者に対して忠告を私に遺した。)
「それは?」
(汝にこの賞品をもたらした力は、汝がそれを維持するために行使しなければいけない。)
それを最後に、執行官は消えた。
ジェイスを包む光が消えて、公開広場が戻ってきた。ジェイスは中央の演壇に倒れていた。肉体的には何も変わっていたが、新たな存在となっていた。
ジェイスは、ドラゴンを見上げた。
ニヴ・ミゼットが彼を見下ろし、迷路走者の全てがジェイスとドラゴンの対面を注視していた。ラザーヴの姿はどこにも無かった。
ドラゴンがゆっくりと言った。
「ギルドパクトは・・・蘇った。」
「そうだ。」
ジェイスが言った。
ニヴ・ミゼットは煙を鼻から噴き出した。ドラゴンは頭を僅かに傾けて言った。
「イゼット団はセレズニアに宣戦布告をしたい。」
ドラゴンはジェイスの反応を伺っていた。
「駄目だ。」
ジェイスが静かに言った。
ニヴ・ミゼットは首を傾け、頭をジェイスの顔の前に近づけた。煙を噴き出しながら、ジェイスを上から下まで見ていた。煙が雲散霧消していく中、ジェイスは咳き込むのをこらえていた。
「上出来だ。」
ドラゴンが言った。
ニヴ・ミゼットは背を向け、ジェイスと迷路走者が見ている中を飛び去っていった。振り返ってラヴニカの空に消えるまで、ミゼットの目はジェイスを向いていた。
「何が起こったんだ?」
ラル・ザレックが聞いた。
「あのドラゴンの言ったように、ギルドパクトが復活した・・・。」
イマーラがジェイスを見て言った。
「“あいつ”がギルドパクトの何を知っているんだ?」
「彼“が”ギルドパクトになった。」
ラヴィニアが囁いた。その目は見開いていた。
最終章 FROM THE ASHES(灰の中から)
ジェイスはまだ骨組みだけの建物に立って第十地区を見渡していた。未完成の建物は巨大な彫刻の作り始めのようで、完成していなくともその壮観さを醸し出していた。この建物を建てるために、灰とこげた木の山を片付けなければならなかった。外側の看板には新しい文字が書かれていた・・・『ギルドパクト大使館』。
誰かが階段を上がっていた。ラヴィニアがジェイスの立っている階に上がってきた。
「今なら僕を逮捕するチャンスだよ。」
「今のところは大丈夫よ、生きたギルドパクトさん。」
ラヴィニアは街の光景を見ていた。
「あなたの書斎があった所、なかなかいい眺めになっているじゃない、」
ジェイスは肩をすくめた。
「この場所をどうして欲しいか聞かれたんだ。ちょうどいいだろう。」
「そうね。今は貴方がいろいろと決めているのでしょうね。」
「たくさん助けてもらうつもりだ。そのために君をここに呼んだ。」
ラヴィニアはジェイスを観察した。
「権力を分散している、そう見せかけるためかしら?」
「違う。本当に君の助けが必要だからだ。僕は皇帝なんかじゃない。ギルドを率いているわけでもない。僕の役割は、ギルドがお互いを食い合う事を防ぐことだ。それに、ぼくがいつでも裁定できるわけじゃない。助言が必要だ。」
「諮問議会を作るのね。」
「そう。」
「誰がなるのか、考えているの?」
「ああ。もちろん全てのギルドの代表者だ。信頼できる人を入れる。」
「賢明そうね。それで、私は何をして欲しいのかしら?」
ジェイスは彼女が恥ずかしがっているのか、それとも彼が何を申し出ようとしているのか本当に分からないのか、読めなかった。
ラヴィニアはジェイスを見ないように未完成の床を歩き回ったが、ジェイスには、彼女が微かに笑顔になっているのが見えた。ラヴィニアは梁を、作りかけの屋根を、目を覆って空を見た。
「立派な建物になりそうね。ここが公式の大使館に?」
「そうだな、ここは人々が正式に表示を見るところだ。ここは公に知って欲しい会合を行う場所になる。」
「地図に乗る場所ね。」
「その通りだ。」
「本当の場所は、誰なら知ることが出来るの?」
「こういう答え方でいいかな。君はその一人ではない。まだだ。」
別の足音が仮設の階段を上がった。イマーラが無言で現れた。彼女のガウンはセレズニア議事会で新しい重要な地位に着いた事を示していた。
「あとで話してもいいかな、評議員?」
ジェイスはラヴィニアに聞いた。ラヴィニアは頷いた。ジェイスの言った肩書きを聞いて笑っていた。イマーラに頭を傾けると、ラヴィニアは階段を下りた。
ジェイスはイマーラを見なかった。ジェイスは窓に寄りかかってラヴニカの景色を見ていた。イマーラが建物を見て回り、イマーラが言いたいことを切り出すまで待っていた。
「何か事件はあったの?」
「少しだけ。新兵を募集する権利の争い、所有物の損壊。世界がどうこうなる事じゃないよ。」
「それで、ギルドを調停できているの?彼らはあなたの裁きに従うの?」
「そうしなければならないみたい。」
イマーラは微かな笑みとともに顔を赤らめていた。
「出来たのね。彼らを一つにしたのね。」
ジェイスはどこを見たらよいか分からなかった。
「まだやる事はいくらでもある。それに、知っていると思うけど・・・他の場所の事も。」
イマーラの笑顔が消えるのを見た。他の世界のこと、プレインズウォーカーであるという事は二人の間を嘘で隔てた。彼女がどう受け止めているか分からないが、ジェイスは自分の人生を覆う壁を取り払い、彼女を受け入れたかった。迷路走者の心を繋いだように、イマーラと一つになりたいと思った。
「それに君の事も。」
ジェイスは続けた。
「君をどんなに傷つけたか、僕がどれだけ申し訳なく思っているか、言い表せるかも分からない。」
イマーラは突如ジェイスに向かって倒れ込み、唇を重ねた。ジェイスはそれを少しでも長く残すかのように、目を閉じて体を動かさなかった。しかし、彼女が後ろに下がって礼儀正しい客人のような表情に戻ったとき、彼は気付いた。これは単なる感謝の印で、ギルドからの文書と何も大差は無いと。彼女の笑顔は頬に広がるが、ジェイスだけを見つめる目には痛みが感じ取れた。
「ジェイス・・・」
「その、来てくれてありがとう。」
ジェイスの声は不自然に大きく、平坦だった。
「またいつか、会えるといいね。」
まるで完全な他人になるような言い方だった。しかし言った事を止める事は出来ず、その言葉は宙に浮かんだ。
「もちろん。」
イマーラはぎこちなさを和らげた。あらゆる意味で、イマーラは癒してくれる。
「でも、ジェイス・・・行く前に、お願いがあるの。」
「言ってみて。」
イマーラの唇が微かに震えた。
「ギルドの責を果たすには、全てを共有しなければいけないの。トロスターニと、樹彫師やギルド魔道士と、議事会の全ての魂と心を通わせなければならないの。それが私の責任で、ギルドの誓い。分かる?」
ジェイスの心臓が響いた。
「僕の事を、外の世界の事を、を彼らに話したいんだね。でも、無理だ。彼らが理解できることじゃない。知る事は出来ないよ。」
「そうじゃないの・・・。ジェイス、私は彼らに話す事は出来ない。あの事を知るのはきっと死ぬように辛い。私がそうだったように。」
ジェイスは目を背けた。イマーラは秘密を守っていたが、それは彼女にとってあまりにも苦しかった。当然だ。彼女はギルドに秘密を抱え、嘘で自分を覆う事を望んでいない。ジェイスの秘密は彼女に欠片のように食い込み、それを押し込んだのは自分なのだ。彼女に自分の正体を晒そうとした事が、彼女をさらに苦しめただけなのだ。
「すまない・・・」
ジェイスが言った。
「だから、助けて欲しいの。」
ジェイスがイマーラの方を向いたとき、彼女の顔は哀願していた。
イマーラが何を求めているのか、気付いた。
「絶対に駄目だ。」
ジェイスは言った。
「この記憶を私から消さなければならないわ、ジェイス。これを隠すのはどんな事か、あなたには分からないわ。彼らに教える事は出来ないし、私も、知りたくない。」
「君の記憶を弄るなんて・・・。」
「そうしないと駄目。このまま生きていくなんて無理よ・・・でも、私には何も出来ない。私の中に、ただそこにあるの。」
「だけど、真実なんだ。」
ジェイスにとっては、それは真実である以上の意味があった。彼女に手を伸ばすための試みであった。彼女はその贈り物を返しに来た。そうすることで、その贈り物が不本意であった事を示しているのだ
「私を元に戻して。私が何も知らなかった時のように。私がこれを知っている限り、彼らに心を開くことが出来なくなる。セレズニアでいられなくなるの。」
ジェイスは頭を抱え、荒い息をした。ジェイスの正体と他の世界の知識が、彼女からギルドとの繋がりを奪ってしまう事は分かっていた。だが、彼女の精神を引き裂く事は・・・ほんの数分間の会話でも奪ってしまう事は、彼女との別れのように思った。まだ僅かながら生き残っている何かを殺してしまうように感じた。
「ジェイス、お願い。」
ジェイスは頷いた。難しい魔法でもなかった。ジェイスはイマーラの記憶の中にいた。トロスターニ、イクサヴァ、カロミア、そして青いローブを着たジェイスの記憶を掻き分け、嵐の中でジェイスが正体を打ち明けた時の記憶を見つけ出した。
ジェイスは両手で水をすくったように、その記憶を抱えて浮かんでいた。
イマーラは精神魔法を使うジェイスを見ていた。彼女の顔は穏やかだった。
「これは、もし私が必要になった時のために。」
彼女は小さな木製のアーティファクトをジェイスの手に渡した。それは精巧な葉の形をした木彫りの彫刻だった。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
彼女は言った。
「あなたは、ここに居ていいの。」
ジェイスは両手を閉じ、イマーラの記憶が分解して消えた。ジェイスが魔法を終える間、イマーラはジェイスを抱きしめた。訪ねた先を離れるときの礼儀だ。彼女は階段に向かって歩いた。ジェイスは彼女の姿が見えなくなるまで見届け、そして窓からラヴニカに建ち並ぶ塔を眺めた。
◆完◆
テーロス突入まであと1ヶ月少々ですが、ようやく最後の部分のストーリーをアップできました。
実はもうWikiで大まかな流れは見れるけどな!!!
では、ドラゴンの迷路、完結編です。
※この翻訳は管理人の独断と偏見でいろいろと省略した訳となっています。盛り上がるところは出来る限り原文を再現しますが、完全な翻訳では無いのでご注意ください。あらすじ感覚で読むといいでしょう。
まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/
『ギルド門侵犯』から読む場合はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307150012212277/
『ドラゴンの迷路』の最初から読む方はこちら
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201308030018149194/
(あらすじ)
迷路の終わりに全員が辿り着けなければ、全てを破壊する“至高の評決”がもたらされる。迷路の化身こと、“執行官”による恐ろしい予言が明らかになる中、迷路の競争が始められた。
ジェイスとイマーラは、シミックのヴォレルと協力して先を進むが、アゾリウスの門でついにジェイスはラヴィニアとカヴィン(注:中の人はラザーヴ)に捕らえられてしまう。ジェイスは判決を急ぎ、破壊を食い止めるために釈放するよう求めるが・・・
(注意)
“アゾールの公開広場”と、迷路の化身、通称“執行官”ですが、当初はそれぞれ「アゾールの集会場」、後者は「管理者」と訳していました。
しかし、公式の定訳があった「アゾールの公開広場」、某Wikiなどで使われている「執行官」という訳語に過去の分も含めて統一、修正しています。
混乱したらすみません。
8章 UNSAGE PASSAGE (危険な道)
ジェイスの判決は有罪、しかし釈放が選ばれた。衛兵がジェイスをアゾリウスの門まで連れて行き、手枷を外した。
ジェイスはルートに沿ってアゾリウスの領内を進んだ。イマーラの精神を感じ取る事は出来ない。イマーラが近くにいなければ、彼女の精神に接触するのには何時間もかかる。ジェイスはただイマーラが先に進んでいることを祈り、迷路を進むしかなかった。
ジェイスは幻影魔法で姿を消してアゾリウスの検問をすり抜け、ディミーアのギルド門へと向かった。迷路の道は何も無い壁に通じていた。壁をすり抜けると、地底街に転送された。ジェイスはディミーアの工作のために作られたと思しき地下のトンネルを突き進む。イマーラに追いつくためにはさらにいくつもの門をくぐりぬけ、その間自分の姿を見られないよう全力を注がなければならなかった。
◆
オルゾフのギルド門の周囲は竜巻が通り過ぎたように荒れ果てていた。ステンドグラスや灰色のスラルの死体、歴代の聖者や権力者の像が散乱していた。
何かを言い争う声が聞こえ、その中にイマーラがいると分かると、ジェイスは姿を隠したまま近づいた。
オルゾフの代表団がイマーラを呼び止めていた。背の高い仮面をつけた騎士、黄金をまとう僧侶、灰色のスラルがイマーラを囲み、出口を塞いでいた。
「我々のビジネスに付き合わなくても良いのですよ?」
エレガントなドレスを着込んだ女性が言った。彼女はテイサ・カルロフ。オルゾフの迷路走者にして、ギルドを支配する幽霊議会の声を代表する。
「でも、このしもべ達は原始的なやり方しか分からないの。足でも指でも取り立ててしまうわ、力ずくでね。だから、話し合いましょう?」
相手にするには数が多すぎる。ジェイスは忍び寄り、イマーラに精神で話しかけた。
(イマーラ。)
(あなたなの!?どうやって抜け出したの?)
(判決を受けた。手首にしっぺ。)
(本当なの?)
(ある意味では。ここは僕が何とかするから、話を続けてくれ。)
ジェイスが呪文を構えている間、テイサはイマーラに、ギルドにおける高待遇をちらつかせてオルゾフへの協力を迫り続けた。イマーラは断り続ける。
ジェイスはその場にいるオルゾフの騎士や僧侶に精神に侵入した。長年オルゾフに仕え続けていた彼らの精神を歪め、ギルドへの忠誠心に疑問を植えつけた。
テイサは鋭く命令を出した。
「そこのあなた、斧で彼女の手首を切り落としなさい。」
「あんたの命令はもうごめんだ!」
騎士はそう叫び、斧を振り上げてテイサの方を向く。
ジェイスは“執行官”の言葉を思い出した。
(審査においてギルドに選ばれし者が一人でも最後の審判に辿り着かなければ、ギルドパクトは実体化されない。)
迷路走者のテイサが殺されたら、“評決”は避けられない。ジェイスは飛び出してテイサを跳ね除けた。斧が床の石畳に叩きつけられた。オルゾフの兵士達がジェイスとテイサを囲んでいく。
「これはどういう事なの?彼らを捕らえなさい!命令です。」
「もうあなたの命令は聞かない。失敗した。ミス・カルロフ、僕達と先に行きましょう。」
(置いて行けないの?)
イマーラが聞いた。
(そういう訳には行かないんだ。彼女も終わりに辿り着かなければいけない。)
オルゾフの従者が次々と武器を抜いてテイサに近づいた。テイサの顔が怒りに染まる。
「あなた達、私を裏切るつもり?」
テイサが手をかざすと暗黒の玉が上空に現れ、そこから黒い槍が飛び出して裏切った兵たちの体を突き刺した。倒れた彼らの胸に真っ黒な穴が開き、不自然な黒い煙が湧き上がっていた。
テイサは黒い玉を維持してジェイスとイマーラに向き直った。
「さて、あなた達にこれをするべきではない理由、教えてもらいましょうか?」
「これから貴女がやるべき事を教える。僕達を通して、1時間ここで待つんだ。そして残りの門をこの順番で通る。シミック、イゼット、そしてラクドス。それからアゾールの公開広場で落ち合う。」
「それが残りのルートなのですね?」
「そうだ。」
「なら、あなた達はもう必要ない。」
テイサは切り裂くように腕を振り、暗黒の稲妻をジェイスとイマーラに向けた。ジェイスはテイサから目を背けることなく呪文を打ち消した。
「言う通りにするんだ。それとも、貴女の呪文を全て潰し、あなたの部下のように忠誠心を入れ替えて、永遠にイマーラとセレズニアの忠実な召使いにでもしましょうか。」
「ここで待ちます。」
テイサは黒い太陽を蒸発させた。
門を通るときに、イマーラはジェイスの手を握った。その感触はとても複雑で、息が止まるほど電撃的な一方でジェイスが思いつく最も自然な方法だった。彼女は少ししてジェイスの手を離して、彼女の目がジェイスの目を向いて輝いている。
門をくぐりながらジェイスにある考えがよぎった。これまで訪れてきた世界の中で、ラヴニカは、自分が決して使う事が無いと思っていた言葉を意味するのではないか。
・・・『故郷』。
9章 TEMPEST OF LIES (虚偽の嵐)
ジェイスとイマーラはシミックのギルド門を通過し、錬金術の機会や蒸気で動く機構で覆われた場所、イゼットが支配する領域に進んだ。
イマーラはヴォレルとはぐれていたが、オルゾフの門でテイサに止められる前に、先にヴォレルが門を通るのを見ていた。
「今のところ無事だけど、勝てる気がしないわね。」
ゴブリンの兵士を魔法で眠らせながらジェイスが答えた。
「君がアゾールの公開広場に最初に着く必要は無いと思う。僕が必要なのは君を無事に送り届けることだ。後は君の出番さ。君は人々を1つにできる。それがこの世界で一番重要なことだと思ってきたよ。」
「ジェイス。」
イマーラがその名前を呼ぶ声色から、ジェイスは立ち止まって彼女の方を見た。
「どうした?」
彼女の目は何かの答えを求めているようにジェイスの顔を探っていた。どういうわけか、ジェイスはカロミアのことを考えた。ジェイスは気付いた。イマーラが愛した人にジェイスは会った事が無い。ラザーヴが変身していたカロミアにジェイスが会った時には、本当のカロミアはもうイマーラの思い出の中だけなのだ。
「辛かっただろう。今までのこと。」
ジェイスは言った。
「貴方は私に何も隠してないって、言ってくれる?」
イマーラが言った。
「僕は・・・」
ジェイスは言いかけて、止まった。
イマーラの中に強い渇望が浮かんでいた。ラザーヴの謀略でイマーラは落ち込んでいる。彼女はまだカロミアの死を受け入れきれないでいる。そしてギルドからも見捨てられ、一人なのだ。イマーラは信頼できる誰かを強く求めている、それが痛いほどジェイスには分かった。
ジェイスはあまりにも多くのことを、自分の複雑な人生の現実を隠してきた。自分の正体、他の世界の存在、そして自分の過去がいかにねじれたものか、イマーラには理解できないと分かっていた。しかし、彼女は人を信じたかったのだ。そして、ジェイスはほんのひと時でもイマーラを安心させたかった。
「君に隠し事なんてしないよ。」
ジェイスは言った。その言葉はジェイスの胸に突き刺さったが、イマーラは安心したのか笑顔になり、ジェイスの腕を取り肩に顔を寄せた。
二人がイゼットの門に近づく間、雷が鳴り響いていた。
「僕が先に行くよ。安全を確かめてから、二人でイゼットの門をくぐろう。」
「分かったわ。でもいつあなたを助けに出るかは私が決めます。」
「了解した。」
◆
稲妻が走る不自然な雲に覆われたイゼットの門に護衛はいないが、守られていないわけではなかった。いくつもの電気の柱が連なって檻のように門を塞いでいるのだ。
ラル・ザレックが門の置くから現れた。門を塞ぐ電気の檻が道を明けて、ラルが通り過ぎると元に戻って門を塞いだ。ジェイスの場合はそうは行かないだろう
「そこをどくんだ。そして門を塞ぐ壁を外せ。」
「だれもここは通らない。競争は終わりだ。」
「迷路を解いたのか?」
「もう10回も解いた。だが、何も無い。ドラゴンは間違っていたのだ。」
「だったら、僕と友人が通っても良いだろう。」
「言ったはずだ。誰もここを通らない。特に、お前は。」
「迷路の力は知っているはずだ。この力は誰もかれもが使っていい力じゃない。」
「その通り。」
ラルがにやりと笑う。
「“俺”が持つべき力だ。」
このラル・ザレックは迷路に強大な力がある事を知っている。何かを隠しているのか。
ジェイスは情報、あるいは少なくとも弱点を求めてラルの精神を探った。そして驚いたことに、ザレックはラヴニカの外の世界を見ていた。
「僕は敵じゃない、プレインズウォーカー。」
ジェイスが言った。
「ほう!お前、俺と同類だったのか!他の世界で俺の噂でも聞いたのだろう。」
「今の今まで知らなかった。君の精神を、僕はいくらでも見える。」
「なら分かるだろう、俺はお前を倒すためにここにいる。プレインズウォーカー。」
「君の怒りは見当違いだ。僕と争うべきではない。君は僕の事を何も知らない。僕を通すんだ。分かってくれ。僕達の、ギルドの、この世界のために。」
ラルが嘲笑う。
「お前がどういう危険な状況にいるのか分かっていないな。俺に命令をするな。お前も、ドラゴンも、誰も。誰も俺の邪魔は出来ん。」
ラルはジェイスのさらに後ろを見た。
「お前もだ。」
イマーラがそこにいた。
「ジェイス・・・何が起こっているの?」
ラルが燃え上がる炎のように笑った。両手に火花が走っている。
「そこにいる彼女も、知らないんだろう?」
「知らない?何のことなの?」
イマーラが聞いた。
「彼女には関係ないだろう。」
ジェイスが言った。
「それこそがプレインズウォーカーの証拠だ、そうだろう?次元に縛られた奴らを見下して、蟻のように思っているんだ。いくつも世界を見ては引っ掻き回してきた、そうだろう、ベレレン!?この世界を放り出すのはいつだ?次のおもちゃを見つけるのはいつかな?」
「ジェイス、彼は何を言っているの・・・?」
「言えよ!僕は嘘をついていましたと!僕は旅行者で普段は遠くの地区に住んでいると!どうして何年もここにいないのか、自分の家系が無いのか、言い訳しろよ!その女に、自分が人と関わらない理由を教えてみろ!どうした。いつもやってることだろう!俺もいくつもの次元でそうしてきたんだ!」
「どういう意味なの?次元?」
ジェイスはイマーラに精神で、ラルが嘘をついていると言いたかった。彼女が、ザレックの精神がいかにねじくれているかを見せる事も出来た。
その気になればこの会話そのものを忘れさせる事もできた。
しかし、ジェイスは言った。
「イマーラ、話す事がある。」
「いや・・・聞きたくないわ。」
ラルが笑った。
「その女も大体分かったようだなあ、ベレレン?」
ジェイスは無視した。
「ラヴニカは、たくさんある世界の1つなんだ。僕は、他の世界から来た。」
「止めて。」
「本当なんだ、イマーラ。」
「あなたのような人がほかにもいるの?」
「今、その一人を見ているだろう、お嬢さん。」
ラルが満足げに言った。
ジェイスが必死に説明するが、イマーラは頑なにそれを拒み続けた。
ジェイスはイマーラの精神に、自分が伝えようとしている真実を送り込もうとした。しかし、イマーラが自分を閉ざしていた。イマーラは震えていた。
「本当なの・・・?」
イマーラが聞いた。彼女はラルの方を見ていた。
ラルは、目蓋を広げた。さらに笑顔を二つ増やしたように。
イマーラはジェイスに振り向いて聞いた。
「どれくらいの間、私に隠していたの・・・?」
ジェイスにはもうイマーラが自分を信じているのかどうか分からない。しかし、全てを話さなければならない。そうでなければ、彼女を失うと思った。
「僕達が始めて会ったときからだ。最初からだよ。」
長い沈黙の後、イマーラは先のルートを反芻した。
イマーラは門に向かって歩き、ラルに言った。
「通してください。」
ラルが笑い、稲妻の柱がカーテンのように中央から二つに分かれた。
「一緒に行くよ。」
ジェイスが言った。
「付いてこないで。」
「僕は確かに嘘をついてきた。裏切ったんだ。でも訳がある。行かないでくれ!」
イマーラは背を向けた。門をくぐると稲妻が再び門を塞いだ。
◆
ラル・ザレックは目や体から火花を光らせて浮かび上がった。それは稲妻が人の姿を取ったようだった。
「残念だったな。だが、俺達は次元に縛られたゴミ共に関わり過ぎてはいけない。我々は真の力、この世界の真の脅威に注意を向けなければ、すなわち、同じプレインズウォーカーだよ。存分に楽しもうじゃないか、ベレレン。これから俺はお前から多元宇宙を奪ってやるんだからな。」
ジェイスは全てのマナを引き出し、自分の怒りと屈辱を魔法にこめた。雨が彼を打ち据え、雷がそこら中に降り注いでいたが、ジェイスは何も感じなかった。力がみなぎり、彼のローブはジェイスの起こす風ではためき、嵐を物ともしない。
「よく聞け・・・あの女性が勝つ。そしてお前は彼女を止められない。」
「どうして彼女を止める必要がある?あいつはデーモンの領地に行った。俺はお前を止めさえすればいいんだよ!」
稲妻が嵐から地面に突き刺さった。ジェイスは横に飛びのいたが、衝撃で倒される。
ジェイスは転がって立ち上がり、精神を破壊する弾幕を投げ返した。しかし、ラル・ザレックは精神の壁を何重にも作り出し、ジェイスの攻撃を打ち消した。
ザレックは風の刃や稲妻の攻撃でジェイスを追い詰めるが、ジェイスの精神攻撃は全て防がれた。
ザレックはこのときのために、ジェイスの能力を把握した上で門に来るのを待っていたのだ。ジェイスの攻撃を全て防ぎ、消耗したところに稲妻を浴びせて倒すつもりだろう。
しかし、穴がある。ザレックは、ジェイスも目の前の敵を殺したいと考えているはずだ。だがジェイスは違う。正式に選ばれたかどうかはともかく、あの“執行官”の認識では、ザレックもギルドを代表する迷路走者の一人のはずだ。生きてアゾールの公開広場に辿り着いてもらわなければ困る。
ジェイスはザレックに向かって歩いた。フードの陰でジェイスの目が青く光った。ザレックの稲妻がジェイスの体を貫いても、ジェイスの体は怯みもせず、ただザレックに向かって歩いた。そしてジェイスを見据えるザレックを通り過ぎて門に向かった。
ジェイスは門に貼られた稲妻のバリアを通り抜け、通路の闇の中に消えた。ザレックは信じられないという様子で振り向き、ジェイスを探したが見つからなかった。ザレックは稲妻の柱を開いて門を通り、ジェイスを追いかけた。
その瞬間を狙い、姿を消していた本当のジェイスが、門を通り抜けた。すぐにでもイマーラを追いかけたかったが、ザレックが離れるまでその場にとどまり、しばらくしてから立ち上がり、迷路を駆けた。
10章 FOR THE SAKE OF THE GUILD(ギルドのために)
イマーラは一人でリックス=マーディ、ラクドスの中心である宮殿を進んだ。ジェイスから送り込まれたイメージに従い、何百年も使われていない黒曜石の階段を下りる。深く進んだが、誰かが彼女を止めようとする様子は無かった。壁に滴る黒い液体が何か考えないようにして、彼女は進んだ。
そして、大きな部屋に出た。イマーラは辿り着いたと感じた。地下深くの部屋であるが、洞窟よりは豪華な玉座の間に近い場所だった。ホールの反対側の階段を上った先には、悪魔の王、ラクドスの顔が飾られたラクドスの門。
そして彼女は一人ではなかった。
「こんにちは、お嬢様ァ。」
血魔女、イクサヴァが階段を下りてきた。二人のラクドス信者が剣を差し出し、イクサヴァはそれをイマーラから目を離さず受け取った。
「タンドリスだろう?遊びに来るのを待ってたんだよォ。」
「私たちの争いは終わりです。セレズニアはラクドスとの抗争を取り下げます。あなたは報復の心配をせずに私を通して良いのです。」
「言う事とやってる事が違うんじゃないかァ~~?アンタらはアタシ達の血を流さずにはいられない。アンタもラクドスの信者を6人殺しただろう!」
イマーラは声を抑えていた。
「あなたの信者は私を誘拐したときに死を恐れていなかった。」
「アンタも同じように出来るかァ?アンタはセレズニアのために死ぬことが出来るかな?」
「私の命はギルドのものです。」
「そうか、あんたも同じ狂信者ってわけだねェ。アタシたちはどちらも、より高位の存在を信じているってわけだ。」
「私は生きた議事会に仕えています。穴倉の中に潜む怪物にではありません。」
「関係ないね!あんたのご主人が命を差し出せと言ったなら。ギルドマスターがそうしろと言ったら!違うかァ、タンドリス?」
イクサヴァは剣を振り回して床に叩き付け、火花を起こした。
「答えな!イエスかノーか!アンタはセレズニアのために死ぬことが出来るか!?」
イマーラには武器も魔法も無い。彼女は考えた。自分を見捨てて迷路を一人で走らせたギルドに命を捧げるべきか。
「必要ならば。」
「ノーだ!アンタは何のためにでもない、無駄死にするんだ。」
イクサヴァは自ら襲い掛かるのではなく、後ろに下がった。そして部屋中から怪物が現れた。今まで見かけた仮面をつけたカルト信者とは違う。悪魔の落とし子が周囲で照らされた炎の中から這い出て、イマーラに襲い掛かる。
イマーラは蔦の魔法で自分を覆った。蔦が攻撃をはじき、茨がデーモンの肉を裂くが、デーモンの力には及ばない。デーモンの爪が肩を引き裂き、肘の骨が噛み砕かれる。
「あいつを飲み込めェ!あの女に、これから全てのギルドに与える苦痛の贈り物を!あなたの為に、ロード・ラクドス!」
ラクドスの門の奥から煙が漏れ、こだまする激しい音が近づいてきた。
イマーラは蔦の魔法を強化し、デーモンの落とし子に引き裂かれた蔦を新たな種として、怪物の肉体からさらなる枝や茨を生やした。落とし子たちは蔦を剥がそうともがいていた。
その間に、イマーラは自分の傷を魔法で治した。
「アンタ、やるじゃないか。でも落とし子に殺されたほうが良かったんじゃないかねェ?これからアンタは、アタシの主に会うんだからね~~~~ェ!」
「そんな・・・」
イマーラは自分の意思に反して声を出した。そして思わずジェイスに精神の接続を取ろうとしたが、それを止めた。もう彼は信用できない。
悪魔の王、ラクドスその人が門から姿を現した。イマーラは圧倒され、たじろいだ。
「旨そうな魂を見つけてくれたじゃないか、イクサヴァ。」
ラクドスが言った。イマーラは声を出す事も出来なかった。ラクドスの巨大な手がイマーラに向かって伸び、熱を帯びた感触がイマーラを包んだ。
イマーラは叫んだ。そして破壊。
(ジェイス?)
イマーラは不本意にそう思った。破壊の音は自分の体が握りつぶされ、あるいは魂がバラバラに引き裂かれたのだと思った。
天井が崩れ、光が差し込むと、巨大な存在が落ちて轟音と共に着地。それは自然のエレメンタル、イマーラがかつて召喚していた物と同じ大理石と蔦の巨人。
「おのれェ!!」
ラクドスが憎悪に満ちた声で吼えた。イマーラはラクドスの手から放された。
エレメンタルの後からセレズニア兵が続いた。ギルド魔道士、樹彫師、狼乗り、鎧を着たケンタウルスがエレメンタルの背中を渡ってリックス=マーディの部屋に押し寄せたのだ。最後にもう1体のエレメンタル、その背中には3人のドライアド、トロスターニ。
「ギルドマスター・・・有難うございます。」
イマーラが言った。
「行きなさい、イマーラ。議事会はあなたを守ります。」
「私のために戻ってくださったのですか。」
「貴女は私たちの道を示したのです。さあ、行きなさい。」
セレズニア軍とラクドスが激突した。イマーラはその中を縫ってラクドスの門に向かうが、イクサヴァがそれに気付き、笑みを浮かべて道を塞ぐ。
イマーラは止まらない。まっすぐイクサヴァに突進した。イクサヴァはイマーラの首をめがけて剣を振った。イマーラは腕で剣を受け止めるしかなかった。
イクサヴァの剣はイマーラの腕の骨まで切り裂き、そのままイマーラはイクサヴァにぶつかった。二人は床に転がり、イマーラが上からイクサヴァを抑え込んでいた。
イマーラは腕に残った剣の柄を取って自分の腕から引き剥がし、呻いた。暖かい血しぶきが腕から飛び散った。朦朧とする意識を保ちながら、切断されかけた腕を治す。
呪文で腕を治しているが指動かすと嵐のように痛みが渦巻いた。イマーラは立ち上がり、血魔女の剣でイクサヴァの肩を刺した。そして動く方の腕を掴んだ。イマーラは自分の敵を肩に担いで門を通った。
◆
ジェイスは残りのルートを辿った。ラル・ザレックは彼を見失ったが、未だ上空は嵐で覆われていた。
イゼットの領地を抜け、リックス=マーディの大混戦を目の当たりにすると、最悪の事態を恐れた。しかしトロスターニが、イマーラは既にアゾールの公開広場に向かっていることを教えてくれた。
広場に到着すると、10人全員のギルド代表者が互いに争っていた。ゴルガリのトロール、ヴァロルズがルーリク・サーと殴りあっている。ヴァロルズとタージクがお互いの胸倉を掴んでいる。ラヴィニアとテイサ・カルロフがお互いの法律と抑制の魔法で言い争う。ミルコ・ヴォスク、ラル・ザレック、イクサヴァがいつでも力を振り回せると言うよう、お互いに円を描き威嚇していた。
広場の中央の何かがジェイスを捉えた。迷路を示す力線が光って見えるようになり、中央のモノリスから外側の柱にマナが差し込み、ギルドごとに1つ、柱が輝きだした。
何かが起ころうとしているが、ジェイス以外は誰も気付いていない。
ジェイスは叫んだ。
「戦いをやめろ!今すぐだ!この場所は動いている。ここにいる全員が和平を結ばないと、全員が滅びてしまう!」
「何て事を。オブゼダートの代言者に対してそのような事は許されない。」
テイサ・カルロフが言った。
「俺がここに最初に辿り着いたんだ、ベレレン。イゼットがこれから起こる全てをこの手にする。」
ラル・ザレックが電気を走らせた。
「この広場はアゾリウスが作った事を忘れています。我々の迷路があなた達をここに導いた。その結果何があろうと、それは我々だけの物です。」
ラヴィニアが反論する。
「ヴァロルズは、肉しか見えないぞ!」
「ラクドス卿の名の下に、アンタら全員殺してやるよォ!」
「誰も殺してはいけない。誰も何も要求は出来ない。全員がここに集まること、この瞬間を迷路は求めている。」
ジェイスが言った。
「だったら、なぜ何も出てこない?俺の賞品はどこにある?」
ラルが問いただした。
ジェイスと迷路走者達が言い争う中、外套に覆われた姿が現れた。全員がそちらを見た。その男がローブを脱ぐと、シミックの装束を着た、ジェイスの知らない皺だらけのエルフだった。
「アドバイザー、どうしてこちらへ?」
ヴォレルが彼を知っていた。
「時代遅れの種族たちを排除していないのか?」
男が聞くと、ヴォレルの顔が強張った。
「いいえ、そうでした・・・申し訳ありません。私の義務を忘れていました。すぐに計画を実行に移し、シミックに輝かしい未来を与えましょう。」
ヴォレルはダガーを抜き、呪文を唱え始めた。
男の姿が溶けて、ボロスの鎧をまとった女性の兵士になった。
「あなたは・・・」
タージクが息を呑んだ。
「軍勢の刃、タージク。貴女の任務は戦導者の敵を滅ぼすことです。しかしまだ多くが息をしています。あなたは敗北を認めるのですか、司令官?」
「そのような事は、当然無い!」
タージクは剣を抜いて空に掲げた。
「戦導者のために!!」
「駄目だ」
ジェイスが囁いた。次々と姿を変えていくその存在は、間違いなくラザーヴだ。
「そいつの言う事を聞くな!みんな騙されているんだ!」
ラザーヴは姿を変えてはテイサに、ルーリク・サーに戦いを促していった。
「無駄だ、ジェイス。彼らはみな私を受け入れ、私の嘘を受け入れたのだ。彼らは疑い、非難、不信、それらを心に受け止めた。私の居場所が出来て、もはや何も聞こえない。そして彼らが全員を殺しあったその時、私が迷路の賞品を手に入れるのだ。」
ラザーヴの笑顔はカロミアのものになっていた。
迷路走者が再び戦い始めたとき、広場の周辺の柱に浮かぶギルドの紋章が輝き、中央のモノリスの上に霊的な存在が浮かび上がった。それは暗黙の迷路の化身、“執行官”。審査が始まろうとしていた。
「まだ終わっていない。イマーラ!イマーラ、君ならみんなを1つにできる。彼らを助けるんだ!」
ラザーヴがイマーラに手を伸ばし、イマーラは彼の手に向けてゆっくりと手を動かした。イマーラは彼女の裏切られた気持ち、苦痛、怒りを何らかの攻撃的な魔法に込めていた。
イマーラはミルコ・ヴォスクの方を見て、そして彼女の拳が太陽の光のように輝き始めた。彼女は吸血鬼の方に歩いた。
「ギルドを守ってくれるか、イマーラ?」
ラザーヴがカロミアの姿で聞いた。
「必要なことを出来るね?ギルドのために、殺せるか?」
「はい。」
イマーラが囁いた。
「はい。」
他のすべての迷路走者が言った。
「では、必要な武器を与えよう。」
ラザーヴが言った。
「審査が行われた。アゾールの意思は、評決をもたらす事である」
迷路の化身が言った。
「止めろ!」
ジェイスは叫び、頭を両手で抱えた。破壊的なエネルギーがルーンの流れになって十人のギルド走者の全員に降り注いだ。ジェイスが予想していたような大爆発は起こらなかった。執行官の魔法がそれぞれの迷路走者の頭に接触し、精神を破壊するのではなく何かを与えた。
ジェイスはすぐにイマーラの精神を調べた。迷路の賞品、新しい恐るべき魔法が、イマーラの中にあった。全てを飲み込む破壊の波。
ジェイスは他の迷路走者全員の精神を探った。同じ知識を共有していた。
暗黙の迷路の化身は、“至高の評決”を唱えたのではない。迷路走者全員に、それを与えたのだ。それぞれが、地区を丸ごと薙ぎ払う力を与えられたのだ。
11章 MAZE’S END(迷路の終わり)
ジェイスは迷路走者達の精神へ自分の間隔を広げた。ラザーヴの影響を受けているが、それが無くても彼らの精神は怒り、非難、苛立ちが渦巻き、それぞれのギルドの経験と世界の見方によって形作られていた。
それは彼らの強さであり弱さ。それぞれが自分のレンズで全てを見ているのだ。ジェイスは、お互いを見るように、ジェイスが出来るように精神の中でお互いに向き合うようにしなければならなかった。
ジェイスは自分の精神を通し、十個の精神を一つに繋いだ。ゼンディカーの家族にそうしたように、ジェイス自身を架け橋とし、お互いの精神を隔てる壁を砕き、お互いの魂を直に見えるようにした。全てのギルドの勇者がお互いの感情を同時に共有した。彼らの精神が1つの輪のように繋がった・・・希望、信念、生き方の輪、命の輪がそこにあった。
ジェイスの頭が苦痛で悲鳴を上げた。その痛みはジェイス自身をバラバラに引き裂いていった。彼らの精神を一つに融合するために、それらを隔てるジェイス自身の自我を破壊したのだ。
彼は声を聞いた。自分が知っている何者かの声だった。その声はある言葉を繰り返していた、それは何か自分にとって意味のある声だが、思い出せなかった。
その声は、“執行官”のもので、それが言っていた言葉は自分の名前だった。
ジェイスは目を開けた。暗闇の中に、執行官だけがいて、彼を見下ろしていた。
執行官の中から光があふれ出し、ジェイスを貫いた。ジェイスの体と視界が光に包まれた。ジェイスが浮かび上がる。まるで永遠にどこまでも見通し、地平線の彼方に指が届くかのように、遠くの存在を感じることが出来た。
「執行官・・・」
ジェイスが話しかけた。
「何かが変わった。感じるんだ。」
(お前は変わった。)
“執行官”が答えた。
「何が起こった・・・?至高の評決がもたらされたのでは・・・?」
(評決は必要でなくなった。ギルドパクトは形を得た。)
「ギルドパクトがまた有効になった!?」
(ギルドパクトは実体化した。)
「何かが違うんだ。前とは違う。」
(以前のギルドパクトは、十のギルドの行動を統制する呪文。強力だがいつの日か失われるとアゾールは考えた。そして、ギルドパクトが新たな形を得られるか、それを決めるための審査が作られた。そして、それは成功した。)
「ギルドパクトは新しい形を得た・・・どういう意味だ?」
(お前だ。)
ジェイスは瞬きし、次の言葉を見つけるまで時間がかかった。
「何だって?」
(汝、ジェイス・ベレレンはギルドパクトの生きた規則となった。汝がギルドパクトである。)
「どういうことだ?」
(汝は全てのギルドの見方を理解できる調停者として自らを示した。故に、ギルドが衝突すれば法がそれを裁く。その違いは、汝がその法であるということだ。)
「無理だ。」
(いずれにせよ、そうなったのだ。)
「僕は・・・この世界の人間でもないんだ。」
(アゾールもそうではないようだ。その質問は彼の審査では重要ではない。)
「僕にとっては重要なんだ。僕はどうしたらまた離れられる?このラヴニカで、どうやって僕がギルドパクトに“なれる”んだ!?」
(汝はギルドパクトを形作るのに相応しいと判断された。手段は汝に任せる。)
ジェイスは迷路走者を、アゾールの公開広場を、イマーラのことを考えた。
「僕が死んだらどうなる?」
(ギルドパクトは再び崩壊する。)
「だが、ギルドパクトが個人であれば、前よりも脆いに決まってる。全てのギルドがその人の・・・僕のご機嫌を取るようになる。いや、もっとひどければ、僕を殺そうとする。僕を殺して、この次元を元の混乱に戻すはずだ。」
(アゾールは、生きたギルドパクトとなる者に対して忠告を私に遺した。)
「それは?」
(汝にこの賞品をもたらした力は、汝がそれを維持するために行使しなければいけない。)
それを最後に、執行官は消えた。
ジェイスを包む光が消えて、公開広場が戻ってきた。ジェイスは中央の演壇に倒れていた。肉体的には何も変わっていたが、新たな存在となっていた。
ジェイスは、ドラゴンを見上げた。
ニヴ・ミゼットが彼を見下ろし、迷路走者の全てがジェイスとドラゴンの対面を注視していた。ラザーヴの姿はどこにも無かった。
ドラゴンがゆっくりと言った。
「ギルドパクトは・・・蘇った。」
「そうだ。」
ジェイスが言った。
ニヴ・ミゼットは煙を鼻から噴き出した。ドラゴンは頭を僅かに傾けて言った。
「イゼット団はセレズニアに宣戦布告をしたい。」
ドラゴンはジェイスの反応を伺っていた。
「駄目だ。」
ジェイスが静かに言った。
ニヴ・ミゼットは首を傾け、頭をジェイスの顔の前に近づけた。煙を噴き出しながら、ジェイスを上から下まで見ていた。煙が雲散霧消していく中、ジェイスは咳き込むのをこらえていた。
「上出来だ。」
ドラゴンが言った。
ニヴ・ミゼットは背を向け、ジェイスと迷路走者が見ている中を飛び去っていった。振り返ってラヴニカの空に消えるまで、ミゼットの目はジェイスを向いていた。
「何が起こったんだ?」
ラル・ザレックが聞いた。
「あのドラゴンの言ったように、ギルドパクトが復活した・・・。」
イマーラがジェイスを見て言った。
「“あいつ”がギルドパクトの何を知っているんだ?」
「彼“が”ギルドパクトになった。」
ラヴィニアが囁いた。その目は見開いていた。
最終章 FROM THE ASHES(灰の中から)
ジェイスはまだ骨組みだけの建物に立って第十地区を見渡していた。未完成の建物は巨大な彫刻の作り始めのようで、完成していなくともその壮観さを醸し出していた。この建物を建てるために、灰とこげた木の山を片付けなければならなかった。外側の看板には新しい文字が書かれていた・・・『ギルドパクト大使館』。
誰かが階段を上がっていた。ラヴィニアがジェイスの立っている階に上がってきた。
「今なら僕を逮捕するチャンスだよ。」
「今のところは大丈夫よ、生きたギルドパクトさん。」
ラヴィニアは街の光景を見ていた。
「あなたの書斎があった所、なかなかいい眺めになっているじゃない、」
ジェイスは肩をすくめた。
「この場所をどうして欲しいか聞かれたんだ。ちょうどいいだろう。」
「そうね。今は貴方がいろいろと決めているのでしょうね。」
「たくさん助けてもらうつもりだ。そのために君をここに呼んだ。」
ラヴィニアはジェイスを観察した。
「権力を分散している、そう見せかけるためかしら?」
「違う。本当に君の助けが必要だからだ。僕は皇帝なんかじゃない。ギルドを率いているわけでもない。僕の役割は、ギルドがお互いを食い合う事を防ぐことだ。それに、ぼくがいつでも裁定できるわけじゃない。助言が必要だ。」
「諮問議会を作るのね。」
「そう。」
「誰がなるのか、考えているの?」
「ああ。もちろん全てのギルドの代表者だ。信頼できる人を入れる。」
「賢明そうね。それで、私は何をして欲しいのかしら?」
ジェイスは彼女が恥ずかしがっているのか、それとも彼が何を申し出ようとしているのか本当に分からないのか、読めなかった。
ラヴィニアはジェイスを見ないように未完成の床を歩き回ったが、ジェイスには、彼女が微かに笑顔になっているのが見えた。ラヴィニアは梁を、作りかけの屋根を、目を覆って空を見た。
「立派な建物になりそうね。ここが公式の大使館に?」
「そうだな、ここは人々が正式に表示を見るところだ。ここは公に知って欲しい会合を行う場所になる。」
「地図に乗る場所ね。」
「その通りだ。」
「本当の場所は、誰なら知ることが出来るの?」
「こういう答え方でいいかな。君はその一人ではない。まだだ。」
別の足音が仮設の階段を上がった。イマーラが無言で現れた。彼女のガウンはセレズニア議事会で新しい重要な地位に着いた事を示していた。
「あとで話してもいいかな、評議員?」
ジェイスはラヴィニアに聞いた。ラヴィニアは頷いた。ジェイスの言った肩書きを聞いて笑っていた。イマーラに頭を傾けると、ラヴィニアは階段を下りた。
ジェイスはイマーラを見なかった。ジェイスは窓に寄りかかってラヴニカの景色を見ていた。イマーラが建物を見て回り、イマーラが言いたいことを切り出すまで待っていた。
「何か事件はあったの?」
「少しだけ。新兵を募集する権利の争い、所有物の損壊。世界がどうこうなる事じゃないよ。」
「それで、ギルドを調停できているの?彼らはあなたの裁きに従うの?」
「そうしなければならないみたい。」
イマーラは微かな笑みとともに顔を赤らめていた。
「出来たのね。彼らを一つにしたのね。」
ジェイスはどこを見たらよいか分からなかった。
「まだやる事はいくらでもある。それに、知っていると思うけど・・・他の場所の事も。」
イマーラの笑顔が消えるのを見た。他の世界のこと、プレインズウォーカーであるという事は二人の間を嘘で隔てた。彼女がどう受け止めているか分からないが、ジェイスは自分の人生を覆う壁を取り払い、彼女を受け入れたかった。迷路走者の心を繋いだように、イマーラと一つになりたいと思った。
「それに君の事も。」
ジェイスは続けた。
「君をどんなに傷つけたか、僕がどれだけ申し訳なく思っているか、言い表せるかも分からない。」
イマーラは突如ジェイスに向かって倒れ込み、唇を重ねた。ジェイスはそれを少しでも長く残すかのように、目を閉じて体を動かさなかった。しかし、彼女が後ろに下がって礼儀正しい客人のような表情に戻ったとき、彼は気付いた。これは単なる感謝の印で、ギルドからの文書と何も大差は無いと。彼女の笑顔は頬に広がるが、ジェイスだけを見つめる目には痛みが感じ取れた。
「ジェイス・・・」
「その、来てくれてありがとう。」
ジェイスの声は不自然に大きく、平坦だった。
「またいつか、会えるといいね。」
まるで完全な他人になるような言い方だった。しかし言った事を止める事は出来ず、その言葉は宙に浮かんだ。
「もちろん。」
イマーラはぎこちなさを和らげた。あらゆる意味で、イマーラは癒してくれる。
「でも、ジェイス・・・行く前に、お願いがあるの。」
「言ってみて。」
イマーラの唇が微かに震えた。
「ギルドの責を果たすには、全てを共有しなければいけないの。トロスターニと、樹彫師やギルド魔道士と、議事会の全ての魂と心を通わせなければならないの。それが私の責任で、ギルドの誓い。分かる?」
ジェイスの心臓が響いた。
「僕の事を、外の世界の事を、を彼らに話したいんだね。でも、無理だ。彼らが理解できることじゃない。知る事は出来ないよ。」
「そうじゃないの・・・。ジェイス、私は彼らに話す事は出来ない。あの事を知るのはきっと死ぬように辛い。私がそうだったように。」
ジェイスは目を背けた。イマーラは秘密を守っていたが、それは彼女にとってあまりにも苦しかった。当然だ。彼女はギルドに秘密を抱え、嘘で自分を覆う事を望んでいない。ジェイスの秘密は彼女に欠片のように食い込み、それを押し込んだのは自分なのだ。彼女に自分の正体を晒そうとした事が、彼女をさらに苦しめただけなのだ。
「すまない・・・」
ジェイスが言った。
「だから、助けて欲しいの。」
ジェイスがイマーラの方を向いたとき、彼女の顔は哀願していた。
イマーラが何を求めているのか、気付いた。
「絶対に駄目だ。」
ジェイスは言った。
「この記憶を私から消さなければならないわ、ジェイス。これを隠すのはどんな事か、あなたには分からないわ。彼らに教える事は出来ないし、私も、知りたくない。」
「君の記憶を弄るなんて・・・。」
「そうしないと駄目。このまま生きていくなんて無理よ・・・でも、私には何も出来ない。私の中に、ただそこにあるの。」
「だけど、真実なんだ。」
ジェイスにとっては、それは真実である以上の意味があった。彼女に手を伸ばすための試みであった。彼女はその贈り物を返しに来た。そうすることで、その贈り物が不本意であった事を示しているのだ
「私を元に戻して。私が何も知らなかった時のように。私がこれを知っている限り、彼らに心を開くことが出来なくなる。セレズニアでいられなくなるの。」
ジェイスは頭を抱え、荒い息をした。ジェイスの正体と他の世界の知識が、彼女からギルドとの繋がりを奪ってしまう事は分かっていた。だが、彼女の精神を引き裂く事は・・・ほんの数分間の会話でも奪ってしまう事は、彼女との別れのように思った。まだ僅かながら生き残っている何かを殺してしまうように感じた。
「ジェイス、お願い。」
ジェイスは頷いた。難しい魔法でもなかった。ジェイスはイマーラの記憶の中にいた。トロスターニ、イクサヴァ、カロミア、そして青いローブを着たジェイスの記憶を掻き分け、嵐の中でジェイスが正体を打ち明けた時の記憶を見つけ出した。
ジェイスは両手で水をすくったように、その記憶を抱えて浮かんでいた。
イマーラは精神魔法を使うジェイスを見ていた。彼女の顔は穏やかだった。
「これは、もし私が必要になった時のために。」
彼女は小さな木製のアーティファクトをジェイスの手に渡した。それは精巧な葉の形をした木彫りの彫刻だった。
「ありがとう。」
「どういたしまして。」
彼女は言った。
「あなたは、ここに居ていいの。」
ジェイスは両手を閉じ、イマーラの記憶が分解して消えた。ジェイスが魔法を終える間、イマーラはジェイスを抱きしめた。訪ねた先を離れるときの礼儀だ。彼女は階段に向かって歩いた。ジェイスは彼女の姿が見えなくなるまで見届け、そして窓からラヴニカに建ち並ぶ塔を眺めた。
◆完◆
MTG背景小説「ラヴニカへの回帰」翻訳シリーズ。
管理人の英語力維持と趣味を兼ねた、ストーリー攻略記事です。
※この翻訳は管理人の独断と偏見でいろいろと短縮させた訳となっています。盛り上がるところは出来る限り原文を再現しますが、完全な翻訳では無いのでご注意ください。
まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/
『ギルド門侵犯』から読む場合はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307150012212277/
では、どうぞ。
ドラゴンの迷路 (抄訳)
(あらすじ)
ラクドスとセレズニアを中心とするギルド間の紛争が激化する中、ニヴ・ミゼットは“暗黙の迷路”の存在をラヴニカ中に公表。迷路を駆ける“競争”に全ギルドを招待する。
一方、裏で糸を引く存在を察知していたジェイスはディミーアの黒幕、ラザーヴによって地下深くに幽閉される。その牢獄には吸血鬼ミルコ・ヴォスクと、変わり果てた姿の相棒、カヴィンが・・・
1章 ONE WAY(唯一の手段)
ジェイスはディミーアの出口が無い牢獄に閉じ込められた。そこには以前ジェイスを襲ったミルコ・ヴォスクと、おそらく吸血鬼になったばかりのカヴィンがいた。ジェイスはサメの水槽に投げ込まれた餌だった。
ジェイスにはいつでも逃げるための手段が1つだけある。だが、それはイマーラとの接続を絶つ事を意味する。イマーラを放棄する。イマーラも幽閉されているのに。
(君を置いていかないといけない。)
ジェイスはイマーラの意識に言葉を送った。
(だけど、よく聞いて欲しい。)
(遺言なんて聞きたくないわ。何があったのか分からないけど、闘って。あなたの最後の言葉を聞くなんて、嫌よ。)
イマーラの言葉が返ってきた。
二人の吸血鬼が近づいてくる。このまま黙って記憶と血を吸われて、何もかも忘れてラザーヴやミゼットの企みをただ傍観することも出来る。
だが、何もしなければどうなるかは明白だ。イマーラは幽閉されている。ラザーヴの邪魔になれば殺されるだろう。ニヴ・ミゼットの競争で、勝利のために多くの血が流れる。迷路を利用してラザーヴが力を得れば、ギルドパクトが無い今、誰も止められない。
ジェイスは1つの想いに集中した・・・イマーラがジェイスを必要としている。イマーラが捕まっている。イマーラが殺される!
(僕は死ぬつもりは無い。だけど、君に頼みたい。君がセレズニアを代表して迷路を走るんだ。君が選ばれなければならない。)
(ジェイス、それは無理よ。私は議事会の反逆者なの。)
(君じゃなければいけない。)
(ジェイス、トロスターニはカロミアを選ぶわ。)
(カロミアにはならない。カロミアの姿に化けている奴なんかにはならない。トロスターニは君を選ぶ。)
(どうして・・・?)
(君がルートを知る唯一の存在になるからだ。)
牙を光らせて二人の吸血鬼が動いた。ミルコ・ヴォスクとカヴィンがジェイスを壁に押し付けた。
(君に必要なことを伝える。それを使え。カロミアの代わりに迷路を走るんだ。)
(あなたは分かっていないの。私には出来ない。)
(行くぞ。)
ジェイスは、自分が調べてきた“迷路”の知識をイマーラの精神に送り込んだ。建物、ギルド渡りの遊歩道。ゴルガリのギルド門の付近にある大きな橋。アゾリウスのゲートを登った先にある道。ラクドスの門に繋がるトンネル。研究の成果、ほぼ全ての“暗黙の迷路”の道筋をイマーラに託した。
(ジェイス・・・無理よ。)
(これで君は大半のルートを知っている。最後を除く全てだ。カロミアに走らせるな。)
ジェイスの首筋に牙が沈んだ。ミルコ・ヴォスクの牙がジェイスの血と、さらに精神を吸い上げていく。再びジェイスの精神を丹念に味わっていた。おそらく迷路の知識も、イマーラとの接続も。
しかしジェイスは意に介さず、自分の体から力を抜いた。自分の中心へと体が引き寄せられる感触に任せる。イマーラの意識が必死にジェイスを探すのを感じたが、ジェイスの意識の中でイマーラの声は小さくなっていった。
ジェイスはラヴニカを離れ、久遠の闇に吸い込まれた。
◆
ミルコ・ヴォスクの前からジェイス・ベレレンが消えたとき、最初は幻影術だと思った。しかし、部屋をいくら調べても何も出てこない。本当にここから居なくなったのだ。出られないはずの牢獄から消えたのだ。これは何らかの責を問われるだろう。
数時間後、ラザーヴが影のように滑り降りてきた。ヴォスクは自分が殺されない理由を半狂乱になって考えていた。
「彼はどこだ?」
「行ってしまいました。」
ヴォスクはそう言うのが精一杯だった。ラザーヴの顔が怒りに燃え、ヴォスクが何らかの方法でベレレンを隠したかのように牢屋の隅々を見回した。
「お前、何をした?」
「何もしていません、我が主よ。ベレレンに噛み付き、命令通りに記憶を奪いました。今度はあなたが必要な記憶を持っていました。しかし・・・」
ヴォスクはカヴィンの方を見た。
「何らかの魔法を使って、いなくなったのです。」
「本当です。」
カヴィンが続いた。
「もういい。あの魔道士にしてやられる前に何を学んだ?」
「彼は迷路のルートを知っていました。飲み込むことは出来ませんでしたが、見ました。充分見ました。」
ラザーヴの目に関心が芽生えたのをヴォスクは見た。
「そうか、お前がルートを手に入れたか。」
ラザーヴはフードを落として考え込んだ。
カヴィンが進み出て何かを言おうとしたが、ヴォスクは手を出してそれを止めた。この馬鹿は、ギルドマスターを怒らせないための礼儀を知らない。
「ヴォスク、お前が迷路を走れ。ベレレンから手に入れた知識を使い、他のギルドと参加するのだ。他の迷路走者は殺すな。むしろ助けるのだ。それ以外の者は、お前の判断で殺して良い。」
ヴォスクが頷いた。
カヴィンがヴォスクの前に出てお辞儀をした。
「私はどうすれば良いでしょうか、主よ。」
ラザーヴはヴォスクの方を見た。
「そのペットを殺せ。我々に必要な知識は持っていなかったのだろう。」
カヴィンが目を見開いた。
「この者は使えるかもしれません。彼はベレレンに迷路の記憶の大半を奪われましたが、彼は元アゾリウスで、スフィンクスと通じています。」
ラザーヴは、カヴィンの方を見た。
「そうなのか?彼女はお前を信頼しているか?」
「一時ですが、アゾリウスの学問において彼女に助言をしていた時期があります。」
「ならば、お前の役目を果たす時だ。」
ラザーヴが伸ばした手が黒い液体のような触手に変わった。触手が広がりカヴィンの顔と胸を覆っていく。そして、ラザーヴの顔が恐ろしい笑みに変わると、カヴィンの上半身が悲鳴と血を撒き散らして潰された。
ラザーヴの姿が溶けて黒い液体になり、それが再び固まると、ラザーヴはカヴィンの姿になっていた。
2章 DISCONNECTED(絶たれた接続)
イマーラは、自分の家に軟禁されていた。家の周りをセレズニアの兵士が巡回して、外側から鍵をかけている。この家が、イマーラの牢獄となっていた。
(ジェイス・・・聞こえる?)
ジェイスを意識の中で呼ぼうとしたが、もう彼女の声は誰にも聞こえなくなっていた。
さらに、エレメンタルを呼び出す力も失われていた。トロスターニによって奪われていたのだ。あの大理石と植物の巨人を呼び出す力は借り物に過ぎず、それをトロスターニが脱出の可能性もろとも破棄したかのようだった。
やがて夜になり、暗闇が訪れる。ジェイスの声は聞こえない。外の世界が消滅して、自分だけが虚無の中を浮かんでいるようだった。何も考えないようにしたが、思考が割り込んでくる・・・カロミアの事が。
ジェイスはカロミアが死んだと言った。カロミアは殺されて、偽者に置き換えられた。信じたくなかった。ジェイスが嘘を言っていると思いたかったが、確信できない。やり場の無い怒りがこみ上げてくる。
イマーラはカップを窓に投げつけ、ガラスを割った。尖った三角形のガラスの破片を手にとる。何かしらの肉を切り裂く武器がある、という安心感が生まれた。イマーラは床に座り、待ち続けた。
夜中に一人の衛兵が訪れた。薄い赤髭を生やした若い人間の男性だった。ドアの鍵を確かめて、中にいるイマーラを確認すると、目を下に向けた。彼女が裏切り者だという意識が揺らがぬよう、顔を見ないようにしていたのだろうか。
「そこのあなた。カロミア警備隊長を呼んでください。彼に伝えるべき事があります。」
兵士はイマーラに目を向けなかった。
「隊長は忙しい。」
「重要な内容です。彼はドラゴンの迷路の代表者。彼に必要な情報があります。」
「隊長の方から面会に来たら会える。それまでは駄目だ、裏切り者め。」
「この情報が無ければ、我々のギルドが敗北します。」
セレズニアの兵士がイマーラを嘲笑った。
「私を騙すのだろう。」
「何かしたら、私を気絶させる呪文を撃ちなさい。それとも、あなたのせいで迷路を解くために必要な知識をカロミアが得られなかったと、私に言って欲しいのですか?」
兵士は何かをつぶやきながら立ち去った。これで上手く行くだろう。
カロミアが来た頃には、窓の割れ目から日の光が差し込んでいた。イマーラは、カロミアを中に入れた。
「問題ないか?」
目の前にいるエルフはカロミアそのものだ。イマーラはただカロミアを抱きしめたくなった。だが、たとえ本物のカロミアだとしても、彼がイマーラを反逆者と呼んで軟禁し、セレズニアを他のギルドとの戦争に導いたのだ。いずれにせよ、イマーラが知っているカロミアではなかった。
「貴方が迷路を走るのでしょう。私は、それに必要な情報を持っているかも。」
「君はベレレンと話したのだろう。」
カロミアは家の中を見回した。
「彼はここに来たのか?」
「迷路の事は話すわ。その前に、聞きたいことがあるの。」
イマーラの背後で、ガラスの破片を持つ手が震えていた。
「・・・考え事をしていたの。私達がオヴィツィアで会った日の事を覚えてる?」
「初めて会った日のこと・・・?もちろん。覚えているよ。」
「本当?」
「忘れると思うか?ちょっと前に言い争ったからって、別人になるわけじゃないよ。」
イマーラは、彼の目をじっと見た。
「あなたは確かその辺のお店か何かを見て、冗談を言ったの。それが凄く面白くって。もう一度それを言ってくれる?」
「何?冗談?イマーラは今は駄目だよ。」
「ただその時言った事を、もう一度言うだけでいいから。」
「頼まれて冗談を言ったって面白くも何とも無いよ。今は、ドラゴンの迷路を走る競争に勝つことが先だ。」
イマーラの心に暗い影が差した。カロミアはそのような冗談は言っていない。さほどユーモアに富んだ人ではなかった。それに、二人が出会ったのは第十地区だ。オヴィツィアではない・・・。
「カロミア、」
「どうした?」
「こっちに来てくれる?」
カロミアが近づくと、二人はお互いに相手を抱き寄せた。
抱擁を交わす二人の足元で、カロミアの足にまき付くように蔦が生い茂る。イマーラはカロミアの耳元に囁いた。
「お前は、カロミアじゃない。」
イマーラはカロミアの背中にガラスの破片を突き刺した。カロミアはイマーラを突き飛ばして、破片を外そうとするが、手が届かない。
「この、小娘が・・・!」
「どうやってカロミアを殺したの?毒?カロミアが寝ている間に喉を切り裂いたの?それとも、その薄汚い手で、首を絞めた?」
ちょうどその時、薄い赤髭の若いセレズニア兵士が再び中の様子を見た。カロミアが襲われているのを見て驚愕した。
カロミアの脚が液体のようになって、イマーラの蔦の拘束から逃れた。その後ろで、若い兵士が目を見開いていた。
「お前は必ずしも必要ではない。分かっているだろうが、お前を殺してお前の姿を使うことも出来るのだ。お前にも彼と同じ事をしなければならない。彼自身の剣で殺したのだ・・・この剣だ。」
カロミアの姿をした偽者が、カロミアの剣を取った。
「貴方はカロミアのように見えるけど、カロミアにはなれないわ。ディミーアの、詐欺師!」
このシェイプシフターに気付かれぬよう、イマーラはドアから中を見ている兵士の方を向かなかった。しかし最後に言った言葉は兵士が気付いてくれるように言ったのだ。
シェイプシフターの背中から触手が蠢き、背中のガラス片を押し出すと元の形に戻った。剣をとってイマーラに近づく。イマーラにはエレメンタルを呼ぶ力も、この液体の存在に対抗できる他の術も無い。
「私を殺したら面倒なことにならない?」
「裏切り者が脱走したと言えば・・・」
しかし、カロミアの偽者は言いかけて倒れた。死んではいないが、動かない。ドアから中を見ていた赤髭の若い兵士が魔法を使ったのだ。怯えているようだった。
「見事でした、セレズニアの兵士よ。」
イマーラが礼を言った。その兵士は自分の魔法で倒したカロミアの姿を見た。
「それはカロミア警備隊長ではありません。姿を変えることが出来る偽者です。いつまでも倒れてはいないでしょう。剣を貸してください。」
「わ・・・分かりません・・・私には出来ませ・・・。」
「早く!二人とも殺されるわ!あなたに化けて、秘密を知った人をみんな殺すかもしれないのよ!」
「上官を殺すなんて・・・」
イマーラはため息をついた。
「もういいわ。外に出してくれますか?トロスターニ様にお伝えせねば。」
兵士はドアの鍵を開けて外に出した。
「も・・・申し訳ありません。貴女の事を疑っていました。」
「いいのですよ。」
若い兵士が頭を下げた。今度は侮蔑ではなく尊敬の気持ちで。
「何か償いが出来たら良いのですが・・・。」
イマーラはローブから埃を払い落とした。
「私がギルドマスターに話すときに、証人になってください。」
◆
ジェイスが目を開けると、そこは小石が溜まった川辺だった。川に沿って灰色の幹の木が、灰色の明るい空を見上げるように並んでいた。
ジェイスは川に沿って歩いていった。ゼンディカーを離れてからどれくらい経ったか重い出せなかった。ラヴニカとは正反対の、文明の手が付けられていない自然の世界。ギルドも、道路も、策謀を巡らすギルドマスターもいない。
辺りは異様に静かだった。ラヴニカから離れたころでイマーラとの繋がりは消えて、声は聞こえない。
灰色の木が無くなって景色が広がると、大きな谷が見えた。その景色は巨大な爪で引き裂かれていたようだった。土や石は灰のように生命を失っていた。
ジェイスは精神の感覚を広げ、何か生きているものがいないか探した。微かな思考の感覚がしたが、何も動くものは見えなかった。
歩いていくにつれて反応は強くなっていった。知能を持った誰かが会話をしている。ジェイスが感じ取った複数の精神は、地下深くにいた。地下に人が閉じ込められていると思い、ジェイスは一人に集中して探ってみた。疲れと不安が見えるが、パニックは起こしていない。ゼンディカー特有の、コーの人種の女性だった。剣を研ぎながら家族と話している。彼らの住む世界が災厄に見舞われてから、地下深くの洞窟に住まなければならなかったのだ。この女性の中に硬い決意が秘められている。子供たちを励ましながら希望を失わないよう努めていた。しかし、子供たちが希望を失い、絶望に取って代わられる事を心配していた。
ジェイスは地下に住む残りの家族に意識を広げた。息子と二人の娘は何週も太陽を見ない生活を続けて、心が折れそうになっていた。
ジェイスは躊躇した。これ以上他人の人生に関わってどうするのか。しかし、この女性と家族を思った。この母親の意思にこめられた力を子供たちに伝えることが出来れば、子供たちも生き抜くことが出来るのではないか。ルーリク・サーと戦ったときに、グルール全員の意識を読み取った事を思い出した。ジェイスはこの家族全員に精神を繋いだ。
しかし、何も起こらなかった。この家族同士では何も聞こえない。精神の会話はあくまで一方通行らしく、ジェイスと相手のみでしか起こらない。ジェイスは、自分が一歩引けないかと考えた。ジェイス自身が橋渡しになって、この家族の精神を直接繋ぐことは出来るだろうか・・・
ジェイスは頭を抱えて叫んだ。精神が内側から分解されるように感じた。ただでさえ複数の精神に集中するのは骨が折れるが、自分を通して人の思考を繋ぐのはさらに激痛を伴った。
まるでジェイスの体中があらぬ方向に吹っ飛ぶようだった。自分が今までやったことがない領域に踏み込み、命を落としかけたのだ。二度とやりたくなかった。
だがそれでも、ジェイスはほんの一瞬だけこの家族の橋渡しになっていた。母親の戦う意思が今まで表現できなかった形で子供達に伝わり、子供達の賞賛の気持ちが返ってきたのだ。
ジェイスは振り返り、歩いてきた方向を逆に戻った。カロミアの姿をしたシェイプシフターの精神で見た暗闇を思い出した。ジェイスの魔法は効かず、秘密を隠すには最高の場所だ。ジェイスはこの世界からも歩き、体はゼンディカーから消えていった。
3章 THE PARUN’S PROXY (パルンの代弁者)
ジェイスはラヴニカの第十地区に戻った。朝日が広場に差し込んでいた。隠されたギルドであるディミーアを除くギルドの紋章が刻まれた9つのオベリスク、そのしたには出店があり、それぞれの担当者がギルドの案内をしている。中央には2、3フィート(訳注:1フィート=約30cm)ほど浮かんだ石の演壇がある。ここはアゾールの公開広場、アゾリウスの創設者にちなんで名づけられた場所、そして“迷路の終わり”だ。
ジェイスはここに、何かの力を感じた。ここが全ての中心で、ギルドが追い求める力がある。ジェイスはこれから行われる競争にイマーラを勝たせるために、この場所を理解しなければならない。
勝たせるならイマーラしかいない。ギルドのどこかが勝つのだとしたら、生命と調和のギルド、セレズニアしかない。そして誰かが力を受け取るのであれば、イマーラだ。イマーラなら、ギルドがお互いを滅ぼすようなことはしないだろう。
ジェイスは階段を上り、中央に浮かぶ巨大な石の演説台に立った。
この巨大な石の中に力を感じた。意識や思考の流れが住み着いている。精神の力で深く調べると、そこには人のような形をしたものがジェイスの精神に現れた。人の形をした光がアゾリウス風のローブを着ている。
しかし、何らかの生命と知性を感じる。ジェイスは意識を深く伸ばした。
「こんにちは。」
ジェイスは意識の中で声をかけてみた。
(ようこそ・・・我は“執行官”である。情報を与えよう。)
「“執行官”・・・?あなたは、アゾール・・・?」
(否・・・我はアゾールの執行者。アゾールの意思を代行するために創られた者。)
「魔法によって作られた知能、ホムンクルスか?」
(その単語の意味は分からぬ、しかし魔法によって作られた、それは正しい。)
「しかし、精神だけの存在だろう。このアゾールの集会場に縛られ、実態はないようだが?」
(いかにも。我は物理的な肉体を持たない。我は法によって創られた存在。我は“評価”の規則と明細であり、執り行われるべき機構を為す。そして我が“評価”を終えたとき、我が“評決”を与える。)
この“執行官”の言葉の中に抑え込まれた力を感じた。ジェイスは、この存在が迷路に直結しているのを感じた。
「あなたが、迷路そのものなのか。」
(暗黙の迷路は評価の形式であり、我はその執行人である。)
「では、あなたは迷路を使ってギルドの評価をする。ギルドは今何らかの試練を受けていて、貴方がその審判をするのか?」
(我ではない、アゾールの審判だ。暗黙の迷路は評価の形式であり、我はその執行人である。)
“執行官”は繰り返した。
「これから迷路走者が“暗黙の迷路”を走ることを知っているか?」
(知っている)
「彼らが成功したら、何かを手に入れるのか?」
(その質問は理解できない。)
なぜ今の質問が弾かれたのか?ジェイスは考えた。迷路の目的は、勝者に与える何かを隠すためではないのか?
「試練を受けるためにギルドから選ばれた迷路走者だが、この中の誰かが勝利した状態というのはどういったものになるのか?」
(一人が勝利する事は無い。全員が成功するか、さもなくば“至高の評決”がもたらされるであろう。全てのギルドが成功するか否かが問われる。)
ジェイスは迷路の目的が全ギルドの協調であることは分かった。しかし、それがイマーラに何を意味するのか、理解しなければならなかった。
「ギルドの全員が成功すれば何が手に入る?」
(全てが等しく試練を終えれば、最も相応しい者がギルドパクトを実現する。)
「ギルドパクト・・・」
ギルドパクトは魔法的な拘束力を伴った協定であり、ギルドを何千年にも渡って取りまとめてきた力だ。
「元のように、ギルドパクトが戻ってくるのか?」
(全員が成功すれば、ギルドパクトが現れるが、これまでとは異になる。)
「どういう意味だ?」
(最も相応しい者がギルドパクトを実現する。)
“執行官”の背後に強大な力があるのを感じる。ジェイスが“執行官”の意識に繋がっている間、疲労がにじみ寄って来た。
「分かった。では、勝者がギルドパクトを何らかの形で再起動するというわけだ。ではギルドが成功しなかった場合はどうなる?」
(我は評決を与える。)
「評決とは何か?」
(アゾールの“至高の評決”である。)
「だが、それは何を起こすのか?」
(“評価”の途中で1つ以上のギルドが最終点にたどり着かない場合、ギルドパクトは実現されない。)
「評決についてそれ以上の事は言えないのか?それは危険なのか?」
(アゾールの至高の評決は、すべて罪に適合される。)
ジェイスは一息ついた。この存在は厳格な規則の元に動く、論理で作られた幽霊のようだ。“執行官”がいう“評決”とは何なのか、未だ謎のままだった。ジェイスは最初、迷路を調べてイマーラを勝たせようとしていた。しかし迷路走者達が上手く迷路を走らなければ、恐ろしいことが起こるような気がした。アゾールが何も詳細を教えないまま“至高の評決”を残したのは何のためなのか?誰にも知られずにこの不穏な状況を作ったのは何のためなのか?
「ありがとう。」
ジェイスは石の中の存在に言った。
ジェイスは爆弾の上に立っているような戦慄を感じていた。アゾールの集会場に何が隠されていようと、それは次元そのものを変えてしまうような力だ。この“評決”は何としても食い止めなければいけない。イマーラを探さなければいけないが、それ以上に、これからイマーラを引き込もうとしている事態をもっと理解しなければ。ジェイスは、誰か話を聞くことが出来る人を考えた。
◆
ジェイスがアゾールの集会場から離れていくのを一人の老婆のような姿が見つめていた。ラザーヴは老婆の姿のまま階段を上った。
(ようこそ・・・我は“執行官”である。情報を与えよう。)
「全てを話せ。」
ラザーヴが言った。
4章 TO CHOOSE A CHAMPION(勇者の選出)
トロスターニと兵士達が、困惑した目でイマーラを見ていた。横に赤い髭の兵士が付き添っている。
「どういう事ですか?カロミア警備隊長は・・・?」
「彼は逃げました。」
イマーラが答えた。
「私はここに、迷路を走らせていただくようお願いに参りました。」
「それはありません。カロミアがギルドを代表します。」
「貴女がカロミアと思っている者は、ディミーアのスパイです。」
「まるで友人のベレレンのような事を言いますね。兵士達よ、この反逆者を連れて行きなさい。」
しかし、若い兵士が割って入った。
「本当です、ギルドマスター、トロスターニ様!あれは・・・あの化け物は・・・隊長ではありません。姿が変わるのを見ました。シェイプシフターです。」
「それはありえません。カロミアは我らの最も古い仲間です。
イマーラの表情は硬かった。
「カロミアは、死にました。」
「だとしても、なぜ貴女を代表者として選ぶことがあるのですか?ラクドスとの戦いで協力を拒み、あの精神魔道士と繋がる貴女を?」
「私が迷路の道筋を知る唯一の者だからです。」
トロスターニを構成する三人ドライアドの頭が囁きあった。これまで誰も聞いたことが無い不協和音となっていた。
何かの結論に至ったように三つの頭がイマーラの方を見た。トロスターニは、決して穏やかな表情ではなかった。
◆
ラル・ザレックは、ミゼットが迷路を走る競争を主催したことを理解できなかった。だが、少なくとも正式に迷路を走る競争は出来る。他の走者が予測できないように十のギルド門を、嵐の魔法やサイクロプス、稲妻の壁で妨害しながら走りぬける計画が出来上がっていた。
ラル・ザレックは他の研究員を押しのけ、ニヴ・ミゼットをみつけた。全員が、部屋の中央を見ていた。部屋の中央に繋がれていたのは奇魔・・・相反する要素をつなぎ合わせたエレメンタル生物だ。この奇魔は背が高い筋肉質の人間の姿をして、その体は帯電した氷で作られていた。今まで見たことが無い型だ。
ラルはニヴ・ミゼットの横に進み出た。
「ギルドマスター!俺に迷路を走る計画を実行に移させてください!」
「おお、いいところに来た。」
ニヴ・ミゼットは微かに、横目だけでラルを見た。
「メーレクと操縦者たちにそれを話すのだ。」
「メーレク?メーレクとは誰のことですか?」
「おっと、まだ会った事が無かったか?では紹介しよう。メーレク・・・イゼットの迷路走者だ。我輩のエレメンタル使い、薬術士、精神構築士、エネルギー接続の専門家によるチームが特別に迷路を走るために調整したのだよ。お前の研究してきた事を反映させ、それを理解するように組み立てた。」
ラルは緊張しながら笑っていた。
「理解できません。俺が迷路を走るべきです。俺が研究してきたルートも、あなたは知らないでしょう。」
「必要な事項はお前の仲間が教えてくれた。」
他のイゼット魔道士の後ろから、ゴブリンのスクリーグが出てきておずおずと手を振った。
「偉大なる火想者様・・・お願いします。俺が迷路を走ります。俺が偉大なるイゼット団を代表して迷路を走らなければいけません。」
ラルの手が震えていた。彼はミゼットが体を大きくそらすのを見ていなかった。
「それ以外の選択は、見当違い、頭が狂ってる・・・完全にばかげている!」
ニヴ・ミゼットが天井に向かって炎を吐いた。
「メーレクが我々を代表し、迷路を走る。」
ミゼットが全ての牙をむき出して言った。
「それが決定事項だ。お前はギルド渡りの遊歩道を掃除して、競争を始める準備をしていろ。以上。」
◆
ラヴィニアは階段を上り、リーヴの塔、屋上に出た。そこにはイスペリアがいて、ヴィダルケンの男と話していた。
「彼女しかいません。他に選択肢はありません。」
カヴィンがスフィンクスに言った。
「それは問題外です。彼女の階級が伴いません。」
「では、それは正さなければ。」
ラヴィニアは足音で自分の存在が分かるように進み出て、伝統的な礼をした。
「私はサプライズと言うのは好きではない。」
イスペリアが言った。あのドラゴンの発表のことだろう。
「我々は慎重さと準備によって力を発揮する。入念に数ヶ月の準備を行い、選択肢を検討することによって。しかし、今はその時間は無い。迷路誰が走るか、長々と検討している場合ではない。」
「イゼットがそう仕組んでいるのでしょう。自分達は迷路走者を何週間も入念に鍛え上げておいて、他のギルドには準備を急がせているのです。しかし、これもあのベレレンの計略では?」
ラヴィニアが答えるが、スフィンクスはそれを無視した。
「迷路を走る人が今すぐ必要になる。第十地区に詳しく、ベレレンが行っていた“暗黙の迷路”の研究に詳しい誰かが。その件でカヴィンに意見を求めていたのだ。」
スフィンクスがカヴィンの方を向くと、カヴィンが頷いた。
「アゾリウスがあるべき場所にたどり着くためには、それしかありません。」
「では、私は選択しよう。」
イスペリアがラヴィニアの方をじっと見つめていた。ラヴィニアは言葉を待った。
ラヴィニアは胸に手を当てた。
「・・・私ですか?」
「他の誰かを選びたい所だが、我々の迷路の知識は乏しい。」
ラヴィニアは注意深く話した。
「私の今の職務は塔の管理です。第十地区に出る事は許されないでしょう。」
「あなたの肩書きは今からアゾリウスの迷路走者になる。」
「そのような職位はありません。」
「私が作った。しかし理解するのだ、ラヴィニア。これは今までにない重要な任務であると。あなたはギルドの全てを代表し、歴史に関わるのだと。」
ラヴィニアが直立し、厳しい表情で答えた。
「かしこまりました。」
「ではカヴィン、貴方はもう一件、我々の耳に入れたいことがあるといいましたね。」
「はい、大審判様。」
カヴィンが言った。
「お二人のどちらかは“評決”と呼ばれる何かを知っていますか?アゾールの“至高の評決”を?」
◆
ジェイスは魔法で身を隠しながらイスペリア、ラヴィニア、カヴィンと呼ばれていた何者かの会話を精神で聞いていた。
カヴィンは本物ではない。ディミーアの地下牢に置いて来た彼は、血に植えた吸血鬼に変わっていたからだ。このヴィダルケンの男の精神が読み取れない。ラザーヴだろう。
ジェイスはラヴィニアの声を聞いた。
「聞いたことがありません。」
ジェイスはラヴィニアに評決の事を聞きに来たのだが、ラザーヴも同じ事をしていたのだ。嫌な偶然だ。
「どこでそれを聞いた?」
イスペリアが言った。
「ベレレンとの研究で見つけました。迷路に関係すると思われます。私はそれがどのように行われるのか知るべきだと思いまして。」
「“評決”は破壊的な正義をもたらす古えのアゾリウスの呪文。」
イスペリアが答えた。
「緊急のときにしか使われない。一度にその地区のあらゆる罪を罰するように評決は作られたと言われている・・・そのような時が来ればだが。」
「もしあらゆる人に罪があると判断されたら・・・地区が丸ごと破壊されるのですか?」
カヴィンが聞いた。
「破壊の波に飲まれて完全に破壊される。それが評決の為す業なのだ。」
「なんて恐ろしい・・・」
ラヴィニアの言葉はそのままジェイスにもこだました。
「しかし、どのような事があれば、地区の全てが有罪とされるのでしょう?」
「当然、“暗黙の迷路”であろう。迷路はアゾールの試練。迷路の終わりがアゾールの評決だろう。」
イスペリアが答えた。
「なおさら、君が迷路を走るべきだ、ラヴィニア。これまでの経歴の大半は、第十地区を誰よりも敬虔に守り続けてきた。君なら我々を“評決”から守ることが出来る」
このラザーヴの言葉は嘘に違いないとジェイスは思った。ラヴィニアを利用して、評決を起動して何千人の命を破壊の波で奪おうという魂胆だろう。
(中編に続く。)
管理人の英語力維持と趣味を兼ねた、ストーリー攻略記事です。
※この翻訳は管理人の独断と偏見でいろいろと短縮させた訳となっています。盛り上がるところは出来る限り原文を再現しますが、完全な翻訳では無いのでご注意ください。
まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/
『ギルド門侵犯』から読む場合はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307150012212277/
では、どうぞ。
ドラゴンの迷路 (抄訳)
(あらすじ)
ラクドスとセレズニアを中心とするギルド間の紛争が激化する中、ニヴ・ミゼットは“暗黙の迷路”の存在をラヴニカ中に公表。迷路を駆ける“競争”に全ギルドを招待する。
一方、裏で糸を引く存在を察知していたジェイスはディミーアの黒幕、ラザーヴによって地下深くに幽閉される。その牢獄には吸血鬼ミルコ・ヴォスクと、変わり果てた姿の相棒、カヴィンが・・・
1章 ONE WAY(唯一の手段)
ジェイスはディミーアの出口が無い牢獄に閉じ込められた。そこには以前ジェイスを襲ったミルコ・ヴォスクと、おそらく吸血鬼になったばかりのカヴィンがいた。ジェイスはサメの水槽に投げ込まれた餌だった。
ジェイスにはいつでも逃げるための手段が1つだけある。だが、それはイマーラとの接続を絶つ事を意味する。イマーラを放棄する。イマーラも幽閉されているのに。
(君を置いていかないといけない。)
ジェイスはイマーラの意識に言葉を送った。
(だけど、よく聞いて欲しい。)
(遺言なんて聞きたくないわ。何があったのか分からないけど、闘って。あなたの最後の言葉を聞くなんて、嫌よ。)
イマーラの言葉が返ってきた。
二人の吸血鬼が近づいてくる。このまま黙って記憶と血を吸われて、何もかも忘れてラザーヴやミゼットの企みをただ傍観することも出来る。
だが、何もしなければどうなるかは明白だ。イマーラは幽閉されている。ラザーヴの邪魔になれば殺されるだろう。ニヴ・ミゼットの競争で、勝利のために多くの血が流れる。迷路を利用してラザーヴが力を得れば、ギルドパクトが無い今、誰も止められない。
ジェイスは1つの想いに集中した・・・イマーラがジェイスを必要としている。イマーラが捕まっている。イマーラが殺される!
(僕は死ぬつもりは無い。だけど、君に頼みたい。君がセレズニアを代表して迷路を走るんだ。君が選ばれなければならない。)
(ジェイス、それは無理よ。私は議事会の反逆者なの。)
(君じゃなければいけない。)
(ジェイス、トロスターニはカロミアを選ぶわ。)
(カロミアにはならない。カロミアの姿に化けている奴なんかにはならない。トロスターニは君を選ぶ。)
(どうして・・・?)
(君がルートを知る唯一の存在になるからだ。)
牙を光らせて二人の吸血鬼が動いた。ミルコ・ヴォスクとカヴィンがジェイスを壁に押し付けた。
(君に必要なことを伝える。それを使え。カロミアの代わりに迷路を走るんだ。)
(あなたは分かっていないの。私には出来ない。)
(行くぞ。)
ジェイスは、自分が調べてきた“迷路”の知識をイマーラの精神に送り込んだ。建物、ギルド渡りの遊歩道。ゴルガリのギルド門の付近にある大きな橋。アゾリウスのゲートを登った先にある道。ラクドスの門に繋がるトンネル。研究の成果、ほぼ全ての“暗黙の迷路”の道筋をイマーラに託した。
(ジェイス・・・無理よ。)
(これで君は大半のルートを知っている。最後を除く全てだ。カロミアに走らせるな。)
ジェイスの首筋に牙が沈んだ。ミルコ・ヴォスクの牙がジェイスの血と、さらに精神を吸い上げていく。再びジェイスの精神を丹念に味わっていた。おそらく迷路の知識も、イマーラとの接続も。
しかしジェイスは意に介さず、自分の体から力を抜いた。自分の中心へと体が引き寄せられる感触に任せる。イマーラの意識が必死にジェイスを探すのを感じたが、ジェイスの意識の中でイマーラの声は小さくなっていった。
ジェイスはラヴニカを離れ、久遠の闇に吸い込まれた。
◆
ミルコ・ヴォスクの前からジェイス・ベレレンが消えたとき、最初は幻影術だと思った。しかし、部屋をいくら調べても何も出てこない。本当にここから居なくなったのだ。出られないはずの牢獄から消えたのだ。これは何らかの責を問われるだろう。
数時間後、ラザーヴが影のように滑り降りてきた。ヴォスクは自分が殺されない理由を半狂乱になって考えていた。
「彼はどこだ?」
「行ってしまいました。」
ヴォスクはそう言うのが精一杯だった。ラザーヴの顔が怒りに燃え、ヴォスクが何らかの方法でベレレンを隠したかのように牢屋の隅々を見回した。
「お前、何をした?」
「何もしていません、我が主よ。ベレレンに噛み付き、命令通りに記憶を奪いました。今度はあなたが必要な記憶を持っていました。しかし・・・」
ヴォスクはカヴィンの方を見た。
「何らかの魔法を使って、いなくなったのです。」
「本当です。」
カヴィンが続いた。
「もういい。あの魔道士にしてやられる前に何を学んだ?」
「彼は迷路のルートを知っていました。飲み込むことは出来ませんでしたが、見ました。充分見ました。」
ラザーヴの目に関心が芽生えたのをヴォスクは見た。
「そうか、お前がルートを手に入れたか。」
ラザーヴはフードを落として考え込んだ。
カヴィンが進み出て何かを言おうとしたが、ヴォスクは手を出してそれを止めた。この馬鹿は、ギルドマスターを怒らせないための礼儀を知らない。
「ヴォスク、お前が迷路を走れ。ベレレンから手に入れた知識を使い、他のギルドと参加するのだ。他の迷路走者は殺すな。むしろ助けるのだ。それ以外の者は、お前の判断で殺して良い。」
ヴォスクが頷いた。
カヴィンがヴォスクの前に出てお辞儀をした。
「私はどうすれば良いでしょうか、主よ。」
ラザーヴはヴォスクの方を見た。
「そのペットを殺せ。我々に必要な知識は持っていなかったのだろう。」
カヴィンが目を見開いた。
「この者は使えるかもしれません。彼はベレレンに迷路の記憶の大半を奪われましたが、彼は元アゾリウスで、スフィンクスと通じています。」
ラザーヴは、カヴィンの方を見た。
「そうなのか?彼女はお前を信頼しているか?」
「一時ですが、アゾリウスの学問において彼女に助言をしていた時期があります。」
「ならば、お前の役目を果たす時だ。」
ラザーヴが伸ばした手が黒い液体のような触手に変わった。触手が広がりカヴィンの顔と胸を覆っていく。そして、ラザーヴの顔が恐ろしい笑みに変わると、カヴィンの上半身が悲鳴と血を撒き散らして潰された。
ラザーヴの姿が溶けて黒い液体になり、それが再び固まると、ラザーヴはカヴィンの姿になっていた。
2章 DISCONNECTED(絶たれた接続)
イマーラは、自分の家に軟禁されていた。家の周りをセレズニアの兵士が巡回して、外側から鍵をかけている。この家が、イマーラの牢獄となっていた。
(ジェイス・・・聞こえる?)
ジェイスを意識の中で呼ぼうとしたが、もう彼女の声は誰にも聞こえなくなっていた。
さらに、エレメンタルを呼び出す力も失われていた。トロスターニによって奪われていたのだ。あの大理石と植物の巨人を呼び出す力は借り物に過ぎず、それをトロスターニが脱出の可能性もろとも破棄したかのようだった。
やがて夜になり、暗闇が訪れる。ジェイスの声は聞こえない。外の世界が消滅して、自分だけが虚無の中を浮かんでいるようだった。何も考えないようにしたが、思考が割り込んでくる・・・カロミアの事が。
ジェイスはカロミアが死んだと言った。カロミアは殺されて、偽者に置き換えられた。信じたくなかった。ジェイスが嘘を言っていると思いたかったが、確信できない。やり場の無い怒りがこみ上げてくる。
イマーラはカップを窓に投げつけ、ガラスを割った。尖った三角形のガラスの破片を手にとる。何かしらの肉を切り裂く武器がある、という安心感が生まれた。イマーラは床に座り、待ち続けた。
夜中に一人の衛兵が訪れた。薄い赤髭を生やした若い人間の男性だった。ドアの鍵を確かめて、中にいるイマーラを確認すると、目を下に向けた。彼女が裏切り者だという意識が揺らがぬよう、顔を見ないようにしていたのだろうか。
「そこのあなた。カロミア警備隊長を呼んでください。彼に伝えるべき事があります。」
兵士はイマーラに目を向けなかった。
「隊長は忙しい。」
「重要な内容です。彼はドラゴンの迷路の代表者。彼に必要な情報があります。」
「隊長の方から面会に来たら会える。それまでは駄目だ、裏切り者め。」
「この情報が無ければ、我々のギルドが敗北します。」
セレズニアの兵士がイマーラを嘲笑った。
「私を騙すのだろう。」
「何かしたら、私を気絶させる呪文を撃ちなさい。それとも、あなたのせいで迷路を解くために必要な知識をカロミアが得られなかったと、私に言って欲しいのですか?」
兵士は何かをつぶやきながら立ち去った。これで上手く行くだろう。
カロミアが来た頃には、窓の割れ目から日の光が差し込んでいた。イマーラは、カロミアを中に入れた。
「問題ないか?」
目の前にいるエルフはカロミアそのものだ。イマーラはただカロミアを抱きしめたくなった。だが、たとえ本物のカロミアだとしても、彼がイマーラを反逆者と呼んで軟禁し、セレズニアを他のギルドとの戦争に導いたのだ。いずれにせよ、イマーラが知っているカロミアではなかった。
「貴方が迷路を走るのでしょう。私は、それに必要な情報を持っているかも。」
「君はベレレンと話したのだろう。」
カロミアは家の中を見回した。
「彼はここに来たのか?」
「迷路の事は話すわ。その前に、聞きたいことがあるの。」
イマーラの背後で、ガラスの破片を持つ手が震えていた。
「・・・考え事をしていたの。私達がオヴィツィアで会った日の事を覚えてる?」
「初めて会った日のこと・・・?もちろん。覚えているよ。」
「本当?」
「忘れると思うか?ちょっと前に言い争ったからって、別人になるわけじゃないよ。」
イマーラは、彼の目をじっと見た。
「あなたは確かその辺のお店か何かを見て、冗談を言ったの。それが凄く面白くって。もう一度それを言ってくれる?」
「何?冗談?イマーラは今は駄目だよ。」
「ただその時言った事を、もう一度言うだけでいいから。」
「頼まれて冗談を言ったって面白くも何とも無いよ。今は、ドラゴンの迷路を走る競争に勝つことが先だ。」
イマーラの心に暗い影が差した。カロミアはそのような冗談は言っていない。さほどユーモアに富んだ人ではなかった。それに、二人が出会ったのは第十地区だ。オヴィツィアではない・・・。
「カロミア、」
「どうした?」
「こっちに来てくれる?」
カロミアが近づくと、二人はお互いに相手を抱き寄せた。
抱擁を交わす二人の足元で、カロミアの足にまき付くように蔦が生い茂る。イマーラはカロミアの耳元に囁いた。
「お前は、カロミアじゃない。」
イマーラはカロミアの背中にガラスの破片を突き刺した。カロミアはイマーラを突き飛ばして、破片を外そうとするが、手が届かない。
「この、小娘が・・・!」
「どうやってカロミアを殺したの?毒?カロミアが寝ている間に喉を切り裂いたの?それとも、その薄汚い手で、首を絞めた?」
ちょうどその時、薄い赤髭の若いセレズニア兵士が再び中の様子を見た。カロミアが襲われているのを見て驚愕した。
カロミアの脚が液体のようになって、イマーラの蔦の拘束から逃れた。その後ろで、若い兵士が目を見開いていた。
「お前は必ずしも必要ではない。分かっているだろうが、お前を殺してお前の姿を使うことも出来るのだ。お前にも彼と同じ事をしなければならない。彼自身の剣で殺したのだ・・・この剣だ。」
カロミアの姿をした偽者が、カロミアの剣を取った。
「貴方はカロミアのように見えるけど、カロミアにはなれないわ。ディミーアの、詐欺師!」
このシェイプシフターに気付かれぬよう、イマーラはドアから中を見ている兵士の方を向かなかった。しかし最後に言った言葉は兵士が気付いてくれるように言ったのだ。
シェイプシフターの背中から触手が蠢き、背中のガラス片を押し出すと元の形に戻った。剣をとってイマーラに近づく。イマーラにはエレメンタルを呼ぶ力も、この液体の存在に対抗できる他の術も無い。
「私を殺したら面倒なことにならない?」
「裏切り者が脱走したと言えば・・・」
しかし、カロミアの偽者は言いかけて倒れた。死んではいないが、動かない。ドアから中を見ていた赤髭の若い兵士が魔法を使ったのだ。怯えているようだった。
「見事でした、セレズニアの兵士よ。」
イマーラが礼を言った。その兵士は自分の魔法で倒したカロミアの姿を見た。
「それはカロミア警備隊長ではありません。姿を変えることが出来る偽者です。いつまでも倒れてはいないでしょう。剣を貸してください。」
「わ・・・分かりません・・・私には出来ませ・・・。」
「早く!二人とも殺されるわ!あなたに化けて、秘密を知った人をみんな殺すかもしれないのよ!」
「上官を殺すなんて・・・」
イマーラはため息をついた。
「もういいわ。外に出してくれますか?トロスターニ様にお伝えせねば。」
兵士はドアの鍵を開けて外に出した。
「も・・・申し訳ありません。貴女の事を疑っていました。」
「いいのですよ。」
若い兵士が頭を下げた。今度は侮蔑ではなく尊敬の気持ちで。
「何か償いが出来たら良いのですが・・・。」
イマーラはローブから埃を払い落とした。
「私がギルドマスターに話すときに、証人になってください。」
◆
ジェイスが目を開けると、そこは小石が溜まった川辺だった。川に沿って灰色の幹の木が、灰色の明るい空を見上げるように並んでいた。
ジェイスは川に沿って歩いていった。ゼンディカーを離れてからどれくらい経ったか重い出せなかった。ラヴニカとは正反対の、文明の手が付けられていない自然の世界。ギルドも、道路も、策謀を巡らすギルドマスターもいない。
辺りは異様に静かだった。ラヴニカから離れたころでイマーラとの繋がりは消えて、声は聞こえない。
灰色の木が無くなって景色が広がると、大きな谷が見えた。その景色は巨大な爪で引き裂かれていたようだった。土や石は灰のように生命を失っていた。
ジェイスは精神の感覚を広げ、何か生きているものがいないか探した。微かな思考の感覚がしたが、何も動くものは見えなかった。
歩いていくにつれて反応は強くなっていった。知能を持った誰かが会話をしている。ジェイスが感じ取った複数の精神は、地下深くにいた。地下に人が閉じ込められていると思い、ジェイスは一人に集中して探ってみた。疲れと不安が見えるが、パニックは起こしていない。ゼンディカー特有の、コーの人種の女性だった。剣を研ぎながら家族と話している。彼らの住む世界が災厄に見舞われてから、地下深くの洞窟に住まなければならなかったのだ。この女性の中に硬い決意が秘められている。子供たちを励ましながら希望を失わないよう努めていた。しかし、子供たちが希望を失い、絶望に取って代わられる事を心配していた。
ジェイスは地下に住む残りの家族に意識を広げた。息子と二人の娘は何週も太陽を見ない生活を続けて、心が折れそうになっていた。
ジェイスは躊躇した。これ以上他人の人生に関わってどうするのか。しかし、この女性と家族を思った。この母親の意思にこめられた力を子供たちに伝えることが出来れば、子供たちも生き抜くことが出来るのではないか。ルーリク・サーと戦ったときに、グルール全員の意識を読み取った事を思い出した。ジェイスはこの家族全員に精神を繋いだ。
しかし、何も起こらなかった。この家族同士では何も聞こえない。精神の会話はあくまで一方通行らしく、ジェイスと相手のみでしか起こらない。ジェイスは、自分が一歩引けないかと考えた。ジェイス自身が橋渡しになって、この家族の精神を直接繋ぐことは出来るだろうか・・・
ジェイスは頭を抱えて叫んだ。精神が内側から分解されるように感じた。ただでさえ複数の精神に集中するのは骨が折れるが、自分を通して人の思考を繋ぐのはさらに激痛を伴った。
まるでジェイスの体中があらぬ方向に吹っ飛ぶようだった。自分が今までやったことがない領域に踏み込み、命を落としかけたのだ。二度とやりたくなかった。
だがそれでも、ジェイスはほんの一瞬だけこの家族の橋渡しになっていた。母親の戦う意思が今まで表現できなかった形で子供達に伝わり、子供達の賞賛の気持ちが返ってきたのだ。
ジェイスは振り返り、歩いてきた方向を逆に戻った。カロミアの姿をしたシェイプシフターの精神で見た暗闇を思い出した。ジェイスの魔法は効かず、秘密を隠すには最高の場所だ。ジェイスはこの世界からも歩き、体はゼンディカーから消えていった。
3章 THE PARUN’S PROXY (パルンの代弁者)
ジェイスはラヴニカの第十地区に戻った。朝日が広場に差し込んでいた。隠されたギルドであるディミーアを除くギルドの紋章が刻まれた9つのオベリスク、そのしたには出店があり、それぞれの担当者がギルドの案内をしている。中央には2、3フィート(訳注:1フィート=約30cm)ほど浮かんだ石の演壇がある。ここはアゾールの公開広場、アゾリウスの創設者にちなんで名づけられた場所、そして“迷路の終わり”だ。
ジェイスはここに、何かの力を感じた。ここが全ての中心で、ギルドが追い求める力がある。ジェイスはこれから行われる競争にイマーラを勝たせるために、この場所を理解しなければならない。
勝たせるならイマーラしかいない。ギルドのどこかが勝つのだとしたら、生命と調和のギルド、セレズニアしかない。そして誰かが力を受け取るのであれば、イマーラだ。イマーラなら、ギルドがお互いを滅ぼすようなことはしないだろう。
ジェイスは階段を上り、中央に浮かぶ巨大な石の演説台に立った。
この巨大な石の中に力を感じた。意識や思考の流れが住み着いている。精神の力で深く調べると、そこには人のような形をしたものがジェイスの精神に現れた。人の形をした光がアゾリウス風のローブを着ている。
しかし、何らかの生命と知性を感じる。ジェイスは意識を深く伸ばした。
「こんにちは。」
ジェイスは意識の中で声をかけてみた。
(ようこそ・・・我は“執行官”である。情報を与えよう。)
「“執行官”・・・?あなたは、アゾール・・・?」
(否・・・我はアゾールの執行者。アゾールの意思を代行するために創られた者。)
「魔法によって作られた知能、ホムンクルスか?」
(その単語の意味は分からぬ、しかし魔法によって作られた、それは正しい。)
「しかし、精神だけの存在だろう。このアゾールの集会場に縛られ、実態はないようだが?」
(いかにも。我は物理的な肉体を持たない。我は法によって創られた存在。我は“評価”の規則と明細であり、執り行われるべき機構を為す。そして我が“評価”を終えたとき、我が“評決”を与える。)
この“執行官”の言葉の中に抑え込まれた力を感じた。ジェイスは、この存在が迷路に直結しているのを感じた。
「あなたが、迷路そのものなのか。」
(暗黙の迷路は評価の形式であり、我はその執行人である。)
「では、あなたは迷路を使ってギルドの評価をする。ギルドは今何らかの試練を受けていて、貴方がその審判をするのか?」
(我ではない、アゾールの審判だ。暗黙の迷路は評価の形式であり、我はその執行人である。)
“執行官”は繰り返した。
「これから迷路走者が“暗黙の迷路”を走ることを知っているか?」
(知っている)
「彼らが成功したら、何かを手に入れるのか?」
(その質問は理解できない。)
なぜ今の質問が弾かれたのか?ジェイスは考えた。迷路の目的は、勝者に与える何かを隠すためではないのか?
「試練を受けるためにギルドから選ばれた迷路走者だが、この中の誰かが勝利した状態というのはどういったものになるのか?」
(一人が勝利する事は無い。全員が成功するか、さもなくば“至高の評決”がもたらされるであろう。全てのギルドが成功するか否かが問われる。)
ジェイスは迷路の目的が全ギルドの協調であることは分かった。しかし、それがイマーラに何を意味するのか、理解しなければならなかった。
「ギルドの全員が成功すれば何が手に入る?」
(全てが等しく試練を終えれば、最も相応しい者がギルドパクトを実現する。)
「ギルドパクト・・・」
ギルドパクトは魔法的な拘束力を伴った協定であり、ギルドを何千年にも渡って取りまとめてきた力だ。
「元のように、ギルドパクトが戻ってくるのか?」
(全員が成功すれば、ギルドパクトが現れるが、これまでとは異になる。)
「どういう意味だ?」
(最も相応しい者がギルドパクトを実現する。)
“執行官”の背後に強大な力があるのを感じる。ジェイスが“執行官”の意識に繋がっている間、疲労がにじみ寄って来た。
「分かった。では、勝者がギルドパクトを何らかの形で再起動するというわけだ。ではギルドが成功しなかった場合はどうなる?」
(我は評決を与える。)
「評決とは何か?」
(アゾールの“至高の評決”である。)
「だが、それは何を起こすのか?」
(“評価”の途中で1つ以上のギルドが最終点にたどり着かない場合、ギルドパクトは実現されない。)
「評決についてそれ以上の事は言えないのか?それは危険なのか?」
(アゾールの至高の評決は、すべて罪に適合される。)
ジェイスは一息ついた。この存在は厳格な規則の元に動く、論理で作られた幽霊のようだ。“執行官”がいう“評決”とは何なのか、未だ謎のままだった。ジェイスは最初、迷路を調べてイマーラを勝たせようとしていた。しかし迷路走者達が上手く迷路を走らなければ、恐ろしいことが起こるような気がした。アゾールが何も詳細を教えないまま“至高の評決”を残したのは何のためなのか?誰にも知られずにこの不穏な状況を作ったのは何のためなのか?
「ありがとう。」
ジェイスは石の中の存在に言った。
ジェイスは爆弾の上に立っているような戦慄を感じていた。アゾールの集会場に何が隠されていようと、それは次元そのものを変えてしまうような力だ。この“評決”は何としても食い止めなければいけない。イマーラを探さなければいけないが、それ以上に、これからイマーラを引き込もうとしている事態をもっと理解しなければ。ジェイスは、誰か話を聞くことが出来る人を考えた。
◆
ジェイスがアゾールの集会場から離れていくのを一人の老婆のような姿が見つめていた。ラザーヴは老婆の姿のまま階段を上った。
(ようこそ・・・我は“執行官”である。情報を与えよう。)
「全てを話せ。」
ラザーヴが言った。
4章 TO CHOOSE A CHAMPION(勇者の選出)
トロスターニと兵士達が、困惑した目でイマーラを見ていた。横に赤い髭の兵士が付き添っている。
「どういう事ですか?カロミア警備隊長は・・・?」
「彼は逃げました。」
イマーラが答えた。
「私はここに、迷路を走らせていただくようお願いに参りました。」
「それはありません。カロミアがギルドを代表します。」
「貴女がカロミアと思っている者は、ディミーアのスパイです。」
「まるで友人のベレレンのような事を言いますね。兵士達よ、この反逆者を連れて行きなさい。」
しかし、若い兵士が割って入った。
「本当です、ギルドマスター、トロスターニ様!あれは・・・あの化け物は・・・隊長ではありません。姿が変わるのを見ました。シェイプシフターです。」
「それはありえません。カロミアは我らの最も古い仲間です。
イマーラの表情は硬かった。
「カロミアは、死にました。」
「だとしても、なぜ貴女を代表者として選ぶことがあるのですか?ラクドスとの戦いで協力を拒み、あの精神魔道士と繋がる貴女を?」
「私が迷路の道筋を知る唯一の者だからです。」
トロスターニを構成する三人ドライアドの頭が囁きあった。これまで誰も聞いたことが無い不協和音となっていた。
何かの結論に至ったように三つの頭がイマーラの方を見た。トロスターニは、決して穏やかな表情ではなかった。
◆
ラル・ザレックは、ミゼットが迷路を走る競争を主催したことを理解できなかった。だが、少なくとも正式に迷路を走る競争は出来る。他の走者が予測できないように十のギルド門を、嵐の魔法やサイクロプス、稲妻の壁で妨害しながら走りぬける計画が出来上がっていた。
ラル・ザレックは他の研究員を押しのけ、ニヴ・ミゼットをみつけた。全員が、部屋の中央を見ていた。部屋の中央に繋がれていたのは奇魔・・・相反する要素をつなぎ合わせたエレメンタル生物だ。この奇魔は背が高い筋肉質の人間の姿をして、その体は帯電した氷で作られていた。今まで見たことが無い型だ。
ラルはニヴ・ミゼットの横に進み出た。
「ギルドマスター!俺に迷路を走る計画を実行に移させてください!」
「おお、いいところに来た。」
ニヴ・ミゼットは微かに、横目だけでラルを見た。
「メーレクと操縦者たちにそれを話すのだ。」
「メーレク?メーレクとは誰のことですか?」
「おっと、まだ会った事が無かったか?では紹介しよう。メーレク・・・イゼットの迷路走者だ。我輩のエレメンタル使い、薬術士、精神構築士、エネルギー接続の専門家によるチームが特別に迷路を走るために調整したのだよ。お前の研究してきた事を反映させ、それを理解するように組み立てた。」
ラルは緊張しながら笑っていた。
「理解できません。俺が迷路を走るべきです。俺が研究してきたルートも、あなたは知らないでしょう。」
「必要な事項はお前の仲間が教えてくれた。」
他のイゼット魔道士の後ろから、ゴブリンのスクリーグが出てきておずおずと手を振った。
「偉大なる火想者様・・・お願いします。俺が迷路を走ります。俺が偉大なるイゼット団を代表して迷路を走らなければいけません。」
ラルの手が震えていた。彼はミゼットが体を大きくそらすのを見ていなかった。
「それ以外の選択は、見当違い、頭が狂ってる・・・完全にばかげている!」
ニヴ・ミゼットが天井に向かって炎を吐いた。
「メーレクが我々を代表し、迷路を走る。」
ミゼットが全ての牙をむき出して言った。
「それが決定事項だ。お前はギルド渡りの遊歩道を掃除して、競争を始める準備をしていろ。以上。」
◆
ラヴィニアは階段を上り、リーヴの塔、屋上に出た。そこにはイスペリアがいて、ヴィダルケンの男と話していた。
「彼女しかいません。他に選択肢はありません。」
カヴィンがスフィンクスに言った。
「それは問題外です。彼女の階級が伴いません。」
「では、それは正さなければ。」
ラヴィニアは足音で自分の存在が分かるように進み出て、伝統的な礼をした。
「私はサプライズと言うのは好きではない。」
イスペリアが言った。あのドラゴンの発表のことだろう。
「我々は慎重さと準備によって力を発揮する。入念に数ヶ月の準備を行い、選択肢を検討することによって。しかし、今はその時間は無い。迷路誰が走るか、長々と検討している場合ではない。」
「イゼットがそう仕組んでいるのでしょう。自分達は迷路走者を何週間も入念に鍛え上げておいて、他のギルドには準備を急がせているのです。しかし、これもあのベレレンの計略では?」
ラヴィニアが答えるが、スフィンクスはそれを無視した。
「迷路を走る人が今すぐ必要になる。第十地区に詳しく、ベレレンが行っていた“暗黙の迷路”の研究に詳しい誰かが。その件でカヴィンに意見を求めていたのだ。」
スフィンクスがカヴィンの方を向くと、カヴィンが頷いた。
「アゾリウスがあるべき場所にたどり着くためには、それしかありません。」
「では、私は選択しよう。」
イスペリアがラヴィニアの方をじっと見つめていた。ラヴィニアは言葉を待った。
ラヴィニアは胸に手を当てた。
「・・・私ですか?」
「他の誰かを選びたい所だが、我々の迷路の知識は乏しい。」
ラヴィニアは注意深く話した。
「私の今の職務は塔の管理です。第十地区に出る事は許されないでしょう。」
「あなたの肩書きは今からアゾリウスの迷路走者になる。」
「そのような職位はありません。」
「私が作った。しかし理解するのだ、ラヴィニア。これは今までにない重要な任務であると。あなたはギルドの全てを代表し、歴史に関わるのだと。」
ラヴィニアが直立し、厳しい表情で答えた。
「かしこまりました。」
「ではカヴィン、貴方はもう一件、我々の耳に入れたいことがあるといいましたね。」
「はい、大審判様。」
カヴィンが言った。
「お二人のどちらかは“評決”と呼ばれる何かを知っていますか?アゾールの“至高の評決”を?」
◆
ジェイスは魔法で身を隠しながらイスペリア、ラヴィニア、カヴィンと呼ばれていた何者かの会話を精神で聞いていた。
カヴィンは本物ではない。ディミーアの地下牢に置いて来た彼は、血に植えた吸血鬼に変わっていたからだ。このヴィダルケンの男の精神が読み取れない。ラザーヴだろう。
ジェイスはラヴィニアの声を聞いた。
「聞いたことがありません。」
ジェイスはラヴィニアに評決の事を聞きに来たのだが、ラザーヴも同じ事をしていたのだ。嫌な偶然だ。
「どこでそれを聞いた?」
イスペリアが言った。
「ベレレンとの研究で見つけました。迷路に関係すると思われます。私はそれがどのように行われるのか知るべきだと思いまして。」
「“評決”は破壊的な正義をもたらす古えのアゾリウスの呪文。」
イスペリアが答えた。
「緊急のときにしか使われない。一度にその地区のあらゆる罪を罰するように評決は作られたと言われている・・・そのような時が来ればだが。」
「もしあらゆる人に罪があると判断されたら・・・地区が丸ごと破壊されるのですか?」
カヴィンが聞いた。
「破壊の波に飲まれて完全に破壊される。それが評決の為す業なのだ。」
「なんて恐ろしい・・・」
ラヴィニアの言葉はそのままジェイスにもこだました。
「しかし、どのような事があれば、地区の全てが有罪とされるのでしょう?」
「当然、“暗黙の迷路”であろう。迷路はアゾールの試練。迷路の終わりがアゾールの評決だろう。」
イスペリアが答えた。
「なおさら、君が迷路を走るべきだ、ラヴィニア。これまでの経歴の大半は、第十地区を誰よりも敬虔に守り続けてきた。君なら我々を“評決”から守ることが出来る」
このラザーヴの言葉は嘘に違いないとジェイスは思った。ラヴィニアを利用して、評決を起動して何千人の命を破壊の波で奪おうという魂胆だろう。
(中編に続く。)
MTG背景小説「ラヴニカへの回帰」翻訳シリーズ。
管理人の英語力維持と趣味を兼ねた、ストーリー攻略記事です。
まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/
『ギルド門侵犯』前編↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307150012212277/
◆注意◆
ここの翻訳は訳者の独断と偏見で色々はしょった抄訳となっています。
一字一句訳してはいないので、ざっくりあらすじを読むような内容と思ってください。
それでも、会話パート、戦闘パート、重要な情報はできるだけ重点的に訳出するつもりです。
(あらすじ)
イマーラに迫る危険と「暗黙の迷路」の謎を解き明かすため、自ら捨てた記憶の手掛かりを探すジェイス。以前グルールから雇ったルーリク・サーと拳で合ったジェイスは、その双頭のオーガの記憶から手掛かりを探っていた。
その頃、セレズニアではイマーラを誘拐した報復を求める機運が高まっていた。必死で止めるイマーラだが、ギルドマスターのトロスターニ、旧友のカロミア警備隊長は耳を貸さない。最悪の事態、ラヴニカでかつてないギルド同士の戦争が起ころうとしていた。
5章 ARMIES IN THE STREETS (市中の軍団)
ジェイスは轟く雷のような声を聞いた。
「ベェ~リムゥゥ~、ベェ~リムゥゥ~、」
何人もの行進する足音とともに、どこかで聞いたことがある雰囲気の歌声が聞こえてきた。
「誰か来ているな。」
サーが言った。
「たくさんの、誰かだ。」
ジェイスが答える。
「戦歌だ。グルールじゃない。」
ルーリクがそれに気付いとき、ジェイスはルーリクの精神の中から断片的な記憶、初めはルーリク自身が物事を考えるために目立たなかった箇所に目的の記憶を見つけた。
ジェイスの研究所を破壊し尽くして火を付ける記憶。その時に暗号の翻訳表、ノートの紙を一瞬眺めた記憶。その間、ジェイスは自分の記憶を消去していた。
「ベェ~リムゥゥ~、ベェ~リムゥゥ~!」
妙な歌声がさらに迫ってきた。
「終わったか?」
近づいてくる何者かを迎え撃とうと、ルーリク・サーが立ち上がった。
「待ってくれ、もう少しだ!」
ジェイスは慌ててサーの記憶に移り、再び念入りに調べた。さらに多くの記憶が出てきた。カヴィンと調べつくした暗号。アゾリウスの書体。古えのギルド門を通る道。そしてジェイスがルーリク・サーを雇ったときの記憶。ジェイス自身が語った言葉から、研究の重要性、何としても抹消しなければならない秘密である事が分かった。推察でつなぎ合わせた二つの頭の記憶は断片的で多くは無いが、充分だった。
「ラクドスだ!」
ジェイスは振り返った。槍や剣を掲げるラクドスの暴動、それを率いるのはあの血魔女・イクサヴァ。そして気付いた。ラクドスは、自分の偽名を歌っている。ジェイスを狙ってここまで来たのだ。
「行け。俺達が止めてやる。」
サーが言った。
「足をいくつか折ってな。」
ルーリクが続く。
「すぐに踏み潰されるぞ。」
「さっさと行け。俺達もラクドスに教えなきゃならん事がある。」
「君達を置いていく分けには・・・」
ジェイスは言いかけたが、サーが胸倉を掴んだ。
「俺達の頭から何も教わらなかったか?言っただろう?さあ、終わりだ。」
ルーリクは、ただ笑っていた。その牙が光っている。
オーガはジェイスを離して構えた。グルールの一団がそれを囲み、咆哮してラクドスと衝突する。兵力差は、何十倍もある。
ジェイスは口の血を拭い、マナを集めた。
◆
セレズニアの大軍団が寺院を後にして、市街地を埋め尽くしていた。その中にイマーラはいた。大理石と樹木、蔦で体を形成した巨大なエレメンタルの肩に座り、頭に片手を添えていた。その前には、イマーラが召喚したさらに2体のエレメンタルが歩いている。
地上ではカロミア警備隊長がサイに跨り、軍団をラクドスへと導いている。
トロスターニも一緒だった。イマーラが召喚したエレメンタルの1つから体が生えたように現れ、セレズニア軍を見下ろしている。セレズニアの指導者が戦争に赴くなど、イマーラは見たことは無い・・・そして、この紛争の中心は他ならぬ自分なのだ。
イマーラは、ギルド全体が間違った方向に暴走していると感じた。
セレズニア軍は運河を渡る橋の入口に接近した。ラクドスの領域までの最短の道ではないが、ここを渡れば他のギルドとぶつかる心配が無い。
だが、カロミアは別の方向へ軍を向けた。大きな広場、その門には太陽の光と硬く握った拳・・・ボロスのシンボルである。
「カロミア!橋を渡りましょう!」
「橋じゃない!ここを真っすぐ通ってラクドスの心臓部に行くぞ!」
カロミアが叫んだ。イマーラよりも兵士達に呼びかけているようだった。
「カロミア、駄目!」
しかし、セレズニア軍はカロミアに従ってボロスの領域に入った。すると、トランペットが鳴り響き、ボロス軍の兵士が矛や剣を取って整列、その後ろには弓を構える兵士や紅蓮術士がいた。
「戻りなさい!ボロスまで巻き込んではいけません!」
イマーラが叫ぶと、カロミアが振り返った。勘違いだろうか、カロミアが微かにニヤリと笑っていたような気がした。
「トロスターニ様!戻りましょう!」
しかし、3人のドライアドは、全ての兵士が見えるようにボロス軍を指差していた。
「これが我々の宿命です。調和への道はけっして平坦ではないのです。カロミア!我々を導きなさい!」
セレズニアの軍団がボロスと衝突し、両方で血や肉が飛び交った。
イマーラは、自分のエレメンタルだけでも戦いを止めさせようとした。エレメンタルが止まり、戦場から離れようと向きを変えたが、その途中で止まった。イマーラが再び命令を送る。
だが、エレメンタルはイマーラの命令に反してボロスの方へと戻った。
「駄目・・・やめて!」
イマーラが叫んでいた。エレメンタルが、イマーラの制御から離れている。
イマーラはトロスターニの方を見た。3人のドライアドは複雑な呪文を紡いでいた。その一部は、セレズニア軍に継続した生命力を与える防御の呪文。そして、もっと見慣れたもの・・・イマーラに教えたエレメンタルの召喚呪文だった。
トロスターニがイマーラの命令を乗っ取り、エレメンタルを戦場に戻していたのだ。トロスターニの力はイマーラよりはるかに強力で、もはや止める事が出来なかった。
セレズニア軍はトロスターニが乗っ取ったエレメンタルの力でボロスの守りを突破し、煙が立ち登る工業地帯・・・ラクドスの区域に侵入。
「セレズニアの兵士達よ、進みなさい!あれが、我々の目標です!」
その先には、悪魔的なラクドスのシンボルと“荒ぶる群集”という名前が飾られた建物。セレズニアの軍勢が近づくと、中からラクドスの戦士が次々と溢れ出て来た。
イマーラは、拳を握り締めていた。
◆
ルーリク・サーとグルールの巨漢たちは既にラクドスと戦っていた。ラクドスの兵士達を次々と薙ぎ払うが、数で上回るラクドスが延々と押し寄せ、グルールを囲む。
ジェイスは既に幻影術を知られているため、もはや中途半端な事ではラクドスを騙せない。だが、精神魔法でラクドスの大軍を倒すような手段は無い。大規模な魔法が必要だ。
「あれを見ろォ!」
狂った女の声がした。ラクドスの部下が背負う櫓の上にイクサヴァがいる。
「“ベリムだ”がいるぞォ~~!!」
ジェイスは呪文をはじめた。ジェイスの周りで漆黒の煙が渦巻き、ジェイスの目が黒に染まった。地面が割れて硫黄の煙が溢れる。
「古の帝王よ!貴方を召喚する!」
ジェイスが叫んだ。そして両手から黒曜石のような黒い炎が噴き出した。
その場にいた全員が驚く。建物ほどの大きさの巨大な悪魔の姿をした怪物が現れたのだ。手には三叉の槍を持ち、巨大な角が生えており、炎の息を吹いた。
「ラクドス卿よ、お導きを!あなたの仰せのままに!」
ジェイスが叫んだ。召喚されたデーモンがラクドスの群れを掻き分け、ラクドスが来た方向・・・ラクドスの領域へと戻るように動いた。ラクドスのカルト信者たちがデーモンに続いていく。
「馬鹿共、あれはラクドス様じゃないよ!」
イクサヴァが叫ぶが、ラクドスの信者達は止まらない。イクサヴァはジェイスを見た。
ジェイスはラクドスに直接会った事も無いし、正確な姿を知らない。だが、それは大半の信者たちも同じだろうと賭けた。ジェイスにはデーモンを呼び出すような力は無い。信者たちを煽動する巨大なデーモンは、ジェイスが作り出した幻だ。
盲目的にデーモンに従おうとする部下を止められないイクサヴァは、ジェイスを呪文で攻撃した。しかしそれを予想していたジェイスは呪文を打ち消した。
ジェイスは狂った暗黒の魔道士を装い、自分が作り出したデーモンの幻を追いかけた。兵士達が引っ込めば、1対1に持ち込んでイクサヴァを倒せる可能性がある。
ルーリク・サーと他のグルール戦士は、わけが分からずジェイスが走り去るのを見ているしかなかった。
6章 ROUGH CROWDS(荒ぶる集団)
ジェイスは幻影のデーモンを操り、ラクドスのカルト信者を誘導して送り返そうとした。そして驚愕し、息を呑んだ。
セレズニアの大軍団がラクドスを襲撃していた。ラクドスのクラブ“荒ぶる群集”は崩壊して廃墟になっていた。インプが飛び出して味方のラクドスを巻き込みつつセレズニアを爆撃する。さらにボロスの部隊もセレズニアの側面から攻撃していた。戦天使が命令を飛ばしながら焼け付く光を放っている。
混乱の中、ジェイスとイマーラの目が合った。
イクサヴァが率いていたラクドスの軍勢が、セレズニアに襲撃された信者達に加わりセレズニアの軍勢に迫った。
皮膚が無く体内で炎が燃え盛るヘルハウンド(訳注:犬型のエレメンタル)の群れが解き放たれ、セレズニアのギルド魔道士を襲う。ジェイスは、イマーラがエレメンタルを制御できず苦しんでいるのを見た。
イマーラが動かしたのか分からないが、ようやくイマーラが乗るエレメンタルがヘルハウンドの群れを握りつぶした。
棘の付いたフックがエレメンタルに投げ込まれ、それをラクドスのオーガやゴブリンが紐で引っ張る。エレメンタルの体が揺らぎ、さらにフックが胸や腕に掛けられる。
「イマーラ!」
ジェイスが叫び、イマーラの方へ走った。エレメンタルがついに倒され、ラクドスの兵が狂った木こりのようにバラバラにしていく。
だが、ジェイスはイマーラの元にたどり着けなかった。そこには二本の剣を持ち、ラクドスの巨漢を率いる血魔女、イクサヴァがいた。
「さァ、遊ぼうじゃないか、ベリム。」
◆
エレメンタルから滑り降りたイマーラは、ラクドスに囲まれていた。エレメンタルを復活させようとしたが、念入りに解体されて植物と石のかけらになっていた。
ラクドスの戦士がイマーラに迫る。仮面をつけた一人が槍でイマーラを突こうとしたが、イマーラは取っ手を掴んで槍を奪い、刃のない側で打ち据えて持ち主の頭蓋を割った。そしてそれを振り回して二人目の内臓を貫いた。肘打ちで三人目の首を捉え、四人目の鎧を魔法で植物の檻に変えた。しかし、イマーラは押されていた。
イマーラが倒れた兵士を踏み越えて何とか包囲を突破すると、そこにはカロミアがいた。精鋭の兵士がイマーラを待ち伏せていたかのように控えている。
「カロミア・・・なんて事をしているの・・・?」
カロミアの声は抑揚が無く、氷のように冷たかった。
「この反逆者を議事会に連れ戻せ。」
兵士がイマーラの腕を抑えて連れ出そうとした。
「私が何をしたと言うの!あなたが戦争を煽る間に、それを止めようとしたのは誰?今日だけで何百人があなたのせいで死んだのよ!」
カロミアは何も言わなかった。彼は変わってしまい、正気を失っていた。カロミアはイマーラと共に平和を守りセレズニアの調和を求めていた、だからこそ愛していた。しかし今、彼女が愛した男は無意味な戦争を求め、家族同然の存在であったセレズニアが、イマーラを裏切り者と呼び拘束する。苦い孤独感がイマーラを苛んでいた。
イマーラは背後で起こっている戦闘の中で、別の知人の顔を見た。
「貴方が必要です。」
イマーラは囁いた。ローブの裾の中で、木彫りのブローチが暖かく光った。その燃えるような光がしばらくして消えると、それは粉々に崩れて灰になった。
◆
ジェイスはラクドスの暴漢に取り押さえられ、腕を縛られていた。ラクドス信者の精神を魔法で斬り裂こうとしたが、彼らは既に正気を失った狂人だった。そもそも攻撃するための相手の意識がほとんど無いのだ。
「さァ~~て。ゲームを始めるかねェ~~~!アンタは思いっきり叫ぶ。アタシは叫び声がもっと大きくなるか、試してやるよォ!!」
剣の先端で、イクサヴァはジェイスの服を切り裂いて胸をあらわにした。イクサヴァは笑い、ジェイスの皮膚に剣先を当てた。
ジェイスはイマーラの言葉を聞いた。彼女が木彫りの葉を使ったのだ。危険がイマーラに迫っている。ジェイスは逃げようともがいたが、ラクドスのごろつきがそれを抑えた。
「どこへ行こうと言うんだぃ、“ベリムだ”君~?ゲームは始まったばかりじゃないかァ!」
ジェイスはイマーラの意識を探そうと戦場の中を探った。辛うじて、ある思考が、苦い願望をこめられた一言が輝いていた、ジェイスはそれを辿り、イマーラの意識へ繋がった。
(僕はここだ)
(ああ、ジェイス・・・)
(今君のところにはいけない。だけど聞いてくれ。君と一緒にいるから。君を置いていったりしないから。)
(置いていかないで。)
(僕は行かないよ。)
「準備はいいかァ~~い?お前の番だよォ~!」
イクサヴァがジェイスの胸に半インチほど剣を突き刺し、ジェイスは叫び声を上げた。
(ジェイス?)
(大丈夫だ。心配しないで。僕は君と一緒だ。心配するな。)
突如、周りが急に叫び声を上げるのに気付いてイクサヴァは剣を引いた。
「ドラゴンだ!」
その場にいた全員が、空を見上げた。
◆
最初は、ニヴ・ミゼット自身が上空から舞い降りているように見えた。しかし、それが降りてきて皆が目を向けると、本物ではなく光で作られた映像だと分かった。
ジェイスは、イゼットの魔道士が近くの屋根から真鍮とクリスタルのレンズをニヴ・ミゼットの方に向けているのを見た。
「我がギルドマスターより、ラヴニカの全てのギルドにメッセージがある!」
屋根の魔道士がレンズを持ったまま呼びかけた
「私と他の者は、それを全域に伝えている。よく聞け!」
ニヴ・ミゼットの映像が頭を動かして戦場を見回すと、戦っていたセレズニア、ラクドス、他のギルドの兵達が動きを止めた。
『『ラヴニカの市民達よ。』』
ニヴ・ミゼットの映像が語りだした。
『『我々は招待しよう。これから話す内容をどうか考えて欲しい。』』
ラクドスの一部が暴れて戦いを再開したが、屋根の上のイゼット魔道士が青い稲妻をぶつけて一人を倒すと、他のラクドスも動きを止めた。
『『我々の巨大な都市には、大いなる秘密が隠されている。我がイゼットの魔道士たちは、ラヴニカの都市に広がる“迷路”を発見した。この“暗黙の迷路”は街のあらゆる道やトンネルを通り抜けるように建造され、その道筋は明らかになっていない。』』
ジェイスは耳を疑った。今までジェイスやイゼット団が調べてきた謎、ジェイスが取り戻したばかりの記憶をニヴ・ミゼットがラヴニカ中に公表している。しかし、ニヴ・ミゼットは慎重に言葉を選び、具体的なルート等の細かい内容は隠していた。なぜミゼットが長年研究してきたプロジェクトに他のギルドを招待するのか、ジェイスは理解できなかった。
『『だが、この迷路の終わりには強大な力が眠っていることが分かった。そして迷路が解かれるには、全てのギルドが同時に参加しなければならない。』』
ざわざわした声が広がった。ニヴ・ミゼットの映像が翼を広げると、再び注目が戻った。
『『それぞれのギルドは迷路を走るチャンピオン(代表者)を選ぶのだ。決められた時間に、我々の代表者はギルド渡りの遊歩道で落ち合い、迷路を駆ける競走を始める。誰が勝者となり“力”を手にし、誰が迷路に潜む危険に倒れるのか、その時に分かるだろう。それまでは、各々備えるがいい。』』
ドラゴンの映像が翼を広げて飛び立った。空気を巻き上げず羽ばたく音だけがすると、映像は消えて無になった。
ジェイスは、稲妻を放った魔道士が立ち去る前にこちらを見ていたのに気付いた。
◆
ドラゴンの演説が終わると、イクサヴァがジェイスに向き直った。
「今のはなかなか面白そうだったねェ~。」
何者かが背後からイクサヴァの頭を殴り、イクサヴァは気を失った。それは、カロミア警備隊長だった。
「やあ、ベレレン。」
真夜中のような青に包まれた魔道士がどこからとも無くラクドスの暴漢達の背後に現れ、ダガーで次々と首を突き刺して殺していった。そしてラクドスの代わりにジェイスを取り押さえ、目隠しをした。
「カロミア、待て、」
「二人で話せるところに行こうじゃないか。」
カロミアがジェイスの耳元で囁いた。
ジェイスは背中を押され、歩いた。カロミアたちに連れられて、ジェイスはいつの間にか階段を下り、地底街を歩かされていた。
7章 UNMASKING (現れた正体)
ジェイスは地下深くに連れて行かれ、木製の腰掛けに座らされた。目隠しが外されると、霧深い地底街の部屋に、セレズニア兵の明るい緑と白の衣装を着るカロミアが立っていた。
カロミアの後ろには暗殺者でもある魔道士が控えている。ジェイスが動けばすぐに呪文を撃って来るのは疑いようも無い。ジェイスはカロミアの方を見た。
「お前は何者だ。」
「正式に出会うときが来たな。」
エルフが言った。
「私はラザーヴ。」
カロミアの姿が蝋燭のように溶けて別の姿になった。フードを深く被って顔は下半分しか見えないが、皺だらけの男性だった。
「あのドラゴンの発表は残念だ。競争に付き合わなければならなくなった。しかし、それに我々も適応せねばなるまい。しかし、イゼットが迷路の存在を全てのギルドに公開したのは、彼らだけでは迷路を解くことが出来ていないという事だろう。」
ジェイスはそれまでの記憶を整理していた。
「お前はディミーアだったのか。姿を変える事が出来て、しかも僕の侵入を防ぐだけの精神魔法を使えるということだ。」
「その通りだ。」
「あの吸血鬼もお前が送り込んだのか。」
「そして彼を長い間閉じ込めなければならなくなった。私が必要なものをお前から引き出すことに失敗したからだ。しかし、お前はよくやってくれた。亡くした物を取り戻したのだろう?」
「お前が、カロミアか。」
「正確に言えば、カロミアは数ヶ月前に死んだ。彼はセレズニアの良き兵士であり、アドバイザーだった。私は彼の代わりになったのだよ。」
ラザーヴは役者のようにお辞儀をした。
「上手い芝居ではなかったと思うがね。だが議事会は、中でも愛しのイマーラは私の演技を受け入れたようだ。」
「お前がトロスターニをそそのかした。お前が、議事会をラクドスとの戦争に向かわせたんだな・・・“お前が”仕組んだ誘拐の報復に。」
ラザーヴが肩をすくめて答える。
「よく気付いたが、それはほんの一部に過ぎない。オルゾフにおいては大特使と繋がる司教、ゴルガリにおいてはジャラドの幹部に連なる参謀だ。ボロスでは、有益な情報をもたらすグリフィン乗りの斥候として知られている。」
「お前はギルドに間違った情報をばら撒いているのか。」
「ラヴニカの都市は情報で動いている。秘密こそが世界を支える生命線なのだ。私は必要な者にサービスを与えているのだよ。」
「嘘をついているだろう。」
「お前がそう思うと気持ちが良いのは分かる。だが、私は責められるべきではない。私は情報を取捨選択して与えるが人々は聞きたい事を聞くものだ。私の言葉が誰かの心に残るのであれば、その心こそが嘘なのだ。」
ラザーヴは両腕を広げてみせた。
「もう分かった・・・全ては“迷路”のため。セレズニアに潜り込み、ラクドスを動かして戦争を煽ったのも、全部お前が迷路の奥にある物を奪うための計画だったのか。」
ラザーヴが笑い、黄色い歯が光った。
「“迷路”は私の最終目標のための手段だ。ギルドには良い陽動になる。その間にやつらの死角でこの社会の基盤を削り落とす。全てが1つになったとき、何も残らない。ギルドパクトも、平和も、法も。ギルドもだ!全ての命と思考を我が物とするために、競争など要らぬ。単純なことだ。私の支配下にない全ての存在を滅するのだ。理解できるか?精神魔道士よ。」
「お前を殺してやる。」
ジェイスが言った。
「ならば、理解できているな。では、お前の知る迷路の秘密を話すときだ。」
「お前には何も教えない。」
「そうか、お前に選択肢はあまりないと思うがな。我々のすぐ下に、解放を待っている者がいる。」
ジェイスは足元を見たが、硬い石の床しか無い。
ラザーヴの姿が再びカロミアに戻った。
「協力しなければ、さらに圧力を加える。共通の知人と話すべきかな。」
「イマーラを巻き込むな!」
カロミアの姿になったラザーヴは、ディミーアの魔道士に合図をした。するとジェイスはうつ伏せの形で床に押し付けられた。背中を押されると、ジェイスは石の床をすり抜けて、地面の中を幽霊のように落ちていった。そして硬く冷たい床に倒れた。何もかもが暗く静かだった。
(ジェイス・・・)
イマーラの声がジェイスの意識の中に聞こえた。
(僕はいるよ。)
(来て欲しいの。議事会が私を幽閉したの。来て。)
(ごめん。今すぐ行く事は出来ない。僕の声を聞いていて欲しい、信じてくれる?)
(はい。)
(残念だけど、カロミアは・・・本物のカロミアは・・・もういない。)
(え?)
(僕達が見た男は偽者だった。シェイプシフターがセレズニアに侵入していたんだ。カロミアは死んでいた。)
沈黙が続いた。イマーラの意識から言葉が聞こえてこない。
(もし、カロミアの姿をしている者がいたら、離れてくれ。逃げられなければ、安全でいられるように出来る事をして欲しい。すぐに僕も行くよ。)
再び、沈黙。ジェイスは、イマーラの意識が揺れているように感じた。大きな地震を小さな振動に抑えているような・・・。
(本当なの?)
(本当なんだ、イマーラ・・・。)
(ジェイス?)
(はい?)
(この繋がりを切らないで。)
(大丈夫だよ)
(離れないで。)
(そんな事、しないよ。)
ジェイスは壁や天井を調べたが、ただの硬い壁だった。
「誰かいるか?」
ジェイスは小さく呟いた。
「彼が我々の小さな牢屋にあなたを連れ込んだのは幸いですよ。」
男の声が聞こえた。
「ミルコと私はあなたが来てくれてうれしい・・・」
ジェイスはマナを出し、青い光で周囲を照らした。ジェイスは小さな部屋に閉じ込められていた。青い光が二人の姿を映した。一人はあの吸血鬼、ミルコ・ヴォスクで牙を剥いていた。そして、ヴィダルケンの男・・・
「カヴィン!」
カヴィンも大きな牙が剥き出しになっていた。この姿は見たことが無い。
「彼には苦痛を受けた借りがあります。分け合いましょう。」
カヴィンが言った。
「こいつの頭蓋骨の中味は俺が頂く。」
ミルコが敵意に満ちた声で答えた。
「後はお前の好きにしていい。」
二人の吸血鬼がジェイスに迫り、ジェイスは壁に追い詰められる。
(イマーラ・・・)
(何が起こっているの?)
(君を置いていかなければならなくなった。)
(“ドラゴンの迷路”に続く)
管理人の英語力維持と趣味を兼ねた、ストーリー攻略記事です。
まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/
『ギルド門侵犯』前編↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307150012212277/
◆注意◆
ここの翻訳は訳者の独断と偏見で色々はしょった抄訳となっています。
一字一句訳してはいないので、ざっくりあらすじを読むような内容と思ってください。
それでも、会話パート、戦闘パート、重要な情報はできるだけ重点的に訳出するつもりです。
(あらすじ)
イマーラに迫る危険と「暗黙の迷路」の謎を解き明かすため、自ら捨てた記憶の手掛かりを探すジェイス。以前グルールから雇ったルーリク・サーと拳で合ったジェイスは、その双頭のオーガの記憶から手掛かりを探っていた。
その頃、セレズニアではイマーラを誘拐した報復を求める機運が高まっていた。必死で止めるイマーラだが、ギルドマスターのトロスターニ、旧友のカロミア警備隊長は耳を貸さない。最悪の事態、ラヴニカでかつてないギルド同士の戦争が起ころうとしていた。
5章 ARMIES IN THE STREETS (市中の軍団)
ジェイスは轟く雷のような声を聞いた。
「ベェ~リムゥゥ~、ベェ~リムゥゥ~、」
何人もの行進する足音とともに、どこかで聞いたことがある雰囲気の歌声が聞こえてきた。
「誰か来ているな。」
サーが言った。
「たくさんの、誰かだ。」
ジェイスが答える。
「戦歌だ。グルールじゃない。」
ルーリクがそれに気付いとき、ジェイスはルーリクの精神の中から断片的な記憶、初めはルーリク自身が物事を考えるために目立たなかった箇所に目的の記憶を見つけた。
ジェイスの研究所を破壊し尽くして火を付ける記憶。その時に暗号の翻訳表、ノートの紙を一瞬眺めた記憶。その間、ジェイスは自分の記憶を消去していた。
「ベェ~リムゥゥ~、ベェ~リムゥゥ~!」
妙な歌声がさらに迫ってきた。
「終わったか?」
近づいてくる何者かを迎え撃とうと、ルーリク・サーが立ち上がった。
「待ってくれ、もう少しだ!」
ジェイスは慌ててサーの記憶に移り、再び念入りに調べた。さらに多くの記憶が出てきた。カヴィンと調べつくした暗号。アゾリウスの書体。古えのギルド門を通る道。そしてジェイスがルーリク・サーを雇ったときの記憶。ジェイス自身が語った言葉から、研究の重要性、何としても抹消しなければならない秘密である事が分かった。推察でつなぎ合わせた二つの頭の記憶は断片的で多くは無いが、充分だった。
「ラクドスだ!」
ジェイスは振り返った。槍や剣を掲げるラクドスの暴動、それを率いるのはあの血魔女・イクサヴァ。そして気付いた。ラクドスは、自分の偽名を歌っている。ジェイスを狙ってここまで来たのだ。
「行け。俺達が止めてやる。」
サーが言った。
「足をいくつか折ってな。」
ルーリクが続く。
「すぐに踏み潰されるぞ。」
「さっさと行け。俺達もラクドスに教えなきゃならん事がある。」
「君達を置いていく分けには・・・」
ジェイスは言いかけたが、サーが胸倉を掴んだ。
「俺達の頭から何も教わらなかったか?言っただろう?さあ、終わりだ。」
ルーリクは、ただ笑っていた。その牙が光っている。
オーガはジェイスを離して構えた。グルールの一団がそれを囲み、咆哮してラクドスと衝突する。兵力差は、何十倍もある。
ジェイスは口の血を拭い、マナを集めた。
◆
セレズニアの大軍団が寺院を後にして、市街地を埋め尽くしていた。その中にイマーラはいた。大理石と樹木、蔦で体を形成した巨大なエレメンタルの肩に座り、頭に片手を添えていた。その前には、イマーラが召喚したさらに2体のエレメンタルが歩いている。
地上ではカロミア警備隊長がサイに跨り、軍団をラクドスへと導いている。
トロスターニも一緒だった。イマーラが召喚したエレメンタルの1つから体が生えたように現れ、セレズニア軍を見下ろしている。セレズニアの指導者が戦争に赴くなど、イマーラは見たことは無い・・・そして、この紛争の中心は他ならぬ自分なのだ。
イマーラは、ギルド全体が間違った方向に暴走していると感じた。
セレズニア軍は運河を渡る橋の入口に接近した。ラクドスの領域までの最短の道ではないが、ここを渡れば他のギルドとぶつかる心配が無い。
だが、カロミアは別の方向へ軍を向けた。大きな広場、その門には太陽の光と硬く握った拳・・・ボロスのシンボルである。
「カロミア!橋を渡りましょう!」
「橋じゃない!ここを真っすぐ通ってラクドスの心臓部に行くぞ!」
カロミアが叫んだ。イマーラよりも兵士達に呼びかけているようだった。
「カロミア、駄目!」
しかし、セレズニア軍はカロミアに従ってボロスの領域に入った。すると、トランペットが鳴り響き、ボロス軍の兵士が矛や剣を取って整列、その後ろには弓を構える兵士や紅蓮術士がいた。
「戻りなさい!ボロスまで巻き込んではいけません!」
イマーラが叫ぶと、カロミアが振り返った。勘違いだろうか、カロミアが微かにニヤリと笑っていたような気がした。
「トロスターニ様!戻りましょう!」
しかし、3人のドライアドは、全ての兵士が見えるようにボロス軍を指差していた。
「これが我々の宿命です。調和への道はけっして平坦ではないのです。カロミア!我々を導きなさい!」
セレズニアの軍団がボロスと衝突し、両方で血や肉が飛び交った。
イマーラは、自分のエレメンタルだけでも戦いを止めさせようとした。エレメンタルが止まり、戦場から離れようと向きを変えたが、その途中で止まった。イマーラが再び命令を送る。
だが、エレメンタルはイマーラの命令に反してボロスの方へと戻った。
「駄目・・・やめて!」
イマーラが叫んでいた。エレメンタルが、イマーラの制御から離れている。
イマーラはトロスターニの方を見た。3人のドライアドは複雑な呪文を紡いでいた。その一部は、セレズニア軍に継続した生命力を与える防御の呪文。そして、もっと見慣れたもの・・・イマーラに教えたエレメンタルの召喚呪文だった。
トロスターニがイマーラの命令を乗っ取り、エレメンタルを戦場に戻していたのだ。トロスターニの力はイマーラよりはるかに強力で、もはや止める事が出来なかった。
セレズニア軍はトロスターニが乗っ取ったエレメンタルの力でボロスの守りを突破し、煙が立ち登る工業地帯・・・ラクドスの区域に侵入。
「セレズニアの兵士達よ、進みなさい!あれが、我々の目標です!」
その先には、悪魔的なラクドスのシンボルと“荒ぶる群集”という名前が飾られた建物。セレズニアの軍勢が近づくと、中からラクドスの戦士が次々と溢れ出て来た。
イマーラは、拳を握り締めていた。
◆
ルーリク・サーとグルールの巨漢たちは既にラクドスと戦っていた。ラクドスの兵士達を次々と薙ぎ払うが、数で上回るラクドスが延々と押し寄せ、グルールを囲む。
ジェイスは既に幻影術を知られているため、もはや中途半端な事ではラクドスを騙せない。だが、精神魔法でラクドスの大軍を倒すような手段は無い。大規模な魔法が必要だ。
「あれを見ろォ!」
狂った女の声がした。ラクドスの部下が背負う櫓の上にイクサヴァがいる。
「“ベリムだ”がいるぞォ~~!!」
ジェイスは呪文をはじめた。ジェイスの周りで漆黒の煙が渦巻き、ジェイスの目が黒に染まった。地面が割れて硫黄の煙が溢れる。
「古の帝王よ!貴方を召喚する!」
ジェイスが叫んだ。そして両手から黒曜石のような黒い炎が噴き出した。
その場にいた全員が驚く。建物ほどの大きさの巨大な悪魔の姿をした怪物が現れたのだ。手には三叉の槍を持ち、巨大な角が生えており、炎の息を吹いた。
「ラクドス卿よ、お導きを!あなたの仰せのままに!」
ジェイスが叫んだ。召喚されたデーモンがラクドスの群れを掻き分け、ラクドスが来た方向・・・ラクドスの領域へと戻るように動いた。ラクドスのカルト信者たちがデーモンに続いていく。
「馬鹿共、あれはラクドス様じゃないよ!」
イクサヴァが叫ぶが、ラクドスの信者達は止まらない。イクサヴァはジェイスを見た。
ジェイスはラクドスに直接会った事も無いし、正確な姿を知らない。だが、それは大半の信者たちも同じだろうと賭けた。ジェイスにはデーモンを呼び出すような力は無い。信者たちを煽動する巨大なデーモンは、ジェイスが作り出した幻だ。
盲目的にデーモンに従おうとする部下を止められないイクサヴァは、ジェイスを呪文で攻撃した。しかしそれを予想していたジェイスは呪文を打ち消した。
ジェイスは狂った暗黒の魔道士を装い、自分が作り出したデーモンの幻を追いかけた。兵士達が引っ込めば、1対1に持ち込んでイクサヴァを倒せる可能性がある。
ルーリク・サーと他のグルール戦士は、わけが分からずジェイスが走り去るのを見ているしかなかった。
6章 ROUGH CROWDS(荒ぶる集団)
ジェイスは幻影のデーモンを操り、ラクドスのカルト信者を誘導して送り返そうとした。そして驚愕し、息を呑んだ。
セレズニアの大軍団がラクドスを襲撃していた。ラクドスのクラブ“荒ぶる群集”は崩壊して廃墟になっていた。インプが飛び出して味方のラクドスを巻き込みつつセレズニアを爆撃する。さらにボロスの部隊もセレズニアの側面から攻撃していた。戦天使が命令を飛ばしながら焼け付く光を放っている。
混乱の中、ジェイスとイマーラの目が合った。
イクサヴァが率いていたラクドスの軍勢が、セレズニアに襲撃された信者達に加わりセレズニアの軍勢に迫った。
皮膚が無く体内で炎が燃え盛るヘルハウンド(訳注:犬型のエレメンタル)の群れが解き放たれ、セレズニアのギルド魔道士を襲う。ジェイスは、イマーラがエレメンタルを制御できず苦しんでいるのを見た。
イマーラが動かしたのか分からないが、ようやくイマーラが乗るエレメンタルがヘルハウンドの群れを握りつぶした。
棘の付いたフックがエレメンタルに投げ込まれ、それをラクドスのオーガやゴブリンが紐で引っ張る。エレメンタルの体が揺らぎ、さらにフックが胸や腕に掛けられる。
「イマーラ!」
ジェイスが叫び、イマーラの方へ走った。エレメンタルがついに倒され、ラクドスの兵が狂った木こりのようにバラバラにしていく。
だが、ジェイスはイマーラの元にたどり着けなかった。そこには二本の剣を持ち、ラクドスの巨漢を率いる血魔女、イクサヴァがいた。
「さァ、遊ぼうじゃないか、ベリム。」
◆
エレメンタルから滑り降りたイマーラは、ラクドスに囲まれていた。エレメンタルを復活させようとしたが、念入りに解体されて植物と石のかけらになっていた。
ラクドスの戦士がイマーラに迫る。仮面をつけた一人が槍でイマーラを突こうとしたが、イマーラは取っ手を掴んで槍を奪い、刃のない側で打ち据えて持ち主の頭蓋を割った。そしてそれを振り回して二人目の内臓を貫いた。肘打ちで三人目の首を捉え、四人目の鎧を魔法で植物の檻に変えた。しかし、イマーラは押されていた。
イマーラが倒れた兵士を踏み越えて何とか包囲を突破すると、そこにはカロミアがいた。精鋭の兵士がイマーラを待ち伏せていたかのように控えている。
「カロミア・・・なんて事をしているの・・・?」
カロミアの声は抑揚が無く、氷のように冷たかった。
「この反逆者を議事会に連れ戻せ。」
兵士がイマーラの腕を抑えて連れ出そうとした。
「私が何をしたと言うの!あなたが戦争を煽る間に、それを止めようとしたのは誰?今日だけで何百人があなたのせいで死んだのよ!」
カロミアは何も言わなかった。彼は変わってしまい、正気を失っていた。カロミアはイマーラと共に平和を守りセレズニアの調和を求めていた、だからこそ愛していた。しかし今、彼女が愛した男は無意味な戦争を求め、家族同然の存在であったセレズニアが、イマーラを裏切り者と呼び拘束する。苦い孤独感がイマーラを苛んでいた。
イマーラは背後で起こっている戦闘の中で、別の知人の顔を見た。
「貴方が必要です。」
イマーラは囁いた。ローブの裾の中で、木彫りのブローチが暖かく光った。その燃えるような光がしばらくして消えると、それは粉々に崩れて灰になった。
◆
ジェイスはラクドスの暴漢に取り押さえられ、腕を縛られていた。ラクドス信者の精神を魔法で斬り裂こうとしたが、彼らは既に正気を失った狂人だった。そもそも攻撃するための相手の意識がほとんど無いのだ。
「さァ~~て。ゲームを始めるかねェ~~~!アンタは思いっきり叫ぶ。アタシは叫び声がもっと大きくなるか、試してやるよォ!!」
剣の先端で、イクサヴァはジェイスの服を切り裂いて胸をあらわにした。イクサヴァは笑い、ジェイスの皮膚に剣先を当てた。
ジェイスはイマーラの言葉を聞いた。彼女が木彫りの葉を使ったのだ。危険がイマーラに迫っている。ジェイスは逃げようともがいたが、ラクドスのごろつきがそれを抑えた。
「どこへ行こうと言うんだぃ、“ベリムだ”君~?ゲームは始まったばかりじゃないかァ!」
ジェイスはイマーラの意識を探そうと戦場の中を探った。辛うじて、ある思考が、苦い願望をこめられた一言が輝いていた、ジェイスはそれを辿り、イマーラの意識へ繋がった。
(僕はここだ)
(ああ、ジェイス・・・)
(今君のところにはいけない。だけど聞いてくれ。君と一緒にいるから。君を置いていったりしないから。)
(置いていかないで。)
(僕は行かないよ。)
「準備はいいかァ~~い?お前の番だよォ~!」
イクサヴァがジェイスの胸に半インチほど剣を突き刺し、ジェイスは叫び声を上げた。
(ジェイス?)
(大丈夫だ。心配しないで。僕は君と一緒だ。心配するな。)
突如、周りが急に叫び声を上げるのに気付いてイクサヴァは剣を引いた。
「ドラゴンだ!」
その場にいた全員が、空を見上げた。
◆
最初は、ニヴ・ミゼット自身が上空から舞い降りているように見えた。しかし、それが降りてきて皆が目を向けると、本物ではなく光で作られた映像だと分かった。
ジェイスは、イゼットの魔道士が近くの屋根から真鍮とクリスタルのレンズをニヴ・ミゼットの方に向けているのを見た。
「我がギルドマスターより、ラヴニカの全てのギルドにメッセージがある!」
屋根の魔道士がレンズを持ったまま呼びかけた
「私と他の者は、それを全域に伝えている。よく聞け!」
ニヴ・ミゼットの映像が頭を動かして戦場を見回すと、戦っていたセレズニア、ラクドス、他のギルドの兵達が動きを止めた。
『『ラヴニカの市民達よ。』』
ニヴ・ミゼットの映像が語りだした。
『『我々は招待しよう。これから話す内容をどうか考えて欲しい。』』
ラクドスの一部が暴れて戦いを再開したが、屋根の上のイゼット魔道士が青い稲妻をぶつけて一人を倒すと、他のラクドスも動きを止めた。
『『我々の巨大な都市には、大いなる秘密が隠されている。我がイゼットの魔道士たちは、ラヴニカの都市に広がる“迷路”を発見した。この“暗黙の迷路”は街のあらゆる道やトンネルを通り抜けるように建造され、その道筋は明らかになっていない。』』
ジェイスは耳を疑った。今までジェイスやイゼット団が調べてきた謎、ジェイスが取り戻したばかりの記憶をニヴ・ミゼットがラヴニカ中に公表している。しかし、ニヴ・ミゼットは慎重に言葉を選び、具体的なルート等の細かい内容は隠していた。なぜミゼットが長年研究してきたプロジェクトに他のギルドを招待するのか、ジェイスは理解できなかった。
『『だが、この迷路の終わりには強大な力が眠っていることが分かった。そして迷路が解かれるには、全てのギルドが同時に参加しなければならない。』』
ざわざわした声が広がった。ニヴ・ミゼットの映像が翼を広げると、再び注目が戻った。
『『それぞれのギルドは迷路を走るチャンピオン(代表者)を選ぶのだ。決められた時間に、我々の代表者はギルド渡りの遊歩道で落ち合い、迷路を駆ける競走を始める。誰が勝者となり“力”を手にし、誰が迷路に潜む危険に倒れるのか、その時に分かるだろう。それまでは、各々備えるがいい。』』
ドラゴンの映像が翼を広げて飛び立った。空気を巻き上げず羽ばたく音だけがすると、映像は消えて無になった。
ジェイスは、稲妻を放った魔道士が立ち去る前にこちらを見ていたのに気付いた。
◆
ドラゴンの演説が終わると、イクサヴァがジェイスに向き直った。
「今のはなかなか面白そうだったねェ~。」
何者かが背後からイクサヴァの頭を殴り、イクサヴァは気を失った。それは、カロミア警備隊長だった。
「やあ、ベレレン。」
真夜中のような青に包まれた魔道士がどこからとも無くラクドスの暴漢達の背後に現れ、ダガーで次々と首を突き刺して殺していった。そしてラクドスの代わりにジェイスを取り押さえ、目隠しをした。
「カロミア、待て、」
「二人で話せるところに行こうじゃないか。」
カロミアがジェイスの耳元で囁いた。
ジェイスは背中を押され、歩いた。カロミアたちに連れられて、ジェイスはいつの間にか階段を下り、地底街を歩かされていた。
7章 UNMASKING (現れた正体)
ジェイスは地下深くに連れて行かれ、木製の腰掛けに座らされた。目隠しが外されると、霧深い地底街の部屋に、セレズニア兵の明るい緑と白の衣装を着るカロミアが立っていた。
カロミアの後ろには暗殺者でもある魔道士が控えている。ジェイスが動けばすぐに呪文を撃って来るのは疑いようも無い。ジェイスはカロミアの方を見た。
「お前は何者だ。」
「正式に出会うときが来たな。」
エルフが言った。
「私はラザーヴ。」
カロミアの姿が蝋燭のように溶けて別の姿になった。フードを深く被って顔は下半分しか見えないが、皺だらけの男性だった。
「あのドラゴンの発表は残念だ。競争に付き合わなければならなくなった。しかし、それに我々も適応せねばなるまい。しかし、イゼットが迷路の存在を全てのギルドに公開したのは、彼らだけでは迷路を解くことが出来ていないという事だろう。」
ジェイスはそれまでの記憶を整理していた。
「お前はディミーアだったのか。姿を変える事が出来て、しかも僕の侵入を防ぐだけの精神魔法を使えるということだ。」
「その通りだ。」
「あの吸血鬼もお前が送り込んだのか。」
「そして彼を長い間閉じ込めなければならなくなった。私が必要なものをお前から引き出すことに失敗したからだ。しかし、お前はよくやってくれた。亡くした物を取り戻したのだろう?」
「お前が、カロミアか。」
「正確に言えば、カロミアは数ヶ月前に死んだ。彼はセレズニアの良き兵士であり、アドバイザーだった。私は彼の代わりになったのだよ。」
ラザーヴは役者のようにお辞儀をした。
「上手い芝居ではなかったと思うがね。だが議事会は、中でも愛しのイマーラは私の演技を受け入れたようだ。」
「お前がトロスターニをそそのかした。お前が、議事会をラクドスとの戦争に向かわせたんだな・・・“お前が”仕組んだ誘拐の報復に。」
ラザーヴが肩をすくめて答える。
「よく気付いたが、それはほんの一部に過ぎない。オルゾフにおいては大特使と繋がる司教、ゴルガリにおいてはジャラドの幹部に連なる参謀だ。ボロスでは、有益な情報をもたらすグリフィン乗りの斥候として知られている。」
「お前はギルドに間違った情報をばら撒いているのか。」
「ラヴニカの都市は情報で動いている。秘密こそが世界を支える生命線なのだ。私は必要な者にサービスを与えているのだよ。」
「嘘をついているだろう。」
「お前がそう思うと気持ちが良いのは分かる。だが、私は責められるべきではない。私は情報を取捨選択して与えるが人々は聞きたい事を聞くものだ。私の言葉が誰かの心に残るのであれば、その心こそが嘘なのだ。」
ラザーヴは両腕を広げてみせた。
「もう分かった・・・全ては“迷路”のため。セレズニアに潜り込み、ラクドスを動かして戦争を煽ったのも、全部お前が迷路の奥にある物を奪うための計画だったのか。」
ラザーヴが笑い、黄色い歯が光った。
「“迷路”は私の最終目標のための手段だ。ギルドには良い陽動になる。その間にやつらの死角でこの社会の基盤を削り落とす。全てが1つになったとき、何も残らない。ギルドパクトも、平和も、法も。ギルドもだ!全ての命と思考を我が物とするために、競争など要らぬ。単純なことだ。私の支配下にない全ての存在を滅するのだ。理解できるか?精神魔道士よ。」
「お前を殺してやる。」
ジェイスが言った。
「ならば、理解できているな。では、お前の知る迷路の秘密を話すときだ。」
「お前には何も教えない。」
「そうか、お前に選択肢はあまりないと思うがな。我々のすぐ下に、解放を待っている者がいる。」
ジェイスは足元を見たが、硬い石の床しか無い。
ラザーヴの姿が再びカロミアに戻った。
「協力しなければ、さらに圧力を加える。共通の知人と話すべきかな。」
「イマーラを巻き込むな!」
カロミアの姿になったラザーヴは、ディミーアの魔道士に合図をした。するとジェイスはうつ伏せの形で床に押し付けられた。背中を押されると、ジェイスは石の床をすり抜けて、地面の中を幽霊のように落ちていった。そして硬く冷たい床に倒れた。何もかもが暗く静かだった。
(ジェイス・・・)
イマーラの声がジェイスの意識の中に聞こえた。
(僕はいるよ。)
(来て欲しいの。議事会が私を幽閉したの。来て。)
(ごめん。今すぐ行く事は出来ない。僕の声を聞いていて欲しい、信じてくれる?)
(はい。)
(残念だけど、カロミアは・・・本物のカロミアは・・・もういない。)
(え?)
(僕達が見た男は偽者だった。シェイプシフターがセレズニアに侵入していたんだ。カロミアは死んでいた。)
沈黙が続いた。イマーラの意識から言葉が聞こえてこない。
(もし、カロミアの姿をしている者がいたら、離れてくれ。逃げられなければ、安全でいられるように出来る事をして欲しい。すぐに僕も行くよ。)
再び、沈黙。ジェイスは、イマーラの意識が揺れているように感じた。大きな地震を小さな振動に抑えているような・・・。
(本当なの?)
(本当なんだ、イマーラ・・・。)
(ジェイス?)
(はい?)
(この繋がりを切らないで。)
(大丈夫だよ)
(離れないで。)
(そんな事、しないよ。)
ジェイスは壁や天井を調べたが、ただの硬い壁だった。
「誰かいるか?」
ジェイスは小さく呟いた。
「彼が我々の小さな牢屋にあなたを連れ込んだのは幸いですよ。」
男の声が聞こえた。
「ミルコと私はあなたが来てくれてうれしい・・・」
ジェイスはマナを出し、青い光で周囲を照らした。ジェイスは小さな部屋に閉じ込められていた。青い光が二人の姿を映した。一人はあの吸血鬼、ミルコ・ヴォスクで牙を剥いていた。そして、ヴィダルケンの男・・・
「カヴィン!」
カヴィンも大きな牙が剥き出しになっていた。この姿は見たことが無い。
「彼には苦痛を受けた借りがあります。分け合いましょう。」
カヴィンが言った。
「こいつの頭蓋骨の中味は俺が頂く。」
ミルコが敵意に満ちた声で答えた。
「後はお前の好きにしていい。」
二人の吸血鬼がジェイスに迫り、ジェイスは壁に追い詰められる。
(イマーラ・・・)
(何が起こっているの?)
(君を置いていかなければならなくなった。)
(“ドラゴンの迷路”に続く)
MTG背景小説「ラヴニカへの回帰」翻訳シリーズ。
いろいろ細かい掌編は出ているけどメインストーリーがどうなっているのか気になる!けど本一冊レベルの長さの英語とか読めるわけねーよ!
そんなヴォーソス(フレーバー勢)向けに作成しているストーリー攻略記事です。
まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/
『ギルド門侵犯』前編↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307150012212277/
◆注意◆
ここの翻訳は訳者の独断と偏見で色々はしょった抄訳となっています。
一字一句訳してはいないので、ざっくりあらすじを読むような内容と思ってください。
それでも、会話パート、戦闘パート、重要な情報はできるだけ重点的に訳出するつもりです。
(あらすじ)
記憶を失っていたジェイスはセレズニアの元にイマーラを帰還させた。そこでイマーラの旧友である警備隊長・カロミアと出会う。
仲睦まじい二人の様子、迷路の記憶を持たないジェイスに不信感を露わにするカロミアに、ジェイスは不穏な何かを感じる。しかもカロミアの精神は強固な魔法で完全に閉ざされ、ジェイスの能力でも読み取れなかった。
一方、ラル・ザレックはミゼットの命令でジェイスの行方を追う。そしてジェイスの研究所跡にたどり着き、灰の山から資料を復元して迷路の手がかりを掴んでいた。
3章 AID FROM AN ENEMY (敵からの援助)
ジェイスはセレズニアの庭から立ち去り、巨大都市の終わり無き喧騒の中へと飲み込まれていった。
ジェイスは次元規模の陰謀に関わるプレインズウォーカーだったが、今やこの次元の全てから解放されていた。ラヴニカの敵の記憶はジェイスの精神から消えた。自分の書斎は廃墟になった。相棒のカヴィンは逃げ出した。二度とジェイスの顔を見たいとも思わないだろう。イマーラはギルドに戻った・・・彼女にとって大切であろう人の腕の中に。もうこの次元はジェイスを必要としていない。いつでもラヴニカを去ることが出来た。
だが、本当にそうだろうか?ジェイスの記憶には穴がある。そしてイマーラに危険が迫っているという予感が残っていた。何かがおかしい。何かが頭の中で引っかかっていた。記憶を取り戻さなければ。
ボロスの警備兵が角を曲がってジェイスの方を向いた。ジェイスは反射的に身を隠す。
ジェイスが歩いている場所は、“ギルド渡りの遊歩道”と呼ばれている。ギルド固有の領地に囲まれた道だ。あらゆる種族やギルドの人が通り過ぎた。シミックの生術士がカニのような生物を持ち歩き、ゴルガリの行商人が地底街で見つけた物を売り歩き、オルゾフの貴族がスラルの召使いを引き連れている。
その中でジェイスは立ち止まり、あのイマーラとカヴィンがいなくなった夜、宿屋で起こった事の手がかりを知る人物がいないか、自分に問いかけた。
◆
剣を振り回しながら、イクサヴァは高らかに笑っていた。4人の巨漢に支えられた高台の上にイクサヴァは立ち、それを囲むようにラクドスの大軍団が通りを埋め尽くしていた。
イクサヴァには、あの精神魔道士をおびき寄せる考えがあった。奴は無辜の人々の命を心配するタイプだ。混乱を引き起こす、そうすれば奴の方から姿を現すだろう。
ラクドスの暴動はアゾリウスの駐屯所と検問所に迫った。数人の法魔道士がお得意の法律文句を延々と繰り返しながら道を塞いだが、ラクドスの暴徒は意に介さずアゾリウスのシンボルが飾られたアーチを叩き潰した。
ラクドスの暴徒は向きを変えて、馬車を壊し、店の窓を叩き割り、道を歩いていた人々を踏み超えていった。ラクドスの行進にあわせてイクサヴァは歌い始め、他の教徒もイクサヴァに合わせて歌った。
◆
ジェイスは、ラヴィニアのオフィスのドアに寄りかかっていた。フードを深く被り、顔は半分しか見えない。二人の間を隔てる机には、ラヴィニアが大書庫で深く調べていたと思われる古書、建築物の資料、古代の地図が積まれている。
「まさかあなたがここに来るとは。」
「僕がなぜここにいるのか、考えてもらいたいね。」
ジェイスとラヴィニアが向き合っていた。
「お茶はいかが?兵に持って来させましょう。」
「兵を呼んだら、僕は消える。二度と戻らない。そして君の事件は解決することは無い。」
ラヴィニアは椅子に座り、ため息をついた。
「私の“事件”はもうどこにもありません。あなたの捜査はボロスに引き継がれました。手当たり次第に火の玉をぶつけて突入する事を、適切な捜査と呼ぶギルドに。ですが、今は貴方がそれほどの重要人物かも定かではありません。」
「僕は確かに重要で危険な何かを握っていた・・・だが、それを失ってしまった。僕はそれを取り戻なければならない。」
「それで、貴方を捕まえようとした私に助けを求めるために、アゾリウスの本拠地に侵入して来たのですか?犯罪者にしてはずいぶんお粗末ね。」
「君は真実を求めている。僕ならその力になれる。」
「法より上にいると思っている人と協力は出来ません。」
「僕は正義から逃れるつもりはない。正義を求めているんだ。あのセレズニアの女性が誘拐された事件を解決したいだろう?僕はそれをどのギルドが企てたか知っている。」
「ラクドスでしょう。それは知っています。」
「もっと深く考えるんだ。ギルドの争いで利益を得るのはどこだ?セレズニアを刺激し、ラクドスに暴動を起こさせ、自分の計画に目が行き届かないようにしている連中だ。」
「イゼットですか?彼らが何かをしていることは知っています。」
「イゼットもまた、注意をそらしている存在だ。」
「ディミーア家?」
「イマーラが誘拐された後、ディミーアの工作員が僕を襲った。僕がもう持っていないものを探していた。」
ラヴィニアは考え込んで、何も言わなかった。
「君は僕が何を失ったのか聞くべきだ。僕の状況を説明できる。」
何かに気付いたラヴィニアから笑みがこぼれた。
「記憶を失ったのでしょう。」
「・・・どこでそれを知った?」
「ディミーアにそれを狙われているのは、あなたの身から出た錆です。そして、自分が何を忘れたのかも覚えていないそうですね。」
「そこまで調べ上げたのか?」
「いいえ・・・カヴィンが教えてくれました。」
「カヴィンが?いつだ?」
「彼はある物をくれました・・・貴方が記憶を破壊している間に、情報の一部を残すことが出来たのです。」
「見せてくれないか?」
「残念ですが、あなたの場合は証拠品ですので。」
「オフィサー・ラヴィニア、僕がこれを思い出さなければ、多くの人が死ぬ。イマーラ・タンドリスもだ。」
「あなたは容疑者なのですよ。イマーラ・タンドリスの誘拐も含めて。その言い分ではまるで貴方が彼女を脅かしているようです。」
「僕達は同じものを求めている。手を組むべきだ。」
「私は今まで、あなたのようなギルド嫌いの扇動者を何人も見てきました。あなたは人々を利用し、要らなくなれば切り捨てるのでしょう。あなたは第十地区とそこに住む全ての人々の脅威です。あなたがあの、頭が二つあるグルールの暴漢を送り込んだ。何人が傷つき、殺されたか分かっているのですか?」
「ルーリク・サーか?」
ジェイスは思い出した。宿屋にいたあの日に、そのオーガと精神で繋がっていた。僅かな可能性だが、ルーリク・サーならジェイスの失った記憶を何か覚えているかもしれない。
「彼とグルールのごろつきたちはあらゆるギルドの門を繰り返し襲って、そのたびに死体が増えていく・・・貴方が彼を雇ってからです。」
「そいつは今どこにいる?」
「見失いました。ですが、ギルド門を次々と荒らしています。」
ラヴィニアは後ろの棚から資料を探した。
「明日になれば、もう少し詳しいことが・・・」
振り替えると、ジェイスは姿を消していた。
◆
ラル・ザレックとスクリーグ、そしてイゼットのギルド魔道士たちは、ベレレンの廃墟で灰の中から復元したノートを頼りに第十地区を何日も駆け回っていた。
1つの正解が姿を現したわけではない。ベレレンの研究ではギルド門を繋ぐ道筋が12種類ほど、これまでのラル自身の調査と組み合わせることで3つまで絞ることが出来た。
ラル達は、アゾールの公開広場に到着した。アゾリウス評議会の創始者であるアゾールが、各ギルドが法の問題について話し合える中立の場として作ったと言われている、円形の広場だ。
ラルとスクリーグは乗り物を降りた。
「次はどこに行けばいい?」
スクリーグが、ガントレットのダイアルを回して調べ始めた。
そして、スクリーグの機械が爆発した。
「私の読みでは、ここで終わっています。」
「何・・・だと・・・?ここが?ここが迷路の終わりだって!?」
「はい。ここに強大なマナが仕掛けられています。マナの流れがこの広場で止まっているようです。」
ラルは何も感じなかった・・・期待していたような事は何も。
「なぜ、何の力も感じないんだ?偉大な知識が俺の前に現れない?俺がラヴニカの王になるはずじゃなかったのか!?」
「そうなのですか?」
スクリーグが聞いた。
「俺達はルートをたどった!」
「ルートの1つです。」
「違う。これが3つある可能性の最後の1つだった。どれか1つが正解のはずだ。俺達は迷路を解いたはずなんだ。」
「でしたら、僕達の実験はついに終わったんですね!」
「終わりじゃない。まだ、俺達が見つけた事の他に何かあるはずだ。」
「では、火想者様にこの結果を報告しましょうか?」
ラルはゴブリンの顔を見た。爆発で黒こげになっても、いつも通りの無邪気な明るい笑顔だ。そして広場を見渡した・・・苦々しさを噛み締めて。
◆
イマーラは、第十地区の自宅に久しぶりに帰った。トロスターニに重用されてギルドの仕事が増えてから、ほとんど家に帰っていなかったのだ。
彼女の家にはカロミアが率いるセレズニアの兵士がいて、厳重に警護していた。ドアを開けようとするが、勝手に鍵が掛けられていた。
カロミアがドアを開け、イマーラは中に入った。
「どういうことですか?あなたが言い出したことなの?」
中の木とハーブの香りは、カロミアのブーツや剣の臭いに変わっていった。屋根の上にも、セレズニア兵の足音が聞こえる。
「私の家に兵士がいるなんて。一体どうしたというの?他のギルドが誤解するわ。私はここに少ししか住んでいない。なのに、議事会の他の人から特別扱いされて・・・まるで囚人のように。」
カロミアは樫の木を魔法で成形したテーブルに寄りかかった。
「君の安全のためだよ。それに、強靭な兵士たちはいいメッセージになるよ。」
「あなた、いつからこうなの?こんなけんか腰なやり方、私は賛成できないわ。」
「イマーラ、君はさらわれたんだ。セレズニアの高官が、ラクドスに拉致された。何もしないわけにはいかない。」
「ラクドスには、デーモンへの忠誠以外には思想も何も無いのよ。ジェイスが要っていたように、裏でディミーアが関わっているわ。」
カロミアの見下すような笑いがイマーラに不快感を与えた。カロミアが悪い話を持ってくるときはいつもこのような顔になる。
カロミアがイマーラの手を取った。
「イマーラ、君は真に平和をもたらす力だ。だけど世界は変わっている。ギルド間の緊張がどんどん高まっているんだ。」
「だから他のギルドに手を差しのべるのでしょう。私たちは、他の皆の事を理解しなければいけないの。“あなた”がそういっていたのよ。」
カロミアは、イマーラの手を離した。
「それで、“彼”を探したのか?」
「ジェイス?そうよ。私の友人よ。」
「彼は怪しい。ギルドにも所属していない精神魔道士だ。危険じゃないのか?」
「ジェイスは特別な力があるわ。ギルドの壁の向こうを見る力が。ジェイスなら私たちを1つにできる。私たちは調和の思想を信じているからこのギルドに来たのでしょう?でも、今のあなたは私と違うものを信じているみたい。」
「君は彼が言った妄言を信じるのか?私がギルドを裏切ると言ったのを?・・・いいかい、トロスターニ様が待っている。1つだけ教えて欲しい。彼は今、ギルドの争いやイゼットの研究についてどれくらい知っている?」
イマーラはため息を吐いた。
「今は・・・彼は何もしらない。彼は本当に研究にのめり込んでいたけれど、ラクドスに襲われたあの日に、自分の記憶を魔法で消してしまったの・・・今は私たちを助ける事は出来ないと思う。」
カロミアは頷いた。
「ここにいて。休んだ方がいいよ。君はいろいろあったからね。」
カロミアはイマーラに近づき、唇を重ねた。
◆
ジェイスがルーリク・サーとグルールの集団を発見したとき、彼らはオルゾフのギルド門に攻め入ろうとしていた。これまでグルールの戦いに遭遇したことは無かった。それぞれが筋骨隆々とした巨漢だが、ルーリク・サーは中でも最も大きく、最も屈強である。
「やあ、ルーリク。」
ルーリク・サーとグルールの一団がジェイスの方を見た。
「こっちがルーリクだ。」
オーガの左側の頭が右側を指差して言った。
「俺は、サー。」
二つの頭がそれぞれ違う名前を持っているが、首から下はどう見ても1つの存在である。
「なら、両方に聞きたい。助けてくれないか。君たちに僕が依頼をした後、君たちは第十地区を決まったやり方で動いている。ルートをたどり、門に入っている。」
「どうやってそれを知った?」
ルーリクが聞いた。
「君たちは何かのパターンを追っているか?僕と会ったときに、何かを知らなかったか?僕は君の頭の中に忘れ物をしたかもしれない。それを返して欲しいんだ。」
「今は俺達のものだ。行け。俺達は、腐れ坊主どもを叩き潰さないといけない。」
「頼む。何でもするから。」
ジェイスが言うと、グルールの戦士達はお互いの顔を見た。ルーリク・サーも、それぞれの頭で向き合った。
「分かった。欲しいなら、手に入れてみろ。剣を取れ。」
「何?どういうことだ?武器は持っていない。」
「お前は挑戦者だ。先に一撃を振るう権利がある。オツィカ、こいつに剣を貸せ。」
「他にやり方は無いのか?」
「これがグルールのやり方だ。」
背の高い女性のトロールが、大きな幅広の剣をジェイスに渡した。ジェイスが受け取ると剣の重みで倒れそうになり、なんとか持ち上げた。
「振ってみろ。」
その剣はとてもジェイスが扱えるものではなかった。体全体で辛うじて剣を支え、重力にまかせて倒れこむようにしてなんとか剣を振り下ろした。
ルーリクが呆れて唾を吐いた。グルールの戦士たちは笑っていた。
「君たちの決闘に付き合っても、攻撃はしない。ほんの一時、君の頭を調べたら、僕は立ち去る。」
「・・・呪文を使うのか。」
サーがあごに左腕を当てた。
「そうだ。ただ、呪文を1つ唱えて、君たち二人の頭を調べさせてくれたら、あとは何もしない。」
「ならば、呪文で戦ってみろ。」
ルーリク・サーは剣を元の持ち主に返し、構えた。武器は持っていないが、片腕の肘から先が巨大な斧になっていた。
「先に一発だけ撃っていい。死の魔法、召喚、腐敗の呪文は駄目だ。炎や雷はいい。撃ってみろ。」
(なんて野蛮なんだ・・・。)ジェイスは考えた。攻撃すれば、戦いになるだろう。とても勝ち目の無い戦いに。
だが、もはや交渉の余地は無いようだ。記憶を取り戻すためには、このオーガの言う通りにするしかない。
「仕方ない、やってみるよ。」
ジェイスは持てる力を全て引き出し、自分の精神を弾丸のように作り変え、倒れることを祈ってルーリクとサーに同時に撃ち込んだ。
だが、ジェイスの魔法は跳ね返されて、ジェイス自身が自分の魔法の痛みで倒れこみ、頭の両側を抑えていた。周りのグルール達は、今までこんなものは見たことが無いと言わんばかりに大笑いしていた。
防御呪文を仕込んでいる形跡は無かった。オーガは反応する必要も無いようだ。ルーリク・サーの中にある体質か何かが、魔法を拒絶し、反射している。
「他にしてやれることは無いのか・・・?君たちが納得して、頭を調べさせてくれるようなものは?」
「選べ。戦うか、死ぬか。」
4章 CHANGE OF HEART (心変わり)
イマーラが恐れていたより、事態は悪化していた。カロミアがトロスターニに謁見し、全軍を挙げてラクドスに攻め入り自分達が屈しない事を示すべきだと進言していたのだ。
「我々セレズニア議事会が剣を振り、呪文を撃ちながら道を踏み荒らすなんて、こんなでたらめがあるのですか?我々が今まで平和のために努めてきた事を放棄して?」
トロスターニが自分の体を持ち上げ、三人のドライアドがイマーラを見下ろした。
「カロミアが皆を納得させたのです。破壊のための破壊を繰り返すギルドに平和は望めません。」
「それは間違っています。ギルドパクトがなくなる前までは、私達は何もしていません。ジェイスの力も試しては・・・」
「カロミア警備隊長が言うように、その精神魔道士のセレズニアに対する忠誠心が無い事は明らかです。分かりますね、イマーラ?」
「はい、ギルドマスター・・・」
「貴方の力が必要です。あなたのエレメンタルを呼ぶ力が。エレメンタルを呼び、カロミアに同行しなさい。」
「で、出来ません。大自然の使者を戦争の道具になんて・・・。」
「議事会の決定です。」
イマーラは反論しようとしたが、言葉が出ない。
「これはギルドの総意です。貴方個人の声が、全体を踏み潰すのですか?」
「いいえ、ギルドマスター・・・ですが。」
「では、進みなさい。カロミアが貴方の力を導くでしょう。」
イマーラは歯を食いしばってカロミアの方を向いた。
「行きましょう、ミス・タンドリス。」
カロミアが手を差し出した。
◆
最後に平和な日を過ごしたのはいつだろうか。ジェイスはため息をついた。自分の記憶を取り戻すために、呪文を使わずにあの巨大なオーガに勝たなければならない。ルーリク・サーの精神を攻撃すれば、それは自分に跳ね返る。
ルーリク・サーの巨体と筋肉に対し、ジェイスには知恵だけで対抗するしかない。
「仕方ない。戦うよ。」
自分の言っている事が信じられなかった。グルールの戦士達が喜び歓声を上げる。
ルーリク・サーが右腕に付いた斧を振り下ろした。ジェイスは顎で風圧を感じ取れるほどの紙一重でそれを回避する。しかし、すぐに左腕の拳が続き、ジェイスの顔面を捉えた。
骨は折れなかったが、ジェイスは吹き飛ばされて芝地の中を転がった。ジェイスはひざで立ち上がり、口から赤い何かを吐いた。こんな殴り合いは無謀だ。だが、冷静さだけは失わない。グルールの掟の中で勝たなければならない。
ルーリク・サーに対して魔法は使えないが、ジェイスは代わりに戦いを注視しているグルールの戦士達の心を読んだ。彼らを理解すれば、突破口が開けるかもしれない。
(分析なんか止めろ!)グルールの一人が考えた。
(考えるなんて止めちまえ!)別の戦士が叫ぶ。
(文明が間違った事を貴様に教えたんだ!全部捨ててしまえ!とにかく殴れ!)
グルールの戦士たちの思考がジェイスに押し寄せてきた。思考なのかも怪しい、非論理的で衝動的な衝動がジェイスの意識を踏み潰そうとした。
ジェイスはルーリク・サーに突進した。オーガの斧をかわし、腕の下に滑り込んで脇腹を殴りつけた。オーガはすぐ反応し、ジェイスに肘を叩き込んだ。
ジェイスは再び芝生に倒れた。
(自分を抑えるな!)(吼えろ!)
(考える間に、顔を叩き潰されるぞ!)(感じろ!己を解き放て!)
グルールの怒りの声がジェイスの中で響いた。グルールの全員が、考えるのを止めろ、怒りに身を委ねろと思考を叩き付けている。
だが、ジェイスには考えがあった。
グルールの戦士達から流れてくる思考は、単なる怒りの咆哮だけではなかった。一人ひとりが、自分がジェイスならどうルーリク・サーを攻撃するか、思い思いに想像していた。戦いのアイデアが弾幕のようにジェイスに流れ込む。パンチを、転がる動きを、投げを、ジェイスは頭の中に流れてくるそれらを利用し、戦い方を組み立てる。
ジェイスはルーリク・サーの脚にしがみつき、ひざの後ろの皮膚が薄いところに噛み付いて、引きちぎった。オーガが唸り声を上げ、ジェイスを蹴りはがした。
戦いを見守るグルールの戦士からさらにイメージが流れてくる。ジェイスはその一瞬の思考に身を委ねて動いた。ルーリク・サーが斧や拳でジェイスを攻撃すると、それを見ている戦士たちの反応をジェイスは感知し、避けることが出来る。ルーリク・サーはジェイスだけではなく、部下の戦士たち全員と戦っているのだ。
ルーリク・サーの突きが空を切ったとき、ジェイスの中にある突飛な考えが流れ込み、ジェイスはそれを実行した。
ジェイスはオーガの背中によじ登り、ルーリク・・・斧になった腕のある側の頭に服のフードを投げて被せた。そしてルーリクの頭に掴まり、グルールから流れる衝動の赴くままにサーの顎を殴りつけた。一回、二回、三回。
オーガは腕の斧をめちゃくちゃに振り回した。どうやら視界を奪われたルーリクの頭が動かしているらしい。サーの自由なほうの腕がジェイスの髪を掴んで引っ張ろうとした。だが、ジェイスは離れない。腫れ上がってきたサーの顔をひたすら殴り続けた。
斧がジェイスに向かってきた。ジェイスはそれを見ていないが、観戦している戦士の思考から危険を察知し、ルーリク・サーから飛び降りた。ジェイスは顔面から落下したが、体は繋がっている。
悲鳴のような声が聞こえ、ジェイスは振り返った。オーガ自身の腕の斧が、目隠しをされたルーリクが振り回す斧が、サーの頭に刺さっていたのだ。
サーが歯の間から荒い呼吸をし始めた。
「お前の勝ちだ。」
頭からジェイスの服を取ってルーリクが言った。
グルールの戦士たちから、大喝采が起こった。ルーリク・サーは斧を下ろして倒れこむと、部下の一人が現れ魔法で傷を癒し始めた。
「お前の中にも、グルールがある」
サーが言った。
「君達が考えているほどじゃないよ・・・守りを解いてくれるかな?僕が無くしたものを探せるように。」
「いいだろう。」
ジェイスはゆっくりと、まずサーの方に意識を潜らせた。魔法を跳ね返されるような反動は無かったので、奥深く掘り進んだ。
サーの記憶の中には、これまでの戦いの栄光の数々が並んでいた。熱情、暴力、敗者の顔で作られた景色。これは予想できた。
だが、何も見つからなかった。ジェイスが記憶を無くす前に調べていたことを、サーは覚えていない。全てが間違いだったのか?
ジェイスはルーリクの方に精神を移した。ルーリクの精神はやはり戦いの記憶だが、サーよりも荒々しく、言葉ではなく本能のままになっていた。そして、ルーリクもまた、ジェイスの研究は何も覚えていなかった・・・。
ここまでだった。ジェイスが自分の記憶を探す手がかりは、途絶えた。
◆
「理解できません。俺達は全てを調べてきました。あの男の調査が最後の手がかりでした。迷路の道を辿りました。しかし、何も無かったのです。ただの広場でした。」
イゼットの本拠地、ニヴィックスにラルが帰還したとき、ニヴ・ミゼットは新米のイゼット魔道士を、喰っていた。
「我輩たちは、力の存在を予測した。しかし何も無かった。何を意味するか、分かるか?」
ラルは、ミゼットが質問をされることを嫌うのを思い出した。しかし、理解できなかった。ラルは頭を垂れた。
「偉大なる火想者よ、あなたは一体何を予期されているのでしょう?」
「“暗黙の迷路”は試練だと我輩も考えている。だが、個人のための試練ではない。ただの精神を試すパズルではない。なぜか分かるか?」
「それは、迷路を歩くからです・・・ですが、俺はそれをやり遂げました。」
「だが、何も無かっただろう。深く考えるのだ。“暗黙の迷路”は何のためにある?」
「強力な力を守っています。」
「そうだ。」
「そして、俺達はその力が何か知らなければ。」
「いかにも。だが、問題はそれがどう守られているかだ。今ラヴニカから消えたものは何か?近年無くなったばかりで、ギルドを拘束し得なくなった物は?」
「・・・ギルドパクトですか?」
「そうだ!ギルドの調和が強制されていた。しかし、ギルドパクトが消え、ギルドは戦えるようになった。言論ではなく、力で。戦争でだ。迷路が今になって出てきたことと関係しているだろう?」
「確かに地区を駆け回るマナの力線は、つい最近まで表出していません。力線は全てのギルド門を繋いでいます。ですが、それがギルドパクトとどう関係があるというのです?」
ニヴ・ミゼットが煙を噴き出した。
「どうした、ザレック!重要なのは迷路の目的だ。発見の力を試す試練ではないだろう。我輩たちの発見を試してどうする?」
ラルは反論した。
「どういう意味ですか?発見こそ全てだ!」
「それはイゼットの考え方だ。迷路を作った存在のように考えるのだ。迷路は我々の知性を測るためのものではない。迷路を生み出した者の価値観は我輩たちとは異なる。迷路は他の何かを試すものだ。」
ラルの頭の中で思考が渦巻いた。点が繋がらなかった。
ニヴ・ミゼットが頭をラルに近づけた。
「時間切れだ、ザレック!お前にはあの、我輩の精神に接触した魔道士を探すように命じたはずだ。代わりに、お前は自分で迷路を走ったのか?」
「あ・・・あんな奴は、必要ありません。」
ラルは口ごもっていた。
「だが、お前の小さな頭ではこの意味も理解できていないだろう。どうやら我輩の腹の足しにするしか役に立たないようだ。」
ようやく、ラルの頭の中にひとつの直感が稲妻のように走った。
「俺達が今になって迷路を発見したのは、ギルドパクトに関連しているから。ギルドパクトが消えたときに備えていた。迷路は・・・ギルドパクトが消えると起動するように作られた装置。保険だった。」
ドラゴンが誇らしげに胸を張った。
「我輩の結論も、そうだ。」
「迷路は、ギルドパクトと同時期に作られたもの。パルンの時代まで遡ります。」
「アゾールだな。お前の見つけた暗号から察するに。アゾリウスの創設者だ。」
アゾリウスは、秩序と論理のギルドだ。法が秩序を生むと信じている。そして、アゾールの集会場で迷路が終わっていた。
「アゾリウスが作ったのなら、迷路は我々の知性を試すのではない・・・迷路を解くには、他の何かが、アゾールが価値を置く何かをしなければ・・・」
迷路を作ったのがアゾリウスの始祖であれば、平和的な協力を求めるだろう。
「では・・・迷路を解くには、他のギルドと手を組む必要があるのですか?」
ニヴ・ミゼットが笑みを浮かべた。
「そうではない。」
イゼットの伝令が、ミゼットの部屋に現れた。
「お取り込み中失礼致します!」
「何があった?」
「火想者様は、大規模なギルドの紛争があれば知らせるように仰っていました。」
「で?」
「これまで起こった中でも最大規模です!これから酷くなっていくでしょう。」
ニヴ・ミゼットは翼をたたんでラル・ザレックを見下ろした。
「行くぞ。皆に知らせなければならん。」
いろいろ細かい掌編は出ているけどメインストーリーがどうなっているのか気になる!けど本一冊レベルの長さの英語とか読めるわけねーよ!
そんなヴォーソス(フレーバー勢)向けに作成しているストーリー攻略記事です。
まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/
『ギルド門侵犯』前編↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307150012212277/
◆注意◆
ここの翻訳は訳者の独断と偏見で色々はしょった抄訳となっています。
一字一句訳してはいないので、ざっくりあらすじを読むような内容と思ってください。
それでも、会話パート、戦闘パート、重要な情報はできるだけ重点的に訳出するつもりです。
(あらすじ)
記憶を失っていたジェイスはセレズニアの元にイマーラを帰還させた。そこでイマーラの旧友である警備隊長・カロミアと出会う。
仲睦まじい二人の様子、迷路の記憶を持たないジェイスに不信感を露わにするカロミアに、ジェイスは不穏な何かを感じる。しかもカロミアの精神は強固な魔法で完全に閉ざされ、ジェイスの能力でも読み取れなかった。
一方、ラル・ザレックはミゼットの命令でジェイスの行方を追う。そしてジェイスの研究所跡にたどり着き、灰の山から資料を復元して迷路の手がかりを掴んでいた。
3章 AID FROM AN ENEMY (敵からの援助)
ジェイスはセレズニアの庭から立ち去り、巨大都市の終わり無き喧騒の中へと飲み込まれていった。
ジェイスは次元規模の陰謀に関わるプレインズウォーカーだったが、今やこの次元の全てから解放されていた。ラヴニカの敵の記憶はジェイスの精神から消えた。自分の書斎は廃墟になった。相棒のカヴィンは逃げ出した。二度とジェイスの顔を見たいとも思わないだろう。イマーラはギルドに戻った・・・彼女にとって大切であろう人の腕の中に。もうこの次元はジェイスを必要としていない。いつでもラヴニカを去ることが出来た。
だが、本当にそうだろうか?ジェイスの記憶には穴がある。そしてイマーラに危険が迫っているという予感が残っていた。何かがおかしい。何かが頭の中で引っかかっていた。記憶を取り戻さなければ。
ボロスの警備兵が角を曲がってジェイスの方を向いた。ジェイスは反射的に身を隠す。
ジェイスが歩いている場所は、“ギルド渡りの遊歩道”と呼ばれている。ギルド固有の領地に囲まれた道だ。あらゆる種族やギルドの人が通り過ぎた。シミックの生術士がカニのような生物を持ち歩き、ゴルガリの行商人が地底街で見つけた物を売り歩き、オルゾフの貴族がスラルの召使いを引き連れている。
その中でジェイスは立ち止まり、あのイマーラとカヴィンがいなくなった夜、宿屋で起こった事の手がかりを知る人物がいないか、自分に問いかけた。
◆
剣を振り回しながら、イクサヴァは高らかに笑っていた。4人の巨漢に支えられた高台の上にイクサヴァは立ち、それを囲むようにラクドスの大軍団が通りを埋め尽くしていた。
イクサヴァには、あの精神魔道士をおびき寄せる考えがあった。奴は無辜の人々の命を心配するタイプだ。混乱を引き起こす、そうすれば奴の方から姿を現すだろう。
ラクドスの暴動はアゾリウスの駐屯所と検問所に迫った。数人の法魔道士がお得意の法律文句を延々と繰り返しながら道を塞いだが、ラクドスの暴徒は意に介さずアゾリウスのシンボルが飾られたアーチを叩き潰した。
ラクドスの暴徒は向きを変えて、馬車を壊し、店の窓を叩き割り、道を歩いていた人々を踏み超えていった。ラクドスの行進にあわせてイクサヴァは歌い始め、他の教徒もイクサヴァに合わせて歌った。
◆
ジェイスは、ラヴィニアのオフィスのドアに寄りかかっていた。フードを深く被り、顔は半分しか見えない。二人の間を隔てる机には、ラヴィニアが大書庫で深く調べていたと思われる古書、建築物の資料、古代の地図が積まれている。
「まさかあなたがここに来るとは。」
「僕がなぜここにいるのか、考えてもらいたいね。」
ジェイスとラヴィニアが向き合っていた。
「お茶はいかが?兵に持って来させましょう。」
「兵を呼んだら、僕は消える。二度と戻らない。そして君の事件は解決することは無い。」
ラヴィニアは椅子に座り、ため息をついた。
「私の“事件”はもうどこにもありません。あなたの捜査はボロスに引き継がれました。手当たり次第に火の玉をぶつけて突入する事を、適切な捜査と呼ぶギルドに。ですが、今は貴方がそれほどの重要人物かも定かではありません。」
「僕は確かに重要で危険な何かを握っていた・・・だが、それを失ってしまった。僕はそれを取り戻なければならない。」
「それで、貴方を捕まえようとした私に助けを求めるために、アゾリウスの本拠地に侵入して来たのですか?犯罪者にしてはずいぶんお粗末ね。」
「君は真実を求めている。僕ならその力になれる。」
「法より上にいると思っている人と協力は出来ません。」
「僕は正義から逃れるつもりはない。正義を求めているんだ。あのセレズニアの女性が誘拐された事件を解決したいだろう?僕はそれをどのギルドが企てたか知っている。」
「ラクドスでしょう。それは知っています。」
「もっと深く考えるんだ。ギルドの争いで利益を得るのはどこだ?セレズニアを刺激し、ラクドスに暴動を起こさせ、自分の計画に目が行き届かないようにしている連中だ。」
「イゼットですか?彼らが何かをしていることは知っています。」
「イゼットもまた、注意をそらしている存在だ。」
「ディミーア家?」
「イマーラが誘拐された後、ディミーアの工作員が僕を襲った。僕がもう持っていないものを探していた。」
ラヴィニアは考え込んで、何も言わなかった。
「君は僕が何を失ったのか聞くべきだ。僕の状況を説明できる。」
何かに気付いたラヴィニアから笑みがこぼれた。
「記憶を失ったのでしょう。」
「・・・どこでそれを知った?」
「ディミーアにそれを狙われているのは、あなたの身から出た錆です。そして、自分が何を忘れたのかも覚えていないそうですね。」
「そこまで調べ上げたのか?」
「いいえ・・・カヴィンが教えてくれました。」
「カヴィンが?いつだ?」
「彼はある物をくれました・・・貴方が記憶を破壊している間に、情報の一部を残すことが出来たのです。」
「見せてくれないか?」
「残念ですが、あなたの場合は証拠品ですので。」
「オフィサー・ラヴィニア、僕がこれを思い出さなければ、多くの人が死ぬ。イマーラ・タンドリスもだ。」
「あなたは容疑者なのですよ。イマーラ・タンドリスの誘拐も含めて。その言い分ではまるで貴方が彼女を脅かしているようです。」
「僕達は同じものを求めている。手を組むべきだ。」
「私は今まで、あなたのようなギルド嫌いの扇動者を何人も見てきました。あなたは人々を利用し、要らなくなれば切り捨てるのでしょう。あなたは第十地区とそこに住む全ての人々の脅威です。あなたがあの、頭が二つあるグルールの暴漢を送り込んだ。何人が傷つき、殺されたか分かっているのですか?」
「ルーリク・サーか?」
ジェイスは思い出した。宿屋にいたあの日に、そのオーガと精神で繋がっていた。僅かな可能性だが、ルーリク・サーならジェイスの失った記憶を何か覚えているかもしれない。
「彼とグルールのごろつきたちはあらゆるギルドの門を繰り返し襲って、そのたびに死体が増えていく・・・貴方が彼を雇ってからです。」
「そいつは今どこにいる?」
「見失いました。ですが、ギルド門を次々と荒らしています。」
ラヴィニアは後ろの棚から資料を探した。
「明日になれば、もう少し詳しいことが・・・」
振り替えると、ジェイスは姿を消していた。
◆
ラル・ザレックとスクリーグ、そしてイゼットのギルド魔道士たちは、ベレレンの廃墟で灰の中から復元したノートを頼りに第十地区を何日も駆け回っていた。
1つの正解が姿を現したわけではない。ベレレンの研究ではギルド門を繋ぐ道筋が12種類ほど、これまでのラル自身の調査と組み合わせることで3つまで絞ることが出来た。
ラル達は、アゾールの公開広場に到着した。アゾリウス評議会の創始者であるアゾールが、各ギルドが法の問題について話し合える中立の場として作ったと言われている、円形の広場だ。
ラルとスクリーグは乗り物を降りた。
「次はどこに行けばいい?」
スクリーグが、ガントレットのダイアルを回して調べ始めた。
そして、スクリーグの機械が爆発した。
「私の読みでは、ここで終わっています。」
「何・・・だと・・・?ここが?ここが迷路の終わりだって!?」
「はい。ここに強大なマナが仕掛けられています。マナの流れがこの広場で止まっているようです。」
ラルは何も感じなかった・・・期待していたような事は何も。
「なぜ、何の力も感じないんだ?偉大な知識が俺の前に現れない?俺がラヴニカの王になるはずじゃなかったのか!?」
「そうなのですか?」
スクリーグが聞いた。
「俺達はルートをたどった!」
「ルートの1つです。」
「違う。これが3つある可能性の最後の1つだった。どれか1つが正解のはずだ。俺達は迷路を解いたはずなんだ。」
「でしたら、僕達の実験はついに終わったんですね!」
「終わりじゃない。まだ、俺達が見つけた事の他に何かあるはずだ。」
「では、火想者様にこの結果を報告しましょうか?」
ラルはゴブリンの顔を見た。爆発で黒こげになっても、いつも通りの無邪気な明るい笑顔だ。そして広場を見渡した・・・苦々しさを噛み締めて。
◆
イマーラは、第十地区の自宅に久しぶりに帰った。トロスターニに重用されてギルドの仕事が増えてから、ほとんど家に帰っていなかったのだ。
彼女の家にはカロミアが率いるセレズニアの兵士がいて、厳重に警護していた。ドアを開けようとするが、勝手に鍵が掛けられていた。
カロミアがドアを開け、イマーラは中に入った。
「どういうことですか?あなたが言い出したことなの?」
中の木とハーブの香りは、カロミアのブーツや剣の臭いに変わっていった。屋根の上にも、セレズニア兵の足音が聞こえる。
「私の家に兵士がいるなんて。一体どうしたというの?他のギルドが誤解するわ。私はここに少ししか住んでいない。なのに、議事会の他の人から特別扱いされて・・・まるで囚人のように。」
カロミアは樫の木を魔法で成形したテーブルに寄りかかった。
「君の安全のためだよ。それに、強靭な兵士たちはいいメッセージになるよ。」
「あなた、いつからこうなの?こんなけんか腰なやり方、私は賛成できないわ。」
「イマーラ、君はさらわれたんだ。セレズニアの高官が、ラクドスに拉致された。何もしないわけにはいかない。」
「ラクドスには、デーモンへの忠誠以外には思想も何も無いのよ。ジェイスが要っていたように、裏でディミーアが関わっているわ。」
カロミアの見下すような笑いがイマーラに不快感を与えた。カロミアが悪い話を持ってくるときはいつもこのような顔になる。
カロミアがイマーラの手を取った。
「イマーラ、君は真に平和をもたらす力だ。だけど世界は変わっている。ギルド間の緊張がどんどん高まっているんだ。」
「だから他のギルドに手を差しのべるのでしょう。私たちは、他の皆の事を理解しなければいけないの。“あなた”がそういっていたのよ。」
カロミアは、イマーラの手を離した。
「それで、“彼”を探したのか?」
「ジェイス?そうよ。私の友人よ。」
「彼は怪しい。ギルドにも所属していない精神魔道士だ。危険じゃないのか?」
「ジェイスは特別な力があるわ。ギルドの壁の向こうを見る力が。ジェイスなら私たちを1つにできる。私たちは調和の思想を信じているからこのギルドに来たのでしょう?でも、今のあなたは私と違うものを信じているみたい。」
「君は彼が言った妄言を信じるのか?私がギルドを裏切ると言ったのを?・・・いいかい、トロスターニ様が待っている。1つだけ教えて欲しい。彼は今、ギルドの争いやイゼットの研究についてどれくらい知っている?」
イマーラはため息を吐いた。
「今は・・・彼は何もしらない。彼は本当に研究にのめり込んでいたけれど、ラクドスに襲われたあの日に、自分の記憶を魔法で消してしまったの・・・今は私たちを助ける事は出来ないと思う。」
カロミアは頷いた。
「ここにいて。休んだ方がいいよ。君はいろいろあったからね。」
カロミアはイマーラに近づき、唇を重ねた。
◆
ジェイスがルーリク・サーとグルールの集団を発見したとき、彼らはオルゾフのギルド門に攻め入ろうとしていた。これまでグルールの戦いに遭遇したことは無かった。それぞれが筋骨隆々とした巨漢だが、ルーリク・サーは中でも最も大きく、最も屈強である。
「やあ、ルーリク。」
ルーリク・サーとグルールの一団がジェイスの方を見た。
「こっちがルーリクだ。」
オーガの左側の頭が右側を指差して言った。
「俺は、サー。」
二つの頭がそれぞれ違う名前を持っているが、首から下はどう見ても1つの存在である。
「なら、両方に聞きたい。助けてくれないか。君たちに僕が依頼をした後、君たちは第十地区を決まったやり方で動いている。ルートをたどり、門に入っている。」
「どうやってそれを知った?」
ルーリクが聞いた。
「君たちは何かのパターンを追っているか?僕と会ったときに、何かを知らなかったか?僕は君の頭の中に忘れ物をしたかもしれない。それを返して欲しいんだ。」
「今は俺達のものだ。行け。俺達は、腐れ坊主どもを叩き潰さないといけない。」
「頼む。何でもするから。」
ジェイスが言うと、グルールの戦士達はお互いの顔を見た。ルーリク・サーも、それぞれの頭で向き合った。
「分かった。欲しいなら、手に入れてみろ。剣を取れ。」
「何?どういうことだ?武器は持っていない。」
「お前は挑戦者だ。先に一撃を振るう権利がある。オツィカ、こいつに剣を貸せ。」
「他にやり方は無いのか?」
「これがグルールのやり方だ。」
背の高い女性のトロールが、大きな幅広の剣をジェイスに渡した。ジェイスが受け取ると剣の重みで倒れそうになり、なんとか持ち上げた。
「振ってみろ。」
その剣はとてもジェイスが扱えるものではなかった。体全体で辛うじて剣を支え、重力にまかせて倒れこむようにしてなんとか剣を振り下ろした。
ルーリクが呆れて唾を吐いた。グルールの戦士たちは笑っていた。
「君たちの決闘に付き合っても、攻撃はしない。ほんの一時、君の頭を調べたら、僕は立ち去る。」
「・・・呪文を使うのか。」
サーがあごに左腕を当てた。
「そうだ。ただ、呪文を1つ唱えて、君たち二人の頭を調べさせてくれたら、あとは何もしない。」
「ならば、呪文で戦ってみろ。」
ルーリク・サーは剣を元の持ち主に返し、構えた。武器は持っていないが、片腕の肘から先が巨大な斧になっていた。
「先に一発だけ撃っていい。死の魔法、召喚、腐敗の呪文は駄目だ。炎や雷はいい。撃ってみろ。」
(なんて野蛮なんだ・・・。)ジェイスは考えた。攻撃すれば、戦いになるだろう。とても勝ち目の無い戦いに。
だが、もはや交渉の余地は無いようだ。記憶を取り戻すためには、このオーガの言う通りにするしかない。
「仕方ない、やってみるよ。」
ジェイスは持てる力を全て引き出し、自分の精神を弾丸のように作り変え、倒れることを祈ってルーリクとサーに同時に撃ち込んだ。
だが、ジェイスの魔法は跳ね返されて、ジェイス自身が自分の魔法の痛みで倒れこみ、頭の両側を抑えていた。周りのグルール達は、今までこんなものは見たことが無いと言わんばかりに大笑いしていた。
防御呪文を仕込んでいる形跡は無かった。オーガは反応する必要も無いようだ。ルーリク・サーの中にある体質か何かが、魔法を拒絶し、反射している。
「他にしてやれることは無いのか・・・?君たちが納得して、頭を調べさせてくれるようなものは?」
「選べ。戦うか、死ぬか。」
4章 CHANGE OF HEART (心変わり)
イマーラが恐れていたより、事態は悪化していた。カロミアがトロスターニに謁見し、全軍を挙げてラクドスに攻め入り自分達が屈しない事を示すべきだと進言していたのだ。
「我々セレズニア議事会が剣を振り、呪文を撃ちながら道を踏み荒らすなんて、こんなでたらめがあるのですか?我々が今まで平和のために努めてきた事を放棄して?」
トロスターニが自分の体を持ち上げ、三人のドライアドがイマーラを見下ろした。
「カロミアが皆を納得させたのです。破壊のための破壊を繰り返すギルドに平和は望めません。」
「それは間違っています。ギルドパクトがなくなる前までは、私達は何もしていません。ジェイスの力も試しては・・・」
「カロミア警備隊長が言うように、その精神魔道士のセレズニアに対する忠誠心が無い事は明らかです。分かりますね、イマーラ?」
「はい、ギルドマスター・・・」
「貴方の力が必要です。あなたのエレメンタルを呼ぶ力が。エレメンタルを呼び、カロミアに同行しなさい。」
「で、出来ません。大自然の使者を戦争の道具になんて・・・。」
「議事会の決定です。」
イマーラは反論しようとしたが、言葉が出ない。
「これはギルドの総意です。貴方個人の声が、全体を踏み潰すのですか?」
「いいえ、ギルドマスター・・・ですが。」
「では、進みなさい。カロミアが貴方の力を導くでしょう。」
イマーラは歯を食いしばってカロミアの方を向いた。
「行きましょう、ミス・タンドリス。」
カロミアが手を差し出した。
◆
最後に平和な日を過ごしたのはいつだろうか。ジェイスはため息をついた。自分の記憶を取り戻すために、呪文を使わずにあの巨大なオーガに勝たなければならない。ルーリク・サーの精神を攻撃すれば、それは自分に跳ね返る。
ルーリク・サーの巨体と筋肉に対し、ジェイスには知恵だけで対抗するしかない。
「仕方ない。戦うよ。」
自分の言っている事が信じられなかった。グルールの戦士達が喜び歓声を上げる。
ルーリク・サーが右腕に付いた斧を振り下ろした。ジェイスは顎で風圧を感じ取れるほどの紙一重でそれを回避する。しかし、すぐに左腕の拳が続き、ジェイスの顔面を捉えた。
骨は折れなかったが、ジェイスは吹き飛ばされて芝地の中を転がった。ジェイスはひざで立ち上がり、口から赤い何かを吐いた。こんな殴り合いは無謀だ。だが、冷静さだけは失わない。グルールの掟の中で勝たなければならない。
ルーリク・サーに対して魔法は使えないが、ジェイスは代わりに戦いを注視しているグルールの戦士達の心を読んだ。彼らを理解すれば、突破口が開けるかもしれない。
(分析なんか止めろ!)グルールの一人が考えた。
(考えるなんて止めちまえ!)別の戦士が叫ぶ。
(文明が間違った事を貴様に教えたんだ!全部捨ててしまえ!とにかく殴れ!)
グルールの戦士たちの思考がジェイスに押し寄せてきた。思考なのかも怪しい、非論理的で衝動的な衝動がジェイスの意識を踏み潰そうとした。
ジェイスはルーリク・サーに突進した。オーガの斧をかわし、腕の下に滑り込んで脇腹を殴りつけた。オーガはすぐ反応し、ジェイスに肘を叩き込んだ。
ジェイスは再び芝生に倒れた。
(自分を抑えるな!)(吼えろ!)
(考える間に、顔を叩き潰されるぞ!)(感じろ!己を解き放て!)
グルールの怒りの声がジェイスの中で響いた。グルールの全員が、考えるのを止めろ、怒りに身を委ねろと思考を叩き付けている。
だが、ジェイスには考えがあった。
グルールの戦士達から流れてくる思考は、単なる怒りの咆哮だけではなかった。一人ひとりが、自分がジェイスならどうルーリク・サーを攻撃するか、思い思いに想像していた。戦いのアイデアが弾幕のようにジェイスに流れ込む。パンチを、転がる動きを、投げを、ジェイスは頭の中に流れてくるそれらを利用し、戦い方を組み立てる。
ジェイスはルーリク・サーの脚にしがみつき、ひざの後ろの皮膚が薄いところに噛み付いて、引きちぎった。オーガが唸り声を上げ、ジェイスを蹴りはがした。
戦いを見守るグルールの戦士からさらにイメージが流れてくる。ジェイスはその一瞬の思考に身を委ねて動いた。ルーリク・サーが斧や拳でジェイスを攻撃すると、それを見ている戦士たちの反応をジェイスは感知し、避けることが出来る。ルーリク・サーはジェイスだけではなく、部下の戦士たち全員と戦っているのだ。
ルーリク・サーの突きが空を切ったとき、ジェイスの中にある突飛な考えが流れ込み、ジェイスはそれを実行した。
ジェイスはオーガの背中によじ登り、ルーリク・・・斧になった腕のある側の頭に服のフードを投げて被せた。そしてルーリクの頭に掴まり、グルールから流れる衝動の赴くままにサーの顎を殴りつけた。一回、二回、三回。
オーガは腕の斧をめちゃくちゃに振り回した。どうやら視界を奪われたルーリクの頭が動かしているらしい。サーの自由なほうの腕がジェイスの髪を掴んで引っ張ろうとした。だが、ジェイスは離れない。腫れ上がってきたサーの顔をひたすら殴り続けた。
斧がジェイスに向かってきた。ジェイスはそれを見ていないが、観戦している戦士の思考から危険を察知し、ルーリク・サーから飛び降りた。ジェイスは顔面から落下したが、体は繋がっている。
悲鳴のような声が聞こえ、ジェイスは振り返った。オーガ自身の腕の斧が、目隠しをされたルーリクが振り回す斧が、サーの頭に刺さっていたのだ。
サーが歯の間から荒い呼吸をし始めた。
「お前の勝ちだ。」
頭からジェイスの服を取ってルーリクが言った。
グルールの戦士たちから、大喝采が起こった。ルーリク・サーは斧を下ろして倒れこむと、部下の一人が現れ魔法で傷を癒し始めた。
「お前の中にも、グルールがある」
サーが言った。
「君達が考えているほどじゃないよ・・・守りを解いてくれるかな?僕が無くしたものを探せるように。」
「いいだろう。」
ジェイスはゆっくりと、まずサーの方に意識を潜らせた。魔法を跳ね返されるような反動は無かったので、奥深く掘り進んだ。
サーの記憶の中には、これまでの戦いの栄光の数々が並んでいた。熱情、暴力、敗者の顔で作られた景色。これは予想できた。
だが、何も見つからなかった。ジェイスが記憶を無くす前に調べていたことを、サーは覚えていない。全てが間違いだったのか?
ジェイスはルーリクの方に精神を移した。ルーリクの精神はやはり戦いの記憶だが、サーよりも荒々しく、言葉ではなく本能のままになっていた。そして、ルーリクもまた、ジェイスの研究は何も覚えていなかった・・・。
ここまでだった。ジェイスが自分の記憶を探す手がかりは、途絶えた。
◆
「理解できません。俺達は全てを調べてきました。あの男の調査が最後の手がかりでした。迷路の道を辿りました。しかし、何も無かったのです。ただの広場でした。」
イゼットの本拠地、ニヴィックスにラルが帰還したとき、ニヴ・ミゼットは新米のイゼット魔道士を、喰っていた。
「我輩たちは、力の存在を予測した。しかし何も無かった。何を意味するか、分かるか?」
ラルは、ミゼットが質問をされることを嫌うのを思い出した。しかし、理解できなかった。ラルは頭を垂れた。
「偉大なる火想者よ、あなたは一体何を予期されているのでしょう?」
「“暗黙の迷路”は試練だと我輩も考えている。だが、個人のための試練ではない。ただの精神を試すパズルではない。なぜか分かるか?」
「それは、迷路を歩くからです・・・ですが、俺はそれをやり遂げました。」
「だが、何も無かっただろう。深く考えるのだ。“暗黙の迷路”は何のためにある?」
「強力な力を守っています。」
「そうだ。」
「そして、俺達はその力が何か知らなければ。」
「いかにも。だが、問題はそれがどう守られているかだ。今ラヴニカから消えたものは何か?近年無くなったばかりで、ギルドを拘束し得なくなった物は?」
「・・・ギルドパクトですか?」
「そうだ!ギルドの調和が強制されていた。しかし、ギルドパクトが消え、ギルドは戦えるようになった。言論ではなく、力で。戦争でだ。迷路が今になって出てきたことと関係しているだろう?」
「確かに地区を駆け回るマナの力線は、つい最近まで表出していません。力線は全てのギルド門を繋いでいます。ですが、それがギルドパクトとどう関係があるというのです?」
ニヴ・ミゼットが煙を噴き出した。
「どうした、ザレック!重要なのは迷路の目的だ。発見の力を試す試練ではないだろう。我輩たちの発見を試してどうする?」
ラルは反論した。
「どういう意味ですか?発見こそ全てだ!」
「それはイゼットの考え方だ。迷路を作った存在のように考えるのだ。迷路は我々の知性を測るためのものではない。迷路を生み出した者の価値観は我輩たちとは異なる。迷路は他の何かを試すものだ。」
ラルの頭の中で思考が渦巻いた。点が繋がらなかった。
ニヴ・ミゼットが頭をラルに近づけた。
「時間切れだ、ザレック!お前にはあの、我輩の精神に接触した魔道士を探すように命じたはずだ。代わりに、お前は自分で迷路を走ったのか?」
「あ・・・あんな奴は、必要ありません。」
ラルは口ごもっていた。
「だが、お前の小さな頭ではこの意味も理解できていないだろう。どうやら我輩の腹の足しにするしか役に立たないようだ。」
ようやく、ラルの頭の中にひとつの直感が稲妻のように走った。
「俺達が今になって迷路を発見したのは、ギルドパクトに関連しているから。ギルドパクトが消えたときに備えていた。迷路は・・・ギルドパクトが消えると起動するように作られた装置。保険だった。」
ドラゴンが誇らしげに胸を張った。
「我輩の結論も、そうだ。」
「迷路は、ギルドパクトと同時期に作られたもの。パルンの時代まで遡ります。」
「アゾールだな。お前の見つけた暗号から察するに。アゾリウスの創設者だ。」
アゾリウスは、秩序と論理のギルドだ。法が秩序を生むと信じている。そして、アゾールの集会場で迷路が終わっていた。
「アゾリウスが作ったのなら、迷路は我々の知性を試すのではない・・・迷路を解くには、他の何かが、アゾールが価値を置く何かをしなければ・・・」
迷路を作ったのがアゾリウスの始祖であれば、平和的な協力を求めるだろう。
「では・・・迷路を解くには、他のギルドと手を組む必要があるのですか?」
ニヴ・ミゼットが笑みを浮かべた。
「そうではない。」
イゼットの伝令が、ミゼットの部屋に現れた。
「お取り込み中失礼致します!」
「何があった?」
「火想者様は、大規模なギルドの紛争があれば知らせるように仰っていました。」
「で?」
「これまで起こった中でも最大規模です!これから酷くなっていくでしょう。」
ニヴ・ミゼットは翼をたたんでラル・ザレックを見下ろした。
「行くぞ。皆に知らせなければならん。」
MTG背景小説翻訳シリーズ。
いろいろ細かい掌編は出ているけどメインストーリーがどうなっているのか気になる!けど本一冊レベルの長さの英語とか読めるわけねーよ!
そんなヴォーソス(フレーバー勢)向けに作成しているストーリー攻略記事です。
まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/
◆注意◆
ここの翻訳は、権利問題に引っかかる事を防ぐため、訳者の独断と偏見で色々はしょった抄訳となっています。
一字一句訳してはいないので、ざっくりあらすじを読むような内容と思っておくと吉。
では、ドウゾ。
(あらすじ)
ラヴニカ中に広がる謎の力線、“暗黙の迷路”の研究にのめり込んでいたジェイス。しかし自分の研究が友人をギルドの抗争に巻き込んでいた。それを知ったジェイスはギルドの追及を逃れるため、研究の相棒であったカヴィン、そしてジェイス自身の“迷路”の記憶を破壊した。
記憶を失って気が付くと、友人のエルフ、イマーラ・タンドリスが誘拐されていた。
ラクドスとの戦闘を経て、ゴルガリの地底街の奥深くでついにイマーラと再開するが、そこに吸血鬼ミルコ・ヴォスクが現れ・・・
ギルド門侵犯(抄訳)
1章 A WANTED MIND (求められた記憶)
地下深くの洞窟のような部屋で、ジェイスとイマーラは上半身裸の吸血鬼、ミルコ・ヴォスクと対峙していた。
イマーラが治癒術をかけているが、ジェイスの体は未だヴァロルズの棍棒が直撃したダメージで軋んでいる。イマーラの強大なエレメンタルは消えていた。完璧なタイミングで来てくれたものだ。
「短命の者よ、我が主が価値を置くのはお前達の精神の中にある物だけだ。これから起こる事のためには、お前達の肉体は完全である必要は無い。」
ジェイスは何とか立ち上がり、構えた。
「彼女に指一本でも触れたら、お前を殺す。」
ヴォスクは牙を見せてニヤリと笑った。ジェイスが反応するよりも速く、ヴォスクはイマーラに突進した。イマーラの体が床を滑り、壁に叩き付けられて動かなくなった。ヴォスクはジェイスの方を向いた。
ジェイスは吸血鬼を止めようと呪文を撃つがその力は弱く、ヴォスクは腕で軽く払うだけで魔法を打ち消した。
ヴォスクはジェイスの肩を掴み、力づくで後ろを向けさせて首筋に噛み付いた。ジェイスが感じたのは、痛みや血を抜かれる嫌な感覚だけではなかった。
ジェイスは自分の思考が貫かれているのを感じた。精神攻撃で自分の記憶に侵入されているのが分かった。ジェイス自身の精神魔法をもっと強引にしたようなものだ。この上半身裸の吸血鬼が、ジェイスの記憶の一つ一つを取り上げて味わっているのを感じた。
反撃のマナが必要だった。力でもスピードでもこの吸血鬼には勝てない。だが、ジェイスがマナを集めるよりもはるかに速く、ジェイスの血が抜かれていった。
もはやこれまでと思ったその時、ヴォスクは牙を抜いてジェイスを離した。二人が離れると精神の接続が途切れ、ヴォスクは不愉快そうに口からジェイスの血を拭き取った。
「ばかな・・・お前は何も知らないだと?」
「遅かったね。君が手に入れようとしたものは、もう無くなったよ。」
「お前はそうするべきではなかった。事態はずっと悪い事になるぞ。私なら情報だけを “秘密なる者”(訳注:原文ではthe Secretist)に届け、お前達は無事に残す事も出来たのだ。」
ヴォスクはジェイスの方を見据えつつゆっくりと後退した。そしてそのまま立ち去った。
ジェイスは膝にイマーラの頭を抱えて座った。イマーラは息をしていたが、その息はかすかな物で、体に力は無かった。
ジェイスはテレパシーで助けを求めようとしたが、地下深くに入りすぎて、地上には届かない。そもそも、誰に救助を頼むというのか・・・?ジェイスは思い知った。この世界でジェイスが本当に知っている人の何と少ないことか。たとえ、多元宇宙の全てを見渡しても、ジェイスに関係のある人物はあまりにも少ない・・・。
もしイマーラを連れて他の次元に渡ることが出来たら、そうしていただろう。イマーラを連れて、どこか別の次元でギルドにもモンスターに狙われることなく平和に生きることができた。しかし、イマーラはプレインズウォーカーではない。その事が、ジェイスをラヴニカに繋ぎ止めていた。
ジェイスはイマーラの事を殆ど何も知らなかった・・・人の心を読めるのに、ジェイスは人の事を何も知らない。
「ジェイス・・・」
イマーラが呻いた。
「イマーラ。」
ジェイスはそっとイマーラの頭を起こした。イマーラは部屋を見回した。
「彼を殺したの?」
「僕の方が殺されそうになったけど、あいつは逃げた。大丈夫か?」
「私は平気よ。」
「頭から血が出てる。」
「あなたの方がひどいじゃない。」
「そうだね・・・君に治してもらってばかりだな。」
ジェイスはイマーラの顔を見たが、笑顔は無かった。二人はただ静かに、傷を癒し、破れた服を繕っていた。人目につくラクドスの死体も集め、イマーラの魔法で苔や菌を生やして覆った。
「君を議事会に帰そう。」
イマーラが頷いた。
◆
ラル・ザレックがギルドマスターの部屋に入ったとき、ニヴ・ミゼットは脈打つ光の線で描かれた第十地区の立体図を見ていた。
「お呼びしましたか?偉大なる火想者様。」
ドラゴンは首を上げて翼を広げたが、目は立体図の方を向いていた。
「ギルド魔道士ザレック、お前は迷路の計画に力を入れてくれているな。」
「はい、ギルドマスター。あなたの指示でイゼットの魔道士のチームを編成し、第十地区の全てとその先をたどって来ました。この地区を走るマナの流れをたどり、古のギルド門を繋ぐ道を特定して来ました。また、ギルド門の正確な位置を認識する手がかりとなるアーティファクトを発見してきました。間もなく、答えが出来上がるでしょう。俺達はあなたのために、この迷路を解いて見せます。」
(俺が迷路を解いてやる。)内心でラルは思った。
しかし、ニヴ・ミゼットは既に関心を立体図の方に向けていた。
「時間が無い。お前には別のやって欲しい実験がある。個人的に興味がある事柄だ。」
「俺を迷路の調査から外すと?」
「ある意味では。」
「しかし、ギルドマスター・・・間もなくです。答えはもうすぐです。これはイゼットにとって重大な計画のはず。」
「確かに迷路は最優先事項だ。だが何者かが我輩の精神に干渉した。その者は使えそうだ。」
「俺はずっと迷路の調査を続けてきました。あと数日か、数週間で迷路のルートが分かります。」
「いや、お前では知ることは無い。お前は“法則”を理解していないからだ。お前は迷路の本質が見えていない、ゆえにまだこの計画に成功していないのだ。お前の精神は矮小だからそれは理解できる。だがそれゆえにお前を食い殺してしまいたくもなる。」
ラルは腕のガントレットから伸びるパイプを弄り、鼻で荒い息をしていた。
「我輩はその者の居場所も名前も知らぬ。だがその者の精神が僅かに接触し、顔は把握している。見つけて欲しい。」
ドラゴンは爪を動かすと、実物より明らかに巨大な男の幻が現れてラルを見下ろしていた。若い男で、青いフードの外套を着ていた。
◆
血魔女、イクサヴァは自ら大きな死体を引きずってラクドスの本拠地、リックス・マーディのホールを歩いていた。ホールの両側の壁には何人ものマスクを付けたカルト信者、トゲの首輪をつけたインプ、他にも様々な姿をしたラクドスの凶漢が鎖で繋がれていて、目の前を歩くイクサヴァに噛み付き、鎖を伸ばして襲い掛かろうとしていた。
死体を捧げなければ。あのベリムと名乗った青いフードの幻影使いは、いい見世物になるはずだった。しかしあの男はイクサヴァを出し抜き、配下を惑わして逃げおおせ、ショーを台無しにしやがった。あのベリムという青い魔道士は死ななければならない。
さらに不運なことに、奴はイクサヴァから情報を盗んだ。イクサヴァは、あのイマーラというエルフを誘拐するのに関わった。ラクドス卿はそれを喜ばないだろう。
洞窟のような部屋に、ギルドマスター、デーモンのラクドスは居た。デーモンの目と角は燃える鎌に照らされていたが、それ以外は煙で見えなかった。
「贈り物があります。ご主人様。」
「ああ、匂いがするぞ。こっちに持って来い。」
イクサヴァは死体を二つの溶岩が煮えたぎる穴の間に運んだ。
「もっと近くだ。」
声がした。イクサヴァは躊躇したが、声の方に死体を近づけた。
不意に巨大な腕が現れてその肉体を掴んだ。イクサヴァは、悪魔の王が頭上高くに死体を掲げ、爪でそれを潰し、滴り落ちる血肉を味わうのを見ていた。
ラクドスは死体を溶岩の穴に投げ捨てると、それは跡形も無く焼き尽くされた。
「お前から別の何かの匂いがする。魂の叫びだ。何かをしたいと渇望しているな。」
「はい、ラクドス卿。少々・・・面倒なことが。」
「どうやってそれを片付けるのだ?」
「一人の男が死ななければなりません。」
「ならば、良い知らせではないか。」
「奴は強敵です。」
「お前は教団の力、そしてこの俺の力の一部を持っている。それでも足りないのか?」
「奴が然るべき苦痛を受けるためには、もっと強力な力が必要です。」
ラクドスは影の中に消えていった。
「その男が与えた影響は良いものだ。お前の火は、他の我が下僕の誰よりも明るく燃えているぞ。」
「貴方に血と混沌を捧げましょう。」
イクサヴァが言った。
暗闇の中からラクドスが現れ、イクサヴァに二振りの鋸刃の剣を渡した。イクサヴァはそれを戸惑いながら受け取り、何とか感謝を示そうとした。
「きっと、これらは今まで鍛えられたどんな剣よりも肉を切り裂くことでしょう。」
「そのようなことは無い。」
イクサヴァは刃を眺めた。
「では・・・少し触れただけで灼熱の痛みをもたらす魔法が・・・」
「そういう類の者でもない。」
「それでは・・・一体・・・?」
「お前は鎖を斬ったことが無いのか?」
イクサヴァはすぐに反応出来なかったが、徐々に歪んだ笑顔が広がっていった。
「成程・・・有難うございます、ご主人様。」
両手にそれぞれ剣を持ち、イクサヴァは振り返った。
イクサヴァがホールに戻ると、鎖に繋がれた狂人たちが噛み付こうとした。
「さあ、暴れるよォ。」
一つ、また一つ。イクサヴァは鎖を切り落とした。鎖を解かれたインプや戦士がサディスティックな笑みを浮かべながらイクサヴァの後に続く。イクサヴァが歌うと、彼らも合わせて歌い出した。混沌の軍勢は、唸り声でベリムの名前を歌っていた。
◆
ジェイスはイマーラを連れて地底街の湿ったトンネルを歩いていた。
「ごめん。」
ジェイスがイマーラを肩越しに見て言った。
「何の事ですか?」
「僕を探した時、こんな事になるとは思わなかっただろう。いつでも厄介事がついて回る。」
「そうね。貴方に始めて会ったときから、あなたを中心にトラブルが渦巻いていた。でも貴方だけじゃありません。私は長く生きてきましたが、ギルドがこれほどの緊張状態になったことはなかったわ。誘拐。領域の侵犯。殺人。もっと酷い事になるわ。」
「僕が自分の記憶を壊したりしなければ、君をもっと助けられただろうに。」
「いいえ。貴方は、私と同じ事をしているの。どんな代償を払ってでも、私たちを守ろうとしていたのですね。」
「君を議事会に帰したら・・・トロスターニが君は安全だと分かったら、これを終わらせる事が出来るかもしれない。ギルドの緊張を取り除こう。君は平和の使者になる。セレズニアが、たとえラクドスが相手でも報復はしないと示せば。」
イマーラが笑顔を見せた。
「それは良い考えね。」
二人は陽の光に向かって階段を上がっていた。
「そうだ、イマーラ?」
「はい?」
「あの彫刻の葉を覚えている?連絡のためのアーティファクト。」
「ええ。」
「あれは動いた?」
「はい。聞こえたわ。その時私はラクドスに捕まっていたけど、聴いていました。」
「良かった。確かめたかっただけだよ。」
ジェイスは前を歩き、イマーラの顔を見なかった。その言葉の意味を知りたくなかった。だが、彼の声が聞こえたと分かるだけで、胸に暖かさを感じていた。
2章 UNFAMILIAR DEPTHS (知られざる深淵)
印刷されたその文字は、あまりにも厳かで逆らいがたく、公式文書である事は疑いようも無い。ラヴィニアは辞令を見て、落ち込んでいた。
その文書はまるでラヴィニアを挑発しているかのようだ。そこには、ラヴィニアにとって最大の名誉、第十地区全域におけるの法を守る最高責任が記されていた・・・“異動前の職務”の下に。
“新しい職務”の下には簡潔に、“監督官 新プラーフ”とだけ書かれていた。
これが単なる異動ではなく降格であり、ベレレンを捕まえられなかった罰であるのはラヴィニアも分かっていた。
イスペリアの命で今の仕事に移されるまで、ラヴィニアはオフィスの中で過ごすことは少なかった。彼女にとって、現場である第十地区を歩く事よりも素晴らしいものはなかった。舗装された道を歩くブーツの足音、夜のパトロールを終えた後の清々しい夜明け、取り押さえた敵の顔が地面にぶつかる感触に勝るものは無かった。
何よりも我慢できないのは、ベレレンを捜査出来ないことだ。カヴィンに会ったことでそれが再燃した。カヴィンは何年も前にアゾリウスにいた尊敬すべき法魔道士だったが、あのベレレンという男に精神を侵食され書き換えられたのだ。しかし今、彼女はこのギルドの本拠地に、自ら遵守する法によって縛り付けられている。
ラヴィニアはまるで夢遊病者のように階段を下りて、リーヴの塔の入口に近づいた。
「お疲れ様です。オフィサー・ラヴィニア。」
「こんにちは、サミール。」
ラヴィニアは門番に何か話を聞きたいだけだった。何でもいい。そう自分に言い聞かせた。
「動きは、ありましたか?」
「暴動は通り過ぎました。死傷者はいません。若干の器物損壊が出ています。」
当然、彼はラクドスのことを話していた。ラヴィニアは、報告を確認することしか出来ない。これも重要な事件であるが、ラヴィニアの頭の中にはずっとベレレンがいた。
「逮捕者は?」
「ありません。」
「良かったです・・・その、死傷者が出ていなくて。」
「おっしゃる通りです。」
この門を守る兵士の先、午後の明るい町並みを見た。そこには今も、人ごみを切り抜けるスリが、違法な賭け事に興じるごろつきが、他の堕落したギルドの工作員がいる。そのどこかでベレレンが自由に歩き回り、もっと危険な犯罪をやらかしているかもしれない。自分が中に閉じ込められている間に。
ほんの一瞬だけアゾリウスへの忠誠を忘れて門の外に抜け出しさえすれば、ベレレンを追うことが出来る。
「ラヴィニアさん!?」
「お願い、行かせてください。」
ラヴィニアは、外へ踏み出そうとして足を上げた。門番の顔が恐怖に染まっていく。道を塞ごうとはしなかったが、横に引いて道を明けようともしない。
しかし、ラヴィニアは振り返って塔の中心に戻った。スフィンクスの言葉は法と同じだ。自分が法に従って生きなければ、自分が追いかけてきた犯罪者達と何も変わらない。
ラヴィニアはカヴィンから託されたノートを取り出した。これを書きながら、自分の記憶が奪われていくのはどんな恐ろしい事だろう。イゼットの動きとも関わっている研究。これこそが、ベレレンが何者かを理解し、正義の下に引きずり出す鍵だった。
ラヴィニアは塔を上らず、逆に階段を降りて行った。地下の警備兵は鎧ではなくローブを着て、肩にフクロウを乗せていた。
「新プラーフの大書庫に何の用だ?」
「ちょっと調べ物を。」
◆
「お前は失敗した、ミルコ・ヴォスク。」
ミルコ・ヴォスクは地底街の奥深くの一角に居た。やはりギルドマスターの姿は見えず、声だけを交わす。ディミーアの支配者、ラザーヴの姿を見たこ者をヴォスクは知らない。だがその声はいつにも増して鮮明だ。ヴォスクは自分への敵意を感じた。
「我々の情報が間違っていたのです。ベレレンは何も知らないのです。申し訳ありません。」
「貴様は私の情報が間違っているというのか?ベレレンもエルフも連れてこないで、口先だけの謝罪で済ませるつもりか?やつらの情報はどうなる?」
「ベレレンの記憶には穴があったのです。彼は手に入れた情報を失ってしまっている。私にはその原因が分かりません。別の誰かが“飲み込んだ”としか・・・」
「別の誰か?ディミーアが訓練した“別の精神を飲む吸血鬼”が、迷路の秘密を狙ってベレレンを追ったとでも言いたいのか?」
「そうではありません、主よ。」
周囲の影が集まって人の形になった。フードの陰で顔は見えないが、ラザーヴの声で話していた。
「お前は失敗した。そのせいで自ら事に当たらなければならなくなった。お前には適切な罰を用意した。お前は・・・“忘れ去られる”のだ。」
ラザーヴがフードを取ってヴォスクに素顔を見せた。ヴォスクが驚愕で喘ぐような息をした。細部にわたるまで、ミルコ・ヴォスク自身の顔だ。
「シェイプシフター・・・」
ヴォスクは声を絞り出した。
「連れて行け。」
ラザーヴが言った。これまで命令を送り続けてきたしわがれ声が、ヴォスクの顔から出てくるのはあまりにも不自然だった。
無数のギルド魔道士が現れ、ヴォスクの腕と首を掴み、何らかの魔法が施された金属を肌につけた。そしてヴォスクに目隠しをして引きずって行った。臭い水たまりを、下る階段を、曲がりくねるトンネルの中を運び続けた。その間、ヴォスクは何日も運ばれ続けたように感じた。
最後に、魔法を使ってヴォスクは分厚い壁の中に押し込められた。ヴォスクは目隠しを取ったが、何も見えなかった。周りを調べたが、溝や出っ張りの一つも無い、平らな石の感触しかない。ヴォスクは、何も無い空間に閉じ込められていた。
ヴォスクの頭の中で笑い声が響いた。
「貴様を隠したのだ。そして、かつての最も信頼置けるエージェントから学んだ技で、貴様をそこまで連れてきた魔道士たちの記憶を飲み込んだ。これで私以外は誰も、お前が埋葬された場所は知らない。誰も。」
ラザーヴはそれ以上何も言わなかった。物音一つしなくなった。ヴォスクは闇の中、傷一つ無い壁に倒れこんだ。
それから少し後、闇の中でカサカサと物音がして、誰かの息が聞こえた。ヴォスクと一緒に誰かが居る。
「そこに誰か居るのですか?私の名はカヴィン。教えてください、ここはどこでしょうか?」
3章 STIRRING UP THE PAST (過去を求めて)
セレズニア議事会の寺院の庭。木や蔦が生い茂っていたが、それは大理石の柱に合わせて美しい模様のように手入れされていた。
すれ違った全ての人がイマーラを見ると頭を下げる。ジェイスはこのような光景は見たことが無かった。イマーラの佇まいから、たとえ地下世界の中でも、汚れや傷にまみれてもイマーラの佇まいから感じられる高貴さ・・・それは決して安っぽい地位や血筋によるものではなく、イマーラ自身の中にあった。
イマーラは議事会にとって英雄だった。あらゆる人が彼女に敬意を示す。
だがジェイスを見ると、みな顔をしかめて笑顔が消えた。ジェイスがギルドへの誘いを断ったのを知っているのか、それともイマーラが拉致されたのはジェイスのせいだと考えているのだろう・・・。
それでも、一人の年老いた女性がジェイスに、イマーラがくれたものに似た木の葉を模した彫刻を渡し、歓迎の意思を見せてくれた。
一人のエルフの男がイマーラとジェイスに近づいた。男がイマーラに笑いかけると、二人のエルフはダンスのパートナーのように手を取り合い、お互いの目を合わせた。そして二人は、丁寧な仕草で互いの額を触れ合わせた。それはキスをするよりも親密な行為のように感じられた。
ジェイスは、イマーラがこれまでで見たことが無いくらい幸せな様子に見え、驚愕した。彼女はこの男に特別な感情があるのか?
当然だが、ジェイスとイマーラはただの友人だ。そして自分自身の信念から、彼女の頭に忍び込むことは決してしなかった。イマーラは人間に特別な興味は無いと言っていた。
ようやく、エルフの男性が手を離した。
「彼が、ジェイス?」
イマーラはジェイスの顔を見た。
「あら、ごめんなさい。カロミア警備隊長、こちらが私の友人、ジェイス・ベレレンです。」
イマーラの目は謝罪しようとしていたが、頬は喜びで紅くなっている。二人で少し・・・旅をしていたの。」
ジェイスは、その男の肌があの吸血鬼のように冷たいような気がした。しかし意味は無い考えだ。カロミアが何を企んでいるのか、知りたいという衝動を感じたが、結局は自分が嫉妬している、それだけの事だ。
「すまない、カロミア。彼女から君の事は聞いていなかった。」
なんて子どもじみた皮肉だ。ジェイスはそう思ったが、その言葉に嫌な快感があった。
「イマーラを助けてくれて有難う。しかし、君は精神魔道士ではないのか?心を読めるのなら、知っているはずじゃないのか?」
「僕の魔法はそういうものじゃないよ。」
しかし、他の人はきっとそう考えているのだろう。ジェイスは精神の侵入者で、彼に合う人は誰でもかれでも心を読んで秘密を知られる。イマーラもそう思っているのであれば、果たして友人であるかも怪しくなってくる。ジェイスにセレズニアのギルドに加わるよう求めてきた・・・敵の手に渡してはいけない武器のように思っていたのでは・・・?
「ラクドスは彼女に何かを期待していたわけじゃないだろう?」
カロミアはジェイスの腕にひじを小突いて話しかけた。その仕草は妙に馴れ馴れしい。
「ラクドスじゃない。ディミーアに仕組まれていたんだ。そうだね、イマーラ?」
イマーラは頷いた。
「ディミーアの吸血鬼が送り込まれて、私たちをさらおうとしたの。特にジェイスに関心があったようです。」
「彼がディミーアにとって何の価値があるというんだ?おっと、君を悪く言うつもりじゃないよ。」
カロミアが聞いた。
「ジェイスはとても重要な研究をしていたの。ギルドの歴史に関する研究を。」
「何がそんなに重要な事だと?」
「覚えていないんだ。」
ジェイスは惨めに答えた。
「ジェイスは自分の研究を記憶から排除したのです。」
「そうか・・・空洞か。」
失望したカロミアが言った。ジェイスの中にさらなる疑念が生まれた。この“空洞”(訳注:原文ではempty vault。Emptyは空っぽ、Vaultは部屋、金庫室、霊堂などの意味)という言葉をどこかで聞いた気がする。
「君が思い出せないのが残念だ。精神魔道士はそう簡単に自分の記憶を無くすのか?だが、関係ない。ギルドパクトなき今、考えても詮無きこと。戦争の時だよ。他のギルドから私たちを守らなければ。」
イマーラが驚愕して目蓋を上げた。
「戦争を止める時でしょう。私立ちの役目はギルドの争いを止め・・・」
「イマーラ、あなたはギルドにおける自分の影響力を過小評価している。君が拉致された事は議事会で重大に受け止められ、多くの者が報復するべきだと考えている。イゼットが行動し、その裏でディミーアが関わるのなら警戒しないに越した事は無い。だが、それはトロスターニ様に聞くことだ。ギルドマスターは、貴方に会うことを待ち望んでおられる。」
◆
トロスターニを構成する三人のドライアドがジェイス達を見下ろしていた。彼女たちは調和の化身、三人の個が一つになった存在だ。
「イマーラ、戻ってきてくれて安心しました。」
「トロスターニ様、こちらがジェイス・ベレレンです。」
ジェイスはぎこちないお辞儀をした。
三人のドライアドがジェイスに笑顔で見下ろしていた。
「イマーラを連れ戻してくれて、感謝します、ジェイス。我々は個よりも全体を重んじ、誰一人として他の者より特別な人はいません。ですが、イマーラは我々にとっても重要な存在です。」
「それは僕も知っています。」
「ありがとうございます、トロスターニ様。」
「故に、我々はイマーラを信じて貴方を探しに行かせた。その甲斐はありましたか?」
「彼は全て忘れてしまったのです。」
カロミアがクスクスと笑っていた。
「ジェイスは私達が必要な記憶の一部を失ったのです。」
「では、これまでの事は何だったのでしょうか?」
トロスターニが言った。
「全くです。精神の魔道士は、こうも簡単に物を忘れるのでしょうか。」
ジェイスは恥ずかしさで体が物理的に痛くなりそうな気がした。カロミアの目を見ないようにした。今にも殴りたくなりそうだからだ。
「それでも、ジェイスの能力は役に立ちます。」
「そうでしょう。彼の能力でイゼットが秘密の計画を進めている事も、ラクドスがあからさまに攻撃的になっている事も、アゾリウスがギルドの緊張が高まって恐れていることも。だが、我々は既にそれを知っているではありませんか?皆さん。」
カロミアが言った。
「他に記憶があったのです。ですが彼は自分の記憶を破壊しました。」
「ならばそれほど重要な記憶ではなかったのでしょう。」
カロミアが気取ったようにニヤニヤと笑っている。彼はイマーラの手を握った。
「もし、貴方が許してくれるのなら、我々の一部は考えるのではなく、行動の人です。トロスターニ様、ラクドスは動いています。“私の”力が必要なときです。」
トロスターニはかすかに頭を傾けた。
「敵には償いをさせましょう。」
カロミアはジェイスに握手をした。
「ジェイス殿、あなたが記憶を取り戻すのを期待している。」
ジェイスはもう我慢できなかった。カロミアの心を読んでみた。この男の嫌な感じの原因を突き止めるのだ。
しかし驚いたことに、ジェイスの精神魔法は失敗した。ジェイスは男の手を引っ張り、面と向かって近くに寄せて、目を見た。再び精神魔法をかけた。しかし何も無い。心を読むことが出来ない。
カロミアの口は一直線だが、端だけが僅かに上がっていた。
「お前は何だ?」
「ジェイス、何をしているの!?」
「彼の心が読めない。彼の精神には何も無い。なぜだ?」
「ジェイス、止めなさい!カロミアのことは何十年も知っているわ!」
ジェイスはカロミアを離したが、彼から目を背けなかった。
「彼は自分を偽っている。」
「ジェイス、あなたは間違っているわ。」
イマーラが鋭く言った。
「付いて来てください。どうやら長居させてしまったようですね。私がギルド門に案内しましょう。」
カロミアがジェイスを連れて外に出ようとした。
「ラクドスを攻撃してはいけない。」
ジェイスはトロスターニに訴えた。
「だめだ。それがあいつらの狙いなんだ。」
「あなたがセレズニアの一員であればご忠告を聞き入れたでしょう。ですが、警備隊長カロミアは何年もの間、忠義ある戦士で助言者でした。」
もう止められない。セレズニアはラクドスに攻め込むつもりだ。この心を読めない怪しい男は、トロスターニとイマーラの信頼を勝ち得ている。何かが引っかかるが、記憶が無いのが仇となり全体像をつかめない。ジェイスは、陰謀という触手が何重にも蠢いてイマーラを捕らえようとしているのだけは分かった。
「イマーラ。ここは危険だ。僕と一緒に行こう。」
「駄目よ、ジェイス。私はギルドに必要なの。ここに残るわ。」
トロスターニの大樹のような高く伸び、三人のドライアドが腕を組んだ。
「警備隊長カロミアは貴方が生まれる前から議事会に仕えて来ました。我々はあなたの侮辱を受け入れることはできません。お引き取りなさい。」
ジェイスはイマーラを見た。イマーラの顔は、二人の間の絆を切り裂く刃ように鋭かった。ジェイスは木の葉の彫刻をイマーラの手に置いた。
「これを受け取って。万が一、僕が必要になった時のために。」
この小さな葉の形をしたものが何かの機能を持つのか、ジェイスは知らなかった。イマーラは何も言わない。
「さあ行こうか。」
カロミアがジェイスの腕をとって言った。
◆
その場所は完全に焼け落ちていた。ラル・ザレックが焼け残った壁を足で軽く押してみると、粉々に崩れた。
偉大なる火想者があの謎の男の情報を求めていたが、彼は失望するだろう。
「ここは間違っているのでしょうか。」
ゴブリンのスクリーグが頭を掻きながら言った。
「いや、この辺りの連中が確かにここだと言っていた。ここにあの男はいたんだ。」
「全部燃え尽きてはないかもしれません。灰の中を調べましょう。何か残っているかも。」
「アゾリウスとボロスがここを調べている。何も残ってないだろう。」
「彼らが見落とした何かがあるかも。」
スクリーグの楽観的な態度はラルを苛立たせた。しかし、他に手は無く、今のままでは手ぶらでニヴ・ミゼットの元に帰るしかない。
「仕方ないな。何でもいいから記述されたものを探すぞ。調査の紙、地図、ノートだ。」
しかし、それでも何も見つからなかった。
スクリーグが灰の中から空気を求めて立ち上がり、咳き込んだ。
「探知術をかけ続けました。この書斎には書き込みも、石に刻んだ跡も、ルーンのパターンもありません。全部燃えてしまいました・・・。」
だが、このまま何一つ手がかりも無いままニヴ・ミゼットに合わせる顔は無い。それ以上に、ラルはこのベレレンという魔道士が自分を出し抜いたとは認めたくなかった。
「燃えてしまった・・・そうだ。燃えた。だが、“ここ”にある。」
ラルは、手を叩いた。
「スクリーグ、灰を浮かべろ。」
「浮かべる・・・ですか?」
「そうだ。全部だ。」
「そのような魔法はゴブリン一体の手に負えるものでは・・・」
「いいからやれ!」
「い、イエッサー!?」
スクリーグは深呼吸し、重力操作の呪文を唱えた。灰や木の屑などが浮かび上がり、渦巻く雲のようになった。やがてスクリーグ自身も宙に浮かび、呪文を維持しようと集中している間、ふわふわと空中を転がっていた。
「石やレンガは要らないから落とせ。灰だけを残す。」
スクリーグは自分のガントレットを操作した。いくらかの破片が落ちて、より純粋な灰の粒子だけが残った。
「やった!出来たみたいですよ!」
「次はガラスや木の破片を取り除いてみろ。」
再び、スクリーグが呪文を変化させると、雲の中からさらに埃が分断された。残ったのは空気の流れで渦巻く灰だけになった。
「では、灰を一箇所に集めろ。それから、そこをどけ。」
スクリーグが術のあまりの複雑さに呻いていた。灰の雲を小さく集めて平らな紙のように凝縮した。
ラルがそれに近づき、凝縮された灰に自分の魔法で電気を走らせていく。その魔法によって似た物質のものが繋ぎ合わされ、格子状のものに固定された。
「よし。これ以外は全部落とせ。」
スクリーグが安堵の息を吐き、呪文を解除して落下した。
「・・・ルートだ。」
ラル・ザレックは電気の磁場を発生させ、灰の中からパズルのように粒子をつなぎ合わせてノートを復元したのだ。
「ベレレンは“迷路”を通るルートをいくつか発見していた。暗号化されているが、使える。こいつ、もう少しで迷路を解いていたところだ。スクリーグ、どこだ?」
灰のたまった穴の中から、腕が出てきた。スクリーグは起き上がってラルの足元に来た。
「これでベレレンを見つけられますか?」
ラルはニヤリと笑った。
「スクリーグ、もうベレレンは必要ないよ。」
(・・・もうニヴ・ミゼットすらも必要ない。)ラルは考えていた。
いろいろ細かい掌編は出ているけどメインストーリーがどうなっているのか気になる!けど本一冊レベルの長さの英語とか読めるわけねーよ!
そんなヴォーソス(フレーバー勢)向けに作成しているストーリー攻略記事です。
まだ最初の『ラヴニカへの回帰』を読んでいない人はこちらへ↓
http://djsigmavsmtg.diarynote.jp/201307062307557258/
http://majimagichannel.blog.fc2.com/
◆注意◆
ここの翻訳は、権利問題に引っかかる事を防ぐため、訳者の独断と偏見で色々はしょった抄訳となっています。
一字一句訳してはいないので、ざっくりあらすじを読むような内容と思っておくと吉。
では、ドウゾ。
(あらすじ)
ラヴニカ中に広がる謎の力線、“暗黙の迷路”の研究にのめり込んでいたジェイス。しかし自分の研究が友人をギルドの抗争に巻き込んでいた。それを知ったジェイスはギルドの追及を逃れるため、研究の相棒であったカヴィン、そしてジェイス自身の“迷路”の記憶を破壊した。
記憶を失って気が付くと、友人のエルフ、イマーラ・タンドリスが誘拐されていた。
ラクドスとの戦闘を経て、ゴルガリの地底街の奥深くでついにイマーラと再開するが、そこに吸血鬼ミルコ・ヴォスクが現れ・・・
ギルド門侵犯(抄訳)
1章 A WANTED MIND (求められた記憶)
地下深くの洞窟のような部屋で、ジェイスとイマーラは上半身裸の吸血鬼、ミルコ・ヴォスクと対峙していた。
イマーラが治癒術をかけているが、ジェイスの体は未だヴァロルズの棍棒が直撃したダメージで軋んでいる。イマーラの強大なエレメンタルは消えていた。完璧なタイミングで来てくれたものだ。
「短命の者よ、我が主が価値を置くのはお前達の精神の中にある物だけだ。これから起こる事のためには、お前達の肉体は完全である必要は無い。」
ジェイスは何とか立ち上がり、構えた。
「彼女に指一本でも触れたら、お前を殺す。」
ヴォスクは牙を見せてニヤリと笑った。ジェイスが反応するよりも速く、ヴォスクはイマーラに突進した。イマーラの体が床を滑り、壁に叩き付けられて動かなくなった。ヴォスクはジェイスの方を向いた。
ジェイスは吸血鬼を止めようと呪文を撃つがその力は弱く、ヴォスクは腕で軽く払うだけで魔法を打ち消した。
ヴォスクはジェイスの肩を掴み、力づくで後ろを向けさせて首筋に噛み付いた。ジェイスが感じたのは、痛みや血を抜かれる嫌な感覚だけではなかった。
ジェイスは自分の思考が貫かれているのを感じた。精神攻撃で自分の記憶に侵入されているのが分かった。ジェイス自身の精神魔法をもっと強引にしたようなものだ。この上半身裸の吸血鬼が、ジェイスの記憶の一つ一つを取り上げて味わっているのを感じた。
反撃のマナが必要だった。力でもスピードでもこの吸血鬼には勝てない。だが、ジェイスがマナを集めるよりもはるかに速く、ジェイスの血が抜かれていった。
もはやこれまでと思ったその時、ヴォスクは牙を抜いてジェイスを離した。二人が離れると精神の接続が途切れ、ヴォスクは不愉快そうに口からジェイスの血を拭き取った。
「ばかな・・・お前は何も知らないだと?」
「遅かったね。君が手に入れようとしたものは、もう無くなったよ。」
「お前はそうするべきではなかった。事態はずっと悪い事になるぞ。私なら情報だけを “秘密なる者”(訳注:原文ではthe Secretist)に届け、お前達は無事に残す事も出来たのだ。」
ヴォスクはジェイスの方を見据えつつゆっくりと後退した。そしてそのまま立ち去った。
ジェイスは膝にイマーラの頭を抱えて座った。イマーラは息をしていたが、その息はかすかな物で、体に力は無かった。
ジェイスはテレパシーで助けを求めようとしたが、地下深くに入りすぎて、地上には届かない。そもそも、誰に救助を頼むというのか・・・?ジェイスは思い知った。この世界でジェイスが本当に知っている人の何と少ないことか。たとえ、多元宇宙の全てを見渡しても、ジェイスに関係のある人物はあまりにも少ない・・・。
もしイマーラを連れて他の次元に渡ることが出来たら、そうしていただろう。イマーラを連れて、どこか別の次元でギルドにもモンスターに狙われることなく平和に生きることができた。しかし、イマーラはプレインズウォーカーではない。その事が、ジェイスをラヴニカに繋ぎ止めていた。
ジェイスはイマーラの事を殆ど何も知らなかった・・・人の心を読めるのに、ジェイスは人の事を何も知らない。
「ジェイス・・・」
イマーラが呻いた。
「イマーラ。」
ジェイスはそっとイマーラの頭を起こした。イマーラは部屋を見回した。
「彼を殺したの?」
「僕の方が殺されそうになったけど、あいつは逃げた。大丈夫か?」
「私は平気よ。」
「頭から血が出てる。」
「あなたの方がひどいじゃない。」
「そうだね・・・君に治してもらってばかりだな。」
ジェイスはイマーラの顔を見たが、笑顔は無かった。二人はただ静かに、傷を癒し、破れた服を繕っていた。人目につくラクドスの死体も集め、イマーラの魔法で苔や菌を生やして覆った。
「君を議事会に帰そう。」
イマーラが頷いた。
◆
ラル・ザレックがギルドマスターの部屋に入ったとき、ニヴ・ミゼットは脈打つ光の線で描かれた第十地区の立体図を見ていた。
「お呼びしましたか?偉大なる火想者様。」
ドラゴンは首を上げて翼を広げたが、目は立体図の方を向いていた。
「ギルド魔道士ザレック、お前は迷路の計画に力を入れてくれているな。」
「はい、ギルドマスター。あなたの指示でイゼットの魔道士のチームを編成し、第十地区の全てとその先をたどって来ました。この地区を走るマナの流れをたどり、古のギルド門を繋ぐ道を特定して来ました。また、ギルド門の正確な位置を認識する手がかりとなるアーティファクトを発見してきました。間もなく、答えが出来上がるでしょう。俺達はあなたのために、この迷路を解いて見せます。」
(俺が迷路を解いてやる。)内心でラルは思った。
しかし、ニヴ・ミゼットは既に関心を立体図の方に向けていた。
「時間が無い。お前には別のやって欲しい実験がある。個人的に興味がある事柄だ。」
「俺を迷路の調査から外すと?」
「ある意味では。」
「しかし、ギルドマスター・・・間もなくです。答えはもうすぐです。これはイゼットにとって重大な計画のはず。」
「確かに迷路は最優先事項だ。だが何者かが我輩の精神に干渉した。その者は使えそうだ。」
「俺はずっと迷路の調査を続けてきました。あと数日か、数週間で迷路のルートが分かります。」
「いや、お前では知ることは無い。お前は“法則”を理解していないからだ。お前は迷路の本質が見えていない、ゆえにまだこの計画に成功していないのだ。お前の精神は矮小だからそれは理解できる。だがそれゆえにお前を食い殺してしまいたくもなる。」
ラルは腕のガントレットから伸びるパイプを弄り、鼻で荒い息をしていた。
「我輩はその者の居場所も名前も知らぬ。だがその者の精神が僅かに接触し、顔は把握している。見つけて欲しい。」
ドラゴンは爪を動かすと、実物より明らかに巨大な男の幻が現れてラルを見下ろしていた。若い男で、青いフードの外套を着ていた。
◆
血魔女、イクサヴァは自ら大きな死体を引きずってラクドスの本拠地、リックス・マーディのホールを歩いていた。ホールの両側の壁には何人ものマスクを付けたカルト信者、トゲの首輪をつけたインプ、他にも様々な姿をしたラクドスの凶漢が鎖で繋がれていて、目の前を歩くイクサヴァに噛み付き、鎖を伸ばして襲い掛かろうとしていた。
死体を捧げなければ。あのベリムと名乗った青いフードの幻影使いは、いい見世物になるはずだった。しかしあの男はイクサヴァを出し抜き、配下を惑わして逃げおおせ、ショーを台無しにしやがった。あのベリムという青い魔道士は死ななければならない。
さらに不運なことに、奴はイクサヴァから情報を盗んだ。イクサヴァは、あのイマーラというエルフを誘拐するのに関わった。ラクドス卿はそれを喜ばないだろう。
洞窟のような部屋に、ギルドマスター、デーモンのラクドスは居た。デーモンの目と角は燃える鎌に照らされていたが、それ以外は煙で見えなかった。
「贈り物があります。ご主人様。」
「ああ、匂いがするぞ。こっちに持って来い。」
イクサヴァは死体を二つの溶岩が煮えたぎる穴の間に運んだ。
「もっと近くだ。」
声がした。イクサヴァは躊躇したが、声の方に死体を近づけた。
不意に巨大な腕が現れてその肉体を掴んだ。イクサヴァは、悪魔の王が頭上高くに死体を掲げ、爪でそれを潰し、滴り落ちる血肉を味わうのを見ていた。
ラクドスは死体を溶岩の穴に投げ捨てると、それは跡形も無く焼き尽くされた。
「お前から別の何かの匂いがする。魂の叫びだ。何かをしたいと渇望しているな。」
「はい、ラクドス卿。少々・・・面倒なことが。」
「どうやってそれを片付けるのだ?」
「一人の男が死ななければなりません。」
「ならば、良い知らせではないか。」
「奴は強敵です。」
「お前は教団の力、そしてこの俺の力の一部を持っている。それでも足りないのか?」
「奴が然るべき苦痛を受けるためには、もっと強力な力が必要です。」
ラクドスは影の中に消えていった。
「その男が与えた影響は良いものだ。お前の火は、他の我が下僕の誰よりも明るく燃えているぞ。」
「貴方に血と混沌を捧げましょう。」
イクサヴァが言った。
暗闇の中からラクドスが現れ、イクサヴァに二振りの鋸刃の剣を渡した。イクサヴァはそれを戸惑いながら受け取り、何とか感謝を示そうとした。
「きっと、これらは今まで鍛えられたどんな剣よりも肉を切り裂くことでしょう。」
「そのようなことは無い。」
イクサヴァは刃を眺めた。
「では・・・少し触れただけで灼熱の痛みをもたらす魔法が・・・」
「そういう類の者でもない。」
「それでは・・・一体・・・?」
「お前は鎖を斬ったことが無いのか?」
イクサヴァはすぐに反応出来なかったが、徐々に歪んだ笑顔が広がっていった。
「成程・・・有難うございます、ご主人様。」
両手にそれぞれ剣を持ち、イクサヴァは振り返った。
イクサヴァがホールに戻ると、鎖に繋がれた狂人たちが噛み付こうとした。
「さあ、暴れるよォ。」
一つ、また一つ。イクサヴァは鎖を切り落とした。鎖を解かれたインプや戦士がサディスティックな笑みを浮かべながらイクサヴァの後に続く。イクサヴァが歌うと、彼らも合わせて歌い出した。混沌の軍勢は、唸り声でベリムの名前を歌っていた。
◆
ジェイスはイマーラを連れて地底街の湿ったトンネルを歩いていた。
「ごめん。」
ジェイスがイマーラを肩越しに見て言った。
「何の事ですか?」
「僕を探した時、こんな事になるとは思わなかっただろう。いつでも厄介事がついて回る。」
「そうね。貴方に始めて会ったときから、あなたを中心にトラブルが渦巻いていた。でも貴方だけじゃありません。私は長く生きてきましたが、ギルドがこれほどの緊張状態になったことはなかったわ。誘拐。領域の侵犯。殺人。もっと酷い事になるわ。」
「僕が自分の記憶を壊したりしなければ、君をもっと助けられただろうに。」
「いいえ。貴方は、私と同じ事をしているの。どんな代償を払ってでも、私たちを守ろうとしていたのですね。」
「君を議事会に帰したら・・・トロスターニが君は安全だと分かったら、これを終わらせる事が出来るかもしれない。ギルドの緊張を取り除こう。君は平和の使者になる。セレズニアが、たとえラクドスが相手でも報復はしないと示せば。」
イマーラが笑顔を見せた。
「それは良い考えね。」
二人は陽の光に向かって階段を上がっていた。
「そうだ、イマーラ?」
「はい?」
「あの彫刻の葉を覚えている?連絡のためのアーティファクト。」
「ええ。」
「あれは動いた?」
「はい。聞こえたわ。その時私はラクドスに捕まっていたけど、聴いていました。」
「良かった。確かめたかっただけだよ。」
ジェイスは前を歩き、イマーラの顔を見なかった。その言葉の意味を知りたくなかった。だが、彼の声が聞こえたと分かるだけで、胸に暖かさを感じていた。
2章 UNFAMILIAR DEPTHS (知られざる深淵)
印刷されたその文字は、あまりにも厳かで逆らいがたく、公式文書である事は疑いようも無い。ラヴィニアは辞令を見て、落ち込んでいた。
その文書はまるでラヴィニアを挑発しているかのようだ。そこには、ラヴィニアにとって最大の名誉、第十地区全域におけるの法を守る最高責任が記されていた・・・“異動前の職務”の下に。
“新しい職務”の下には簡潔に、“監督官 新プラーフ”とだけ書かれていた。
これが単なる異動ではなく降格であり、ベレレンを捕まえられなかった罰であるのはラヴィニアも分かっていた。
イスペリアの命で今の仕事に移されるまで、ラヴィニアはオフィスの中で過ごすことは少なかった。彼女にとって、現場である第十地区を歩く事よりも素晴らしいものはなかった。舗装された道を歩くブーツの足音、夜のパトロールを終えた後の清々しい夜明け、取り押さえた敵の顔が地面にぶつかる感触に勝るものは無かった。
何よりも我慢できないのは、ベレレンを捜査出来ないことだ。カヴィンに会ったことでそれが再燃した。カヴィンは何年も前にアゾリウスにいた尊敬すべき法魔道士だったが、あのベレレンという男に精神を侵食され書き換えられたのだ。しかし今、彼女はこのギルドの本拠地に、自ら遵守する法によって縛り付けられている。
ラヴィニアはまるで夢遊病者のように階段を下りて、リーヴの塔の入口に近づいた。
「お疲れ様です。オフィサー・ラヴィニア。」
「こんにちは、サミール。」
ラヴィニアは門番に何か話を聞きたいだけだった。何でもいい。そう自分に言い聞かせた。
「動きは、ありましたか?」
「暴動は通り過ぎました。死傷者はいません。若干の器物損壊が出ています。」
当然、彼はラクドスのことを話していた。ラヴィニアは、報告を確認することしか出来ない。これも重要な事件であるが、ラヴィニアの頭の中にはずっとベレレンがいた。
「逮捕者は?」
「ありません。」
「良かったです・・・その、死傷者が出ていなくて。」
「おっしゃる通りです。」
この門を守る兵士の先、午後の明るい町並みを見た。そこには今も、人ごみを切り抜けるスリが、違法な賭け事に興じるごろつきが、他の堕落したギルドの工作員がいる。そのどこかでベレレンが自由に歩き回り、もっと危険な犯罪をやらかしているかもしれない。自分が中に閉じ込められている間に。
ほんの一瞬だけアゾリウスへの忠誠を忘れて門の外に抜け出しさえすれば、ベレレンを追うことが出来る。
「ラヴィニアさん!?」
「お願い、行かせてください。」
ラヴィニアは、外へ踏み出そうとして足を上げた。門番の顔が恐怖に染まっていく。道を塞ごうとはしなかったが、横に引いて道を明けようともしない。
しかし、ラヴィニアは振り返って塔の中心に戻った。スフィンクスの言葉は法と同じだ。自分が法に従って生きなければ、自分が追いかけてきた犯罪者達と何も変わらない。
ラヴィニアはカヴィンから託されたノートを取り出した。これを書きながら、自分の記憶が奪われていくのはどんな恐ろしい事だろう。イゼットの動きとも関わっている研究。これこそが、ベレレンが何者かを理解し、正義の下に引きずり出す鍵だった。
ラヴィニアは塔を上らず、逆に階段を降りて行った。地下の警備兵は鎧ではなくローブを着て、肩にフクロウを乗せていた。
「新プラーフの大書庫に何の用だ?」
「ちょっと調べ物を。」
◆
「お前は失敗した、ミルコ・ヴォスク。」
ミルコ・ヴォスクは地底街の奥深くの一角に居た。やはりギルドマスターの姿は見えず、声だけを交わす。ディミーアの支配者、ラザーヴの姿を見たこ者をヴォスクは知らない。だがその声はいつにも増して鮮明だ。ヴォスクは自分への敵意を感じた。
「我々の情報が間違っていたのです。ベレレンは何も知らないのです。申し訳ありません。」
「貴様は私の情報が間違っているというのか?ベレレンもエルフも連れてこないで、口先だけの謝罪で済ませるつもりか?やつらの情報はどうなる?」
「ベレレンの記憶には穴があったのです。彼は手に入れた情報を失ってしまっている。私にはその原因が分かりません。別の誰かが“飲み込んだ”としか・・・」
「別の誰か?ディミーアが訓練した“別の精神を飲む吸血鬼”が、迷路の秘密を狙ってベレレンを追ったとでも言いたいのか?」
「そうではありません、主よ。」
周囲の影が集まって人の形になった。フードの陰で顔は見えないが、ラザーヴの声で話していた。
「お前は失敗した。そのせいで自ら事に当たらなければならなくなった。お前には適切な罰を用意した。お前は・・・“忘れ去られる”のだ。」
ラザーヴがフードを取ってヴォスクに素顔を見せた。ヴォスクが驚愕で喘ぐような息をした。細部にわたるまで、ミルコ・ヴォスク自身の顔だ。
「シェイプシフター・・・」
ヴォスクは声を絞り出した。
「連れて行け。」
ラザーヴが言った。これまで命令を送り続けてきたしわがれ声が、ヴォスクの顔から出てくるのはあまりにも不自然だった。
無数のギルド魔道士が現れ、ヴォスクの腕と首を掴み、何らかの魔法が施された金属を肌につけた。そしてヴォスクに目隠しをして引きずって行った。臭い水たまりを、下る階段を、曲がりくねるトンネルの中を運び続けた。その間、ヴォスクは何日も運ばれ続けたように感じた。
最後に、魔法を使ってヴォスクは分厚い壁の中に押し込められた。ヴォスクは目隠しを取ったが、何も見えなかった。周りを調べたが、溝や出っ張りの一つも無い、平らな石の感触しかない。ヴォスクは、何も無い空間に閉じ込められていた。
ヴォスクの頭の中で笑い声が響いた。
「貴様を隠したのだ。そして、かつての最も信頼置けるエージェントから学んだ技で、貴様をそこまで連れてきた魔道士たちの記憶を飲み込んだ。これで私以外は誰も、お前が埋葬された場所は知らない。誰も。」
ラザーヴはそれ以上何も言わなかった。物音一つしなくなった。ヴォスクは闇の中、傷一つ無い壁に倒れこんだ。
それから少し後、闇の中でカサカサと物音がして、誰かの息が聞こえた。ヴォスクと一緒に誰かが居る。
「そこに誰か居るのですか?私の名はカヴィン。教えてください、ここはどこでしょうか?」
3章 STIRRING UP THE PAST (過去を求めて)
セレズニア議事会の寺院の庭。木や蔦が生い茂っていたが、それは大理石の柱に合わせて美しい模様のように手入れされていた。
すれ違った全ての人がイマーラを見ると頭を下げる。ジェイスはこのような光景は見たことが無かった。イマーラの佇まいから、たとえ地下世界の中でも、汚れや傷にまみれてもイマーラの佇まいから感じられる高貴さ・・・それは決して安っぽい地位や血筋によるものではなく、イマーラ自身の中にあった。
イマーラは議事会にとって英雄だった。あらゆる人が彼女に敬意を示す。
だがジェイスを見ると、みな顔をしかめて笑顔が消えた。ジェイスがギルドへの誘いを断ったのを知っているのか、それともイマーラが拉致されたのはジェイスのせいだと考えているのだろう・・・。
それでも、一人の年老いた女性がジェイスに、イマーラがくれたものに似た木の葉を模した彫刻を渡し、歓迎の意思を見せてくれた。
一人のエルフの男がイマーラとジェイスに近づいた。男がイマーラに笑いかけると、二人のエルフはダンスのパートナーのように手を取り合い、お互いの目を合わせた。そして二人は、丁寧な仕草で互いの額を触れ合わせた。それはキスをするよりも親密な行為のように感じられた。
ジェイスは、イマーラがこれまでで見たことが無いくらい幸せな様子に見え、驚愕した。彼女はこの男に特別な感情があるのか?
当然だが、ジェイスとイマーラはただの友人だ。そして自分自身の信念から、彼女の頭に忍び込むことは決してしなかった。イマーラは人間に特別な興味は無いと言っていた。
ようやく、エルフの男性が手を離した。
「彼が、ジェイス?」
イマーラはジェイスの顔を見た。
「あら、ごめんなさい。カロミア警備隊長、こちらが私の友人、ジェイス・ベレレンです。」
イマーラの目は謝罪しようとしていたが、頬は喜びで紅くなっている。二人で少し・・・旅をしていたの。」
ジェイスは、その男の肌があの吸血鬼のように冷たいような気がした。しかし意味は無い考えだ。カロミアが何を企んでいるのか、知りたいという衝動を感じたが、結局は自分が嫉妬している、それだけの事だ。
「すまない、カロミア。彼女から君の事は聞いていなかった。」
なんて子どもじみた皮肉だ。ジェイスはそう思ったが、その言葉に嫌な快感があった。
「イマーラを助けてくれて有難う。しかし、君は精神魔道士ではないのか?心を読めるのなら、知っているはずじゃないのか?」
「僕の魔法はそういうものじゃないよ。」
しかし、他の人はきっとそう考えているのだろう。ジェイスは精神の侵入者で、彼に合う人は誰でもかれでも心を読んで秘密を知られる。イマーラもそう思っているのであれば、果たして友人であるかも怪しくなってくる。ジェイスにセレズニアのギルドに加わるよう求めてきた・・・敵の手に渡してはいけない武器のように思っていたのでは・・・?
「ラクドスは彼女に何かを期待していたわけじゃないだろう?」
カロミアはジェイスの腕にひじを小突いて話しかけた。その仕草は妙に馴れ馴れしい。
「ラクドスじゃない。ディミーアに仕組まれていたんだ。そうだね、イマーラ?」
イマーラは頷いた。
「ディミーアの吸血鬼が送り込まれて、私たちをさらおうとしたの。特にジェイスに関心があったようです。」
「彼がディミーアにとって何の価値があるというんだ?おっと、君を悪く言うつもりじゃないよ。」
カロミアが聞いた。
「ジェイスはとても重要な研究をしていたの。ギルドの歴史に関する研究を。」
「何がそんなに重要な事だと?」
「覚えていないんだ。」
ジェイスは惨めに答えた。
「ジェイスは自分の研究を記憶から排除したのです。」
「そうか・・・空洞か。」
失望したカロミアが言った。ジェイスの中にさらなる疑念が生まれた。この“空洞”(訳注:原文ではempty vault。Emptyは空っぽ、Vaultは部屋、金庫室、霊堂などの意味)という言葉をどこかで聞いた気がする。
「君が思い出せないのが残念だ。精神魔道士はそう簡単に自分の記憶を無くすのか?だが、関係ない。ギルドパクトなき今、考えても詮無きこと。戦争の時だよ。他のギルドから私たちを守らなければ。」
イマーラが驚愕して目蓋を上げた。
「戦争を止める時でしょう。私立ちの役目はギルドの争いを止め・・・」
「イマーラ、あなたはギルドにおける自分の影響力を過小評価している。君が拉致された事は議事会で重大に受け止められ、多くの者が報復するべきだと考えている。イゼットが行動し、その裏でディミーアが関わるのなら警戒しないに越した事は無い。だが、それはトロスターニ様に聞くことだ。ギルドマスターは、貴方に会うことを待ち望んでおられる。」
◆
トロスターニを構成する三人のドライアドがジェイス達を見下ろしていた。彼女たちは調和の化身、三人の個が一つになった存在だ。
「イマーラ、戻ってきてくれて安心しました。」
「トロスターニ様、こちらがジェイス・ベレレンです。」
ジェイスはぎこちないお辞儀をした。
三人のドライアドがジェイスに笑顔で見下ろしていた。
「イマーラを連れ戻してくれて、感謝します、ジェイス。我々は個よりも全体を重んじ、誰一人として他の者より特別な人はいません。ですが、イマーラは我々にとっても重要な存在です。」
「それは僕も知っています。」
「ありがとうございます、トロスターニ様。」
「故に、我々はイマーラを信じて貴方を探しに行かせた。その甲斐はありましたか?」
「彼は全て忘れてしまったのです。」
カロミアがクスクスと笑っていた。
「ジェイスは私達が必要な記憶の一部を失ったのです。」
「では、これまでの事は何だったのでしょうか?」
トロスターニが言った。
「全くです。精神の魔道士は、こうも簡単に物を忘れるのでしょうか。」
ジェイスは恥ずかしさで体が物理的に痛くなりそうな気がした。カロミアの目を見ないようにした。今にも殴りたくなりそうだからだ。
「それでも、ジェイスの能力は役に立ちます。」
「そうでしょう。彼の能力でイゼットが秘密の計画を進めている事も、ラクドスがあからさまに攻撃的になっている事も、アゾリウスがギルドの緊張が高まって恐れていることも。だが、我々は既にそれを知っているではありませんか?皆さん。」
カロミアが言った。
「他に記憶があったのです。ですが彼は自分の記憶を破壊しました。」
「ならばそれほど重要な記憶ではなかったのでしょう。」
カロミアが気取ったようにニヤニヤと笑っている。彼はイマーラの手を握った。
「もし、貴方が許してくれるのなら、我々の一部は考えるのではなく、行動の人です。トロスターニ様、ラクドスは動いています。“私の”力が必要なときです。」
トロスターニはかすかに頭を傾けた。
「敵には償いをさせましょう。」
カロミアはジェイスに握手をした。
「ジェイス殿、あなたが記憶を取り戻すのを期待している。」
ジェイスはもう我慢できなかった。カロミアの心を読んでみた。この男の嫌な感じの原因を突き止めるのだ。
しかし驚いたことに、ジェイスの精神魔法は失敗した。ジェイスは男の手を引っ張り、面と向かって近くに寄せて、目を見た。再び精神魔法をかけた。しかし何も無い。心を読むことが出来ない。
カロミアの口は一直線だが、端だけが僅かに上がっていた。
「お前は何だ?」
「ジェイス、何をしているの!?」
「彼の心が読めない。彼の精神には何も無い。なぜだ?」
「ジェイス、止めなさい!カロミアのことは何十年も知っているわ!」
ジェイスはカロミアを離したが、彼から目を背けなかった。
「彼は自分を偽っている。」
「ジェイス、あなたは間違っているわ。」
イマーラが鋭く言った。
「付いて来てください。どうやら長居させてしまったようですね。私がギルド門に案内しましょう。」
カロミアがジェイスを連れて外に出ようとした。
「ラクドスを攻撃してはいけない。」
ジェイスはトロスターニに訴えた。
「だめだ。それがあいつらの狙いなんだ。」
「あなたがセレズニアの一員であればご忠告を聞き入れたでしょう。ですが、警備隊長カロミアは何年もの間、忠義ある戦士で助言者でした。」
もう止められない。セレズニアはラクドスに攻め込むつもりだ。この心を読めない怪しい男は、トロスターニとイマーラの信頼を勝ち得ている。何かが引っかかるが、記憶が無いのが仇となり全体像をつかめない。ジェイスは、陰謀という触手が何重にも蠢いてイマーラを捕らえようとしているのだけは分かった。
「イマーラ。ここは危険だ。僕と一緒に行こう。」
「駄目よ、ジェイス。私はギルドに必要なの。ここに残るわ。」
トロスターニの大樹のような高く伸び、三人のドライアドが腕を組んだ。
「警備隊長カロミアは貴方が生まれる前から議事会に仕えて来ました。我々はあなたの侮辱を受け入れることはできません。お引き取りなさい。」
ジェイスはイマーラを見た。イマーラの顔は、二人の間の絆を切り裂く刃ように鋭かった。ジェイスは木の葉の彫刻をイマーラの手に置いた。
「これを受け取って。万が一、僕が必要になった時のために。」
この小さな葉の形をしたものが何かの機能を持つのか、ジェイスは知らなかった。イマーラは何も言わない。
「さあ行こうか。」
カロミアがジェイスの腕をとって言った。
◆
その場所は完全に焼け落ちていた。ラル・ザレックが焼け残った壁を足で軽く押してみると、粉々に崩れた。
偉大なる火想者があの謎の男の情報を求めていたが、彼は失望するだろう。
「ここは間違っているのでしょうか。」
ゴブリンのスクリーグが頭を掻きながら言った。
「いや、この辺りの連中が確かにここだと言っていた。ここにあの男はいたんだ。」
「全部燃え尽きてはないかもしれません。灰の中を調べましょう。何か残っているかも。」
「アゾリウスとボロスがここを調べている。何も残ってないだろう。」
「彼らが見落とした何かがあるかも。」
スクリーグの楽観的な態度はラルを苛立たせた。しかし、他に手は無く、今のままでは手ぶらでニヴ・ミゼットの元に帰るしかない。
「仕方ないな。何でもいいから記述されたものを探すぞ。調査の紙、地図、ノートだ。」
しかし、それでも何も見つからなかった。
スクリーグが灰の中から空気を求めて立ち上がり、咳き込んだ。
「探知術をかけ続けました。この書斎には書き込みも、石に刻んだ跡も、ルーンのパターンもありません。全部燃えてしまいました・・・。」
だが、このまま何一つ手がかりも無いままニヴ・ミゼットに合わせる顔は無い。それ以上に、ラルはこのベレレンという魔道士が自分を出し抜いたとは認めたくなかった。
「燃えてしまった・・・そうだ。燃えた。だが、“ここ”にある。」
ラルは、手を叩いた。
「スクリーグ、灰を浮かべろ。」
「浮かべる・・・ですか?」
「そうだ。全部だ。」
「そのような魔法はゴブリン一体の手に負えるものでは・・・」
「いいからやれ!」
「い、イエッサー!?」
スクリーグは深呼吸し、重力操作の呪文を唱えた。灰や木の屑などが浮かび上がり、渦巻く雲のようになった。やがてスクリーグ自身も宙に浮かび、呪文を維持しようと集中している間、ふわふわと空中を転がっていた。
「石やレンガは要らないから落とせ。灰だけを残す。」
スクリーグは自分のガントレットを操作した。いくらかの破片が落ちて、より純粋な灰の粒子だけが残った。
「やった!出来たみたいですよ!」
「次はガラスや木の破片を取り除いてみろ。」
再び、スクリーグが呪文を変化させると、雲の中からさらに埃が分断された。残ったのは空気の流れで渦巻く灰だけになった。
「では、灰を一箇所に集めろ。それから、そこをどけ。」
スクリーグが術のあまりの複雑さに呻いていた。灰の雲を小さく集めて平らな紙のように凝縮した。
ラルがそれに近づき、凝縮された灰に自分の魔法で電気を走らせていく。その魔法によって似た物質のものが繋ぎ合わされ、格子状のものに固定された。
「よし。これ以外は全部落とせ。」
スクリーグが安堵の息を吐き、呪文を解除して落下した。
「・・・ルートだ。」
ラル・ザレックは電気の磁場を発生させ、灰の中からパズルのように粒子をつなぎ合わせてノートを復元したのだ。
「ベレレンは“迷路”を通るルートをいくつか発見していた。暗号化されているが、使える。こいつ、もう少しで迷路を解いていたところだ。スクリーグ、どこだ?」
灰のたまった穴の中から、腕が出てきた。スクリーグは起き上がってラルの足元に来た。
「これでベレレンを見つけられますか?」
ラルはニヤリと笑った。
「スクリーグ、もうベレレンは必要ないよ。」
(・・・もうニヴ・ミゼットすらも必要ない。)ラルは考えていた。
お久しぶりです。明日は現環境現ルールの最後のスタンになるGPTに行って来ますが、その前に
ウィザーズ本社にメール突撃をして翻訳許可を確認していましたが、一向に返事が来る見込みが無いため、試しにある程度省略した訳を掲載してみます。
一応他のネットやブログを見ながら、細かい地の文は省略して、細かい心情を描いてそうな部分、会話シーン、戦闘シーンは厚めの翻訳という方針で行きます。
それでは、我らがニートの活躍をどうぞ。
(ていうか長すぎるんで前後編に分けます。Diary Noteって記事を畳むことっでできないのでしょうか?)
1章 KNOCKING ON DOORS(ドアを叩く)
全てが建物に覆われた巨大都市の次元、ラヴニカ。その一角、第十地区。
ジェイス・ベレレンは街のいたる所、それも道の裏側のような外側から見えないところに不思議な幾何学模様が張り巡らされていることに気付いた。以来、ジェイスはその暗号のようなものの研究と解析に没頭していた。最後にまともに髪を洗ったのは、まともな睡眠を取ったのはいつだったか。ジェイスは自分の研究所に引き篭もって一歩も動かず、本当に目を開けられなくなるまで眠らずに研究を続け、近くの市場や通りの店にも顔を出していなかった。
ヴィダルケンの相棒、カヴィンがこんな姿をみたら研究を止められるのではないかと思った。カヴィンは論理的で現実的志向の強い男だ・・・ジェイスのような強迫的衝動というものを持ち合わせていない。
そうこう考えているうちに、ふとドアをノックする音が聞こえた。
◆
地底街の忘れられた空間、地面の下を数時間に渡って進んだ先にある場所で、古いレンガの壁が内側に向かって爆発し、楕円形の穴が開いた。プレインズウォーカー、ラル・ザレックは自分が空けたばかりの穴から足を踏み入れた。生焼けのような腐った空気に埃が飛び散る中、彼の篭手に取り付けられた器具が音を鳴らしながら回転し、マナの残滓が小さく光っていた。
部下のゴブリン、スクリーグが部屋を調べ、他の場所よりマナの濃度が高いことを示す。すぐに他のイゼットの魔道士たちが後に続き、部屋中に解析の呪文をかけていった。先ほどまで暗闇だった部屋はイゼット団の魔法で明るく照らされている。
「スクリーグ、マナ・コイルだ。すぐに準備しろ。」
スクリーグはらせん状になった銅の器物を床に設置した。他のイゼットの研究者たちもその錬金術によって作られた装置を囲んで騒がしく議論を始めている。紅色と翡翠色の宝石がアーティファクトの端で光り、すぐにブーンという音を立てた。
「間もなく準備が出来ます。」ゴブリンが告げた。
「“間もなく”だと?偉大なる火想者が“間もなく”で満足されると思うのか!?」
「申し訳ありません。しかしコイルには時間が――」
「もっといい動力源に接続したらどうなのだ。この部屋に例の“力線”があるというのなら、下にマナの源泉があるはずだ――古いマナ源、おそらく何世紀も使われていないやつだ。」
「確かにここは深いマナの泉があります。」
イゼットの他のギルド魔道士が眼を閉じて言った。
「しかしコイルがオーバーヒートします。これは直接マナの泉に接続されるのです。それほどの力は――」
「マナを全部俺に向けろ。これが捜し求めている“力線”か、俺がすぐに判別してやる。」
ラル・ザレックが指示を飛ばしているところに、何人もの足音が聞こえてきた。
「その不自然な実験を止めろ。」
苔や菌類が生えて虫が這い回る鎧、髪に編みこまれた石や骨の欠片などの不気味な格好をしたゴルガリ魔道士の集団が現れた。
「この場所を去れ。ギルドマスターのジャラド様はこの一帯をゴルガリ団の所有物と定めておられる。」
声の主、エルフの女性はごつごつした杖を持っていた。彼女は大きなネズミの骨で飾られた先端をラル=ザレックに向けた。
「お前。今すぐ立ち去りなさい。」
「ここはただの廃墟になって放置されたトンネルだ。だれの物でもないよ。」
「文明が捨てた全てのものは我々の所有物となるのだ。」
ゴルガリのエルフは冷たく嘲笑って言った。
「そうかい、あんたらがどこの穴から沸いて出てきたのか知らんが、さっさとそこに帰りな。ドラゴンのニヴ=ミゼット様が今はこの場所と――彼がイゼットの役に立つと考えた全ての使われていない土地の所有者だ。」
ゴルガリ団の抗議はもはや言語の体を為していないしわがれ声となっていた。ラルは殆どすすり声のような音が聞こえたと思った。
「このような侵入はギルドパクトの下では違法だ。」
「で、今やギルドパクトは無くなっているじゃないか?実験を進めろ。我らがドラゴンは研究成果を待たされるのがお嫌いだ。」
ゴルガリの魔道士達は冷たく笑った後引き下がり、影の中へと消えていった。
安堵するスクリーグ。だがその直後に、部屋中の瓦礫や苔、打ち捨てられていた骸骨が次々と起き上がり、不死の怪物となってイゼット団に襲い掛かってきた。
「糞ったれのどぶエルフめ!」
ラルが怒声を上げた。
「何をぼけっとしているんだ!こいつらを殺せ!」
すぐに交戦状態になるが、倒しても倒しても再生して再び襲い掛かってくる命を持たないクリーチャー達は、徐々にラル・ザレックとイゼットの魔道士たちを追い詰めていく。
部下たちの叫び声が聞こえ、ラル自身にも無数の触手が叩きつけられる。
「何かにつかまれ!」
ラルは魔力ケーブルを直接自分の篭手の機械に繋ぎ、可能な限り多くのマナを引き込んだ。嵐のエネルギーが巻き起こり、ラルを中心に大爆発が起こる。ゴルガリ団が放ったモンスターたちは、爆発のエネルギーで跡形も無く消え去った。
イゼット団の部下たちは黒焦げになりながらも何とか生き残っていた。
「スクリーグ、マナ・コイルだ。もう一度回せ。実験を終わらせるぞ。」
「すみません。」
イゼットの研究員の一人が、爆発によって崩れた天井を見上げていた。
「これを見たほうがよろしいかと。」
◆
「こんばんは。」
訪れたのは、エルフの女性、昔なじみのイマーラ・タンドリスだった。迎え入れるジェイスだが、すぐにそれを後悔する。ジェイスの家は、カヴィンと集めた石細工の欠片やノートの山で埋め尽くされて異常なほどに散らかっていた。
「考古学でも始めたのですか・・・?」
「新しいプロジェクト、といったところかな。仲間と僕は古い石造りに刻み込まれた文様を調査している。この地区のありとあらゆる場所で同じ模様を見た。そいつらは繰り返される要素を持った一連の図形のパターンになっている。興味深いよ。この通りのほとんど全ての建物が同じ廃棄所から回収した石を使っているって知っていたかい?」
「知りませんでした。」
「どうしてオヴィツィアから?」
「私は今、この第十地区に住んでいます。」
イマーラは小さな何かを大事そうに握り締めてジェイスに渡す――葉脈まで複雑に描かれた木彫りの葉のブローチ。それは熟達した職人が彫ったとしてもあまりにも精巧すぎる。魔法によって練成されたものに違いない。
「これは?」
「贈り物です。我がギルドマスターからの。」
「ギルドマスターだって?」
ジェイスは彼女の肩に留められている小さな木の形をしたピンを眺めた。
「ギルドに入ったのか?」
「私は帰ってきたのです。セレズニア議事会に。私は何年も前から所属していました――それもあなたが生まれる前からですよ、人の子よ。そして議事会が再興した今、私を呼び戻したのです。あなたはギルドがいかに前の姿を取り戻したか、ご覧になるべきです。」
「正直に言うと、僕はここ最近この建物の外すらもまともに見ていないよ。」
ジェイスは肩をすくめて言った。彼は自分の髪の毛があらゆる方向に跳ね上がっているのに気付き、イマーラが訪ねてきたことで、彼の身だしなみの基準は大幅に上昇した。
イマーラはしっかりとジェイスを注視した。
「あなたはギルドパクトについてどれだけ知っていますか?」
極めて答え方に困る類の質問だった。ジェイスはイマーラに対し完全に正直ではない・・・ジェイスは自分がプレインズウォーカーであることを隠してきた。殆どの人は自分たちが暮らしている所の他にも次元があるなど考え付かないし、自分たちの故郷がいくつにも連なる世界の一つでしかないなんて聞いても良い思いはしない。そのため、会話の中でもジェイスはラヴニカで生まれ育った人のように演じてきた。
「僕は政治のことはあまり分からないよ。」
「ギルドが復興したとしても驚くことではありません。ギルドは歴史の柱のようなもの。何千年ものあいだ、我々の文明全ての中心で、ギルドパクトがそれらを一つに繋いでいました。ですが、ギルドパクトは無くなりました。解消されたのです。条約や法律は何の魔法的な拘束力を持ちえません。ギルドの指導者たちはもはやかつての規制に縛られてはいないのです。」
ジェイスは力を追い求めていた人々に思いを馳せた――リリアナ、テゼレット、ニコル・ボーラス。彼らがいつでも自分たちの力をより大きな力を得るために利用してきたのを思い出した。
「権力の中心にいる連中は、いつでもその限界を破りたがる。」
イマーラが頷いた。
「その境界が無ければ・・・」
「そいつらが自分たちのあるべき領域を踏み越えようとしているんだね。」
「もう動き出しています。」
「誰だ?ラクドスか?」
「いいえ、イゼットです。イゼットの魔道士たちが他のギルドの領域で違法な調査を始めたのです。」
イゼット団――ジェイスが暗号の刻まれた石のアーティファクトを掘り返していた時に、よく姿を見た魔法研究員たちと同じギルドだった。
「しかし、それは法魔道士たちの仕事じゃないのか?アゾリウスが境界を維持するべきでは?」
「彼らはそうしようとしています。アゾリウス評議会は他のギルドの要請に応じて毎日のようにイゼット団に対して禁止命令や規則を作り続けています。ですがギルドパクト無くしては、アゾリウスはただの牙を失った官僚です。彼らの法制度はただの紙に書かれた文字に過ぎません。ニヴ=ミゼットはまるで気にしていないようです。」
ニヴ=ミゼットはイゼット団の創設者にしてギルドマスターでもある。もしもイゼット団が新たな計画を企てていたと言うのなら、彼がその出所のはずだ。
「そのドラゴンは何と言っていた?」
「何も。イゼット団が何を行っているのか、彼らは秘密にしているのです。」
「そして君は彼らのプロジェクトが何なのかを調べたいのか。」
「トロスターニ、我がギルドマスターは、イゼットが計画していることを早急に明るみに出さなければならないと考えておられます。しかし、もし彼らが協力をしなければ、ギルドの間に不信が広まるでしょう。緊張が生まれます。ギルドをバラバラにする紛争を引き起こすかもしれません。」
イマーラの表情からはいつになく差し迫っている事が伺えた。ギルドへの忠誠心を超えて何かを案じている。ジェイスは彼女が他の誰かを守ろうとしているのではと考えた。
「僕に何が出来る?」
イマーラは輝くような笑顔を見せた。
「私たちのギルドに加わって。力になって。この地区と、全ての地区の平和を守るために、イゼットが何をしようとしているのかを知りたいのです。」
「僕に、君たちのギルドに入ってほしいと言うのか?」
「議事会はあなたを歓迎するでしょう。セレズニアは我々が共存するために一つになることだと信じています。ジェイスあなたの素質――あなたは人と繋がることができるすばらしい能力を秘めています。」
「・・・僕には分からない。」
一つのギルドに加わることは自分自身を一つの価値観に縛り付けることを意味する。何より、それは彼自身をラヴニカの次元へと拘束することになる。仮に選ぶとしても、それがセレズニアになるとは確信できない。ジェイスは周囲を見回し、曖昧なジェスチャーで研究材料を示した。
「僕にはやるべき事がたくさんある・・・今はギルドに加わるとは約束できない。」
「ですが、あなたなら多くの人々を救うことが出来ます。あなたには人々と絆を持つ天性を持っています。我々は同じ目標に向かって働くことが出来ます。私たちは真実を学ぶことが出来ます。共に。」
ジェイスは躊躇した。この時のイマーラのようにジェイスの事を好意的に見る人はこれまで多くなかった。彼女がそのような見方をもっと長く続けてくれるような何かを言いたかった。イエスと答えてイマーラの顔がもっと明るい笑顔になるのを想像した――イマーラの手を取り、君の仲間になって君を助けるのが僕には何よりも大切なことだよと、言ってやれたなら・・・。
しかし、ジェイスは出来なかった。
「ごめん。僕はセレズニアには入ることは出来ない。でも、別のやり方で助けることなら出来る。」
イマーラの笑顔が溶けて消えた。
「あぁ。遅かったのですね。もう他のギルドに入ったのですね?」
「いや、そうじゃない。」
彼は他の次元で過ごした日々を思い出した。多元宇宙の隅々に広がる彼を惹きつけてきた謎の数々に思いを巡らした。
「僕は、その・・・あんまり他と繋がりすぎるのは好きじゃないんだ。」
その言葉が彼女に響いた。
「分かりました。」
イマーラは立ち上がった。元の上品で礼儀正しい立振舞いに戻っていた。
「では、私は行かなければなりません。ギルドの仕事がありますので。お時間を頂いて有難うございます。会えて良かった。」
「いや、イマーラ、ごめん。僕はただ・・・どのギルドの政治にも関わる余裕が無いという意味で。大事なことを調べていて、時間がいくらあっても足りない。これが解決できたら、ぜひ君を助けるよ。」
「あなたを心待ちにしていますよ。」
ジェイスの家のドアで、イマーラが振り返った。
「あなたにあげたあの葉は、樹彫師が作ったセレズニアのアーティファクトです。あなたが望むなら、私と連絡を取るのに使うことが出来ます。ただ起動の合言葉を唱えるだけで、私はあなたの声を聞くことが出来るようになります。」
ジェイスは手の中の贈り物を見た。
「その言葉は?」
「“君が必要だ。”」
◆
予想外の収穫だった。イマーラを追跡していたミルコ・ヴォスクは二人の会話を聞いていた。暗がりの中でも彼の瞳は猫のように輝き、夜の寒い中でも上半身は何も着ていなかった。このイマーラはジェイスに関心を持っている。ジェイスは何らかの魔道士で、暗号のような物を調査していた。これこそが主の求める有益な情報。ヴォスクは夜空へ飛び上がり、去っていった。
◆
イゼットの魔道士を見つけるのは難しくはなかった。ジェイスは爆発音を聞き、驚いた鳥たちが街の向こう側で飛び去っていくのを見た。爆発の元をたどり二人の魔道士を追跡した・・・人間とゴブリン。ジェイスが見聞きしてきた限り、これがイゼットの調査のやり方だ:何かが吹っ飛ぶまでエネルギーを加え続け、結果を観察する。
ジェイスは二人の思考を簡単に読み取った。ゴブリンのスクリーグは人間の助手か、あるいは弟子であるようだ。人間はラル=ザレックという。
「エネルギーは期待できるものでしたが、何の門が開く前兆もありませんね。」
スクリーグが言った。
「偉大なる火想者に何と言えばよいのでしょう?」
「それは俺に任せておけ。」
「ディミーアは自分たちの門を持たないということでしょうか?」
「それはあり得ない。門はある。どこかで俺達を待っている。俺達はただもっと深く調べるだけだ。」
「なぜ分かるのですか?なぜ我々が求めるものを見つけるだろうと?」
「この道は俺達のために古代の人々が作ったんだ、スクリーグ。パルンがこれを全部仕掛けた。分かるか?ギルドの一つの創設者が、この地区一帯にパズルを仕掛けた、俺達に見つけてもらうために。」
「もちろんです。しかしなぜそれが我々のためにあると思うのですか?」
ザレックは鼻息を立てた。
「俺達が最初に見つけたからさ。」
この間、ジェイスは不慣れな尾行に四苦八苦していた。自分の姿を隠す魔法もあるが、尾行を続け、さらに精神から会話を読み取ることまで同時に続けられるとは思えない。
「これは第一歩に過ぎない。ニヴ=ミゼットによると、暗号は俺達にもっと多くのことを伝えている。門を発見するだけでは足りない。門の先に何があるかを知るためには、そこへの道を見つけなければ。」
ザレックが言うと、スクリーグが両手を握り締め、顔を輝かせてザレックのほうを見た。
「うわぁ!何があるんだろう!」
「あいつは礼儀知らずなトカゲじじいだ。自分が知っている秘密の全てを俺に話そうとしない。だが俺は、俺達が探しているものが何か分かる気がする。」
徐々に二人はジェイスから離れて行き、会話を聞き取るのが困難になっていった。
「俺はどでかい兵器だと思っているよ、スクリーグ。ここ第十地区に隠されている。古のギルドの創設者たちは、ギルドパクトがいつまでも続かないと分かっていた。俺が思うに、その中の一人は、もしギルドパクトが崩壊したら一つのギルドが立ち上がって他の全てのギルドを支配しなければならないと予見した。だから俺達に兵器を残したんだ、スクリーグ。そしてそれを手に取るに値する人物だけが見つけられるように隠した。“俺達こそ”がその人物だ、そう思わないか?だから、ラヴニカは俺達のものになるということだ。」
兵器・・・ジェイスは考えた。暗号、門、道、それらの全てが何かの兵器を隠している。少なくともザレックは、そう信じていた。
イゼットが支配する領地の入り口に到着した。スクリーグとザレックは、巨大なミゼット印章が飾られた大型の丸い転移ゲートへと階段を上っていった。
ゲートが開かれ、向こう側からこちらを覗き込んでいるドラゴンの頭の影を見て、ジェイスは驚愕した。それは彼らの帰還を待っているニヴ・ミゼットその人だった。
「私のために何を見つけてくれたかな?」
そのドラゴンの声はジェイスの隠れている場所まで聞こえるほど大きく響いた。しかしジェイスは返答を聞くことが出来ず、二人はすぐゲートの向こう側に行ってしまった。
ジェイスは全ての秘密の裏に何が眠っているのか、後一歩のところまで近づいていると感じていたが、厳重に警備されたイゼットの転移ゲートに忍び込もうとすれば、確実に捕まるだろう。ジェイスには一つの可能性があった。ゲートが閉まる前にドラゴンの精神に侵入しなければならない・・・あえて危険を冒すのなら。
ジェイスは実行した。
2章 INTO THE FIREMIND(火想者の中へ)
ジェイスはマナを集め、精神魔法を矢のように撃ち放った。全ての記憶を間違いなく知り尽くす時間は無かった、そこで彼はひとつの事だけに集中した・・・迷路についてミゼットが知っていることを見つけるのだ。
地獄の業火が嵐のように渦巻いているような混沌の中、一定の思考パターンを発見した。それはドラゴンがこの計画に取り付かれているような強迫だ。ミゼットの精神の中でそれは“暗黙の迷路”と呼ばれている。“迷路”はラヴニカ自体の表面に刻みこまれたパズルで、その謎は未知の力へ導くと信じられていた。
そしてドラゴンは暗黙の迷路の背後に隠されている物を知っていた。ジェイスはなぜニヴ・ミゼットが、ギルドの全てを迷路のために動くよう仕向けたか、理解した。
イゼットのゲートが閉じられてミゼットとの接続が失われていく中、ジェイスは彼の侵入が気付かれてしまったのを感知した。捕食者に発見された獲物のような感触。
◆
「ジェイス、戻ってきてくれて良かったですよ。」
ジェイスは自分の研究所に戻ると、ヴィダルケンの共同研究者、カヴィンがそこにいた。おそらく彼らが見つけてきた暗号のかけらの解析に取り組み、ジェイスが一瞬にして知ってしまった事を今も必死で見つけ出そうとしていた。
「カヴィン、話をしよう。」
カヴィンは新鮮なインクで文字が書き込まれた一枚の紙を綺麗な手でひらひらさせた。
「そうするべきです。あなたはこれを聞きたいはずだから。私はある発見をしました。」
「僕もだ。」
「すばらしい。では、そうですね・・・。私はこれまでに二人で集めてきたサンプルの全てを調査してきました。石造り、瓦礫、アーティファクト。そして私はある法則性を見つけたのです。」
「カヴィン。」
「暗号です。これは古えのアゾリウスの法的な書体で、何百年、もしかすると何千年もの前のものです。我々はこれを容易く解析できる人を見つけなければいけません。ですが実は、私はアゾリウスのルーン文字を扱える施設を偶然ですが持っています。昔の趣味といったところで――」
「カヴィン、聞いてくれ・・・」
「今までその暗号を見ることが出来なかったのは、私達がそれを正しく繋ぎ合わせていないから、またサンプルが年月で朽ちて不完全だったからです。しかし私は暗号が示すいくらかの単語や意図を推定することが出来ます。」
「カヴィン、僕は暗号が何を意味するのかを知っている。」
カヴィンは目をまばたいた。
「あなたが?」
「僕は・・・ちょっとだけ尾行をした。イゼット団が僕たちと同じ謎を調査している。」
ジェイスは説明した。街中に張り巡らされた謎の暗号を、イゼット団は“暗黙の迷路”と呼んでいる。イゼットはその解析のための実験を繰り返していた。
「君と僕はその間ずっと、イゼット団と同じ道をたどっては、彼らの残りカスを拾い集めていたという事だ。」
ヴィダルケンは人間のように表情をみせることは稀だが、カヴィンが動揺しているのは分かった。この謎は彼自身の好奇心にとってはスリルであったが、カヴィンはそれを追い求めるべきか、深い迷いを生じているのだろう。
「ジェイス、イゼットはただの研究のライバルではありません。ギルドマスターはこの競争を好意的には受け止めないでしょう。」
「分かっている。しかし、僕が気になるのは彼らと競うことじゃない。迷路の終わりに眠っているものだ。何かとても、とても危険なものが隠されている。ギルドの均衡を変えてしまうもの。僕たちの世界を変えてしまうほどの何かだ。」
「それは何でしょう?」
「力だ。イゼット団はこの迷路が何らかの形で強大な力を与えると信じている。もしかしたら兵器かもしれない。僕はそれが正確には何かを知らないが、おそらくニヴ=ミゼットも分かっていない。」
カヴィンがドラゴンの名前を聞いて目を大きく見開いたが、ジェイスは続けた。
「もしそれがあのドラゴンにそれほどの衝動を与えるのであれば、もし彼がその時間に見合うものだと考えるのであれば、恐らく彼の手に渡ってはいけない。僕たちはこの謎を追わなければいけない。あのドラゴンよりも前に、迷路の終わりに何があるかを知らなければならない。」
「ジェイス、この情報を、実際に誰がもたらしたのですか?」
「あのドラゴン、ニヴ=ミゼット本人だ。彼の精神の中でそれを見た。おそらく、彼も僕を見たかもしれない。」
「ジェイス・・・」
カヴィンは目を強く閉じた。彼は青色の頭に指を紫色のあとが出来るまで押し付け、何度か深呼吸をした。
「ジェイス、もう終わりです。ギルドが何かを求めたとき、どうなるか分かっているのですか?彼らは命を奪う。人々を利用する。関われば、何をされるか分からない。」
「だから、僕たちが関わる“必要”があるということではないのか?これが重要なことだと思わないのか?」
「もちろん、重要です。これが深刻な事態である事は分かる。だからこそ、この計画を中止し、研究の痕跡を全て破壊し、この地区を離れるのです。」
ジェイスは一人でも突き進みたかったが、無限連合にいた頃を思い出した。彼が強大な存在に立ち向かっているとき、大切な人たちが傷ついていると知ったあの頃を。ジェイスは自分自身が破滅に追いやってしまった親友カリストの事を思い出した。次にカヴィンのことを考えた。才能ある男だが、ギルドマスター達に目を付けられたらひとたまりも無いだろう。そして、イマーラ。彼女は何度もジェイスの命を救ってくれたが、ジェイスは彼女に危険だけをもたらしてきた。彼女は、ジェイスのせいで暗殺されそうになった。
「では?」
カヴィンが問う。
◆
人気の無い夜の交差点にたどり着いたミルコ・ヴォスクは、周囲に人がいないことを確認するとレンガの壁の一つをすり抜けた。その先は迷路のような地下通路になっている。先へ進んでいくと乱雑な地下墓地に出た。彼は主人の存在を感じることが出来た。
「知らせがあります、主よ。」
「ベレレンのことだな・・・うむ、分かるぞ。」
声がした――あらゆる方向に、擦れる様な声が辺りを覆って通路にこだました。
「彼は何かを知っています――ギルドに価値のある何かを。」
「そうだ・・・奴は我々に必要な道具かも知れんな。」
ヴォスクは振り返り、彼の周りの壁に向かって話した。
「彼から“吸って”やりましょうか、我が主よ?」
「もう一人の方について話せ、ヴォスク。あのセレズニアの小娘からお前は何を感じる?」
「あなたが予感したとおり、彼女はトロスターニに気に入られています。彼女から得られるものは増えていくでしょう。そう感じております。」
かすれた声が聞こえてくる。
「我々は一方に圧力を向けることで、もう一方から注意を背けている、そうではないか?」
「はい、我が主よ。」
「そこで我々は教団を利用してエルフを、エルフを利用してベレレンを手に入れようではないか。」
「お望みのままに。」
「・・・お前は私の最も信頼できるエージェントだ、ヴォスク。だがもし失敗すれば、お前のあばら骨を全て木の屑に変えてやるぞ、息をするたびに心臓が貫かれるようにな。」
「かしこまりました。」
ヴォスクが言った。それ以上の声は聞こえてこなかった。
◆
イマーラはセレズニアのギルドマスター、3人のドライアドが一つになった存在、トロスターニに謁見していた。
トロスターニはイマーラに対し、大自然に宿る精霊を召喚する魔法の習得を命じる。イマーラは感謝の言葉を述べ、イゼットの計画を巡るギルド間の緊張について問いかけた。
「ギルドマスター様、ギルドパクト無くしてギルドを守る術はあるのでしょうか?」
「我々が一つになることによってのみ。」
三人のドライアドから優雅に言葉が流れ出た。
「ギルドはこの世界における信念を体現するもの、我々が信じること無くして生きていけないのと同じように、彼ら無くしては生きていけないのです。」
イマーラの元に、一人の使者が明らかに彼女を探している様子で走ってきた。
「イマーラ=タンドリスですか?」
彼は巻物になった手紙を渡した。
「送り主は、ベリムという方です。」
ベリムはジェイスがイマーラに最初に会った時の偽名だった。彼女は手紙を解いて読んだ。
イマーラへ、
すまなかった。君がなぜギルドの動向を調べるために僕に加わってもらおうとしたのか分かった。なぜ他のギルドがイゼットに対して警戒と敵意を向けているのか、なぜ君と君のギルドが後々に備えてあらゆる助けを捜し求めているのか理解できた。だけど、残念だが、僕は君を助けられない。
相棒のカヴィンと僕はイゼットの計画の源へとたどり着く手がかりを発見した。しかし、これが僕たちの調査の終わりだ。それがとんでもない危険を招く事になってしまい、カヴィンの説得で研究を完全に放棄することにした。実のところ、僕はもう一歩踏み込んだ事をするつもりだ。僕は間もなく、これらの研究に関わる僕たちの記憶を破壊する。この先僕と会って今回のことを聞いても、僕はこの手紙を含め何も思い出せず、君の質問を理解できないだろう。この手紙は君に今後の僕が不可解な言動をする理由を説明すると同時に、君を助けることが出来ないことへの謝罪を伝えるものだ。
申し訳ない。君はきっとがっかりするだろう。僕がこうする理由をいつか君が理解できることを祈っている。そして我が友よ、君が自分自身の安全を考えて、イゼットの行動への不安を捨ててくれることを祈っている。
ジェイス
イマーラは手紙を握り閉めると、一番速い移動手段を頼んだ。
3章 MIND SCULPTING (精神を刻む)
ジェイスは研究所のすぐそばにある近くの宿屋にいた。研究所を見下ろせる上階の部屋にカヴィンをなだめながら案内した。
カヴィンは自分の髪が無い頭に手をやった。カヴィンはヴィダルケンならありふれた殆ど毛髪がない青い頭、平たい顔立ち、明晰な頭脳を持っていたが、この種族にしては気が短く、ジェイスはそこが気に入っていた。
「ここで何をしようというのですか?」
「書類は何も持ってきていないね?ノートを隠していたりしないか?あの暗号の解読表も解読文も持ってきていないな?」
「え?そうです。全て置いて来ました、あなたが頼んだとおりに。」
「よし。」
ジェイスは自分が雇った傭兵に信号を送った――グルール一族が誇る優秀な戦士。ジェイスは最も好戦的で知的好奇心の無さそうな双頭のオーガ、ルーリク・サーを選んだ。あの研究所を破壊するために。
「やれ。」
ジェイスは傭兵の意識に語りかけたが、返事は言葉にもならない雄叫びだけだった。
外では例の建物の方からガラスが割れる音や木々が折れる音が次々と聞こえてきた。
「何が起こっているのですか?」
カヴィンが聞く。
「僕たちの研究の痕跡を破壊するのだろう?」
「自分たちで何とかするのかと思っていました。」
「僕たちが本当に完全に処分してしまうか疑わしかったからね。少なくとも僕自身がノートのいくらかを残していて、また研究に駆られるかもしれない。その可能性も残すわけには行かない。」
「でしたら、誰が我々の研究物を破壊しているのですか?置いていくだけで良いのでは?」
「僕がある者を雇い、研究に関する全てのものを破壊してもらっている。建物ごと。」
「それよりも、ここを離れた方が良いのではないでしょうか?私は第十地区から逃げると思っていました・・・この宿屋よりもずっと離れたところへ。」
「明日になれば、君は望むならここから逃げても良い。だけど明日になればその必要が無くなる。」
「どういう意味でしょうか?」
「分かっていると思うが、僕らの研究の全てが破壊されたとしても、それは無くならない。まだ僕たちが取り出して使うことが出来る断片が存在する・・・記憶の中に。」
カヴィンの腕が自然に上がって、身構えた。
「待ってください、ジェイス。あなたは何を言っているのですか?」
「君の言うとおり、この研究はあまりにも危険すぎる。それらを知っている限り、僕たちと、僕たちが知っている全ての人がリスクを抱えることになる。僕らの記憶にある物のせいであのドラゴンの陰謀に巻き込まれはしない。僕も君も、僕らの自制心を超える存在の言いなりにさせない。僕にそれを修正する力がある限り。」
「あなたにそんなことが出来るなど私は聞いたことがありません。私は“修正”してもらいたいのか分かりませんよ。」
「僕の仲間を利用させはしない。君はラヴニカを広大な世界だと思っているだろう。だが、たとえ君が家から離れても、第十地区から永久に離れても、権力を求める連中は必ず君を見つけ出す。君の思考を君に害がある形で利用し、君を追いかけてくる。」
「そんな事が可能なのですか?誰かがそれを実行することが出来るのですか?」
ジェイスはカヴィンの目を見なかった。
「僕なら出来る。」
「私が暗号の知識を手放せば、私の唯一の武器を手放すことになります。たった一つの優位を。」
「違う。君が武器に“なる”のを防ぐんだ。」
外で金切り声が聞こえた。ジェイスとカヴィンが外を見ると、二人の人が乗ったグリフィンが羽ばたいて通りの真ん中に着陸した。そのうち一人がグリフィンの背から滑り降りた。ジェイスはその姿にすぐ気付いた。それはイマーラだった。
◆
「こんな事、絶対にしては駄目。」
必死でジェイスを止めようとするイマーラ。
「イマーラ、僕たちはやらなければいけない。止めることは出来ないよ。僕の好奇心を満足させるためだけに、ギルドの争いに足を踏み入れるわけにはいかない。ドラゴンの企みにカヴィンを利用させない。僕の前の主、テゼレットを覚えているだろう?分かるはずだ。」
「あなたは重要な存在なの。あなたは私を助けることが出来るただ一人の存在。私に背を向けないで。ずっとあなたを治してきた。あなたの問題に私も巻き込まれてきた。今あなたが必要なときに、見捨てるなんて言わないで。私たち皆、あなたが必要なの。」
「失礼します。」
カヴィンが割り込んだ。
「あなたはセレズニアですよね?あなたのギルドに何の利害があるのでしょうか?議事会に何の影響が?」
「私たちの全てに影響します。あるいは、間もなく。イゼットが何を計画していようと、それはギルドがお互いに不信を募らせたときに本格化します。ニヴ=ミゼットは老獪で貪欲です。恐ろしいことを企んでいるでしょう。彼はギルドパクトが失われる前は持ち得なかった強大な力を行使する可能性があります。」
カヴィンの目が大きく開いた。
「クーデターを起こすというのですか。」
「そうではなかったとしても、他のギルドがそれを予感していると思いませんか?彼らはギルド間の戦争に備えるでしょう。我々は手を組まなければいけません。今こそ全ての人に手を差し伸ばさなければならない時です。それにはジェイスの力が必要なのです。」
「僕はそれに関わるつもりは無い。」
ジェイスは首を振った。ジェイスはこれがどういう事態に向かっていくのか目に見えていた。平和を取り戻す名目で戦いに駆り出され、そして権力を持つ個人に私物化された戦争の道具にされるに決まっている。ジェイスが深く知れば知るほどミゼットにとっても有益な存在となり、他の者にとっても同様になるだろう。そうなれば、カヴィンとイマーラは、ジェイスの情報を引き出すための餌に利用される。誰も知らないのが良いのだ。
「イマーラ、出来ないよ・・・今度ばかりは僕は出来ない。カヴィン。座ってくれ。」
そして、ジェイスは記憶を破壊する呪文を唱えた。
◆
ジェイスはカヴィンの精神を調べていき、内なる目がヴィダルケンの精神領域の中を、海上を舞う鷲のように飛び回った。ジェイスは相棒の記憶を覗き、共に暗号の調査をした日々をたどっていった。ジェイスは自分自身の意識をメスのようにしてそれらの過去の記憶を切り取り、光る蜘蛛の巣のような結びつきから取り外し、そこに至る連想や比喩も消し去った。カヴィンの精神は壊れてはいないが、彼に危害を加えるであろう知識は無くなった。ジェイスは意識を自分の精神に戻した。
ジェイスは目を覚ました。先ほどの行動で疲れ果てて汗を流しながら、宿屋の部屋のベッドで横になっていた。自分の体を起こして座った姿勢になる。イマーラがそこにいて、不安そうな表情をしていた。しかし、カヴィンはいなくなっていた。
「カヴィンは・・・どこへ行った?」
イマーラは恐怖を隠すことが出来なかった。
「ジェイス。彼は感じ取れました。カヴィンはあなたがしている事を感じ取れたのです。最初は落ち着いてあなたと座っていました、ですがその後よろめきながら出て行ってしまった。つぶやきながら走って行ったわ。彼に何をしたの?」
ジェイスは目蓋を吹き、頭に貼りついた毛を揉みほぐした。
「僕はやるべきことをやったんだよ。彼はもう研究のことを何も思い出さない。」
イマーラの目に涙が浮かんでいたが、彼女の声は力強さが残っている。
「あなたがこんな事をするなんて・・・」
ジェイスは大きく深呼吸をした。まだやるべき事がある。
「僕とここにいてくれ。頼む。」
「駄目・・・。」
「お願いだ。とても見ていられないのは分かる。」
彼女がジェイスに向けている視線は良いものではなかった。
ジェイスは二人の友情が崩れ去ろうとしていると思ったが、彼女を守るためならやるべきだと決めた。
「ここにいてくれ。」
そして、今まで自分自身に使うと思いもしなかった呪文を解き放った。
ウィザーズ本社にメール突撃をして翻訳許可を確認していましたが、一向に返事が来る見込みが無いため、試しにある程度省略した訳を掲載してみます。
一応他のネットやブログを見ながら、細かい地の文は省略して、細かい心情を描いてそうな部分、会話シーン、戦闘シーンは厚めの翻訳という方針で行きます。
それでは、我らがニートの活躍をどうぞ。
(ていうか長すぎるんで前後編に分けます。Diary Noteって記事を畳むことっでできないのでしょうか?)
1章 KNOCKING ON DOORS(ドアを叩く)
全てが建物に覆われた巨大都市の次元、ラヴニカ。その一角、第十地区。
ジェイス・ベレレンは街のいたる所、それも道の裏側のような外側から見えないところに不思議な幾何学模様が張り巡らされていることに気付いた。以来、ジェイスはその暗号のようなものの研究と解析に没頭していた。最後にまともに髪を洗ったのは、まともな睡眠を取ったのはいつだったか。ジェイスは自分の研究所に引き篭もって一歩も動かず、本当に目を開けられなくなるまで眠らずに研究を続け、近くの市場や通りの店にも顔を出していなかった。
ヴィダルケンの相棒、カヴィンがこんな姿をみたら研究を止められるのではないかと思った。カヴィンは論理的で現実的志向の強い男だ・・・ジェイスのような強迫的衝動というものを持ち合わせていない。
そうこう考えているうちに、ふとドアをノックする音が聞こえた。
◆
地底街の忘れられた空間、地面の下を数時間に渡って進んだ先にある場所で、古いレンガの壁が内側に向かって爆発し、楕円形の穴が開いた。プレインズウォーカー、ラル・ザレックは自分が空けたばかりの穴から足を踏み入れた。生焼けのような腐った空気に埃が飛び散る中、彼の篭手に取り付けられた器具が音を鳴らしながら回転し、マナの残滓が小さく光っていた。
部下のゴブリン、スクリーグが部屋を調べ、他の場所よりマナの濃度が高いことを示す。すぐに他のイゼットの魔道士たちが後に続き、部屋中に解析の呪文をかけていった。先ほどまで暗闇だった部屋はイゼット団の魔法で明るく照らされている。
「スクリーグ、マナ・コイルだ。すぐに準備しろ。」
スクリーグはらせん状になった銅の器物を床に設置した。他のイゼットの研究者たちもその錬金術によって作られた装置を囲んで騒がしく議論を始めている。紅色と翡翠色の宝石がアーティファクトの端で光り、すぐにブーンという音を立てた。
「間もなく準備が出来ます。」ゴブリンが告げた。
「“間もなく”だと?偉大なる火想者が“間もなく”で満足されると思うのか!?」
「申し訳ありません。しかしコイルには時間が――」
「もっといい動力源に接続したらどうなのだ。この部屋に例の“力線”があるというのなら、下にマナの源泉があるはずだ――古いマナ源、おそらく何世紀も使われていないやつだ。」
「確かにここは深いマナの泉があります。」
イゼットの他のギルド魔道士が眼を閉じて言った。
「しかしコイルがオーバーヒートします。これは直接マナの泉に接続されるのです。それほどの力は――」
「マナを全部俺に向けろ。これが捜し求めている“力線”か、俺がすぐに判別してやる。」
ラル・ザレックが指示を飛ばしているところに、何人もの足音が聞こえてきた。
「その不自然な実験を止めろ。」
苔や菌類が生えて虫が這い回る鎧、髪に編みこまれた石や骨の欠片などの不気味な格好をしたゴルガリ魔道士の集団が現れた。
「この場所を去れ。ギルドマスターのジャラド様はこの一帯をゴルガリ団の所有物と定めておられる。」
声の主、エルフの女性はごつごつした杖を持っていた。彼女は大きなネズミの骨で飾られた先端をラル=ザレックに向けた。
「お前。今すぐ立ち去りなさい。」
「ここはただの廃墟になって放置されたトンネルだ。だれの物でもないよ。」
「文明が捨てた全てのものは我々の所有物となるのだ。」
ゴルガリのエルフは冷たく嘲笑って言った。
「そうかい、あんたらがどこの穴から沸いて出てきたのか知らんが、さっさとそこに帰りな。ドラゴンのニヴ=ミゼット様が今はこの場所と――彼がイゼットの役に立つと考えた全ての使われていない土地の所有者だ。」
ゴルガリ団の抗議はもはや言語の体を為していないしわがれ声となっていた。ラルは殆どすすり声のような音が聞こえたと思った。
「このような侵入はギルドパクトの下では違法だ。」
「で、今やギルドパクトは無くなっているじゃないか?実験を進めろ。我らがドラゴンは研究成果を待たされるのがお嫌いだ。」
ゴルガリの魔道士達は冷たく笑った後引き下がり、影の中へと消えていった。
安堵するスクリーグ。だがその直後に、部屋中の瓦礫や苔、打ち捨てられていた骸骨が次々と起き上がり、不死の怪物となってイゼット団に襲い掛かってきた。
「糞ったれのどぶエルフめ!」
ラルが怒声を上げた。
「何をぼけっとしているんだ!こいつらを殺せ!」
すぐに交戦状態になるが、倒しても倒しても再生して再び襲い掛かってくる命を持たないクリーチャー達は、徐々にラル・ザレックとイゼットの魔道士たちを追い詰めていく。
部下たちの叫び声が聞こえ、ラル自身にも無数の触手が叩きつけられる。
「何かにつかまれ!」
ラルは魔力ケーブルを直接自分の篭手の機械に繋ぎ、可能な限り多くのマナを引き込んだ。嵐のエネルギーが巻き起こり、ラルを中心に大爆発が起こる。ゴルガリ団が放ったモンスターたちは、爆発のエネルギーで跡形も無く消え去った。
イゼット団の部下たちは黒焦げになりながらも何とか生き残っていた。
「スクリーグ、マナ・コイルだ。もう一度回せ。実験を終わらせるぞ。」
「すみません。」
イゼットの研究員の一人が、爆発によって崩れた天井を見上げていた。
「これを見たほうがよろしいかと。」
◆
「こんばんは。」
訪れたのは、エルフの女性、昔なじみのイマーラ・タンドリスだった。迎え入れるジェイスだが、すぐにそれを後悔する。ジェイスの家は、カヴィンと集めた石細工の欠片やノートの山で埋め尽くされて異常なほどに散らかっていた。
「考古学でも始めたのですか・・・?」
「新しいプロジェクト、といったところかな。仲間と僕は古い石造りに刻み込まれた文様を調査している。この地区のありとあらゆる場所で同じ模様を見た。そいつらは繰り返される要素を持った一連の図形のパターンになっている。興味深いよ。この通りのほとんど全ての建物が同じ廃棄所から回収した石を使っているって知っていたかい?」
「知りませんでした。」
「どうしてオヴィツィアから?」
「私は今、この第十地区に住んでいます。」
イマーラは小さな何かを大事そうに握り締めてジェイスに渡す――葉脈まで複雑に描かれた木彫りの葉のブローチ。それは熟達した職人が彫ったとしてもあまりにも精巧すぎる。魔法によって練成されたものに違いない。
「これは?」
「贈り物です。我がギルドマスターからの。」
「ギルドマスターだって?」
ジェイスは彼女の肩に留められている小さな木の形をしたピンを眺めた。
「ギルドに入ったのか?」
「私は帰ってきたのです。セレズニア議事会に。私は何年も前から所属していました――それもあなたが生まれる前からですよ、人の子よ。そして議事会が再興した今、私を呼び戻したのです。あなたはギルドがいかに前の姿を取り戻したか、ご覧になるべきです。」
「正直に言うと、僕はここ最近この建物の外すらもまともに見ていないよ。」
ジェイスは肩をすくめて言った。彼は自分の髪の毛があらゆる方向に跳ね上がっているのに気付き、イマーラが訪ねてきたことで、彼の身だしなみの基準は大幅に上昇した。
イマーラはしっかりとジェイスを注視した。
「あなたはギルドパクトについてどれだけ知っていますか?」
極めて答え方に困る類の質問だった。ジェイスはイマーラに対し完全に正直ではない・・・ジェイスは自分がプレインズウォーカーであることを隠してきた。殆どの人は自分たちが暮らしている所の他にも次元があるなど考え付かないし、自分たちの故郷がいくつにも連なる世界の一つでしかないなんて聞いても良い思いはしない。そのため、会話の中でもジェイスはラヴニカで生まれ育った人のように演じてきた。
「僕は政治のことはあまり分からないよ。」
「ギルドが復興したとしても驚くことではありません。ギルドは歴史の柱のようなもの。何千年ものあいだ、我々の文明全ての中心で、ギルドパクトがそれらを一つに繋いでいました。ですが、ギルドパクトは無くなりました。解消されたのです。条約や法律は何の魔法的な拘束力を持ちえません。ギルドの指導者たちはもはやかつての規制に縛られてはいないのです。」
ジェイスは力を追い求めていた人々に思いを馳せた――リリアナ、テゼレット、ニコル・ボーラス。彼らがいつでも自分たちの力をより大きな力を得るために利用してきたのを思い出した。
「権力の中心にいる連中は、いつでもその限界を破りたがる。」
イマーラが頷いた。
「その境界が無ければ・・・」
「そいつらが自分たちのあるべき領域を踏み越えようとしているんだね。」
「もう動き出しています。」
「誰だ?ラクドスか?」
「いいえ、イゼットです。イゼットの魔道士たちが他のギルドの領域で違法な調査を始めたのです。」
イゼット団――ジェイスが暗号の刻まれた石のアーティファクトを掘り返していた時に、よく姿を見た魔法研究員たちと同じギルドだった。
「しかし、それは法魔道士たちの仕事じゃないのか?アゾリウスが境界を維持するべきでは?」
「彼らはそうしようとしています。アゾリウス評議会は他のギルドの要請に応じて毎日のようにイゼット団に対して禁止命令や規則を作り続けています。ですがギルドパクト無くしては、アゾリウスはただの牙を失った官僚です。彼らの法制度はただの紙に書かれた文字に過ぎません。ニヴ=ミゼットはまるで気にしていないようです。」
ニヴ=ミゼットはイゼット団の創設者にしてギルドマスターでもある。もしもイゼット団が新たな計画を企てていたと言うのなら、彼がその出所のはずだ。
「そのドラゴンは何と言っていた?」
「何も。イゼット団が何を行っているのか、彼らは秘密にしているのです。」
「そして君は彼らのプロジェクトが何なのかを調べたいのか。」
「トロスターニ、我がギルドマスターは、イゼットが計画していることを早急に明るみに出さなければならないと考えておられます。しかし、もし彼らが協力をしなければ、ギルドの間に不信が広まるでしょう。緊張が生まれます。ギルドをバラバラにする紛争を引き起こすかもしれません。」
イマーラの表情からはいつになく差し迫っている事が伺えた。ギルドへの忠誠心を超えて何かを案じている。ジェイスは彼女が他の誰かを守ろうとしているのではと考えた。
「僕に何が出来る?」
イマーラは輝くような笑顔を見せた。
「私たちのギルドに加わって。力になって。この地区と、全ての地区の平和を守るために、イゼットが何をしようとしているのかを知りたいのです。」
「僕に、君たちのギルドに入ってほしいと言うのか?」
「議事会はあなたを歓迎するでしょう。セレズニアは我々が共存するために一つになることだと信じています。ジェイスあなたの素質――あなたは人と繋がることができるすばらしい能力を秘めています。」
「・・・僕には分からない。」
一つのギルドに加わることは自分自身を一つの価値観に縛り付けることを意味する。何より、それは彼自身をラヴニカの次元へと拘束することになる。仮に選ぶとしても、それがセレズニアになるとは確信できない。ジェイスは周囲を見回し、曖昧なジェスチャーで研究材料を示した。
「僕にはやるべき事がたくさんある・・・今はギルドに加わるとは約束できない。」
「ですが、あなたなら多くの人々を救うことが出来ます。あなたには人々と絆を持つ天性を持っています。我々は同じ目標に向かって働くことが出来ます。私たちは真実を学ぶことが出来ます。共に。」
ジェイスは躊躇した。この時のイマーラのようにジェイスの事を好意的に見る人はこれまで多くなかった。彼女がそのような見方をもっと長く続けてくれるような何かを言いたかった。イエスと答えてイマーラの顔がもっと明るい笑顔になるのを想像した――イマーラの手を取り、君の仲間になって君を助けるのが僕には何よりも大切なことだよと、言ってやれたなら・・・。
しかし、ジェイスは出来なかった。
「ごめん。僕はセレズニアには入ることは出来ない。でも、別のやり方で助けることなら出来る。」
イマーラの笑顔が溶けて消えた。
「あぁ。遅かったのですね。もう他のギルドに入ったのですね?」
「いや、そうじゃない。」
彼は他の次元で過ごした日々を思い出した。多元宇宙の隅々に広がる彼を惹きつけてきた謎の数々に思いを巡らした。
「僕は、その・・・あんまり他と繋がりすぎるのは好きじゃないんだ。」
その言葉が彼女に響いた。
「分かりました。」
イマーラは立ち上がった。元の上品で礼儀正しい立振舞いに戻っていた。
「では、私は行かなければなりません。ギルドの仕事がありますので。お時間を頂いて有難うございます。会えて良かった。」
「いや、イマーラ、ごめん。僕はただ・・・どのギルドの政治にも関わる余裕が無いという意味で。大事なことを調べていて、時間がいくらあっても足りない。これが解決できたら、ぜひ君を助けるよ。」
「あなたを心待ちにしていますよ。」
ジェイスの家のドアで、イマーラが振り返った。
「あなたにあげたあの葉は、樹彫師が作ったセレズニアのアーティファクトです。あなたが望むなら、私と連絡を取るのに使うことが出来ます。ただ起動の合言葉を唱えるだけで、私はあなたの声を聞くことが出来るようになります。」
ジェイスは手の中の贈り物を見た。
「その言葉は?」
「“君が必要だ。”」
◆
予想外の収穫だった。イマーラを追跡していたミルコ・ヴォスクは二人の会話を聞いていた。暗がりの中でも彼の瞳は猫のように輝き、夜の寒い中でも上半身は何も着ていなかった。このイマーラはジェイスに関心を持っている。ジェイスは何らかの魔道士で、暗号のような物を調査していた。これこそが主の求める有益な情報。ヴォスクは夜空へ飛び上がり、去っていった。
◆
イゼットの魔道士を見つけるのは難しくはなかった。ジェイスは爆発音を聞き、驚いた鳥たちが街の向こう側で飛び去っていくのを見た。爆発の元をたどり二人の魔道士を追跡した・・・人間とゴブリン。ジェイスが見聞きしてきた限り、これがイゼットの調査のやり方だ:何かが吹っ飛ぶまでエネルギーを加え続け、結果を観察する。
ジェイスは二人の思考を簡単に読み取った。ゴブリンのスクリーグは人間の助手か、あるいは弟子であるようだ。人間はラル=ザレックという。
「エネルギーは期待できるものでしたが、何の門が開く前兆もありませんね。」
スクリーグが言った。
「偉大なる火想者に何と言えばよいのでしょう?」
「それは俺に任せておけ。」
「ディミーアは自分たちの門を持たないということでしょうか?」
「それはあり得ない。門はある。どこかで俺達を待っている。俺達はただもっと深く調べるだけだ。」
「なぜ分かるのですか?なぜ我々が求めるものを見つけるだろうと?」
「この道は俺達のために古代の人々が作ったんだ、スクリーグ。パルンがこれを全部仕掛けた。分かるか?ギルドの一つの創設者が、この地区一帯にパズルを仕掛けた、俺達に見つけてもらうために。」
「もちろんです。しかしなぜそれが我々のためにあると思うのですか?」
ザレックは鼻息を立てた。
「俺達が最初に見つけたからさ。」
この間、ジェイスは不慣れな尾行に四苦八苦していた。自分の姿を隠す魔法もあるが、尾行を続け、さらに精神から会話を読み取ることまで同時に続けられるとは思えない。
「これは第一歩に過ぎない。ニヴ=ミゼットによると、暗号は俺達にもっと多くのことを伝えている。門を発見するだけでは足りない。門の先に何があるかを知るためには、そこへの道を見つけなければ。」
ザレックが言うと、スクリーグが両手を握り締め、顔を輝かせてザレックのほうを見た。
「うわぁ!何があるんだろう!」
「あいつは礼儀知らずなトカゲじじいだ。自分が知っている秘密の全てを俺に話そうとしない。だが俺は、俺達が探しているものが何か分かる気がする。」
徐々に二人はジェイスから離れて行き、会話を聞き取るのが困難になっていった。
「俺はどでかい兵器だと思っているよ、スクリーグ。ここ第十地区に隠されている。古のギルドの創設者たちは、ギルドパクトがいつまでも続かないと分かっていた。俺が思うに、その中の一人は、もしギルドパクトが崩壊したら一つのギルドが立ち上がって他の全てのギルドを支配しなければならないと予見した。だから俺達に兵器を残したんだ、スクリーグ。そしてそれを手に取るに値する人物だけが見つけられるように隠した。“俺達こそ”がその人物だ、そう思わないか?だから、ラヴニカは俺達のものになるということだ。」
兵器・・・ジェイスは考えた。暗号、門、道、それらの全てが何かの兵器を隠している。少なくともザレックは、そう信じていた。
イゼットが支配する領地の入り口に到着した。スクリーグとザレックは、巨大なミゼット印章が飾られた大型の丸い転移ゲートへと階段を上っていった。
ゲートが開かれ、向こう側からこちらを覗き込んでいるドラゴンの頭の影を見て、ジェイスは驚愕した。それは彼らの帰還を待っているニヴ・ミゼットその人だった。
「私のために何を見つけてくれたかな?」
そのドラゴンの声はジェイスの隠れている場所まで聞こえるほど大きく響いた。しかしジェイスは返答を聞くことが出来ず、二人はすぐゲートの向こう側に行ってしまった。
ジェイスは全ての秘密の裏に何が眠っているのか、後一歩のところまで近づいていると感じていたが、厳重に警備されたイゼットの転移ゲートに忍び込もうとすれば、確実に捕まるだろう。ジェイスには一つの可能性があった。ゲートが閉まる前にドラゴンの精神に侵入しなければならない・・・あえて危険を冒すのなら。
ジェイスは実行した。
2章 INTO THE FIREMIND(火想者の中へ)
ジェイスはマナを集め、精神魔法を矢のように撃ち放った。全ての記憶を間違いなく知り尽くす時間は無かった、そこで彼はひとつの事だけに集中した・・・迷路についてミゼットが知っていることを見つけるのだ。
地獄の業火が嵐のように渦巻いているような混沌の中、一定の思考パターンを発見した。それはドラゴンがこの計画に取り付かれているような強迫だ。ミゼットの精神の中でそれは“暗黙の迷路”と呼ばれている。“迷路”はラヴニカ自体の表面に刻みこまれたパズルで、その謎は未知の力へ導くと信じられていた。
そしてドラゴンは暗黙の迷路の背後に隠されている物を知っていた。ジェイスはなぜニヴ・ミゼットが、ギルドの全てを迷路のために動くよう仕向けたか、理解した。
イゼットのゲートが閉じられてミゼットとの接続が失われていく中、ジェイスは彼の侵入が気付かれてしまったのを感知した。捕食者に発見された獲物のような感触。
◆
「ジェイス、戻ってきてくれて良かったですよ。」
ジェイスは自分の研究所に戻ると、ヴィダルケンの共同研究者、カヴィンがそこにいた。おそらく彼らが見つけてきた暗号のかけらの解析に取り組み、ジェイスが一瞬にして知ってしまった事を今も必死で見つけ出そうとしていた。
「カヴィン、話をしよう。」
カヴィンは新鮮なインクで文字が書き込まれた一枚の紙を綺麗な手でひらひらさせた。
「そうするべきです。あなたはこれを聞きたいはずだから。私はある発見をしました。」
「僕もだ。」
「すばらしい。では、そうですね・・・。私はこれまでに二人で集めてきたサンプルの全てを調査してきました。石造り、瓦礫、アーティファクト。そして私はある法則性を見つけたのです。」
「カヴィン。」
「暗号です。これは古えのアゾリウスの法的な書体で、何百年、もしかすると何千年もの前のものです。我々はこれを容易く解析できる人を見つけなければいけません。ですが実は、私はアゾリウスのルーン文字を扱える施設を偶然ですが持っています。昔の趣味といったところで――」
「カヴィン、聞いてくれ・・・」
「今までその暗号を見ることが出来なかったのは、私達がそれを正しく繋ぎ合わせていないから、またサンプルが年月で朽ちて不完全だったからです。しかし私は暗号が示すいくらかの単語や意図を推定することが出来ます。」
「カヴィン、僕は暗号が何を意味するのかを知っている。」
カヴィンは目をまばたいた。
「あなたが?」
「僕は・・・ちょっとだけ尾行をした。イゼット団が僕たちと同じ謎を調査している。」
ジェイスは説明した。街中に張り巡らされた謎の暗号を、イゼット団は“暗黙の迷路”と呼んでいる。イゼットはその解析のための実験を繰り返していた。
「君と僕はその間ずっと、イゼット団と同じ道をたどっては、彼らの残りカスを拾い集めていたという事だ。」
ヴィダルケンは人間のように表情をみせることは稀だが、カヴィンが動揺しているのは分かった。この謎は彼自身の好奇心にとってはスリルであったが、カヴィンはそれを追い求めるべきか、深い迷いを生じているのだろう。
「ジェイス、イゼットはただの研究のライバルではありません。ギルドマスターはこの競争を好意的には受け止めないでしょう。」
「分かっている。しかし、僕が気になるのは彼らと競うことじゃない。迷路の終わりに眠っているものだ。何かとても、とても危険なものが隠されている。ギルドの均衡を変えてしまうもの。僕たちの世界を変えてしまうほどの何かだ。」
「それは何でしょう?」
「力だ。イゼット団はこの迷路が何らかの形で強大な力を与えると信じている。もしかしたら兵器かもしれない。僕はそれが正確には何かを知らないが、おそらくニヴ=ミゼットも分かっていない。」
カヴィンがドラゴンの名前を聞いて目を大きく見開いたが、ジェイスは続けた。
「もしそれがあのドラゴンにそれほどの衝動を与えるのであれば、もし彼がその時間に見合うものだと考えるのであれば、恐らく彼の手に渡ってはいけない。僕たちはこの謎を追わなければいけない。あのドラゴンよりも前に、迷路の終わりに何があるかを知らなければならない。」
「ジェイス、この情報を、実際に誰がもたらしたのですか?」
「あのドラゴン、ニヴ=ミゼット本人だ。彼の精神の中でそれを見た。おそらく、彼も僕を見たかもしれない。」
「ジェイス・・・」
カヴィンは目を強く閉じた。彼は青色の頭に指を紫色のあとが出来るまで押し付け、何度か深呼吸をした。
「ジェイス、もう終わりです。ギルドが何かを求めたとき、どうなるか分かっているのですか?彼らは命を奪う。人々を利用する。関われば、何をされるか分からない。」
「だから、僕たちが関わる“必要”があるということではないのか?これが重要なことだと思わないのか?」
「もちろん、重要です。これが深刻な事態である事は分かる。だからこそ、この計画を中止し、研究の痕跡を全て破壊し、この地区を離れるのです。」
ジェイスは一人でも突き進みたかったが、無限連合にいた頃を思い出した。彼が強大な存在に立ち向かっているとき、大切な人たちが傷ついていると知ったあの頃を。ジェイスは自分自身が破滅に追いやってしまった親友カリストの事を思い出した。次にカヴィンのことを考えた。才能ある男だが、ギルドマスター達に目を付けられたらひとたまりも無いだろう。そして、イマーラ。彼女は何度もジェイスの命を救ってくれたが、ジェイスは彼女に危険だけをもたらしてきた。彼女は、ジェイスのせいで暗殺されそうになった。
「では?」
カヴィンが問う。
◆
人気の無い夜の交差点にたどり着いたミルコ・ヴォスクは、周囲に人がいないことを確認するとレンガの壁の一つをすり抜けた。その先は迷路のような地下通路になっている。先へ進んでいくと乱雑な地下墓地に出た。彼は主人の存在を感じることが出来た。
「知らせがあります、主よ。」
「ベレレンのことだな・・・うむ、分かるぞ。」
声がした――あらゆる方向に、擦れる様な声が辺りを覆って通路にこだました。
「彼は何かを知っています――ギルドに価値のある何かを。」
「そうだ・・・奴は我々に必要な道具かも知れんな。」
ヴォスクは振り返り、彼の周りの壁に向かって話した。
「彼から“吸って”やりましょうか、我が主よ?」
「もう一人の方について話せ、ヴォスク。あのセレズニアの小娘からお前は何を感じる?」
「あなたが予感したとおり、彼女はトロスターニに気に入られています。彼女から得られるものは増えていくでしょう。そう感じております。」
かすれた声が聞こえてくる。
「我々は一方に圧力を向けることで、もう一方から注意を背けている、そうではないか?」
「はい、我が主よ。」
「そこで我々は教団を利用してエルフを、エルフを利用してベレレンを手に入れようではないか。」
「お望みのままに。」
「・・・お前は私の最も信頼できるエージェントだ、ヴォスク。だがもし失敗すれば、お前のあばら骨を全て木の屑に変えてやるぞ、息をするたびに心臓が貫かれるようにな。」
「かしこまりました。」
ヴォスクが言った。それ以上の声は聞こえてこなかった。
◆
イマーラはセレズニアのギルドマスター、3人のドライアドが一つになった存在、トロスターニに謁見していた。
トロスターニはイマーラに対し、大自然に宿る精霊を召喚する魔法の習得を命じる。イマーラは感謝の言葉を述べ、イゼットの計画を巡るギルド間の緊張について問いかけた。
「ギルドマスター様、ギルドパクト無くしてギルドを守る術はあるのでしょうか?」
「我々が一つになることによってのみ。」
三人のドライアドから優雅に言葉が流れ出た。
「ギルドはこの世界における信念を体現するもの、我々が信じること無くして生きていけないのと同じように、彼ら無くしては生きていけないのです。」
イマーラの元に、一人の使者が明らかに彼女を探している様子で走ってきた。
「イマーラ=タンドリスですか?」
彼は巻物になった手紙を渡した。
「送り主は、ベリムという方です。」
ベリムはジェイスがイマーラに最初に会った時の偽名だった。彼女は手紙を解いて読んだ。
イマーラへ、
すまなかった。君がなぜギルドの動向を調べるために僕に加わってもらおうとしたのか分かった。なぜ他のギルドがイゼットに対して警戒と敵意を向けているのか、なぜ君と君のギルドが後々に備えてあらゆる助けを捜し求めているのか理解できた。だけど、残念だが、僕は君を助けられない。
相棒のカヴィンと僕はイゼットの計画の源へとたどり着く手がかりを発見した。しかし、これが僕たちの調査の終わりだ。それがとんでもない危険を招く事になってしまい、カヴィンの説得で研究を完全に放棄することにした。実のところ、僕はもう一歩踏み込んだ事をするつもりだ。僕は間もなく、これらの研究に関わる僕たちの記憶を破壊する。この先僕と会って今回のことを聞いても、僕はこの手紙を含め何も思い出せず、君の質問を理解できないだろう。この手紙は君に今後の僕が不可解な言動をする理由を説明すると同時に、君を助けることが出来ないことへの謝罪を伝えるものだ。
申し訳ない。君はきっとがっかりするだろう。僕がこうする理由をいつか君が理解できることを祈っている。そして我が友よ、君が自分自身の安全を考えて、イゼットの行動への不安を捨ててくれることを祈っている。
ジェイス
イマーラは手紙を握り閉めると、一番速い移動手段を頼んだ。
3章 MIND SCULPTING (精神を刻む)
ジェイスは研究所のすぐそばにある近くの宿屋にいた。研究所を見下ろせる上階の部屋にカヴィンをなだめながら案内した。
カヴィンは自分の髪が無い頭に手をやった。カヴィンはヴィダルケンならありふれた殆ど毛髪がない青い頭、平たい顔立ち、明晰な頭脳を持っていたが、この種族にしては気が短く、ジェイスはそこが気に入っていた。
「ここで何をしようというのですか?」
「書類は何も持ってきていないね?ノートを隠していたりしないか?あの暗号の解読表も解読文も持ってきていないな?」
「え?そうです。全て置いて来ました、あなたが頼んだとおりに。」
「よし。」
ジェイスは自分が雇った傭兵に信号を送った――グルール一族が誇る優秀な戦士。ジェイスは最も好戦的で知的好奇心の無さそうな双頭のオーガ、ルーリク・サーを選んだ。あの研究所を破壊するために。
「やれ。」
ジェイスは傭兵の意識に語りかけたが、返事は言葉にもならない雄叫びだけだった。
外では例の建物の方からガラスが割れる音や木々が折れる音が次々と聞こえてきた。
「何が起こっているのですか?」
カヴィンが聞く。
「僕たちの研究の痕跡を破壊するのだろう?」
「自分たちで何とかするのかと思っていました。」
「僕たちが本当に完全に処分してしまうか疑わしかったからね。少なくとも僕自身がノートのいくらかを残していて、また研究に駆られるかもしれない。その可能性も残すわけには行かない。」
「でしたら、誰が我々の研究物を破壊しているのですか?置いていくだけで良いのでは?」
「僕がある者を雇い、研究に関する全てのものを破壊してもらっている。建物ごと。」
「それよりも、ここを離れた方が良いのではないでしょうか?私は第十地区から逃げると思っていました・・・この宿屋よりもずっと離れたところへ。」
「明日になれば、君は望むならここから逃げても良い。だけど明日になればその必要が無くなる。」
「どういう意味でしょうか?」
「分かっていると思うが、僕らの研究の全てが破壊されたとしても、それは無くならない。まだ僕たちが取り出して使うことが出来る断片が存在する・・・記憶の中に。」
カヴィンの腕が自然に上がって、身構えた。
「待ってください、ジェイス。あなたは何を言っているのですか?」
「君の言うとおり、この研究はあまりにも危険すぎる。それらを知っている限り、僕たちと、僕たちが知っている全ての人がリスクを抱えることになる。僕らの記憶にある物のせいであのドラゴンの陰謀に巻き込まれはしない。僕も君も、僕らの自制心を超える存在の言いなりにさせない。僕にそれを修正する力がある限り。」
「あなたにそんなことが出来るなど私は聞いたことがありません。私は“修正”してもらいたいのか分かりませんよ。」
「僕の仲間を利用させはしない。君はラヴニカを広大な世界だと思っているだろう。だが、たとえ君が家から離れても、第十地区から永久に離れても、権力を求める連中は必ず君を見つけ出す。君の思考を君に害がある形で利用し、君を追いかけてくる。」
「そんな事が可能なのですか?誰かがそれを実行することが出来るのですか?」
ジェイスはカヴィンの目を見なかった。
「僕なら出来る。」
「私が暗号の知識を手放せば、私の唯一の武器を手放すことになります。たった一つの優位を。」
「違う。君が武器に“なる”のを防ぐんだ。」
外で金切り声が聞こえた。ジェイスとカヴィンが外を見ると、二人の人が乗ったグリフィンが羽ばたいて通りの真ん中に着陸した。そのうち一人がグリフィンの背から滑り降りた。ジェイスはその姿にすぐ気付いた。それはイマーラだった。
◆
「こんな事、絶対にしては駄目。」
必死でジェイスを止めようとするイマーラ。
「イマーラ、僕たちはやらなければいけない。止めることは出来ないよ。僕の好奇心を満足させるためだけに、ギルドの争いに足を踏み入れるわけにはいかない。ドラゴンの企みにカヴィンを利用させない。僕の前の主、テゼレットを覚えているだろう?分かるはずだ。」
「あなたは重要な存在なの。あなたは私を助けることが出来るただ一人の存在。私に背を向けないで。ずっとあなたを治してきた。あなたの問題に私も巻き込まれてきた。今あなたが必要なときに、見捨てるなんて言わないで。私たち皆、あなたが必要なの。」
「失礼します。」
カヴィンが割り込んだ。
「あなたはセレズニアですよね?あなたのギルドに何の利害があるのでしょうか?議事会に何の影響が?」
「私たちの全てに影響します。あるいは、間もなく。イゼットが何を計画していようと、それはギルドがお互いに不信を募らせたときに本格化します。ニヴ=ミゼットは老獪で貪欲です。恐ろしいことを企んでいるでしょう。彼はギルドパクトが失われる前は持ち得なかった強大な力を行使する可能性があります。」
カヴィンの目が大きく開いた。
「クーデターを起こすというのですか。」
「そうではなかったとしても、他のギルドがそれを予感していると思いませんか?彼らはギルド間の戦争に備えるでしょう。我々は手を組まなければいけません。今こそ全ての人に手を差し伸ばさなければならない時です。それにはジェイスの力が必要なのです。」
「僕はそれに関わるつもりは無い。」
ジェイスは首を振った。ジェイスはこれがどういう事態に向かっていくのか目に見えていた。平和を取り戻す名目で戦いに駆り出され、そして権力を持つ個人に私物化された戦争の道具にされるに決まっている。ジェイスが深く知れば知るほどミゼットにとっても有益な存在となり、他の者にとっても同様になるだろう。そうなれば、カヴィンとイマーラは、ジェイスの情報を引き出すための餌に利用される。誰も知らないのが良いのだ。
「イマーラ、出来ないよ・・・今度ばかりは僕は出来ない。カヴィン。座ってくれ。」
そして、ジェイスは記憶を破壊する呪文を唱えた。
◆
ジェイスはカヴィンの精神を調べていき、内なる目がヴィダルケンの精神領域の中を、海上を舞う鷲のように飛び回った。ジェイスは相棒の記憶を覗き、共に暗号の調査をした日々をたどっていった。ジェイスは自分自身の意識をメスのようにしてそれらの過去の記憶を切り取り、光る蜘蛛の巣のような結びつきから取り外し、そこに至る連想や比喩も消し去った。カヴィンの精神は壊れてはいないが、彼に危害を加えるであろう知識は無くなった。ジェイスは意識を自分の精神に戻した。
ジェイスは目を覚ました。先ほどの行動で疲れ果てて汗を流しながら、宿屋の部屋のベッドで横になっていた。自分の体を起こして座った姿勢になる。イマーラがそこにいて、不安そうな表情をしていた。しかし、カヴィンはいなくなっていた。
「カヴィンは・・・どこへ行った?」
イマーラは恐怖を隠すことが出来なかった。
「ジェイス。彼は感じ取れました。カヴィンはあなたがしている事を感じ取れたのです。最初は落ち着いてあなたと座っていました、ですがその後よろめきながら出て行ってしまった。つぶやきながら走って行ったわ。彼に何をしたの?」
ジェイスは目蓋を吹き、頭に貼りついた毛を揉みほぐした。
「僕はやるべきことをやったんだよ。彼はもう研究のことを何も思い出さない。」
イマーラの目に涙が浮かんでいたが、彼女の声は力強さが残っている。
「あなたがこんな事をするなんて・・・」
ジェイスは大きく深呼吸をした。まだやるべき事がある。
「僕とここにいてくれ。頼む。」
「駄目・・・。」
「お願いだ。とても見ていられないのは分かる。」
彼女がジェイスに向けている視線は良いものではなかった。
ジェイスは二人の友情が崩れ去ろうとしていると思ったが、彼女を守るためならやるべきだと決めた。
「ここにいてくれ。」
そして、今まで自分自身に使うと思いもしなかった呪文を解き放った。
(あらすじ)
イゼットの不穏な動きを調べるため、ジェイスをセレズニアへと勧誘するイマーラ。
だが時既に遅し。ジェイスは身も心もニートになっていた。
ジェイス「働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござる!」
(以下、本文の続きです。)
セレズニアの女性が建物を出る頃には、通りのランプが点き始めた。ミルコ=ヴォスクは建物の平たい屋根の上、出っ張りの近くに立ち、彼女が夜の中へと歩き去っていくのを見ていた。彼女を追跡したお陰で収穫があった、それも彼が予想しなかった形で。
ヴォスクの目は猫のように街灯の光を反射し、夕方の冷たい中だというのに彼の上半身は殆ど裸だった。彼は今までその鋭い耳で話を聞いていた煙突の穴のほうへと歩いていったが、彼女が訪れていた男からはもう何の声も聞き取れなかった。彼女はこのジェイスという名の知人の男にはっきりとした関心を示していた。彼女は彼の才能を確信していた――どうやら彼は何らかの魔道士のような存在らしい。そしてこのジェイスは、何かパターンや暗号のような物について調査を行っていると言及していた。
まさにこれこそが、ミルコ=ヴォスクの主が求めるであろう情報だった。セレズニアの女性は食欲をそそり、彼女がトロスターニへ直に接触できることは有益であった。しかしヴォスクは、彼の標的は一人ではないと感じていた。
ミルコ=ヴォスクは建物の突起から飛び降りた。彼は落ちることなく、高潔で自然な気品を漂わせて夜空へと浮かび上がっていった。
◆
イゼットの魔道士を見つけるのは難しいことではなかった。何日かの観察のあと、ジェイスは爆発音を聞き、驚いた鳥たちが街の向こう側で飛び去っていくのを見た。立ち上る青い煙はイゼット団が行った火炎技術の実験の一つを示す明白な証だ。ジェイスは爆発の元をたどり二人の魔道士を追跡した――人間とゴブリン、錬金術のための装置とミジウムの篭手を身につけていた。彼らは使われていないトンネルから現れ、焼け焦げたレンガと煙、エネルギーを受けてひび割れた道具を後に残した。これまでのジェイスが見聞きしてきた限り、これがイゼットの調査のやり方だ:何かが吹っ飛ぶまでエネルギーを加え続け、結果を観察する。
ジェイスはトンネルの入り口に隠れて、二人が通り過ぎていくのを待った。彼は精神を開き簡単に彼らの思考を簡単に洗おうと試みた。ゴブリンのスクリーグは人間の助手か、もしかすると弟子であるようだ。人間はラル=ザレックという。
「エネルギーは期待できるものでしたが、何の門が開く前兆もありませんね、」スクリーグが言った。「偉大なる火想者に何と言えばよいのでしょう?」
「それは俺に任せておけ。」
スクリーグとザレックは動き出し、早口で会話しながら大通りへと向きを変えて行ったので、ジェイスは彼らの精神の奥深くへと掘り下げて彼らが知っている全てを調べ上げることは出来なかった。代わりに、彼らを尾行して彼らに見られないようにしつつ近い距離を保とうと試みた。
「ディミーアは自分たちの門を持たないということでしょうか?」スクリーグが言った。
「それはあり得ない、」ザレックが答える。「門はある。どこかで俺達を待っている。俺達はただもっと深く調べるだけだ。」
「なぜ分かるのですか?なぜ我々が求めるものを見つけるだろうと?」
「この道は俺達のために古代の人々が作ったんだ、スクリーグ。パルンがこれを全部仕掛けたんだ、分かるか?ギルドの一つの創設者が、この地区一帯にパズルを仕掛けた、俺達に見つけてもらうために。」
「もちろんです。」スクリーグが言った。彼は耳を引っかいた。「しかしなぜそれが我々だと思うのですか?」
ザレックは鼻息を立てた。「俺達が最初に見つけたからさ。」
二人のイゼット魔道士は足早に歩き、低い声で話していたので、ジェイスは怪しまれずに、彼らと充分に近い距離を保つことが出来なかった。ジェイスは彼らとの距離を縮めるための方策を見つけなければならなかった。彼は自分の姿を見る人の精神から隠す呪文を作り出すことが出来たが、そのような呪文を維持し、同時に彼らの思考を読み取り、彼らの歩調と合わせることが出来るとは思えなかった。彼らが歩く通りと同じ階層でなければもっと近づけるかもしれない。
二人の魔道士が先へ歩く間にジェイスは身をかがめて路地裏に入り込み、フェンスを登って宿屋の屋上へと上った。彼は反対側からザレックとスクリーグを見下ろせるまで、身を潜めたまま屋根の上を忍び足で進んでいった。もう一度、彼らの表層の思考を聞き取った。残念ながら、彼は会話の一部を聞き逃してしまっていた。
「これは第一歩に過ぎない。」ザレックが言う。「ニヴ=ミゼットによると、暗号は俺達にもっと多くのことを伝えている。門を発見するだけでは足りない。門の先に何があるかを知るためには、そこへの道を見つけなければ。」
スクリーグが両手を握り締め、顔を輝かせてザレックのほうを見た。「うわぁ!何があるんだろう!」
「あいつは礼儀知らずなトカゲじじいだ。自分が知っている秘密の全てを俺に話そうとしない。だが俺は、俺達が探しているものが何か分かる気がする。」
彼らはまたジェイスから離れるように歩いていった。彼は話を聞き取るために次の建物へと深い谷間を飛び移り、傾斜した屋根へと走り、彼らの真上まで屋根の端にそって張っていかなければならなかった。今の彼らはさらに低い声で話しており、彼の内なる感覚をもってしても、彼らが話していることを把握するためにかなりの集中力を要した。
「俺はどでかい兵器だと思っているよ、スクリーグ。」ザレックが言った。「ここ第十地区に隠されている。古のギルドの創設者たちは、ギルドパクトがいつまでも続かないと分かっていた。俺が思うに、その中の一人は、もしギルドパクトが崩壊したら一つのギルドが立ち上がって他の全てのギルドを支配しなければならないと予見した。だから俺達に兵器を残したんだ、スクリーグ。そしてそれを手に取るに値する人物だけが見つけられるように隠した。“俺達こそ”がその人物だ、そう思わないか?だから、ラヴニカは俺達のものになるということだ。」
兵器・・・ジェイスは考えた。暗号、門、道、それらの全てが何かの兵器を隠している。少なくともザレックは、そう信じていた。
ジェイスはもう屋根の上から彼らの後を追う事は出来ず、彼らが通りを渡ってジェイスのいる方から離れるのを見ていた。魔道士たちは、蒸気パイプに覆われている高く殺風景な壁に囲まれた、イゼットが支配する領地の入り口に到着した。スクリーグとザレックは、かのドラゴン自身の姿を映す巨大な印章が飾られた大型の丸いゲートへと階段を上っていった。門番の部隊が彼らに頷き、ゲートは開かれて二人を受け入れた。
ゲートが開かれ、向こう側からこちらを覗き込んでいるドラゴンの頭の影を見て、ジェイスは驚愕した。それは彼らの帰還を待っているニヴ=ミゼットその人だった。
「私のために何を見つけてくれたかな?」ニヴ=ミゼットが言った。
そのドラゴンの声はジェイスの隠れている場所まで聞こえるほど大きく響いた。しかしジェイスは返答を聞くことが出来ず、二人はすぐゲートの向こう側に行ってしまった。
彼は全ての秘密の裏に何が眠っているのか、後一歩のところまで近づいていると感じていたが、厳重に警備されたイゼットのゲートに忍び込もうとすれば確実に捕まってしまう。彼は既に魔道士たちの精神との接続を失いかけていた。いずれにせよ、スクリーグとザレックは彼が求める情報の全てを持ってはいない。
しかし、あのドラゴンは持っている。彼には一つの可能性があった。ゲートが閉まる前にドラゴンの精神に侵入しなければならない・・・あえて危険を冒すのなら。
彼は実行した。
(解説)
ミルコ=ヴォスク:前回煽ったけどまだチョイ役でしたwwwサーセンwwwww
ラル=ザレック:彼の言動から、「ニヴ=ミゼットを出し抜いて俺様がラヴニカの頂点に立ってやろう」という感じの死亡フラグ・・・じゃなくて、野心があると分かります。
パルン:10個のギルドそれぞれの創設者にして、(前回イマーラが言及した)旧ギルドパクトを締結した存在。ラヴニカへの回帰時点で生存し、かつギルドマスターとしての活動が確認されているのはラクドス、ニヴ=ミゼットの2名のみ。
あと原文では場面が変わるたびに、公式PVの最初によく出てくる「プレインズウォーカーのマーク?」で区切っています。
基本的にその区切りに合わせてアップしますが、あまりに短い場合は今回のように◆で代用して分けながら、まとめて上げます。
ここまでで第一章は終わりになります。
次回は第二章、INTO THE FIREMIND
文字通り、ジェイスが火想者、ニヴ=ミゼットの精神に忍び込むところからです。
イゼットの不穏な動きを調べるため、ジェイスをセレズニアへと勧誘するイマーラ。
だが時既に遅し。ジェイスは身も心もニートになっていた。
ジェイス「働きたくないでござる!絶対に働きたくないでござる!」
(以下、本文の続きです。)
セレズニアの女性が建物を出る頃には、通りのランプが点き始めた。ミルコ=ヴォスクは建物の平たい屋根の上、出っ張りの近くに立ち、彼女が夜の中へと歩き去っていくのを見ていた。彼女を追跡したお陰で収穫があった、それも彼が予想しなかった形で。
ヴォスクの目は猫のように街灯の光を反射し、夕方の冷たい中だというのに彼の上半身は殆ど裸だった。彼は今までその鋭い耳で話を聞いていた煙突の穴のほうへと歩いていったが、彼女が訪れていた男からはもう何の声も聞き取れなかった。彼女はこのジェイスという名の知人の男にはっきりとした関心を示していた。彼女は彼の才能を確信していた――どうやら彼は何らかの魔道士のような存在らしい。そしてこのジェイスは、何かパターンや暗号のような物について調査を行っていると言及していた。
まさにこれこそが、ミルコ=ヴォスクの主が求めるであろう情報だった。セレズニアの女性は食欲をそそり、彼女がトロスターニへ直に接触できることは有益であった。しかしヴォスクは、彼の標的は一人ではないと感じていた。
ミルコ=ヴォスクは建物の突起から飛び降りた。彼は落ちることなく、高潔で自然な気品を漂わせて夜空へと浮かび上がっていった。
◆
イゼットの魔道士を見つけるのは難しいことではなかった。何日かの観察のあと、ジェイスは爆発音を聞き、驚いた鳥たちが街の向こう側で飛び去っていくのを見た。立ち上る青い煙はイゼット団が行った火炎技術の実験の一つを示す明白な証だ。ジェイスは爆発の元をたどり二人の魔道士を追跡した――人間とゴブリン、錬金術のための装置とミジウムの篭手を身につけていた。彼らは使われていないトンネルから現れ、焼け焦げたレンガと煙、エネルギーを受けてひび割れた道具を後に残した。これまでのジェイスが見聞きしてきた限り、これがイゼットの調査のやり方だ:何かが吹っ飛ぶまでエネルギーを加え続け、結果を観察する。
ジェイスはトンネルの入り口に隠れて、二人が通り過ぎていくのを待った。彼は精神を開き簡単に彼らの思考を簡単に洗おうと試みた。ゴブリンのスクリーグは人間の助手か、もしかすると弟子であるようだ。人間はラル=ザレックという。
「エネルギーは期待できるものでしたが、何の門が開く前兆もありませんね、」スクリーグが言った。「偉大なる火想者に何と言えばよいのでしょう?」
「それは俺に任せておけ。」
スクリーグとザレックは動き出し、早口で会話しながら大通りへと向きを変えて行ったので、ジェイスは彼らの精神の奥深くへと掘り下げて彼らが知っている全てを調べ上げることは出来なかった。代わりに、彼らを尾行して彼らに見られないようにしつつ近い距離を保とうと試みた。
「ディミーアは自分たちの門を持たないということでしょうか?」スクリーグが言った。
「それはあり得ない、」ザレックが答える。「門はある。どこかで俺達を待っている。俺達はただもっと深く調べるだけだ。」
「なぜ分かるのですか?なぜ我々が求めるものを見つけるだろうと?」
「この道は俺達のために古代の人々が作ったんだ、スクリーグ。パルンがこれを全部仕掛けたんだ、分かるか?ギルドの一つの創設者が、この地区一帯にパズルを仕掛けた、俺達に見つけてもらうために。」
「もちろんです。」スクリーグが言った。彼は耳を引っかいた。「しかしなぜそれが我々だと思うのですか?」
ザレックは鼻息を立てた。「俺達が最初に見つけたからさ。」
二人のイゼット魔道士は足早に歩き、低い声で話していたので、ジェイスは怪しまれずに、彼らと充分に近い距離を保つことが出来なかった。ジェイスは彼らとの距離を縮めるための方策を見つけなければならなかった。彼は自分の姿を見る人の精神から隠す呪文を作り出すことが出来たが、そのような呪文を維持し、同時に彼らの思考を読み取り、彼らの歩調と合わせることが出来るとは思えなかった。彼らが歩く通りと同じ階層でなければもっと近づけるかもしれない。
二人の魔道士が先へ歩く間にジェイスは身をかがめて路地裏に入り込み、フェンスを登って宿屋の屋上へと上った。彼は反対側からザレックとスクリーグを見下ろせるまで、身を潜めたまま屋根の上を忍び足で進んでいった。もう一度、彼らの表層の思考を聞き取った。残念ながら、彼は会話の一部を聞き逃してしまっていた。
「これは第一歩に過ぎない。」ザレックが言う。「ニヴ=ミゼットによると、暗号は俺達にもっと多くのことを伝えている。門を発見するだけでは足りない。門の先に何があるかを知るためには、そこへの道を見つけなければ。」
スクリーグが両手を握り締め、顔を輝かせてザレックのほうを見た。「うわぁ!何があるんだろう!」
「あいつは礼儀知らずなトカゲじじいだ。自分が知っている秘密の全てを俺に話そうとしない。だが俺は、俺達が探しているものが何か分かる気がする。」
彼らはまたジェイスから離れるように歩いていった。彼は話を聞き取るために次の建物へと深い谷間を飛び移り、傾斜した屋根へと走り、彼らの真上まで屋根の端にそって張っていかなければならなかった。今の彼らはさらに低い声で話しており、彼の内なる感覚をもってしても、彼らが話していることを把握するためにかなりの集中力を要した。
「俺はどでかい兵器だと思っているよ、スクリーグ。」ザレックが言った。「ここ第十地区に隠されている。古のギルドの創設者たちは、ギルドパクトがいつまでも続かないと分かっていた。俺が思うに、その中の一人は、もしギルドパクトが崩壊したら一つのギルドが立ち上がって他の全てのギルドを支配しなければならないと予見した。だから俺達に兵器を残したんだ、スクリーグ。そしてそれを手に取るに値する人物だけが見つけられるように隠した。“俺達こそ”がその人物だ、そう思わないか?だから、ラヴニカは俺達のものになるということだ。」
兵器・・・ジェイスは考えた。暗号、門、道、それらの全てが何かの兵器を隠している。少なくともザレックは、そう信じていた。
ジェイスはもう屋根の上から彼らの後を追う事は出来ず、彼らが通りを渡ってジェイスのいる方から離れるのを見ていた。魔道士たちは、蒸気パイプに覆われている高く殺風景な壁に囲まれた、イゼットが支配する領地の入り口に到着した。スクリーグとザレックは、かのドラゴン自身の姿を映す巨大な印章が飾られた大型の丸いゲートへと階段を上っていった。門番の部隊が彼らに頷き、ゲートは開かれて二人を受け入れた。
ゲートが開かれ、向こう側からこちらを覗き込んでいるドラゴンの頭の影を見て、ジェイスは驚愕した。それは彼らの帰還を待っているニヴ=ミゼットその人だった。
「私のために何を見つけてくれたかな?」ニヴ=ミゼットが言った。
そのドラゴンの声はジェイスの隠れている場所まで聞こえるほど大きく響いた。しかしジェイスは返答を聞くことが出来ず、二人はすぐゲートの向こう側に行ってしまった。
彼は全ての秘密の裏に何が眠っているのか、後一歩のところまで近づいていると感じていたが、厳重に警備されたイゼットのゲートに忍び込もうとすれば確実に捕まってしまう。彼は既に魔道士たちの精神との接続を失いかけていた。いずれにせよ、スクリーグとザレックは彼が求める情報の全てを持ってはいない。
しかし、あのドラゴンは持っている。彼には一つの可能性があった。ゲートが閉まる前にドラゴンの精神に侵入しなければならない・・・あえて危険を冒すのなら。
彼は実行した。
(解説)
ミルコ=ヴォスク:前回煽ったけどまだチョイ役でしたwwwサーセンwwwww
ラル=ザレック:彼の言動から、「ニヴ=ミゼットを出し抜いて俺様がラヴニカの頂点に立ってやろう」という感じの死亡フラグ・・・じゃなくて、野心があると分かります。
パルン:10個のギルドそれぞれの創設者にして、(前回イマーラが言及した)旧ギルドパクトを締結した存在。ラヴニカへの回帰時点で生存し、かつギルドマスターとしての活動が確認されているのはラクドス、ニヴ=ミゼットの2名のみ。
あと原文では場面が変わるたびに、公式PVの最初によく出てくる「プレインズウォーカーのマーク?」で区切っています。
基本的にその区切りに合わせてアップしますが、あまりに短い場合は今回のように◆で代用して分けながら、まとめて上げます。
ここまでで第一章は終わりになります。
次回は第二章、INTO THE FIREMIND
文字通り、ジェイスが火想者、ニヴ=ミゼットの精神に忍び込むところからです。
(あらすじ)
ジェイスが街中に眠る謎の暗号の研究に取り付かれていた頃、ラル=ザレックとイゼットの一団は地下のゴルガリの支配圏にもぐり込み、何かを発見した。
ここで視点はジェイスに戻ります。
突如、ジェイスの家のドアを叩く音が聞こえてくるが・・・。
(以下、本文の訳です。)
ジェイスは忍び寄るように1階まで階段を下りドアへと近づいた。カヴィンならばノックはしないし、他に訪れるような人など考え付かない。彼は外にいる何者かの精神を読み取るための呪文を用意した。古い友人の精神を感知すると、彼はドアを大きく開けた。
イマーラは以前と変わらず若さを保っているが、彼女はエルフであるため、年齢は外見に表れにくい。彼女が着ているガウンの袖には茨模様が編みこまれ、袖口の大木の根をあらわす立派な茶色の縫込みに絡み付いていた。彼女の若々しい姿の中に知性と静かな強さが秘められていることをジェイスは知っていた。
「こんばんは。」彼女は笑みを作りつつ言った。
「イマーラ!久しぶりじゃないか。さあ入ってよ。」
そう言ってすぐに彼は後悔した。ジェイスの書斎は来客に見せられるものではなかった。彼女が入るとすぐに、彼は申し訳なさそうに研究で集めた石片の山の中を案内する羽目になったのだ。石細工の欠片をいくらか脇にどけてから、古くて使われていない暖炉のそばの擦り切れたカーペットが敷かれた床に座った。
イマーラはその場所を観察した。「考古学でも始めたのですか?」
「新しいプロジェクト、といったところかな。仲間と僕は古い石造りに刻み込まれた文様を調査しているんだ。この地区のありとあらゆる場所で同じ模様を見た。そいつらは繰り返される要素を持った一連の図形のパターンになっている。興味深いよ。この通りのほとんど全ての建物が同じ廃棄所から回収した石を使っているって知っていたかい?」
「知りませんでした。」彼女の表情は落ち着いていた、しかし彼女が手をひざの上で握るしぐさから、ジェイスはそれが社交辞令ではないと分かった。
「どうしてオヴィツィアから?」
「私は今、この第十地区に住んでいます、」イマーラが言った。彼女は小さな何かを大事そうに握り締めてジェイスに渡す――葉脈まで複雑に描かれた木彫りの葉のブローチだった。それは熟達した職人が彫ったとしてもあまりにも精巧すぎた。魔法によって練成されたものに違いない。
「これは?」
「贈り物です。我がギルドマスターからの。」
ジェイスはその繊細な木彫りの葉っぱを両手で受け取った。「ギルドマスターだって?」ジェイスは彼女の肩に留められている小さな木の形をしたピンを眺めた。「ギルドに入ったのか?」
「私は帰ってきたのです。セレズニア議事会に。私は何年も前から所属していました――それもあなたが生まれる前からですよ、人の子よ。そして議事会が再び立ち上がった今、私を呼び戻したのです。あなたはギルドがいかに前の姿を取り戻したか、ご覧になるべきです。」
「正直に言うと、僕はここ最近この建物の外すらもまともに見ていないよ、」ジェイスは肩をすくめて言った。彼は自分の髪の毛があらゆる方向に跳ね上がっているのに気付き、イマーラが訪ねてきたことで、彼の身だしなみの基準は大幅に上昇した。
イマーラはしっかりとジェイスを注視した。「あなたはギルドパクトについてどれだけ知っていますか?」
それは極めて答え方に困る類の質問だった。ジェイスはイマーラに対し完全に正直ではなかった――ジェイスはプレインズウォーカー、次元の間を行き来することが出来る魔道士だ。殆どの人は自分たちが暮らしている所の他にも次元があるなど考え付かないし、自分たちの故郷がいくつにも連なる世界の一つでしかないなんて聞いても良い思いはしないだろう。
ジェイスは自分がプレインズウォーカーであることを隠すようにしてきた。そのため、このような会話の中でも、ジェイスはその次元で生まれ育った人であるかのようにちょっとした演技をしなければならなかった。彼は都市に覆われた世界、ラヴニカの歴史を、自ら調査し人々の心を覗き込んで得た知識でしか知らなかった。
彼はイマーラの頭の中を覗いてギルドパクトのことをもっと調べてみようかとも考えた。彼の魔法の特技は近道だが、必ずしも必要なものではない。しかし、イマーラ自身が卓越した魔道士であり、ジェイスが周りで精神魔法を使うと彼女はそれを感じ取ることが出来る。
「僕は政治のことはあまり分からないよ、」彼は言った。
「ギルドが復興したとしても驚くことではありません。」イマーラが言った。「ギルドは歴史の柱のようなもの。何千年ものあいだ、我々の文明全ての中心で、誰が何を言おうと、ギルドパクトがそれらを一つに繋いでいました。ですが、ギルドパクトは無くなりました。解消されたのです。条約や法律は何の魔法的な拘束力を持ちえません。ギルドの指導者たちはもはやかつての規制に縛られてはいないのです。」
ジェイスは力を追い求めていた人々に思いを馳せた――リリアナ、テゼレット、ニコル=ボーラス。彼らがいつでも自分たちの力をより大きな力を得るために利用してきたのを思い出した。「権力の中心にいる連中は、いつでもそれがどこまで届くのかを試したがる。」
イマーラが頷いた。「そしてその境界が無ければ・・・」
「そいつらが自分たちのあるべき領域を踏み越えようとしているんだね。」
イマーラは、ジェイスの手にあるもろい木の細工をみた。「もう動き出しています。」
「誰だ?ラクドス?」ジェイスは当てずっぽうに言った。彼にはなぜラヴニカの人々が、あの殺人すら厭わない悪魔崇拝者のカルト集団を十個の公式なギルドの一つとして認めているのか理解できなかった――やつらは危険なだけに見えた。通説では、ラクドス教団は富と権力を持つ者に人気の破壊的なサービスと歪んだエンターテインメントを提供しており、彼らが存在を保つにはそれだけで充分だった。
「いいえ。」イマーラが言った。「イゼットです。イゼットの魔道士たちが他のギルドの領域違法な調査を始めたのです。」イゼット団――ジェイスが暗号の刻まれた石のアーティファクトを掘り返していた時に、よく姿を見た魔法研究員たちと同じギルドだった。
「しかし、それは法魔道士たちの仕事じゃないのか?アゾリウスが境界を維持するべきでは?」
「彼らはそうしようとしています。アゾリウス評議会は他のギルドの要請に応じて毎日のようにイゼット団に対して禁止命令や規則を作り続けています。しかしギルドパクト無くしては、アゾリウスはただの牙を失った官僚です。彼らの法制度はただの紙に書かれた文字に過ぎません。ニヴ=ミゼットはまるで気にしていないようです。」
ニヴ=ミゼットはイゼット団の創設者にしてギルドマスターであり、探究心旺盛で理知的な大魔道士で、また古代のドラゴンでもある。もしもイゼット団が新たな計画を企てていたと言うのなら、彼がその出所のはずだ。
「そのドラゴンは何と言っていた?」
「何も。イゼット団が何を行っているのか、彼らは秘密にしているのです。」
「そして君は彼らのプロジェクトが何なのかを調べたいのか。」君は僕にそれを見つけて欲しいのか、と彼は考えた。
「トロスターニ、我がギルドマスターは、イゼットが計画していることを早急に明るみに出さなければならないと考えておられます。しかし、もし彼らが協力をしなければ、ギルドの間に不信が広まるでしょう。緊張が生まれます。ギルドをバラバラにする紛争を引き起こすかもしれません。」彼女は両手を広げ、再び握った。「イゼットには協力してもらわなければ。」
ジェイスは深く座って息を整え、イマーラの顔を観察した。彼女はジェイスに対し強く要求しないようにしていたが、彼女の表情からは差し迫っていることが伺えた。そこには彼女からは今まで見たことが無い、彼女のマナーの限界があった。恐怖ではなかった。彼女は自分自身が危険に遭うことは何とも思っていなかった。彼女が義務感を持って語っているのを感じた――ギルドへの忠誠心を超えて何かを案じている。彼は彼女が他の誰かを守ろうとしているのではと考えた。
「僕に何が出来る?」
彼女に輝くような笑顔が生まれた。「我々に加わってください、」彼女は言った。「助けてください。この地区と、全ての地区の平和を守るために、イゼットが何をしようとしているのかを知りたいのです。」
「僕に、君たちのギルドに入ってほしいと言うのか?」
「議事会はあなたを歓迎するでしょう。セレズニアは我々が共存するために一つになることだと信じています。ジェイスあなたの素質――あなたは人と繋がることができるすばらしい能力を秘めています。我々ならあなたを上手く使えるでしょう。」
「僕には分からない。」一つのギルドに加わることは彼自身を一つの価値観に縛り付けることを意味する。何より、それは彼自身をラヴニカの次元へと拘束することになる。そして仮にラヴニカのギルドの一つを“選んだ”としても、それがセレズニアになるかとは確信できない。ジェイスは書斎を見回し、曖昧なジェスチャーで研究材料を示した。「僕にはやるべき事がたくさんあるんだ・・・今はギルドに加わるとは約束できない。」
「ですが、あなたなら多くの人々を救うことが出来ます。私はギルドの中で影響力を持っています。トロスターニは私を高官のようなものに選んだのです。そしてあなたには人々と絆を持つ天性を持っています。我々は同じ目標に向かって働くことが出来ます。私たちは真実を学ぶことが出来ます。共に。」
ジェイスは躊躇した。この時のイマーラのようにジェイスの事を好意的に見る人はこれまで多くなかった。彼は彼女がそのような見方をもっと長く続けてくれるような何かを言いたかった。彼は、イエスと答えて彼女の顔がもっと明るい笑顔になるのを想像した――彼女の手を取り、君の仲間になって君を助けるのが僕には何よりも大切なことだよと、言ってやれたなら。彼女のためにそうできたらと願った。
しかし、彼は出来なかった。
「すまない。僕はセレズニアには入ることは出来ない。でも、別のやり方で助けることなら出来る。」
イマーラの笑顔が溶けて消えた。「あぁ。では遅かったのですね。もう他のギルドに入ったのですか?」
「いや、そうじゃない。」彼は他の次元で過ごした日々を思い出した。多元宇宙の隅々に広がる彼を惹きつけてきた謎の数々に思いを巡らした。「僕は、その・・・あんまり他と繋がりすぎるのは好きじゃないんだ。」
その言葉が彼女に響いた。「分かりました。」彼女は言って立ち上がった。彼女は元の上品で礼儀正しい立振舞いに戻った。「では、私は行かなければなりません。ギルドの仕事がありますので。お時間を頂いて有難うございます。会えて良かった。」
「いや、イマーラ、ごめん、」彼は一緒に立ち上がって言った。「僕はただ・・・どのギルドの政治にも関わる余裕が無いという意味で。大事なことを調べていて、時間がいくらあっても足りない。これが解決できたら、ぜひ君を助けるよ。」
彼女は頷いた。「あなたを心待ちにしていますよ。」彼女は言った。ジェイスの家のドアで、彼女は振り返った。「あなたにあげたあの葉は、樹彫師が作ったセレズニアのアーティファクトです。あなたが望むなら、私と連絡を取るのに使うことが出来ます。ただ起動の合言葉を唱えるだけで、私はあなたの声を聞くことが出来るようになります。」
ジェイスは手の中の贈り物を見た。「その言葉とは?」
「『君が必要だ。』」
(解説)
イマーラ=タンドリス:セレズニアの高官で、ジェイスの女友達。かつてテゼレット支配下の無限連合にジェイスがいた頃、ジェイスは彼女の癒しの術で何度も命を救われています。
今回のイマーラとの会話、言葉の節々から本気でジーンと来るものがあります。
プレインズウォーカーである以前、子どもの頃から人の心を読む超能力を持っていたジェイスは、自分が他の誰とも決定的に違う存在。本質的に他の誰とも分かり合えない。
だけど、その死ぬまで続くような孤独感を受け入れきれない。
他のみんなと同じように笑ってだべりたい、けれどそれが出来ないもどかしさ。
ぼっちを経験したことがある人なら分かるかもしれない、ジェイスの感覚が少しでも伝われば幸いです。
次回、最弱のギルドのあの男が登j・・・おや、誰か来たようだ・・・
ジェイスが街中に眠る謎の暗号の研究に取り付かれていた頃、ラル=ザレックとイゼットの一団は地下のゴルガリの支配圏にもぐり込み、何かを発見した。
ここで視点はジェイスに戻ります。
突如、ジェイスの家のドアを叩く音が聞こえてくるが・・・。
(以下、本文の訳です。)
ジェイスは忍び寄るように1階まで階段を下りドアへと近づいた。カヴィンならばノックはしないし、他に訪れるような人など考え付かない。彼は外にいる何者かの精神を読み取るための呪文を用意した。古い友人の精神を感知すると、彼はドアを大きく開けた。
イマーラは以前と変わらず若さを保っているが、彼女はエルフであるため、年齢は外見に表れにくい。彼女が着ているガウンの袖には茨模様が編みこまれ、袖口の大木の根をあらわす立派な茶色の縫込みに絡み付いていた。彼女の若々しい姿の中に知性と静かな強さが秘められていることをジェイスは知っていた。
「こんばんは。」彼女は笑みを作りつつ言った。
「イマーラ!久しぶりじゃないか。さあ入ってよ。」
そう言ってすぐに彼は後悔した。ジェイスの書斎は来客に見せられるものではなかった。彼女が入るとすぐに、彼は申し訳なさそうに研究で集めた石片の山の中を案内する羽目になったのだ。石細工の欠片をいくらか脇にどけてから、古くて使われていない暖炉のそばの擦り切れたカーペットが敷かれた床に座った。
イマーラはその場所を観察した。「考古学でも始めたのですか?」
「新しいプロジェクト、といったところかな。仲間と僕は古い石造りに刻み込まれた文様を調査しているんだ。この地区のありとあらゆる場所で同じ模様を見た。そいつらは繰り返される要素を持った一連の図形のパターンになっている。興味深いよ。この通りのほとんど全ての建物が同じ廃棄所から回収した石を使っているって知っていたかい?」
「知りませんでした。」彼女の表情は落ち着いていた、しかし彼女が手をひざの上で握るしぐさから、ジェイスはそれが社交辞令ではないと分かった。
「どうしてオヴィツィアから?」
「私は今、この第十地区に住んでいます、」イマーラが言った。彼女は小さな何かを大事そうに握り締めてジェイスに渡す――葉脈まで複雑に描かれた木彫りの葉のブローチだった。それは熟達した職人が彫ったとしてもあまりにも精巧すぎた。魔法によって練成されたものに違いない。
「これは?」
「贈り物です。我がギルドマスターからの。」
ジェイスはその繊細な木彫りの葉っぱを両手で受け取った。「ギルドマスターだって?」ジェイスは彼女の肩に留められている小さな木の形をしたピンを眺めた。「ギルドに入ったのか?」
「私は帰ってきたのです。セレズニア議事会に。私は何年も前から所属していました――それもあなたが生まれる前からですよ、人の子よ。そして議事会が再び立ち上がった今、私を呼び戻したのです。あなたはギルドがいかに前の姿を取り戻したか、ご覧になるべきです。」
「正直に言うと、僕はここ最近この建物の外すらもまともに見ていないよ、」ジェイスは肩をすくめて言った。彼は自分の髪の毛があらゆる方向に跳ね上がっているのに気付き、イマーラが訪ねてきたことで、彼の身だしなみの基準は大幅に上昇した。
イマーラはしっかりとジェイスを注視した。「あなたはギルドパクトについてどれだけ知っていますか?」
それは極めて答え方に困る類の質問だった。ジェイスはイマーラに対し完全に正直ではなかった――ジェイスはプレインズウォーカー、次元の間を行き来することが出来る魔道士だ。殆どの人は自分たちが暮らしている所の他にも次元があるなど考え付かないし、自分たちの故郷がいくつにも連なる世界の一つでしかないなんて聞いても良い思いはしないだろう。
ジェイスは自分がプレインズウォーカーであることを隠すようにしてきた。そのため、このような会話の中でも、ジェイスはその次元で生まれ育った人であるかのようにちょっとした演技をしなければならなかった。彼は都市に覆われた世界、ラヴニカの歴史を、自ら調査し人々の心を覗き込んで得た知識でしか知らなかった。
彼はイマーラの頭の中を覗いてギルドパクトのことをもっと調べてみようかとも考えた。彼の魔法の特技は近道だが、必ずしも必要なものではない。しかし、イマーラ自身が卓越した魔道士であり、ジェイスが周りで精神魔法を使うと彼女はそれを感じ取ることが出来る。
「僕は政治のことはあまり分からないよ、」彼は言った。
「ギルドが復興したとしても驚くことではありません。」イマーラが言った。「ギルドは歴史の柱のようなもの。何千年ものあいだ、我々の文明全ての中心で、誰が何を言おうと、ギルドパクトがそれらを一つに繋いでいました。ですが、ギルドパクトは無くなりました。解消されたのです。条約や法律は何の魔法的な拘束力を持ちえません。ギルドの指導者たちはもはやかつての規制に縛られてはいないのです。」
ジェイスは力を追い求めていた人々に思いを馳せた――リリアナ、テゼレット、ニコル=ボーラス。彼らがいつでも自分たちの力をより大きな力を得るために利用してきたのを思い出した。「権力の中心にいる連中は、いつでもそれがどこまで届くのかを試したがる。」
イマーラが頷いた。「そしてその境界が無ければ・・・」
「そいつらが自分たちのあるべき領域を踏み越えようとしているんだね。」
イマーラは、ジェイスの手にあるもろい木の細工をみた。「もう動き出しています。」
「誰だ?ラクドス?」ジェイスは当てずっぽうに言った。彼にはなぜラヴニカの人々が、あの殺人すら厭わない悪魔崇拝者のカルト集団を十個の公式なギルドの一つとして認めているのか理解できなかった――やつらは危険なだけに見えた。通説では、ラクドス教団は富と権力を持つ者に人気の破壊的なサービスと歪んだエンターテインメントを提供しており、彼らが存在を保つにはそれだけで充分だった。
「いいえ。」イマーラが言った。「イゼットです。イゼットの魔道士たちが他のギルドの領域違法な調査を始めたのです。」イゼット団――ジェイスが暗号の刻まれた石のアーティファクトを掘り返していた時に、よく姿を見た魔法研究員たちと同じギルドだった。
「しかし、それは法魔道士たちの仕事じゃないのか?アゾリウスが境界を維持するべきでは?」
「彼らはそうしようとしています。アゾリウス評議会は他のギルドの要請に応じて毎日のようにイゼット団に対して禁止命令や規則を作り続けています。しかしギルドパクト無くしては、アゾリウスはただの牙を失った官僚です。彼らの法制度はただの紙に書かれた文字に過ぎません。ニヴ=ミゼットはまるで気にしていないようです。」
ニヴ=ミゼットはイゼット団の創設者にしてギルドマスターであり、探究心旺盛で理知的な大魔道士で、また古代のドラゴンでもある。もしもイゼット団が新たな計画を企てていたと言うのなら、彼がその出所のはずだ。
「そのドラゴンは何と言っていた?」
「何も。イゼット団が何を行っているのか、彼らは秘密にしているのです。」
「そして君は彼らのプロジェクトが何なのかを調べたいのか。」君は僕にそれを見つけて欲しいのか、と彼は考えた。
「トロスターニ、我がギルドマスターは、イゼットが計画していることを早急に明るみに出さなければならないと考えておられます。しかし、もし彼らが協力をしなければ、ギルドの間に不信が広まるでしょう。緊張が生まれます。ギルドをバラバラにする紛争を引き起こすかもしれません。」彼女は両手を広げ、再び握った。「イゼットには協力してもらわなければ。」
ジェイスは深く座って息を整え、イマーラの顔を観察した。彼女はジェイスに対し強く要求しないようにしていたが、彼女の表情からは差し迫っていることが伺えた。そこには彼女からは今まで見たことが無い、彼女のマナーの限界があった。恐怖ではなかった。彼女は自分自身が危険に遭うことは何とも思っていなかった。彼女が義務感を持って語っているのを感じた――ギルドへの忠誠心を超えて何かを案じている。彼は彼女が他の誰かを守ろうとしているのではと考えた。
「僕に何が出来る?」
彼女に輝くような笑顔が生まれた。「我々に加わってください、」彼女は言った。「助けてください。この地区と、全ての地区の平和を守るために、イゼットが何をしようとしているのかを知りたいのです。」
「僕に、君たちのギルドに入ってほしいと言うのか?」
「議事会はあなたを歓迎するでしょう。セレズニアは我々が共存するために一つになることだと信じています。ジェイスあなたの素質――あなたは人と繋がることができるすばらしい能力を秘めています。我々ならあなたを上手く使えるでしょう。」
「僕には分からない。」一つのギルドに加わることは彼自身を一つの価値観に縛り付けることを意味する。何より、それは彼自身をラヴニカの次元へと拘束することになる。そして仮にラヴニカのギルドの一つを“選んだ”としても、それがセレズニアになるかとは確信できない。ジェイスは書斎を見回し、曖昧なジェスチャーで研究材料を示した。「僕にはやるべき事がたくさんあるんだ・・・今はギルドに加わるとは約束できない。」
「ですが、あなたなら多くの人々を救うことが出来ます。私はギルドの中で影響力を持っています。トロスターニは私を高官のようなものに選んだのです。そしてあなたには人々と絆を持つ天性を持っています。我々は同じ目標に向かって働くことが出来ます。私たちは真実を学ぶことが出来ます。共に。」
ジェイスは躊躇した。この時のイマーラのようにジェイスの事を好意的に見る人はこれまで多くなかった。彼は彼女がそのような見方をもっと長く続けてくれるような何かを言いたかった。彼は、イエスと答えて彼女の顔がもっと明るい笑顔になるのを想像した――彼女の手を取り、君の仲間になって君を助けるのが僕には何よりも大切なことだよと、言ってやれたなら。彼女のためにそうできたらと願った。
しかし、彼は出来なかった。
「すまない。僕はセレズニアには入ることは出来ない。でも、別のやり方で助けることなら出来る。」
イマーラの笑顔が溶けて消えた。「あぁ。では遅かったのですね。もう他のギルドに入ったのですか?」
「いや、そうじゃない。」彼は他の次元で過ごした日々を思い出した。多元宇宙の隅々に広がる彼を惹きつけてきた謎の数々に思いを巡らした。「僕は、その・・・あんまり他と繋がりすぎるのは好きじゃないんだ。」
その言葉が彼女に響いた。「分かりました。」彼女は言って立ち上がった。彼女は元の上品で礼儀正しい立振舞いに戻った。「では、私は行かなければなりません。ギルドの仕事がありますので。お時間を頂いて有難うございます。会えて良かった。」
「いや、イマーラ、ごめん、」彼は一緒に立ち上がって言った。「僕はただ・・・どのギルドの政治にも関わる余裕が無いという意味で。大事なことを調べていて、時間がいくらあっても足りない。これが解決できたら、ぜひ君を助けるよ。」
彼女は頷いた。「あなたを心待ちにしていますよ。」彼女は言った。ジェイスの家のドアで、彼女は振り返った。「あなたにあげたあの葉は、樹彫師が作ったセレズニアのアーティファクトです。あなたが望むなら、私と連絡を取るのに使うことが出来ます。ただ起動の合言葉を唱えるだけで、私はあなたの声を聞くことが出来るようになります。」
ジェイスは手の中の贈り物を見た。「その言葉とは?」
「『君が必要だ。』」
(解説)
イマーラ=タンドリス:セレズニアの高官で、ジェイスの女友達。かつてテゼレット支配下の無限連合にジェイスがいた頃、ジェイスは彼女の癒しの術で何度も命を救われています。
今回のイマーラとの会話、言葉の節々から本気でジーンと来るものがあります。
プレインズウォーカーである以前、子どもの頃から人の心を読む超能力を持っていたジェイスは、自分が他の誰とも決定的に違う存在。本質的に他の誰とも分かり合えない。
だけど、その死ぬまで続くような孤独感を受け入れきれない。
他のみんなと同じように笑ってだべりたい、けれどそれが出来ないもどかしさ。
ぼっちを経験したことがある人なら分かるかもしれない、ジェイスの感覚が少しでも伝われば幸いです。
次回、最弱のギルドのあの男が登j・・・おや、誰か来たようだ・・・
(あらすじ)
乳首男ことラル=ザレックは、ゴブリンのスクリーグやイゼットの部下たちを率いて地下の遺跡を調査していた。彼らの探すLey Line(合う言葉が見つからないのでカード準拠で力線と訳しました)とは何なのか?
そこに、ゴルガリの魔道士の一団が現れる。今、互いのプライドを賭けて二つのギルドが激突する・・・。(デュエルデッキ風)
(ここから本文です)
声の主、エルフの女性はごつごつした杖を持っていた。彼女は大きなネズミの骨で飾られた先端をラル=ザレックに向けた。「お前。今すぐ立ち去りなさい。」
ラルは手のひらを顔の前でひらひらさせてみせた。「ここはただの廃墟になって放置されたトンネルだ。だれの物でもないよ。」
「文明が捨てた全てのものは我々の所有物となるのだ。」ゴルガリのエルフは冷たく嘲笑って言った。
「そうかい、あんたらがどこの穴から沸いて出てきたのか知らんが、さっさとそこに帰りな。ドラゴンのニヴ=ミゼット様が今はこの場所と――彼がイゼットの役に立つと考えた全ての使われていない土地の所有者だ。」
ゴルガリ団の抗議はもはや言語の体を為していないしわがれ声となっていた。ラルは殆どすすり声のような音が聞こえたと思った。
「このような侵入はギルドパクトの下では違法だ」エルフが言った
「で、今やギルドパクトは無くなっているじゃないか?実験を進めろ。我らがドラゴンは研究成果を待たされるのがお嫌いだ。」
エルフのシャーマンが再び冷たく笑ったが、彼女は顔を下に向け、引き下がっていった。彼女と共に、他のゴルガリ団も影の中へと消えていった。シャーマンがネズミの骸骨の杖を振った音を最後に、全てが静寂に包まれた。
沈黙の中、スクリーグが息を吐いた。「あれで終わってよかったよ。」
ちょうど彼がそういった瞬間、イゼットの調査隊の周り中で暗い影が生命を帯びて動き出した――捨てられていた骸骨がカタカタと揺れながら立ち上がり、ゴミの山はカビにまみれた怪物となり、骨くずが刺さっている腐敗した苔は複数の足で立ち上がる形態をとって、金切り声を上げながら敵意むき出しに爪を研いでいた。
「糞ったれのどぶエルフどもが、」ラルは悪態をついた。彼はイゼットの魔道士たちへと振り向いた。「何をぼけっとしているんだ!こいつらを倒せ!」
イゼット団は呪文を繰り出そうと立ち向かっていったが、瓦礫で出来たゴルガリのゾンビは目にも留まらぬ速さで襲い掛かってきた。1体のゾンビの爪がゴブリンのスクリーグを捕らえてその禍々しい巨大な口に運ぼうとし、スクリーグは悲鳴を上げた。ラルはその腐った怪物に稲妻を投げつけバラバラにしたが一時的なものだった。スクリーグが床の泥へ叩きつけられている間に、不死の生物は近くの蜘蛛の巣が貼った残骸を取り込んで再生していった。
ラルは実験の道具から銅のケーブルをつかんで武器にしようとした。彼はその一つを不死の怪物に突き刺したが、帯電したケーブルは灰色の肉体をかすかに焦がしただけだった。それは他の生物の心臓を止めるはずだったが、当然屍術によって生み出された生物の心臓は――もし心臓があればだが――元から止まっていた。
ゾンビのような怪物は群れを成して襲い掛かり、魔道士たちを見えない糸で操っているかのように圧倒して追い詰めた。ギルドの仲間たちの叫び声が聞こえ、ラルの腕や首にも何本もの触手が叩きつけられた。
「何かにつかまれ!」彼はそう言って、魔力のケーブルを自分の篭手に直接繋いだ。
ラルの目蓋で光が明滅し始めた。部屋の中でどこからとも無く風が吹き、ラルの体中の毛が逆立った。ゾンビの腐った手がラルを捕らえ、ラルの体がゾンビの群れへと引き寄せられていく中、嵐のエネルギーがラルの体の周りで小さな弧を描きながらパチパチと音を立てた。大気が超物理的なエネルギーで弾け、ラルは自分の体が数インチほど床から浮いているのを感じた。彼はその力が、オーバーヒートしたボイラーのような甲高い音を立てるのが聞こえるだけだった。出来る限り多くのマナを取り込もうとしている間、彼の視界は真っ白に染まっていた。新しい太陽が生まれたかのように、ラルの体のあらゆる部分が力を放って爆発した。轟音と光に何もかもが包まれ、その後静寂と暗闇が戻った。彼は何も聞こえなかった――何も見えなかった。
ラルは奇妙な鼓動を感じた。すぐに、それが酷使された自分の心臓だと気付いた。代わりに、自分が呼吸をしているのに気付いた――何とか生き残った証拠だった。
誰かが灯りをともした。ラルは周囲の物体が見えるようになったが、まだ霧の中だった。ゆっくりと景色が現れていく。部屋が爆発によって埃と破片の山になっているのが分かった。
「ケガ人はいないか?」彼は咳き込んだ。
「我々は無事なようです。」一人のイゼット魔道士が言った。黒焦げになっていたが、生きている。
「あなたのお陰です。」スクリーグが煙の中から出てきて言った。
ゴルガリ団のアンデッドは押し寄せるエネルギーの衝撃波を浴びて抹消された。レンガの欠片が天井からこぼれ落ち、太古の石造りの一帯がむき出しになった。
ラルはこれまでで最も生きていることを実感した。彼の心臓はあまりにも激しく鼓動し、それを気に入っていた。
「スクリーグ、」ラルが言った。「マナ・コイルだ。もう一度回せ。実験を終わらせるぞ。」
「すみません。」イゼットの研究員の一人が言った。
「何だ?」
その魔道士は爆発によって古い石造りの一部が露出した天井を見上げていた。「あなたはこれを見たくなりますよ。」
(解説?)
だんだん会話が増えてきて、訳するのも面白くなってきました。ラル=ザレックは比較的くだけた感じ、スクリーグはゴブリンらしく子どもっぽい口調、という感じで若干書き分けて訳しています。
こういう台詞回しで性格のイメージ決まっちゃうから、どこまで踏み込んでいいのか悩みますね。
でも全部機械的な話し方だったら分かりにくいし、ただの下手糞な訳にしかならないじゃん?
次回、ニート化していたジェイスに戻ります。ドアを叩く音の正体とは・・・?
乳首男ことラル=ザレックは、ゴブリンのスクリーグやイゼットの部下たちを率いて地下の遺跡を調査していた。彼らの探すLey Line(合う言葉が見つからないのでカード準拠で力線と訳しました)とは何なのか?
そこに、ゴルガリの魔道士の一団が現れる。今、互いのプライドを賭けて二つのギルドが激突する・・・。(デュエルデッキ風)
(ここから本文です)
声の主、エルフの女性はごつごつした杖を持っていた。彼女は大きなネズミの骨で飾られた先端をラル=ザレックに向けた。「お前。今すぐ立ち去りなさい。」
ラルは手のひらを顔の前でひらひらさせてみせた。「ここはただの廃墟になって放置されたトンネルだ。だれの物でもないよ。」
「文明が捨てた全てのものは我々の所有物となるのだ。」ゴルガリのエルフは冷たく嘲笑って言った。
「そうかい、あんたらがどこの穴から沸いて出てきたのか知らんが、さっさとそこに帰りな。ドラゴンのニヴ=ミゼット様が今はこの場所と――彼がイゼットの役に立つと考えた全ての使われていない土地の所有者だ。」
ゴルガリ団の抗議はもはや言語の体を為していないしわがれ声となっていた。ラルは殆どすすり声のような音が聞こえたと思った。
「このような侵入はギルドパクトの下では違法だ」エルフが言った
「で、今やギルドパクトは無くなっているじゃないか?実験を進めろ。我らがドラゴンは研究成果を待たされるのがお嫌いだ。」
エルフのシャーマンが再び冷たく笑ったが、彼女は顔を下に向け、引き下がっていった。彼女と共に、他のゴルガリ団も影の中へと消えていった。シャーマンがネズミの骸骨の杖を振った音を最後に、全てが静寂に包まれた。
沈黙の中、スクリーグが息を吐いた。「あれで終わってよかったよ。」
ちょうど彼がそういった瞬間、イゼットの調査隊の周り中で暗い影が生命を帯びて動き出した――捨てられていた骸骨がカタカタと揺れながら立ち上がり、ゴミの山はカビにまみれた怪物となり、骨くずが刺さっている腐敗した苔は複数の足で立ち上がる形態をとって、金切り声を上げながら敵意むき出しに爪を研いでいた。
「糞ったれのどぶエルフどもが、」ラルは悪態をついた。彼はイゼットの魔道士たちへと振り向いた。「何をぼけっとしているんだ!こいつらを倒せ!」
イゼット団は呪文を繰り出そうと立ち向かっていったが、瓦礫で出来たゴルガリのゾンビは目にも留まらぬ速さで襲い掛かってきた。1体のゾンビの爪がゴブリンのスクリーグを捕らえてその禍々しい巨大な口に運ぼうとし、スクリーグは悲鳴を上げた。ラルはその腐った怪物に稲妻を投げつけバラバラにしたが一時的なものだった。スクリーグが床の泥へ叩きつけられている間に、不死の生物は近くの蜘蛛の巣が貼った残骸を取り込んで再生していった。
ラルは実験の道具から銅のケーブルをつかんで武器にしようとした。彼はその一つを不死の怪物に突き刺したが、帯電したケーブルは灰色の肉体をかすかに焦がしただけだった。それは他の生物の心臓を止めるはずだったが、当然屍術によって生み出された生物の心臓は――もし心臓があればだが――元から止まっていた。
ゾンビのような怪物は群れを成して襲い掛かり、魔道士たちを見えない糸で操っているかのように圧倒して追い詰めた。ギルドの仲間たちの叫び声が聞こえ、ラルの腕や首にも何本もの触手が叩きつけられた。
「何かにつかまれ!」彼はそう言って、魔力のケーブルを自分の篭手に直接繋いだ。
ラルの目蓋で光が明滅し始めた。部屋の中でどこからとも無く風が吹き、ラルの体中の毛が逆立った。ゾンビの腐った手がラルを捕らえ、ラルの体がゾンビの群れへと引き寄せられていく中、嵐のエネルギーがラルの体の周りで小さな弧を描きながらパチパチと音を立てた。大気が超物理的なエネルギーで弾け、ラルは自分の体が数インチほど床から浮いているのを感じた。彼はその力が、オーバーヒートしたボイラーのような甲高い音を立てるのが聞こえるだけだった。出来る限り多くのマナを取り込もうとしている間、彼の視界は真っ白に染まっていた。新しい太陽が生まれたかのように、ラルの体のあらゆる部分が力を放って爆発した。轟音と光に何もかもが包まれ、その後静寂と暗闇が戻った。彼は何も聞こえなかった――何も見えなかった。
ラルは奇妙な鼓動を感じた。すぐに、それが酷使された自分の心臓だと気付いた。代わりに、自分が呼吸をしているのに気付いた――何とか生き残った証拠だった。
誰かが灯りをともした。ラルは周囲の物体が見えるようになったが、まだ霧の中だった。ゆっくりと景色が現れていく。部屋が爆発によって埃と破片の山になっているのが分かった。
「ケガ人はいないか?」彼は咳き込んだ。
「我々は無事なようです。」一人のイゼット魔道士が言った。黒焦げになっていたが、生きている。
「あなたのお陰です。」スクリーグが煙の中から出てきて言った。
ゴルガリ団のアンデッドは押し寄せるエネルギーの衝撃波を浴びて抹消された。レンガの欠片が天井からこぼれ落ち、太古の石造りの一帯がむき出しになった。
ラルはこれまでで最も生きていることを実感した。彼の心臓はあまりにも激しく鼓動し、それを気に入っていた。
「スクリーグ、」ラルが言った。「マナ・コイルだ。もう一度回せ。実験を終わらせるぞ。」
「すみません。」イゼットの研究員の一人が言った。
「何だ?」
その魔道士は爆発によって古い石造りの一部が露出した天井を見上げていた。「あなたはこれを見たくなりますよ。」
(解説?)
だんだん会話が増えてきて、訳するのも面白くなってきました。ラル=ザレックは比較的くだけた感じ、スクリーグはゴブリンらしく子どもっぽい口調、という感じで若干書き分けて訳しています。
こういう台詞回しで性格のイメージ決まっちゃうから、どこまで踏み込んでいいのか悩みますね。
でも全部機械的な話し方だったら分かりにくいし、ただの下手糞な訳にしかならないじゃん?
次回、ニート化していたジェイスに戻ります。ドアを叩く音の正体とは・・・?
(あらすじ)
ジェイス=ベレレンは街中の地下に埋め込まれている謎の暗号の研究にのめりこむ余り、いつの間にかニートになっていた。
ここから場面は変わり、とあるイゼット団のグループに視点が移ります。
(以下、本文の訳)
地底街の忘れられた空間、地面の下を数時間に渡って進んだ先にあるその場所で、古いレンガの壁が光りだした。青い稲妻がレンガの端にそって踊る。古いモルタルが煙を上げて焼け焦げた。壁は部屋の内側に向かって爆発し、レンガが崩れ落ちて荒っぽい楕円形の穴が開いた。
プレインズウォーカー、ラル=ザレックは先ほど自分があけた穴をくぐった。生焼けのような腐った空気に埃が飛び散る中、彼の篭手に取り付けられた器具が音を鳴らしながら回転し、呪文の際に残ったマナがちらついていた。
ラルは顔をしかめて鼻に手をやった。彼はレンガをブーツで蹴飛ばすと鼻息を荒くした。「うげぇ。スクリーグ、ここが当たりの場所じゃないと俺に言ってくれ。」
イゼット団の鎧を着込んだゴブリンが部屋に飛び跳ねて入り、両手を握り締めて周囲を見回した。そのゴブリンは荷物をまさぐりイゼット団で作られたばかりのマナ探知器具を組み立て、部屋の中で振り回していく。
「やったよ!」スクリーグが返事をした。「ここで濃度が高まってる!ここに間違いありません!」
イゼット魔道士の集団がラルとスクリーグに続いて部屋に入り、周囲を解析呪文や錬金術の器具で調べ始めると、じめじめする霧がかった部屋が魔力のエネルギーで明るく照らされていった。
ラルは部屋の中を進み、カーテンのように引っかかっているコケを押しのけながら崩れた古い柱へと向かった。ラルは腰を落として気味の悪い根っこに覆われた何かを調べた。彼はその塊からコケに覆われた触手をどけると身を引いた。灰色の頭蓋骨の顔が植物の間から僅かに残ったギザギザの歯を見せてこちらに笑いかけている。ラルは深呼吸をして、湧き上がる攻撃衝動を抑えこんだ。
彼は他の者の方にに向き直った。「準備はいいか?」彼は尋ねた。「スクリーグ、マナ・コイルだ。すぐに準備しろ。」
スクリーグはらせん状になった銅の器物を床に設置した。他のイゼットの研究者たちもその錬金術によって作られた装置を囲んで騒がしく議論を始めている。紅と蒼の宝石がアーティファクトの端で光り、すぐにブーンという音を立てた。
「間もなく準備が出来ます。」ゴブリンが言った。
「“間もなく”だと?偉大なる火想者が“間もなく”で満足されると思うのか!?」
「申し訳ありません、同志よ。しかしコイルには時間が――」
「もっといい動力源に接続したらどうなのだ」ラルが噛み付いた。「もしこの部屋に例の“力線”があるというのなら、下にマナの源があるはずだ――古いマナ源、おそらく何世紀も使われていないやつだ。」
「確かにここは深いマナの泉があります。」イゼットの他のギルド魔道士が眼を閉じて言った。
「しかしコイルがオーバーヒートします。」スクリーグが言った。「これは直接マナの泉に接続されるのです。それほどの力は――」
「マナを全部俺に向けろ。」ラルが言った。「これが捜し求めている“力線”か、俺がすぐに判別してやる。」
部屋に続いている古代の通路の一つから虫がさざめくような音が聞こえた。イゼットの魔道士たちは凍りついた。
「そこにいるのは誰だ?」ラルが通路に向かって呼びかけた。
彼は目を凝らしたが、彼らの道具から発せられる光でも暗闇を見通すことは出来なかった。何かが砕ける音、卵の殻を陶器に叩きつけたような音が――今度はもっと騒がしく、足音が一緒だった。たくさんの足音が。
「その不自然な実験を止めろ。」暗がりから声が聞こえた。「この場所を去れ。ギルドマスターのジャラド様はこの一帯をゴルガリ団の所有物と定めておられる。」
青白い顔をした、ドレッド風の髪のエルフと人間の小さな集団が光の中に入り込んだ。彼らの束ねた髪に編みこまれた骨の欠片と石くずが軽く音を鳴らした。キチン質の殻で作られた鎧には小さな虫が住み着いて騒がしく這いまわり、苔色に光る肩当ての部分には菌類が繁殖していた。このゴルガリ団自身がさざめくような音を出しているのか、それとも虫が鳴いているのか、ラルには分からなかった。何人かは短刀を携えているが、殆どは武器を持っていなかった――魔道士だ。
(解説)
ラル=ザレック:乳首。原文で他のメンバーたちから「サー」なんて呼ばれているのでイゼット団である程度の地位を持つようです。
スクリーグ:ラルの部下の一人のゴブリンです。敬語を使ったりラルたちと普通に議論を交わしたりと、絶対俺らより頭いい。
ちなみにここまでの範囲で「amazonから無料でDL出来るサンプル」の部分が終わりになります。
次回はイゼットvsゴルガリをプレイしながらどうぞ。
ジェイス=ベレレンは街中の地下に埋め込まれている謎の暗号の研究にのめりこむ余り、いつの間にかニートになっていた。
ここから場面は変わり、とあるイゼット団のグループに視点が移ります。
(以下、本文の訳)
地底街の忘れられた空間、地面の下を数時間に渡って進んだ先にあるその場所で、古いレンガの壁が光りだした。青い稲妻がレンガの端にそって踊る。古いモルタルが煙を上げて焼け焦げた。壁は部屋の内側に向かって爆発し、レンガが崩れ落ちて荒っぽい楕円形の穴が開いた。
プレインズウォーカー、ラル=ザレックは先ほど自分があけた穴をくぐった。生焼けのような腐った空気に埃が飛び散る中、彼の篭手に取り付けられた器具が音を鳴らしながら回転し、呪文の際に残ったマナがちらついていた。
ラルは顔をしかめて鼻に手をやった。彼はレンガをブーツで蹴飛ばすと鼻息を荒くした。「うげぇ。スクリーグ、ここが当たりの場所じゃないと俺に言ってくれ。」
イゼット団の鎧を着込んだゴブリンが部屋に飛び跳ねて入り、両手を握り締めて周囲を見回した。そのゴブリンは荷物をまさぐりイゼット団で作られたばかりのマナ探知器具を組み立て、部屋の中で振り回していく。
「やったよ!」スクリーグが返事をした。「ここで濃度が高まってる!ここに間違いありません!」
イゼット魔道士の集団がラルとスクリーグに続いて部屋に入り、周囲を解析呪文や錬金術の器具で調べ始めると、じめじめする霧がかった部屋が魔力のエネルギーで明るく照らされていった。
ラルは部屋の中を進み、カーテンのように引っかかっているコケを押しのけながら崩れた古い柱へと向かった。ラルは腰を落として気味の悪い根っこに覆われた何かを調べた。彼はその塊からコケに覆われた触手をどけると身を引いた。灰色の頭蓋骨の顔が植物の間から僅かに残ったギザギザの歯を見せてこちらに笑いかけている。ラルは深呼吸をして、湧き上がる攻撃衝動を抑えこんだ。
彼は他の者の方にに向き直った。「準備はいいか?」彼は尋ねた。「スクリーグ、マナ・コイルだ。すぐに準備しろ。」
スクリーグはらせん状になった銅の器物を床に設置した。他のイゼットの研究者たちもその錬金術によって作られた装置を囲んで騒がしく議論を始めている。紅と蒼の宝石がアーティファクトの端で光り、すぐにブーンという音を立てた。
「間もなく準備が出来ます。」ゴブリンが言った。
「“間もなく”だと?偉大なる火想者が“間もなく”で満足されると思うのか!?」
「申し訳ありません、同志よ。しかしコイルには時間が――」
「もっといい動力源に接続したらどうなのだ」ラルが噛み付いた。「もしこの部屋に例の“力線”があるというのなら、下にマナの源があるはずだ――古いマナ源、おそらく何世紀も使われていないやつだ。」
「確かにここは深いマナの泉があります。」イゼットの他のギルド魔道士が眼を閉じて言った。
「しかしコイルがオーバーヒートします。」スクリーグが言った。「これは直接マナの泉に接続されるのです。それほどの力は――」
「マナを全部俺に向けろ。」ラルが言った。「これが捜し求めている“力線”か、俺がすぐに判別してやる。」
部屋に続いている古代の通路の一つから虫がさざめくような音が聞こえた。イゼットの魔道士たちは凍りついた。
「そこにいるのは誰だ?」ラルが通路に向かって呼びかけた。
彼は目を凝らしたが、彼らの道具から発せられる光でも暗闇を見通すことは出来なかった。何かが砕ける音、卵の殻を陶器に叩きつけたような音が――今度はもっと騒がしく、足音が一緒だった。たくさんの足音が。
「その不自然な実験を止めろ。」暗がりから声が聞こえた。「この場所を去れ。ギルドマスターのジャラド様はこの一帯をゴルガリ団の所有物と定めておられる。」
青白い顔をした、ドレッド風の髪のエルフと人間の小さな集団が光の中に入り込んだ。彼らの束ねた髪に編みこまれた骨の欠片と石くずが軽く音を鳴らした。キチン質の殻で作られた鎧には小さな虫が住み着いて騒がしく這いまわり、苔色に光る肩当ての部分には菌類が繁殖していた。このゴルガリ団自身がさざめくような音を出しているのか、それとも虫が鳴いているのか、ラルには分からなかった。何人かは短刀を携えているが、殆どは武器を持っていなかった――魔道士だ。
(解説)
ラル=ザレック:乳首。原文で他のメンバーたちから「サー」なんて呼ばれているのでイゼット団である程度の地位を持つようです。
スクリーグ:ラルの部下の一人のゴブリンです。敬語を使ったりラルたちと普通に議論を交わしたりと、絶対俺らより頭いい。
ちなみにここまでの範囲で「amazonから無料でDL出来るサンプル」の部分が終わりになります。
次回はイゼットvsゴルガリをプレイしながらどうぞ。
第一章 KNOCKING ON DOORS
ジェイス=ベレレンは1枚の羊皮紙を手に取り、窓に掲げた。第十地区の彼の建物は数階建てでしかなくそれより遥かに高い塔に囲まれていたが、夕暮れの冷たい光が煉瓦や石から反射して窓に入り込んでいた。彼独自の魔法印が施された羊皮紙はインクで汚れ、彼が発見して暗号の記述で埋め尽くされていた。ここ最近、彼の記述は徐々に正気を失っているようだった。彼の書斎の壁はこのようなノートで覆われていた。ジェイスは最後に髪を洗ったのは、あるいはまともな睡眠を取ったのはいつだったかと考えた。彼はこの書斎の建物から一歩も動かず、目をあけていられなくなるまで決して眠らず周辺の市場や通りの店にも出ていないということを、共同研究者、カヴィンという名前のヴィダルケンの男が気付いていないようにと祈った。ベッドにはノートの山が積まれ、家具といえば彼が第十地区で集めた怪しげな建物の破片であり、口にしていた物といえば彼の欠けたペン先くらいであった。
ジェイスを今の研究に突き動かす衝動となる発見は段階的に現れてきた。彼が最初にそれを見たときは暗号だとは認識しなかったし、その実、それ自体を第十地区のそこかしこで何回も繰り返して目にするまで何の関連性にも気付かなかったのだ。
最初のときは、彼はそれに躓きそうになった。イゼットのギルド魔道士たちが道路の舗装の石を掘り返すのは特に珍しい光景ではなかった。彼らのギルドは街の魔法的なインフラの整備を受け持っており、彼らが第十地区の道で作業をしているのを通り過ぎたとき、ジェイスは彼らを気にも留めなかった。しかし、ジェイスはイゼット団が道路の縁から古い石の欠片を取り外したの見かけ、彼らがむき出しの蒸気パイプやエレメンタル導線を取り出しているときに、彼らが捨てた破片の下側に文様が刻まれているのに気付いた。長い年月で擦り切れて蜘蛛の巣に覆われていたが、ジェイスはこの痕跡が曲がりながらずっと続いており、幾何学的に完璧な対称を描いていたのが分かった。
通りから誰も見ることが無い石造りの下側の文様になぜそこまでの意匠が凝らされているのだろうかと、それはジェイスの興味を引いた。しかし、彼は新しい形でその暗号と再開するまでそのことについて考えることは無かった。
古くぼろぼろになった第十地区の近郊が掘り返されていた。ある日ジェイスは、ひび割れたミジウムの手甲をつけた巨漢のサイクロプスが古い紡績工場の跡を取り壊すのを見ていた。サイクロプスは巨大な石の板を持ち上げては、瓦礫の山へと投げ捨てていた――いずれその場所はイゼット団の新しい実験場にでもなるのだろう。ジェイスは捨てられていた石に三角形の列のような模様が刻み込まれていたのを見た。
ジェイスはそれを何らかの暗号だと気付いていたが、その詳細をカヴィンには伝えていなかった。彼は右腕にして共同研究者であり、幾何学的文様をたどり、瓦礫を収集し、その場所を地図に記録し、ギルドが進入を禁止する区域にさらなる暗号の手がかりを集めに忍び込むときは援護をしてくれるなど、研究の大きな助けになっていた。しかしカヴィンは論理的で現実的志向の強い男だ――強迫的な衝動というものを持ち合わせていない。もしジェイスが日がな一日起きている間の意識の全てをこの暗号の研究に没頭させていると知られたら、カヴィンは研究を止めてしまうだろう。
ジェイスの目が痛んだ。少しの間、彼は目を強く閉じてまぶたをこすった。サンプルは大量にあるのだが答えが見つからない。集まったピースが噛み合わない。石片に曲線状に描かれた図形の数々には法則性や統一性があるのだが、何の連続性もメッセージも無い。何かが、足りない。
下の階でドアをノックする音が聞こえた。
(解説)
ジェイス=ベレレン:みんな大好き青の人。引きこもりニート同然の生活をしながら、町中に張り巡らされている謎の暗号の研究をしている。無限連合はどうした。
カヴィン:ジェイスの助手を務めるヴィダルケンのいい男。《ジェイスの文書管理人》の彼だろうか。
日本語として長ったらしくなったり、直訳したらよく分からない表現になったりするので、たまーに文をぶったぎったり意訳が入ったりしますが、基本的には少しずつでも全部訳していく方針です。
ジェイス=ベレレンは1枚の羊皮紙を手に取り、窓に掲げた。第十地区の彼の建物は数階建てでしかなくそれより遥かに高い塔に囲まれていたが、夕暮れの冷たい光が煉瓦や石から反射して窓に入り込んでいた。彼独自の魔法印が施された羊皮紙はインクで汚れ、彼が発見して暗号の記述で埋め尽くされていた。ここ最近、彼の記述は徐々に正気を失っているようだった。彼の書斎の壁はこのようなノートで覆われていた。ジェイスは最後に髪を洗ったのは、あるいはまともな睡眠を取ったのはいつだったかと考えた。彼はこの書斎の建物から一歩も動かず、目をあけていられなくなるまで決して眠らず周辺の市場や通りの店にも出ていないということを、共同研究者、カヴィンという名前のヴィダルケンの男が気付いていないようにと祈った。ベッドにはノートの山が積まれ、家具といえば彼が第十地区で集めた怪しげな建物の破片であり、口にしていた物といえば彼の欠けたペン先くらいであった。
ジェイスを今の研究に突き動かす衝動となる発見は段階的に現れてきた。彼が最初にそれを見たときは暗号だとは認識しなかったし、その実、それ自体を第十地区のそこかしこで何回も繰り返して目にするまで何の関連性にも気付かなかったのだ。
最初のときは、彼はそれに躓きそうになった。イゼットのギルド魔道士たちが道路の舗装の石を掘り返すのは特に珍しい光景ではなかった。彼らのギルドは街の魔法的なインフラの整備を受け持っており、彼らが第十地区の道で作業をしているのを通り過ぎたとき、ジェイスは彼らを気にも留めなかった。しかし、ジェイスはイゼット団が道路の縁から古い石の欠片を取り外したの見かけ、彼らがむき出しの蒸気パイプやエレメンタル導線を取り出しているときに、彼らが捨てた破片の下側に文様が刻まれているのに気付いた。長い年月で擦り切れて蜘蛛の巣に覆われていたが、ジェイスはこの痕跡が曲がりながらずっと続いており、幾何学的に完璧な対称を描いていたのが分かった。
通りから誰も見ることが無い石造りの下側の文様になぜそこまでの意匠が凝らされているのだろうかと、それはジェイスの興味を引いた。しかし、彼は新しい形でその暗号と再開するまでそのことについて考えることは無かった。
古くぼろぼろになった第十地区の近郊が掘り返されていた。ある日ジェイスは、ひび割れたミジウムの手甲をつけた巨漢のサイクロプスが古い紡績工場の跡を取り壊すのを見ていた。サイクロプスは巨大な石の板を持ち上げては、瓦礫の山へと投げ捨てていた――いずれその場所はイゼット団の新しい実験場にでもなるのだろう。ジェイスは捨てられていた石に三角形の列のような模様が刻み込まれていたのを見た。
ジェイスはそれを何らかの暗号だと気付いていたが、その詳細をカヴィンには伝えていなかった。彼は右腕にして共同研究者であり、幾何学的文様をたどり、瓦礫を収集し、その場所を地図に記録し、ギルドが進入を禁止する区域にさらなる暗号の手がかりを集めに忍び込むときは援護をしてくれるなど、研究の大きな助けになっていた。しかしカヴィンは論理的で現実的志向の強い男だ――強迫的な衝動というものを持ち合わせていない。もしジェイスが日がな一日起きている間の意識の全てをこの暗号の研究に没頭させていると知られたら、カヴィンは研究を止めてしまうだろう。
ジェイスの目が痛んだ。少しの間、彼は目を強く閉じてまぶたをこすった。サンプルは大量にあるのだが答えが見つからない。集まったピースが噛み合わない。石片に曲線状に描かれた図形の数々には法則性や統一性があるのだが、何の連続性もメッセージも無い。何かが、足りない。
下の階でドアをノックする音が聞こえた。
(解説)
ジェイス=ベレレン:みんな大好き青の人。引きこもりニート同然の生活をしながら、町中に張り巡らされている謎の暗号の研究をしている。無限連合はどうした。
カヴィン:ジェイスの助手を務めるヴィダルケンのいい男。《ジェイスの文書管理人》の彼だろうか。
日本語として長ったらしくなったり、直訳したらよく分からない表現になったりするので、たまーに文をぶったぎったり意訳が入ったりしますが、基本的には少しずつでも全部訳していく方針です。